アクア部の日常(其の三)
【アベニパファーの水槽の濾過を立ち上げるまでの1週間…】
【5日目】:命名騒動!ふぐまるハウスVSふくの城
部室でぼんやりと、まだ見ぬフグたちの楽園となる水槽を眺めていると、ふと素朴な疑問が湧いてきた。
「ねえ、先輩。先輩は飼ってるお魚さんたちに、名前とかつけたりするんですか?」
ピンセットで水草の手入れをしていた先輩は、その手を止め、少し考える素振りを見せた。
「魚に名前、ねえ……。いちいちつけないよ。面倒くさいから」
気だるそうな返事はいつも通り。
でも、すぐにいたずらっぽい笑みを浮かべて、逆に問い返してきた。
「……お前、来る日も来る日も、なにもいない水槽ばっか眺めてるしな。いっそ、その水槽に名前でもつけてみたらどうだ? 愛着も湧くだろ」
「えっ、い、いいんですか!? 私が勝手に名前を!?」
予想外の提案に、私は目を丸くする。
先輩は「お前が好きならいいんじゃねえの」と肩をすくめてみせた。
そのクールな優しさが、たまらなく先輩らしい。
「や、やったー! えっと、えっとですね……じゃあ……『ふぐまるハウス』! どうでしょう!?」
渾身のネーミングを披露すると、先輩は一瞬黙り込み、じーっと私の顔を見つめてきた。
そ、そんなに変かな……?
「……センス……は、まあ……悪くないな」
なんとか絞り出した声に、私はホッと胸をなでおろした。
その口元には、いつのまにか小さな笑みが浮かんでいる。
すると、先輩がポツリと呟いた。
「……俺なら、『ふくの城』って呼ぶけどな」
「えっ、先輩! そ、それ、めっちゃカッコイイです! 素敵すぎます!」
そのネーミングセンスに、私は思わず目を輝かせた。さすが先輩だ!
「ふぐまるハウス!」
「ふくの城!」
まるで子供みたいに、それぞれの名前を交互に言い合って笑い転げた。
「いや、やっぱ『ふくの城』の方が、なんかお前っぽいぞ。メルヘンチックで」
「も、もうっ、先輩ってば! からかわないでくださいよぅ!」
私がぷんすかと頬を膨らませると、先輩はさらに楽しそうに笑った。
部室に響く二人の笑い声。
なんだか、この部室が本当に私たちの“城”になったような、そんな温かい気持ちに包まれた。
先輩との心の距離が、またぐっと縮まった気がした、そんな放課後だった。
【6日目】:約束のイヴ~ふく来る聖夜に~
ついに明日。
待ちに待ったアベニーパファーを、この『ふくの城』にお迎えする日がやってくる!
部室で水槽の最終チェックをしながらも、私の胸は期待と不安でいっぱいだった。
「せんぱい……。わ、私、ちゃんと準備できたでしょうか……?
アベニーたち、気に入ってくれるかな……?」
少し弱気になった私に、先輩はいつもの気だるそうな口調で、でもどこか確信に満ちた声で言った。
「お前なら大丈夫だろ。あれだけ毎日フグフグ言ってたんだからな。
万が一、失敗しても……まあ、なんとかなるさ。俺もいるし」
最後の「俺もいるし」は、すごく小さな声だったけど、ちゃんと聞こえた。
水槽から聞こえるエアレーションの優しい水音が、まるで祝福の音楽のように響く。
「明日が、本当に楽しみ。待っててね、『ふくの城』」
思わず水槽に話しかけると、先輩がふっと微笑んだ気配がした。
「そうだな、ふく」
その声には、いつもよりずっと柔らかい響きがあった。
「早く会いたいけど……でも、フグたちのために、こうやって一生懸命準備して、
待ってる時間も、なんだか悪くないなって……思うようになりました」
最初はただ「早くアベニーに会いたい」だけだった。
けれどこの一週間で、私は少しだけ成長できたのかもしれない。
そして、運命の一週間が過ぎた――その日。
完璧に整えられた『ふくの城』を前に、私の胸はかつてないほど高鳴っていた。
「やっと、やっと会えるんだ……!」
明日の放課後、先輩と一緒に、小さくて可愛いアベニーパファーを迎えに行く約束をした。
その夜、布団に入っても、水槽のこと、そして明日出会う小さな命たちのことを考えると、
期待と興奮でなかなか寝付けそうになかった。
――まるで、遠足の前の夜みたいに。




