言ってはいけない言葉
がらり、と。
静寂を破って、部室の扉が乱暴に開いた。
そこに立っていたのは、ジャージ姿の近藤先生だった。
(うわっ、この先生、苦手なんだよね……)
値踏みするような視線が、私の顔を一瞬だけなぞる。
先生は缶コーヒーを啜りながら、面倒くさそうに口を開いた。
「あれ? 今日は海月、1人じゃないのか。そっちの女子は?」
「福原さん。新入部員です」
先輩が冷静に答えると、近藤先生は「ふーん」と気のない相槌を打った。
「まあ、それはいいんだけどな。海月、お前も知っての通り、
この部はあと一人……合計三人集まらないと廃部だぞ」
「そんなこと、わかっています」
「じゃぁ、さっさと集めろよ。
顧問って言っても、俺の残業代出ないんだ。成果も出せない部活に付き合うの、正直しんどいんだわ」
そこまで一気にまくし立てると、先生はわざとらしく溜息をつき、
思い出したように嫌味っぽく付け加えた。
「それにしても、凛がいた頃はもうちっとマシだったのにな。
なんだっけ、あの虎みたいなフグ……ああ、でも、死んじまったんだっけ?」
その無神経な一言に、私の中で何かがぷつりと切れた。
違う。
そんな言い方、あんまりだ。
ガタッ――!
大きな音を立てて、それまで黙って話を聞いていた海月先輩が、
椅子から弾かれたように立ち上がった。
空気が凍る。
先輩の肩が、抑えきれない怒りで微かに震えていた。
その鋭い視線が、槍のように近藤先生を射抜く。
先生は一瞬たじろいだが、
すぐに人を食ったような薄笑いを浮かべた。
「おっと、悪い悪い。それは言っちゃまずかったか?」
悪びれた様子は、どこにもない。
むしろ先輩の反応を面白がっているように見えた。
近藤先生は満足げに鼻を鳴らすと、
気怠げな足取りで部室を去っていった。
扉が閉まると、部室には重たい沈黙が落ちた。
先輩は立ち上がったまま、固く拳を握りしめている。
私は、かける言葉が見つからなかった。
せっかく見つけた私の居場所が、
他人の悪意で、乱暴に踏みにじられていく。
悔しさと無力感で、胃が鉛のように重くなった。
どれくらい、そうしていただろう。
夕陽が校舎をオレンジ色に染め始めた頃、
深く息を吐き出す音と共に、先輩がゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「……なあ、福原」
先輩がぽつりと、口を開く。
「気晴らしになるかもしれないけどさ……アクアショップ、行く?
熱帯魚、綺麗だと思うよ」
「えっ!? は、はい! 行きます! 見たいです!」
ばねが弾けたみたいに、反射的に声が出た。
私は慌てて通学カバンを鷲掴みにする。
自分でも驚くくらい大きな声で、頬が一気に熱くなった。
入部初日から、先輩と二人でお出かけなんて――!
「……落ち着けって。そんなに慌てなくても、熱帯魚、逃げないから」
先輩は、ほんの少し呆れたように、
でもどこか楽しそうに、小さく苦笑した。
カチャリ、と古びた鍵の音が響く。
アクアショップ……。
いったい、どんな熱帯魚と会えるんだろう。
先輩の隣を歩きながら、
私の心は、静かに弾んでいた。




