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ふくとアクア部の日常  作者: たんすい
サテライトの向こう側
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シーモンキーは猿で、凛先輩は私を待っていた

【アベニーパファー孵化1日目】


 無事孵化した喜びも束の間、一夜明けて私は絶望の淵にいた。


 隔離ケースの中では、ヨークサック(栄養袋)をぶら下げた小さな命たちが、心もとなくピコピコと揺れている。

 こんなにちっちゃくても、ちゃんと生きている。尊い。

 でも――。


 餌は? 水換えは?

 未知の領域すぎて頭が真っ白だ。


「海月先輩……正解がわかりません」


「正解?」


「凛先輩は“失敗して覚えろ”って言うんです。でも、失敗したらこの子たち死んじゃうんですよ。そんなの、あんまりじゃないですか?」


「……そうだな。でも何もしなくても死んでしまうぞ」


「あ”ーー! そこなんです!だから正解がわからないんです!

 凛先輩に聞けば教えてくれると思います。

 でも、それって正解じゃない気がするんです」


「そうだな。凛もお前に失敗して欲しいなんて思ってないだろうし、教えるのもまんざらじゃないと思うぞ。あいつ、根は世話焼きだしな」


「うう……先輩のせいで余計わからなくなりました。

 どうしてくれるんですか……先輩、責任とって下さい」


 私が涙目で睨むと、先輩は一瞬きょとんとして、それから楽しそうに吹き出した。


「人聞きが悪いな。……じゃあ、責任とって『シーモンキー』の育て方でも教えてやるよ」


「シーモンキー?」


「そう。別名、ブラインシュリンプ。稚魚の餌になる」


「シーモンキーって……モンキー? 海の、お猿さん……!?」


「確かここに卵があったかな。ほい、水に入れて孵化させるんだ。水と言っても塩水だけどな」


 先輩は少し考えてから、ニヤリと笑って答えた。


「ちなみにブラインシュリンプが大きくなると……シーモンキーになるんだよ」


「お、お猿さんに!? しかも海にいるんですか!?」


「そう、育つと顔が猿のようになるんだ。

 昔は『生きた化石』なんてブームにもなったんだぞ」


「ええええええっ!? なんですかその生き物は!

 アベニーにあげちゃって大丈夫なんですか!?」


 予想外の答えに、私の声が裏返る。エビが猿になるなんて聞いたこともない。

 先輩は喉を鳴らして笑った。


「まあ、育ててみればわかるさ。

 水1リットルに塩を……大さじ2杯くらい溶かして、そこに卵を入れる」


「……やってみます。キモそうですけど、見てみたいです!」


 私は言われた通り塩水を作り、シャーレに耳かき五杯分の卵を入れた。

 小さな茶色の粒が、水面にパラパラと浮かぶ。


「で、シーモンキーはいつ孵化するんです?」


「水温にもよるけど、明日かな」


「え! 明日!? もう孵化するんですか! めちゃ早くないですか?」


「楽しみだな」


「はい。」


 その時だった。

 先輩のポケットでスマホが震えた。

 ちらりと画面を見た瞬間、先輩の表情から色がすっと抜け落ちる。


「……親からだ」


 短くそう告げると、海月先輩は視線を逸らし、

 さっきまでの柔らかさが嘘みたいに暗い影を落とした。


「悪い。部室の戸締まり、任せてもいいか」


「え、あ、はい……」


 突然の変化に胸がざわついたまま、

 下校のチャイムが鳴る。

 私は道具を片付け、部室を出た。

 指先には、まだ微かに塩水の匂いが残っている。


(先輩……どうしたんだろ。あんな顔、初めて見た)


 不安と期待が混ざり合ったまま校門へ向かう。

 夕焼けが沈み、影が長く伸びる。


 ――その時。

 校門の影から、人影が現れた。


「……凛先輩?」


 黒いフードを外し、頬の横だけ伸ばした黒髪が夕風に揺れる。

 一瞬だけ、深い緑の光が私をかすめ――すぐに逸れた。

 たったそれだけで、胸が跳ねる。


「あの、ふく。……よかったら一緒に帰らないか」


(……え? え? 私、凛先輩から誘われた?)


 ぎこちない空気。視線の置き場がわからない。


「は、はい! 一緒に帰りましょうか、凛先輩!」


 なるべく明るく返事をして、隣に並ぶ。


「ごめん、迷惑かもしれないけど、言いたいことがあって」


 突然の真剣な声。

 胸の奥で、心臓がトクンと動いた。


(い、言いたいことって……)


 顔が一気に熱くなる。


 夕焼けが沈み、校門が影に沈んでいく。

 世界から音が消えたような静けさの中


 ――私は息を飲んで、凛先輩の次の言葉を待った。

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