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ふくとアクア部の日常  作者: たんすい
第3章:黒いフードの翡翠色
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静かな影と、命のノート

 しかし、そんな幸せな日々は、何の前触れもなく――静かに終わりを告げた。

 まるで、水面に落ちた一滴の影が、ゆっくりと広がっていくように。


 数日後、あれほど食いしん坊だったあべとまめが、ぴたりと餌を食べなくなってしまった。

 水槽を覗くたびに、二匹は底の方でじっとしていて、明らかに元気がない。


「ど、どうしよう……私が何か間違ったこと、しちゃったのかな……?」


 頭の中が真っ白になり、心臓がドクドクと嫌な音を立て始める。

 “命を預かる”という言葉の本当の重みが、ずしりと肩にのしかかった。


「先輩……! アベニーたちが餌を食べてくれないんです……どうしちゃったんでしょう……」


 半泣き状態の私を見て、海月先輩は水槽を一瞥し、静かに言った。


「落ち着け、ふく。たぶん――餌の与えすぎだ」


「はい、可愛くてつい……。フグってお腹大きいから、食いしん坊かなって思って……」


「それで水質が悪化したんだ。立ち上げたばかりの水槽じゃ、よくあるトラブルだ。

 あと、魚に合わせて餌の量も調節しないとな」


 先輩は一瞬だけ、遠い目をした。


「……心配するな。最初は誰も、そうやって失敗から学ぶものなんだ。まだ大丈夫だよ」


 その声が、私の胸の奥に、そっと灯りをともした。


「せ、先輩でも、失敗することがあるんですか……?」


「まあな。生き物を飼うってのは、トライアンドエラーの連続だからな。」


 先輩はいつものように淡々としていたけれど、その言葉には優しい重みがあった。


「とりあえず、まず水を三分の一、交換してみろ。

 一度に全部換えると、水質の変化で逆にストレスになる。――アクアリウムの基本だ」


 私は頷き、指示通り慎重に水換えを始めた。

 作業が終わると、先輩は小さな容器を取り出して、私に手渡した。


「ほら、これ。部室の隅でこっそり培養してた秘蔵のミジンコだ。

 栄養満点だから、弱ったフグにはいい餌になる。試してみろ」


 祈るような気持ちで、そのミジンコを水槽にそっと入れる。

 小さな粒が水中でぴょんぴょんと跳ねて、逃げ惑う。

 その姿は、まるで「生きたい」と叫んでいるようだった。


 そして――それに応えるように、あべとまめがゆっくりと動き出した。


「た、食べたっ! 先輩、アベニーたちがミジンコを食べてくれました!」


 歓喜の声を上げる私に、先輩はふっと息を吐き、口元に微かな笑みを浮かべた。


「ああ。水質が少し戻って、食欲も刺激されたんだろう。……安心したか、ふく?」


 その声には、いつもの気だるさとは違う、確かな優しさがあった。

 その温かさに、私の目頭がじんわりと熱くなる。


「……はいっ。本当に、失敗しなくてよかったです……!」


 心の底からの安堵で、全身の力が抜けていく。


 それからの私は、毎日欠かさず「あべ、まめ、今日の調子はどうかな?」と声をかけ、

 水質をチェックして、専用のノートに記録をつけた。


 小さなノートのページをめくるたびに、私は少しずつ“飼い主”になっていく気がした。

 そして、ふくの城には再び――小さな命のぬくもりが、ゆっくりと満ちていった。

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