【番外編】禁断のTSクライシス!? 私のカラダで恋しないでっ!!
※これは本編には決して採用されない、作者の妄想が爆発した幻の第45話。
夢オチだから許される、禁断のTS(入れ替わり)ドタバタコメディ。
【プロローグ:嵐の前の静けさは、数ミリの奇跡と共に】
私の名前は福原彩花。みんなからは「ふく」って呼ばれている、ピカピカの高校一年生。
入学早々、廃部寸前のアクア部に拾われた私。
部室で稼働しているのは、たった一つの水槽。
そこにいるのは、優しくて頼りになるけれど、理系特有の面倒くささを併せ持つ——海月先輩。
そして、ある事情で部活を離れてしまったけれど、 女子なのに一人称が「俺」で、 仕草ひとつで空気をさらっていく宝塚の男役みたいな、眩しい存在——凛先輩。
そんな個性爆発な先輩たちと挑んだ、世界最小の淡水フグ・アベニーパファーの繁殖プロジェクト。
昨日、ついにその結晶である卵が孵化したのだ。
ふよふよと水槽に舞う、数ミリの透明な命たち。
それは世界で一番小さくて、世界で一番尊い輝きだった。
(あぁ、可愛い……。絶対、みんな無事に育ててあげるからね。お母さんがんばる!)
母性に似た幸せな決意を胸に、私は深い眠りについた——はずだった。
まさか、翌朝、全女子高生の尊厳に関わる緊急事態に見舞われるなんて、誰が想像できただろうか。
【第一章:悲劇は「重力」と共に】
「……んあ? なんだここ。いつもの天井じゃねえぞ?」
低くも高くもない、聞き覚えのある声が頭蓋骨に直接響いた。
(……え? 誰? っていうか、朝から頭痛い……)
意識が覚醒に向かう。目を開けようとするが、まぶたが鉛のように重くて動かない。
(え、待って。体が、動かない——!? これがいわゆる金縛り!?)
そう思った瞬間、私の腕が——私の意思とは無関係に——ガバッと持ち上がり、顔を無造作にこすった。
「うお、なんだこの声。高っ。ヘリウム吸った後かよ」
その手は、そのまま確認するようにパジャマの上から胸元へ——。
「ん? なんだこれ。……うわ、やわらかっ!? え、なにこのふにふにした物体」
ブチッ。(私の理性が千切れる音)
(ぎゃあああああああああああ!! どこ触ってんのよバカ変態痴漢ーーっ!! 私の聖域になにしてんのよぉぉっ!!)
私の魂の絶叫が脳内を駆け巡る。
そのあまりの衝撃に、体はバランスを崩し、ドサッとベッドから転げ落ちた。
「痛ってぇ!! ……って? 今の金切り声、ふくか?」
(もしかしなくても……海月先輩!?)
鏡の前でよろりと立ち上がった「私」は、自分の顔や腕をペタペタと触り、まじまじと鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、少し寝癖のついたパジャマ姿の私——いや、中身が残念なおじさんみたいになっている私——だった。
(ちょっと! 自分の顔をそんな珍獣を見るような目で見ないでください!)
「朝、目覚めたらこの部屋にいて……お前の体に入ってた。なるほど、事象としては興味深い」
(分析しないで! なんで私の体に入ってるんですか!? 不法侵入ですよ!)
「俺も訳わかんないよ。夢かと思ったけど、ほら——」
ぺちん、と自分の頬を叩く痛みが走る。
「感覚器官は正常。痛みもある。……リアルだな」
しばらくの間、絶望的な沈黙が流れる。
「うわ、マジか。これ、ラノベでよくあるTS(性転換)ってやつ? 俺、女子高生になってんの?」
(他人事みたいに言わないで! 返して! 私の清らかな乙女の体返して!)
「落ち着けよ。俺だってパニックだわ。 ……うわ、視線低っ。肩幅狭っ。髪の毛長っ……ていうか、髪の毛より胸が重いんだが!?」
(うわーーーーっ! デリカシー!! じろじろ見ないでーーっ!!)
「すまん。質量保存の法則を無視してる気がして、つい」
『って、これマジでどうなってんの? 歩くたびに揺れるし、肩こりそう……女子って毎日これ背負って生活してんの……って、ふくのがデカイだけか……?』
(心の声、サラウンドで聞こえてるんですよ先輩っ!!)
海月先輩(中身)が、不思議そうに自分の(=私の)胸元を両手で軽く持ち上げようとする。
(ホールドアップ! 触るなーーーっ!! 私の胸で重力実験しないでーーーっ!!)
「ふく、いつも大変なんだな。尊敬するわ」
(大変って、なんですか! それ純度100%のセクハラですよ! ほっといてくださいっ!)
海月先輩は、鏡の中の私の顔を真っ赤にさせながら、慌てて手を離した。
「……いや、ほんとにすまん。未知の体験すぎて、つい研究者魂が……」
(それを世間では変態と呼ぶんですーーっ!!)
「でもよ、ふく……お前、着痩せするタイプというか、結構……その、あるんだな」
(「ある」って言わないでぇぇぇ!! もうお嫁に行けない! 死にたい!!)
海月先輩、完全に墓穴を掘りながらも、どこか本気で感心している顔だ。
このままでは、私の意識はずっとここに閉じ込められて、先輩と「初めての女子生活」を共有することになる!?
無理!
絶対無理!
「落ち着け、ふく。今は俺が体を動かす。お前は脳内ナビゲーターだ。協力しねえと社会的に死ぬぞ」
(……協力って、勝手に体を乗っ取っておいて?)
「そうしねえと学校行けねえだろ。俺一人じゃ女子高生の生態系なんてサバイバルすぎる」
(嫌! 学校休む!! 仮病使う!!)
「確かに。それも合理的だな。じゃあ今日は——」
(——あ! やっぱダメ——!! アベニーパファーの赤ちゃん産まれたばかりだし! 私がブラインシュリンプあげないと死んじゃう!)
「……親の鑑だな、お前。だったら仕方ない。俺も手伝う。どうすりゃいい?」
(うぅ……母の愛が試されている……。まず、着替え、どうしよう……)
【第二章:着替えという名の羞恥プレイ】
「ん。制服これか? 構造が複雑だな……」
先輩は、まるで爆弾処理班のような手つきでセーラー服を手に取る。
(ちょっと! わかってると思いますけど、見ちゃダメだからね! 絶対だよ!)
「見ない。見ないから! タオル顔に巻けばいいんだろ、こう!」
先輩は妙に真剣な顔でタオルを目隠し状態に巻きつけ、手探りでパジャマのボタンに手をかけた。
(だからそれ、隙間から見えてるって! 手探りの方が逆にいやらしいですから!!)
「俺がなんとかしなきゃ着替えられねえだろ? ほら、腕通すぞ……くそっ、ホックがどこにあるのかわからん……」
(ああもう! そこじゃない! スカート前後逆! リボン結ぶの下手すぎ! もう……!)
「むずいな……女子の朝って毎日こんなパズル解いてんのか」
結局、先輩は鏡に背を向けて、天井を見上げながら(それでも目は泳いでいた)、冷や汗まみれで着替えを終えた。
「よし。これでいいか?」
(……リボンが縦結びになってるけど、もういいです。学校行きましょう……私の精神が保たない……)
「ところで、そろそろ限界なんだけど。トイレ行っていいか?」
(ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!)
(行くな! 我慢しろ! 膀胱が破裂しても耐えろ男だろ海月ィィィィィ!!)
私の青春、完全に終わった音がした。
【第三章:部室での完璧すぎるメンテナンス】
朝食も喉を通らず、パンを咥えて家を飛び出す
(ベタな少女漫画みたいだけど、中身は男子高校生)。
部室に入り、私は——いや、海月先輩in私と、緊急脳内作戦会議を始めた。
先輩はパンを齧りながら、私の指示を真剣に聞いてくれる。
(……先輩って、こういう時は意外と素直で紳士なんだね。……ちょっとだけ見直した)
「『意外と』ってなんだよ。で、何すればいい?」
(そのスポイトで食べ残しやフンを吸って綺麗にしてあげてください。稚魚は水質変化に敏感だから、慎重にね)
「了解。水質管理なら任せろ。マイクロ単位の作業は得意だ」
海月先輩の手つきは、神業だった。
私がやるより遥かに繊細に、かつスピーディーにスポイトを操り、稚魚を驚かせることなく掃除をこなしていく。
(うわ……私より上手いんだけど……なんか悔しい)
その時——。
ガラッ!!
「ふく!! 大事な話があるんだ!!」
凛先輩が、いつものクールさをかなぐり捨てて勢いよく飛び込んできた。
「え? え? 凛がどうして部室に!?」
【第四章:告白、それはカオスへの入り口】
「単刀直入に言う。……俺、やっぱりアクア部に戻ろうと思う」
「えっ? マジで?」
「俺がいないと、ふくも困るだろ。アベニーパファーの繁殖も一緒にやりたいんだ!」
海月先輩は、中身ごと完全にフリーズした。
「あ、ああ。凛さえ良ければ、俺……じゃなくて、あたしは嬉しいけど」
(一人称! あと呼び捨てしちゃダメだって! “凛先輩”だって!)
「凛って……ふく、急に距離詰めてくるな。俺は別にいいけど」
(いいんだ……。 ってなんで近づいてくるの? 近い! 凛先輩、顔近いです!)
凛先輩が、ドン、と私の背後の水槽の枠に手をついた。
いわゆる、水槽ドン。
「俺がいないと、ふくも寂しいだろ? それに……気づいたんだ」
(ひゃあああ! 凛先輩からの水槽ドン! 無理無理無理! 私の心拍数、致死量超える!)
私の意識はパニックだが、体を支配している海月先輩は冷静……いや、困惑の極みにいた。
「あの、凛先輩? パーソナルスペース、バグってません?」
「ふく。俺、お前のことが好きだ」
(え……? 今、なんて……?)
——時が止まった。部室のエアレーションの音さえ消えた気がした。
憧れの凛先輩からの、まさかの愛の告白。
でも、待って。今の中身は海月先輩(男)。
つまり、「女子(凛)」が「女子の皮を被った男子(海月)」に告白しているという、全方位的に誤解が生じている地獄絵図!
「……は? いや、凛、お前な……正気か?」
海月先輩が何か言いかけるが、凛先輩の熱っぽく真剣な眼差に遮られる。
「俺と付き合ってほしい。返事は?」
凛先輩の端整な顔が、さらに近づく。
まつ毛が長い。肌が綺麗。いい匂いがする。
近い。近い!
近すぎるってば!
(ダメ——!! 凛先輩、私に近づかないで! それ以上はいけない!)
頭の中で、海月先輩の理性も悲鳴を上げている。
(それより! お前ら、普段からこんな百合展開繰り広げてんのかよっ!!)
「ふく、このままじっとしてて」
凛先輩の細い指先が、そっと私の頬に触れた。
火傷しそうなくらい、指が熱い。
凛先輩の手が、私の(中身は海月先輩の)顎をすくい上げる。
(やばいやばい! キスされる!? ファーストキスが海月先輩と同居状態で!? 三人でするみたいなもんじゃん!)
その時、海月先輩の焦った思考が、濁流のように私の脳内に流れ込んできた。
『……ま、まさか、凛……おまえ、女子なのにガチでこっち(ふく)狙いだったのか……!?』
(はあ!? 何分析してるんですか!? 今は状況を打破してくださいよ!)
海月先輩は顔を赤くし(私の顔だ!)、視線を泳がせる。
『で? ふく。これ、どうすんだ? 断るのか? 受けるのか?』
「あー、もー面倒だ! その、なんだ。……俺も、嫌いじゃねぇ」
(ちょっと! 勝手にOKしないでぇぇぇ!! 私の人生の重大な決断を代行しないで!)
「本当か、ふく!」
パァッと表情を花のように輝かせた凛先輩が、感極まって勢いよく抱きついてきた。
むぎゅっ。
柔らかい感触、サラサラの黒髪、甘いフローラルの香り。
『うおっ!? やばい…… 凛の体、めっちゃスレンダーなのに、こんなに密着すると……柔らかい…… って、待て待て、俺の体は今ふくなんだよな…… この柔らかいのは自分の胸?……それが凛の胸に押しつけられて…… くそっ、どっちがどっちだかわかんねえ!! 脳がバグる! 理性を持て俺……ここで男として反応したら人間として終わりだーーー!!』
(うぎゃぁぁーーー!! 私の体でそんな高度なスケベ計算しないでよバカ海月ーーーーッ!! 離れろ! 離れろ! 離れろ!! 今すぐ離れてぇ!!)
海月先輩、顔をトマトみたいに真っ赤にしながら、必死に腕を固くして「木のポーズ」で耐えてるけど、
体(ふくの体)は無意識に、大好きな凛先輩を抱き返しそうになってる!
恥ずかしさと、申し訳なさと、海月先輩への殺意で、私のボルテージが限界突破した。
「——ふぎゃああああああ!! だめえええええええええ!!」
部室の窓ガラスを震わせるほどの奇声を上げて、私は——
ガバッ!
と飛び起きた。
【エピローグ:共有された悪夢と、赤い耳】
ぜぇぜぇと荒い息をする。心臓が早鐘を打っている。
汗びっしょりのパジャマ。
見慣れた天井。自分の部屋。
恐る恐る胸を触る。
……感覚がある。私が私を触っている感覚だ。
「……ゆ、夢……?」
全身から力が抜けて、ベッドにへたり込む。
なんてリアルで、なんて疲れる、極彩色の悪夢だったんだ。
◆
早朝の部室。
エアレーションのブクブク音だけが響く静寂。
私は隔離ケースで泳ぐアベニーパファーの稚魚たちを、虚ろな目で見つめていた。
ガラッ。扉が開く。
海月先輩だ。
「……おう。早いな、ふく」
「おはようございます……」
いつもの挨拶なのに、空気が重い。重すぎる。鉛のようだ。
先輩が鞄を置き、私の隣で水槽を覗き込む。
肩が触れそうな距離。いつもなら何とも思わない距離なのに、今日は電流が走るみたいに意識してしまう。
「……稚魚、元気そうだな」
「はい。ブライン食べてます」
会話が止まる。私は逃げるように水温計をチェックするふりをした。
夢だ。あれは夢。忘れろ私。ただの妄想だ。
先輩が、意を決したように沈黙を破る。
「なあ、ふく」
「な、なんですか」
「俺、すげぇ変な夢見たわ」
ビクッ。 持っていたスポイトを水槽に落としそうになる。
「……ど、どんなですか?」
先輩は、水槽のガラスに映る自分の顔を、どこか遠い目で見つめた。
「俺が起きたら、お前になってた。
女子の制服着て、極めつけに、凛に愛の告白されて、至近距離で見つめられて」
先輩が、無意識に自分の胸元をさする。
「夢にしては感触とか匂いがリアルすぎた。
……お前、凛のこと、本当はどう思ってるの?」
——ブワッ! 私の顔が一瞬で沸騰した。
共有してる。
あの夢の中の、乙女のときめきも、パニックも、全部筒抜けだったんだ。
「女子って……色々大変なんだな」
「わああああああああああああ!!」
私は耳を塞いでその場にしゃがみ込み、叫んだ。
「言わないで! それ以上喋らないで海月先輩!! 記憶消してぇぇぇ!!」
「うおっ、急にでけぇ声出すなよ! 稚魚がびっくりするだろ!」
水槽の中で、数ミリの命がピクリと跳ねる。
先輩は不思議そうに私を見て、少しだけ耳を赤くしながら、ポリポリと鼻をかいた。
「……もう、今日は帰っていいですか」
「まだホームルーム前だろ」
真っ赤な顔を両手で覆い、私は小さく唸るしかなかった。
水槽の向こうで、稚魚たちがのんきにお腹を膨らませて笑っている気がした。
【おわり】




