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ふくとアクア部の日常  作者: たんすい
サテライトの向こう側
41/63

卵と、にらめっこ

 【アベニーパファー採卵から一日目】


 翌朝、部室に入ると、私はまっすぐ水槽へ向かった。


 採れた十二粒の卵は、透明の隔離ケースの底に散っていて、

 斜めから差し込む光を受けて、宝石みたいにひとつずつ瞬いている。


(……ここから、どうやって“全部”孵化させるんだろう)


 私は水槽の前に正座した。

 じっと覗き込んでも、卵はただ静かにそこにあるだけで――

 何ひとつ教えてくれない。


 それでも、不思議と目が離せなかった。


 ノートを開き、昨日のメモを清書する。


 ・主流の管理=親と同じ水槽で隔離ネットを使う

 ・欠点=親の餌の食べカスや糞で水が汚れやすい

 ・水質悪化と比例して卵はカビやすくなる


(……じゃあ、水を綺麗に保てばいい……?

 こまめな水換え……いや、刺激が強いし……)


 ひとつ考えては首を振り、また考えては書いて消す。


 ――凛先輩の声が蘇る。


『……自分でやってみろ。試行錯誤して』


(自分で……考えて……)


 指先がほんの少し震えた。

 “100%”なんて言ったけれど、本当は不安でいっぱいだ。


(でも……負けたくない。先輩に言ったからには、やりたい)


 卵を覗き込む。


 透明な粒の中央に、白い泡みたいな点が見えた。

 ――おそらく、受精卵の核。


(……これが赤ちゃんになるんだ)


 胸の奥がきゅっとなる。

 この命を守るためなら、どれだけ時間がかかってもいい。

 私が諦めたら、この中の誰も生まれてこない。


 そのとき――ふっと、考えが結びついた。


(……もしかして、親を完全に別水槽にして、

 卵だけ“清潔な環境”に置けば……?)


 思いついた言葉をノートに走り書きする。


(……あれ、これって……正解じゃない?)


 自分の声が小さく震えた。


 すると――。


「おはよう、ふく。昨日はどうだった?」


 海月先輩が部室に入ってきた。


「おかげさまで! 凛先輩、部室まで来てくれたんですよ!」


「嘘? マジで!?」


「マジです!」


 それから小さく、聞こえないほどの声で呟く。


(海月先輩が……出ていってくれたおかげなんですよ)


「なにか言ったか?」


「いえ、なんにも!」


 慌てて首を振り、ふと思いついて身を乗り出した。


「そうだ! 先輩、お願いがあります!

 あべとまめ……孵化するまで、先輩の水草水槽に入れてあげてくれませんか?」


「え!? フグ入れたくないよ。水草齧りそうだし」


「齧りません! あべとまめは賢いんです。そんなことしません!」


「……ほんとかよ。まあいいけど。お代はパンで許してやるよ」


「ありがとうございます! じゃあ今から、水合わせしますね!」


 胸がどきどきしている。

 卵を守るために、今の私にできることを――ひとつずつやっていくんだ。


「そうだ。カビないように薬を使うって言ってた。

 海月先輩! 卵をカビないようにする薬ってなんでしたっけ?」


「メチレンブルーじゃないかな? そこの棚にあるから使っていいよ」


 私は棚から小瓶を引っ張り出した。


「メチレンブルー、メチレンブルー……あったこれだ!」


 柔らかいプラスチックの容器は、先端が点眼薬のように細く、

 “1滴ずつ落とせる”ように作られている。

 でも、使うのは今日が初めてだ。


 青い液体が並々と入った小瓶は、まるで濃縮された青いインクみたいだ。


「卵を透明ケースに入れて……あれ?

 薬ってどれくらい入れるんでしょう?」


 つい海月先輩へ振り向きかけた。

「海月先輩! メチレンブルーって――」


(いけない、ちゃんと自分で調べないと)


 口から出かかった言葉を寸前で飲み込む。


「何か言ったか?」


「いえ、聞こうと思ったけど、自分で調べることにしました」


「お、偉いじゃないか。凛の指導が効いてるな」


 海月先輩の声に背中を押され、スマホを握りしめる。

『メチレンブルー 卵 量』と検索窓に打ち込むと、

 すぐに情報が表示された。


「1リットルあたり1〜3滴……了解です!」


 よし、分かった。

 隔離ケースは……大体500mlだから、1~2滴でいい。


「……このくらいの力で、そっと押せば……」


 一度にたくさん出ないよう、私は容器をゆっくり押した。

 青い液体が先端から、一滴分だけ顔を出す。


(赤ちゃんを守るためにも、ここはしっかり慎重に……!)


 震える手で、薬の容器を“そっと”押し込む。


 ポタリ……一滴。

 もう一滴。


 ――のはずが。


 ブシューーー!!


「うわ、入れすぎた!!」


 ケースの水は一瞬で濃い青に染まり、卵の姿は完全に見えなくなった。

 喉がきゅっと詰まって、目の奥が熱くなる。

 今にも涙がこぼれそうだった。


「おいおい、どんだけ入れたんだよ。

 青の洞窟っていうか、もうブルーハワイだぞ」


 海月先輩が呆れ半分に笑う。


「これ……大丈夫ですよね?」


「まあ、卵の殻は薬を通さないから。

 青くはなってるけど、中身は平気だと思うよ」


 私は青く染まったケースと先輩の顔を交互に見た。


(……本当に、100%孵化させられるのかな)


 不安で胸がいっぱいになる。

 でも――失敗も試行錯誤のうち。ここから立て直さなきゃ。

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