①アリス
理屈っぽくて可愛くない。
アリスが物心ついた時に初めて得た評価がそれだった。
アリスは王都から少し離れた南の地方都市で産まれた、何の変哲もない母子家庭の娘である。
アリスのママはそこそこ繁盛している食堂の従業員で、働きながらアリスを養った。
街の子供は教会に併設された教会学校で授業を受ける事が出来て、簡単な計算やこの国の歴史を学べる。才覚を表せば教会の推薦がもらえて、そうしたらもっと上級の学校に通うことだってできるのだ。
アリスはそこで、「理屈っぽい子供」「可愛くない」「カタブツ女」「デカイ」「嫁の貰い手が無い」などの評価をほしいままにした。
どうしてそう計算するの?
何故そのような答えになるの?
この人物が歴史上このような行動をしたのはなぜ?
なぜ、どうして?
アリスの頭の中には疑問がいつも渦巻いている。
だからそれを素直に口にしただけだ。
それなのに、街の同年代の子供達はアリスを煙たがり、平民がそんな必死に勉強しちゃってと馬鹿にし、周りの大人や教会学校の教師すらアリスを子供らしくないとこき下ろした。
身長が同年代の子供達の中でもかなり高めだったのも悪かった。
ノッポ、デカ女は物心ついてからアリスが一番聞いた罵倒である。アリスは自分の疑問を追いかけるのに夢中で、あまり気にした事はなかったが。
ママはアリスを普通に愛していた、普通に教育をしてくれて、贅沢は出来なくとも必需品は買ってもらえた。
そのママですら、ちょっと大人しくしてよ、お願い、人に質問をしないで、とアリスの疑問を邪魔するようになって久しい。
それがアリスの日常だった。
アリスは14歳になったばかりである。
15歳までに教会の推薦がもらえれば、教会を通して奨学金が出て、上級の学校に通える。
そうしたらもっと一杯本も読めるし、難しい授業も受けられるし、もしかしたら王都の学校に行けるかもしれないし、聡明な友人もできるかもしれない。
ひいては、わたしの疑問に全て答えてくれる方に出会えるかもしれない!
それがアリスの目標で、生きる意味だった。
**
「父親?…って?」
こればかりは仕方がない疑問だった。
ある日、学校が終わって家の事(ママは外で仕事をしているので、家事はアリスの仕事だった)をしていると、突然身なりのよいシュッとしたおじさんがママと一緒に自宅に入ってきた。
ママは見た事ないほど上機嫌で、石造りの集合住宅の2階におじさんを招き入れた時には、目元に涙を浮かべてすらいた。
「そうなのよ、アリス、あなたの本当のお父様が私とあなたを迎えに来てくれたの!」
「ええと…、生物学上の父という事でしょうか?」
身なりのよいおじさんこと紳士然とした男性が両腕でアリスを抱きしめたので、アリスはちょっとだけこそばゆかった。
男の瞳は、平民には珍しいと言われていたアリスの緑色の瞳と同じ色をしていた。
「生物学上、などと言わないでおくれ、かわ…可愛…大きくなったなアリス、お父様と呼んでおくれ。
君たち親子を私は一度手放してしまった…
前伯爵は私と君たちの関係を決して許さなかったから招くことができなかったのだ!
だが、伯爵は2年前に亡くなり、わたしは正式に爵位を継ぎ、そして正妻も亡くなった。
今や何の憂いも無く、君たちを招くことができる――」
感極まったようなママとその紳士は手を取り合って喜んでいる。
なるほど、と賢いアリスは頭の中で事実を整理する。
要するに、ママはこの貴族のおじさんの恋人か愛人か何かで、自分はその庶子なのだ。
前伯爵というからには、この男の両親か親族なのだろう、彼なり彼女なりが亡くなり実権を手にし、妻もいなくなった。
これ幸いとかつての愛人とその娘を屋敷に引き取ろうとしているのだ、なるほどなるほど。
可愛くない子供と評判のアリスだったが、それは賢しい事を揶揄されてそう評されるようになったものだ。
どことなく高貴な顔立ちと平民には珍しい緑色の瞳が輝くさまは、アリスをノッポと罵った近所の男子からしたって、顔は普通に美人なんだよなあと裏で言われている位には整った容姿をしていた。
そのアリスは、可愛らしいと一般的には評される仕草で、首をコテンと傾げて言った。
「でもお父様、私とママを捨てて、これまで放置したのですよね?
勿論お屋敷にお招きいただくのは難しかったでしょうけど、2年前に伯爵におなりになったのなら、それから一度も会いに来なかったのはなぜ?便りは一度も無かったと記憶していますが?本当にわたし達を愛していたのですか?何か証拠とかってあります?見せてもらって良いですか?」