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ふくとアクア部の日常  作者: たんすい
第1章:しましまフグと始まりの泡
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アクア部の秘密

「それなら、私が二人目になります!」


 咄嗟に出た言葉だった。


(あれ? 私、今なに言った?)


「……二人目?」


 先輩が小さく呟く。

 その言葉を、ゆっくり噛みしめるように。


 先輩の目が、わずかに揺れた。

 驚きと、信じられないものを見るような光。


 けれどすぐに、柔らかい笑みに戻って――


「……変わってるね、君」


「えっ……」


 その一言に、胸の奥がきゅっと縮む。

 中学の頃、“変わってる”と言われ続けた日々が、思いがけず顔を出した。


「あ……ごめん。違う、そういう意味じゃない。気に障ったら許して」


 慌てた声に、私もはっとする。


「いや……こんな部、誰も見向きもしないと思ってたから。

 だから正直、驚いたんだ。……嬉しかった。

 変な言い方して、ごめん」


(やば……逆に気を使わせてる)


 空気を変えようと、私は急いで口を開いた。


「あ、えっと……自己紹介、遅れました。

 私、福原彩花。一年です。よろしくお願いします、先輩!」


「ほんとにいいのか? 三人集まらないと廃部なんだぞ」


「なんとかなります! 私も部員、探しますから」


 先輩は短く「ああ」と答え、

 再び水槽へ視線を戻した。


 横顔から感情は読み取りにくい。

 それでも、さっきまで張りつめていた空気が、少しだけ和らいだ気がした。


 ――そして、ずっと気になっていた“あの子”のことを、どうしても聞きたくなってしまう。


「あの、先輩。ポスターにいたフグ……あの子は、ここにはいないんですか?」


 ピンセットの動きが、ぴたりと止まる。


 先輩がゆっくりと振り返る。

 表情は穏やかなまま。

 けれど、その瞳が、一瞬だけ――

 何も映さないガラス玉のように見えた。


「ポスターの真ん中にいた、赤い目の……虎みたいな子です」


 その場の空気が、すっと重くなる。


「ああ……あの魚か。……あいつは、もう……いない。どこにも」


 その声は、さっきよりもずっと低く、静かだった。


“どこにも”――

 その言葉だけが、部室に重い影を落とす。


「えっ……」


 それ以上、言葉が出ない。

 理由を聞いてはいけない、と本能が告げていた。


「あの絵を描いたヤツも……」


 先輩は目を伏せ、続ける。


「今はもう、ここにはいないんだ。……悪い、今は話せない」


 きっぱりした拒絶じゃない。

 痛みをこらえるような声だった。


 大事にしまった宝物箱に、

 軽々しく触れてはいけない――そんな気持ちになる。


「……ごめんなさい、私――」


「いや。お前が謝ることじゃない。

 ……そのうち、話せる時が来たら、ちゃんと話すよ」


 その一言に、思わず息を呑む。


 この部室には、ただの思い出じゃない。

 もっと深くて、取り戻せない時間が眠っている。


 私の緊張を察したのか、先輩は少し困ったような顔をして、

 やがて諦めたみたいに、小さく笑った。


 赤い目の、虎のようなフグ。

 そして、それを描いた“誰か”。


 わずかな会話なのに、胸の中に小さな波紋が広がっていく。

 この静かな部室には、まだ私の知らない物語が、いくつも眠っている。


 その予感が、期待と好奇心を静かにかき立てた。


 私の新しい部活動が、いま、始まろうとしていた――。


 その時だった。


 がらり、と。


 静寂を破り、部室の扉が開いた。

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