ネットの海と、迷子の私
「お父さん、ノートパソコン貸してもらえる? 調べたいことがあるの」
「お、なんだなんだ!」
お父さんは雑誌から顔を上げ、にやりと笑った。
「フグのことか? それとも釣りの仕掛けか?」
「違うよ! アベニーパファーの 繁殖! あべとまめが産卵したの!」
「繁殖!?」
お父さんは目を丸くした 。
「アベニーパファーのこと、ちゃんと知りたくて」
「おう、持ってけ。しっかり勉強しろよ」
パソコンを受け取って、急いで自分の部屋に戻る。
机に置いて電源を入れると、私は検索窓にキーワードを打ち込んだ。
『アベニーパファー 産卵』
Enterキーを押すと、たくさんの記事が出てきた。
(……わあ、情報たくさんある! これなら解決しそう!)
期待して、一つずつ読み進める。
『アベニーパファーの産卵に成功!』→『でも、すぐに食べられました。』
『産卵したけど親に食卵された』
『卵を確保しました』→『翌朝、全部カビました』
『産卵しそう。どうすればいいかわかりません』
どれも“失敗談”ばかり。
アベニーの繁殖の難しさが、じわじわ胸に迫ってくる。
(じゃあ……検索ワードを変えてみよう)
『アベニーパファー 卵 守る方法』
……ダメ。
どの記事にも、決定的な対策が書かれていなかった。
検索結果は100件以上。
でも、どれも曖昧で、結局“わからない”ばかりだった
「どうすればいいの……!」
画面を睨みつけながら、私は唇を噛んだ。
(誰か……誰か教えて)
そのとき、ふと思い出した。
――海月先輩。
先輩なら、きっと知ってる。
フグのことも、繁殖のことも。
放課後。
部室で海月先輩を待ちながら、水槽をぼんやり眺めた。
あべとまめは、昨日みたいな激しい動きはなく、のんびり泳いでいる。
でも、いつまた産卵するかわからない。
早く対策を考えなきゃ。
ガラッと扉が開き、海月先輩が入ってきた。
「先輩! アベニーパファーの卵って、どうやったらうまく採卵できると思います?
ネットも本も“食べられた”って話ばっかりで……具体的な方法がなくて……!」
私は昨日の出来事から今日の調べものまで、一気にまくし立てた。
先輩は少し驚いたようだったが、最後まで黙って聞いてくれた。
そして、ふっと息を吐いた。
「結構、自分で調べたんだな。でも……俺、凛みたいにフグには詳しくないんだ。
熱帯魚全般はわかるけど、淡水フグみたいな特殊なのはな……」
「えっ……?」
思わず声が出た。
「でも先輩、アベニーのオスとメスの見分け方、詳しかったじゃないですか」
「ああ。あれは、前にも言っただろ。凛に教えてもらったことを覚えてただけなんだ。
繁殖とかは、完全に凛の領域だったしな。俺は本当にわからない」
(え……避けられてる?)
「だから、すまない。他をあたってくれ」
静かな声だったけど、その丁寧さが逆につらかった。
(先輩……どうして?
それに、さっきから凛先輩のことばかり……)
いつもなら優しく教えてくれるのに。
なんだか “あしらわれた” みたいで、胸がきゅっと痛んだ。
先輩は私から、視線を逸らし、すぐに窓の外を見た。
「そ、そうなんですか……わかりました」
でも、先輩の声音だけは、いつも通り穏やかだった。
その奥に、何か隠した優しさが潜んでいる気がして……
どこか、遠くの景色を見ているように感じた。
どうしてそう思ったのか自分でもわからない
けど、胸が少しだけ温かくなった。
* * *
本もダメ。
ネットもダメ。
海月先輩もダメ。
(じゃあ……誰に聞けばいいの?)
――凛先輩。
前に、卵のことを教えてくれた。
冷たかったけれど、答えてはくれた。
(もう一度……聞きに行ってみよう)
胸の奥で、小さな決意が灯った。
――明日、凛先輩に会いに行こう。




