フグは食べ物じゃありません!
放課後の教室で、机に教科書をしまっていると、隣の席の楓が声をかけてきた。
「ねえ彩花、部活はじめたんだって?」
振り返ると、楓は好奇心まるだしの顔で目をキラキラさせていた。
いつもズレた質問ばかりしてくるけど、結局笑わせてくれる友達だ。
「うん! アクア部に入ったんだよ。今ね、アベニーパファーっていう小さいフグを飼ってるの。すっごく可愛いんだ!」
思った以上に声が弾んでしまった。
本当に可愛いから仕方ない。黄色いお腹がぷっくりしてて、見てるだけで幸せになる。
「へえ」
楓は首をかしげた。
「フグ? ……え、学校の部活でフグ飼ってるの? それって、もしかして……食べられるフグ?」
「えっ!? 食べるって……!?」
予想の斜め上から来た質問に、思考が一瞬フリーズする。
「違う違う! アベニーパファーは観賞用なの! 指先くらいの大きさで……でも歯は鋭くて、巻貝はポリポリ食べちゃうけど……!」
慌てて弁解する私に、楓は「ふむふむ」とうなずいたあと――ニヤリと笑った。
「へぇ〜、なるほどね。じゃあ次はトラフグとかどう? 育ったら鍋パーティー!」
「ちょっと待って!? そんな部活じゃないから!」
思わず両手をぶんぶん振る。
でも楓は悪びれない。むしろ楽しそうだ。
「えー、残念。せっかくなら“実用的な部活”のほうがいいのに」
「フグは実用じゃないのっ!」
「うんうん、わかったわかった。……で、今度そのアベニーって子、見せてよ」
急に真面目なトーンになって、私は思わずにっこりする。
「いいよ! すっごく可愛いから。部室、見にきて!」
私は人差し指をピンと立てて念を押す。
「絶対に食べたりしないでね」
「しないしない。そんな小さいフグじゃ、お腹いっぱいにならないもん」
「もぉ〜〜っ!」
教室に抗議の声が響き、楓はお腹を抱えて笑った。
……ほんと、もう。
でも、こうして笑い合えるのは久しぶりだった。
近藤先生のこと、部の危機……いろんな不安があったけど――
今、こうして笑ってる自分がちょっと誇らしい。
「で、その可愛いフグの部活、どうなのよ?」
「あ、それなんだけど!」
私は待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「実は今、部員が足りなくて……あと一人集まらないと、廃部になっちゃうの!」
パン!と両手を合わせ、楓に拝み込む。
「だから、お願い楓ちゃん! アクア部に入ってくれないかな!? 絶対に面白いよ!」
必死な私の顔を、楓は数秒じっと見つめ――にこっと笑って言った。
「やめとく」
「即答!? なんで!?」
心のどこかで、ちょっとだけ期待していた。
「んー。だって私、飼うのってそんなに好きじゃないし、バイトもしてるしね」
「そ、そう……だよね。無理には言わないけど……」
落ち込みかけたところで、楓が肩を軽く叩く。
「でも応援はしてるからさ。早く新しい部員、見つかるといいね。今度はちゃんと観賞目的の人が」
「うう……がんばるよぉ……」
泣き言がこぼれたけど、明日は別の子に声をかけてみよう。そう思った。
「……じゃあさ」
鞄を肩にかけた楓が、ふと振り返る。
「その可愛いフグ、今から見せてよ。せっかくだし」
「え? いいの!?」
一気に気持ちが明るくなった。
「うん。入部はしないけど、見るくらいなら。ほら、『絶対可愛い』って力説してたじゃん。どのくらい可愛いのか確かめさせてもらうよ」
楓はイタズラっぽく笑う。
「もし期待外れだったら、フグ鍋ね」
「しないって言ってるでしょー!」
(怒るほどじゃないけど……やっぱりちょっと傷つくな。
この子は私にとって、ただの魚じゃないんだよ)
私は楓の腕を引っ張り、廊下へ飛び出した。




