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ふくとアクア部の日常  作者: たんすい
第4章:冷たい家、温かい朝
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デートじゃないってば!

 玄関のドアを開けた瞬間、ふわっと香るのは、焼きたてパンとスープの匂い。

 いつもの、あたたかい我が家の匂い。

 ——だけど今日は、ちょっと違う。


「ただいま〜」


 声が、思ったより弾んでいた。

 にまにま。にまにま。頬が勝手にゆるんじゃう。

 だって、だって――。


「おかえり、彩花〜。あら? なんかいいことあった?」


 お母さんの声が、すかさず飛んでくる。

 やばい、顔に出てる!?


「え? な、なんにもないよ?」


「ふ〜ん? じゃあその顔はなにかしら?」


「も、もうどうでもいいじゃないっ!」


 靴靴を脱ぐ手がわたわたして、私はお母さんの追及から逃げるように階段を駆け上がった。


「後で、何があったのか教えてちょうだいね♪」


「もう! 知らない!」


 部屋に飛び込み、ドアを閉めて、息を吐く。

 ベッドに倒れ込んだあと、ガバッと起き上がり――


 ——クローゼット、全開。


「うわぁぁ……明日なに着ていけばいいの〜〜〜っ!?」


 制服じゃない。

 でも、あからさまに気合いが入ってるのは絶対ダメ。

 でも、かわいくはしたい。


「わああああ~~~~~悩む~~~~~~!!」


 * * *


 夕食のテーブルには、あったかいポトフと、ふわふわのチーズパン。

 でも、私の心はそれどころじゃない。

 明日の服、明日の髪型、明日の会話……。


「ところで彩花、明日デートなんだって?」


「ブーーッ!?!?」


 盛大にスープをむせた。

 お母さんは、にやり。


「なななな、なに言ってるのお父さんっ!!」


「違うのか?」

 お父さんは眉ひとつ動かさずに言う。なんでそうなるの。


「あら? 違うの? お母さん、てっきり先輩さんとデートかと思ったのに〜」


「デートじゃない! 部のこと! ミーティング! 」


 私は慌てて説明した。


「部員が足りなくて……それに、顧問の先生が、いなくなっちゃって……」


 その瞬間、空気が一瞬だけ静かになった。


(……近藤先生のことは、言えない。まだ)


「そうなんだ……じゃあ彩花。がんばりなさい。」


「うん……」


 あったかい照明が、落ちかけた影をそっと溶かしていく。


「で? どこに行くんだ? デート?」


「だからデートじゃないってば! アクア・リュミエールだよ!」


「……あら? やっぱりデートじゃないのね〜」


「お母さ〜〜〜ん!!」


 もうムリだ。


「ごちそうさまでした!!」


 箸を置いて、私は逃げるように部屋へ戻った。


 * * *


 私はクローゼットの前に正座して、中身とにらみ合う。


「……白のカーディガン……いや、甘すぎる……

 デニム……いや、普段すぎる……!」


 考えれば考えるほど、どんどん迷宮。


 でも、ふっと気づいた。


(——先輩と一緒にいられるなら。

 きっと、何を着てても、楽しいんじゃない?)


 そう思った瞬間。

 胸が、ぽっとあたたかくなった。


「……うん。じゃあ、これにしよ。」


 選んだ服を丁寧にベッドに置く。

 部屋の明かりを落とし、布団にもぐる。


「……明日、たのしみ。」


 まぶたが、ゆっくり閉じる。


 水槽の水音はないはずなのに、

 どこかで、小さな波が、優しく揺れていた。

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