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ふくとアクア部の日常  作者: たんすい
サテライトの向こう側
42/63

オレンジの卵と、握った手

【アベニーパファー採卵から二日目】


 翌日。

 昨日、メチレンブルーを“大量投入”してしまった卵を

 隔離ネットに戻しておいたのだけど――


 今朝も、相変わらず毒々しいほど青かった。


(うう、やっぱり、まだ色が抜けてない)


 スポイトで卵をそっと吸い取り、

 観察用の小さなケースへ移す。


 光にかざした殻は――


 海月先輩が名付けたとおり、まさしく“ブルーハワイ”色。


 でも。


「よし。カビてる卵はゼロ」


 青い殻に守られた十二粒の卵は、どれも白く濁っていない。

 薬の量は間違えたけれど――


(ブルーハワイ効果、絶大)


 そんな自虐を挟んでいると、背後から声がした。


「ふくー、調子はどう? ちゃんと管理できてる?」


「あ、先輩! 見てください、カビひとつもありません!」


「おー、優秀優秀。って、なにその色」


 海月先輩はケースを覗き込み、ニヤリと笑う。

「もしかしたら、生まれてくる稚魚も青かったりしてな」


「えっ!?」


 私はケースを取り落としそうになる。


「気になるなら、日の当たる場所に置いとけよ。

 メチレンブルーは光に弱いからな。日光に当てれば勝手に色が抜ける」


「え、そうなんですか?」


「ただし直射日光でお湯にすんなよ。今は春だから大丈夫だと思うけどな」


「は、はいっ!」


 私はケースを抱えて窓際へ移動する。

 カーテン越しの柔らかい光が、濃い青の水をゆらりと透かした。


(色が光で消えるなんて、魔法みたい)


 ケースを見つめながら、海月先輩の冗談が頭をよぎる。


『青い稚魚が生まれるかもな』


(青いアベニーパファーか……)


 想像してみる。


 本来は黄色と黒のドット柄のアベニーたちが、

 透き通るようなスカイブルーだったり、

 深いサファイア色に染まっていたりして、

 水草の緑の中を宝石みたいに泳いでいるところを。


(名前は……“ハワイアンブルー・パファー”とか?

 いや、“ソーダ・アベニー”も可愛い)


「海月先輩、それいいですね!」


「お前、絶対いま変なこと考えてただろ」


 横から呆れ声が飛んできた。


「あ、いえ! その、青いアベニーも、それはそれで可愛いかなって……」


「そんなもん生まれるわけないだろ。冗談だよ」


 先輩はため息まじりに、私の頭を軽く小突いた。


「ですよねー」


 私は肩をしょんぼり落とす。


 ――でも、青いカプセルの中で眠る十二の命を見ていると。

 あまりにも青いこの世界の中で、何かが起こりそうな予感を、

 どうしても捨てきれなかった。


【アベニーパファー採卵から三日目】


 翌朝。 

 あれほど青かった色は、すっかり消えていた。


 ケースをそっと持ち上げ、光にかざす。

 その瞬間――私は息を飲んだ。


「え?」


 十二粒の卵のうち、三つは真っ白に濁っていた。


 昨日とは明らかに違う。

 白い綿みたいなカビが、殻の内側をもこもこ覆っている。


(だめになってる……)


 胸がぎゅっと痛む。

 昨日まで宝石みたいに光っていたのに、もう戻らない。


 けれど、もっと衝撃的だったのは――


「えっ、なにこれ……」


 残りの卵が、全部オレンジ色に染まっていたことだった。


 琥珀みたいに透き通った明るいオレンジ。

 でも、殻の表面に細い繊維が付着して形が波打って見えるせいで、

 “変色して腐ってる”ようにも見える。


「透明じゃない、どうして? なんで?」


 一瞬、手が震えた。

 白とオレンジが混ざって並んでいるせいで、

 どっちが正常で、どっちが異常なのか分からなくなる。


(これ全部おかしくなってるんじゃ……)


 でも、よく見ると。


 オレンジ色の卵の中央で、

 小さな点が、そっと光った気がした。


「え?」


 ケースを傾けてもう一度覗くと、

 オレンジの粒がわずかに形を変えているようにも見えた。


(これ、もしかして体の“もと”?)


 不安の中で、ほんの小さな希望が胸の奥に灯る。


(どうしよう、分からない

 凛先輩に相談したほうが、でも……)


 でも――頭の中はもうパニックだった。


 気づいたら私は、二年生の教室棟へ全力で走っていた。


 教室のドアから覗き込む。

 ――いない。


 振り向いた瞬間、誰かとぶつかった。

 フードの影から長い黒髪がこぼれ、薄いリップがきらりと光る。


「こんなところで突っ立ってると邪魔だぞ、福原さん」


(凛先輩っ!!)


「聞いてください、凛先輩! 卵が、二色になったんです。

 これ、大丈夫なんでしょうか!?」


 凛先輩はわずかに口角を上げた。

 細い目が、からかうように私を射抜く。


 冷たい言葉なのに――不思議と安心してしまう。

 その視線に触れるたび、胸の奥が妙に熱くなるのだった。


「そうか、今日は三日目だったな。で? どんな色になった?」


「白いのが三つ……残りは全部オレンジです」


「お、やったじゃないか。オレンジの卵は明日孵化する」


 胸の奥で何かが弾け、気づいたときには――

 私は凛先輩の手を、思わず力強く握っていた。


「えっ? 何?」


 驚く声が聞こえたけれど、離せなかった。

 指先に伝わる温かさが、不安を押し流していく。


 ――この人と一緒に、命を育てていくんだ。

 そう思った瞬間、胸の奥が武者震いのように熱く震えた。


 ほんの一瞬なのに、永遠みたいに感じて――

 視線を合わせるのが、少し恥ずかしい。


「浮かれるのもいいけど、白い卵はどうした?

 放置してると、オレンジの卵までカビるぞ」


「えーーーーーっ!!」


 叫んだ瞬間にはもう走っていた。


「凛先輩っ、また後で!!」


 私は、部室へ超ダッシュで戻った。

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