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ふくとアクア部の日常  作者: たんすい
第5章:拳一つ半の距離
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“食べる命”と“愛でる命”

 翌日の昼休み。

 私は楓ちゃんを誘って、学校の図書館へ向かった。


 誰かがページをめくる音が、遠くで静かに響いている。


 産卵のことをもっと知りたくて、関連する本を探すことにした。

 もちろん、海月先輩にもすぐ相談したかったけど……凛先輩の言葉を思い出した。


(まずは自分で調べる。それでもわからなかったら聞こう)


 そう自分に誓った。だって、私とあべとまめの問題なんだから。


「アベニーパファーの繁殖かぁ。どんな本を探せばいいのかな? 図鑑? 飼育本?」

 楓ちゃんが首をかしげながら、書棚の間を歩いていく。


「ごめんね、楓ちゃん。つきあわせちゃって」


「いいのいいの。どうせ暇だったし。しかし彩花、ほんとに熱心だねぇ。フグの卵って、そんなに大事?」


「大事だよ! あべとまめの赤ちゃんなんだよ。……それに、命が生まれるってすごいことだと思う。昨日まで2匹しかいなかったのに、突然現れるんだよ?」


 私は本棚のラベルを指でなぞりながら、つい熱弁してしまった。


「言ってることはわかるけど、いまいちピンと来ないや」

 それが楓ちゃんの率直な返事だった。


 生物関連のコーナーに着いて、さっそく『熱帯魚の飼育』や『アクアリウム入門』を引っ張り出す。

 でも……。


「……あれ? アベニーパファーについての情報、ほとんどないね……」


 パラパラめくっても、グッピーやネオンテトラは詳しいのに、フグ、特に淡水フグのページはスルーか、ほんの数行だけ。

 卵の扱い方なんて、どこにも載っていなかった。


「彩花! すごいの見つけたよ! ほら、『ふぐの養殖』って本あるよ!」

 行き詰まる私の横で、楓ちゃんが分厚いハードカバーを得意げに差し出してきた。


「え、養殖!? それならプロの技術が載ってるかも!」


 期待してページをめくると――


「……トラフグ、トラフグ、マフグ……」


 そこに広がっていたのは、私の知る「アクアリウム」とは別世界だった。

 コンクリートの巨大な生簀いけす

 ひしめき合う何千匹もの魚影。

 極めつけは、出荷のために締められ、箱詰めされたフグたちの写真。


「……これは違う。こういうのじゃないよ……」


 ページをめくる手が重くなる。

 アベニーパファーという小さな命の情報は、どこにもない。


 本を閉じて肩を落とす私を、楓ちゃんがにやりと覗き込む。


「彩花、いっそトラフグ飼いなよ。大きく育てて、私にご馳走して。てっさ!」


「ええっ!? 楓ちゃん、まだそれ言う!?

 フグは愛でるもの! 食べるものじゃないってば!」


「アベニーパファーもトラフグぐらい大きくなればねぇ」


「そういう話じゃないでしょ!?

 じゃあさ、もし楓ちゃんのハムスター、私が“食べたい”って言ったらどうするの!」


「うーん……」


「悩むなぁぁぁぁ!!」


 つい声が大きくなってしまい、近くの図書委員に「静かに」と注意される。

 楓ちゃんが「ご、ごめん! 冗談冗談!」と慌てる姿につられて、私も笑った。


 命を「可愛い」と思う私と、「美味しそう」と思う楓ちゃん。

 価値観が違うって、案外ちゃんと向き合うと刺さるんだな。


(……でも、それでいいんだ。違うからこそ、友達でいられる)


 そして気づいた。

 淡水フグの世界は、想像以上にニッチだということ。

 普通の熱帯魚みたいに情報が溢れてるわけじゃない。


(本にも載ってない。誰も教えてくれない)


 図書館の静けさが、急にひんやりと感じられた。

 知識の海の中で、自分だけが取り残されているみたいで。


(じゃあ……どうすればいい?)


 諦めかけた心の奥で、小さな声が響く。


(……いや、違う。ここで止まりたくない)


 私は静けさの中でそっと拳を握った。


(ネットだ。あそこなら、世界中の「好き」が集まっているかもしれない)


 その瞬間、胸の奥に、小さくて確かな火が灯った。

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