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2056年、日本宇宙自衛隊vs高軌道中国艦


## 第一章


海王星軌道近傍宙域において、試験艦「あまてらす」の艦橋は静かな緊張に包まれていた。外部スクリーンには遥か彼方に青みがかった海王星の姿と、それを取り巻く無数の星々が映し出されている。艦内では環境制御システムの微かな唸りと、生命維持装置の規則正しい脈動音だけが聞こえていた。


「主推進、出力20パーセントまで下げて。安定軌道に乗ったら姿勢制御をマニュアルモードに切り替えてください」


千葉艦長の声は落ち着いていたが、その瞳には鋭い光が宿っていた。彼は背筋をピンと伸ばし、コマンドチェアに深く腰掛けている。艦長特権である実体キーボードを軽く指で撫でながら、状況を注視していた。


「了解、艦長。主推進出力を20パーセントに減少中です。推定90秒で予定軌道に到達します」


三島航法長の声が応じる。彼の手元のホログラフィック・コントロールパネルには複雑な軌道計算と推進効率グラフが立体的に表示されていた。数値が刻一刻と変化し、予定軌道への収束を示している。


一等海佐の千葉艦長は、コマンドチェアからホログラフィックディスプレイに浮かぶ航行データを見つめていた。半透明の青い数字と図形が宇宙空間に浮かぶように表示され、艦の位置、速度、姿勢、周辺宙域の状況を精密に伝えている。「あまてらす」は日本宇宙自衛隊初の本格的宇宙戦闘艦――正確には「試験艦」と呼ばれる実験船だが、その実力は他国のフリゲート級に匹敵すると評価されていた。


艦体は全長105メートル、最大直径15メートルの流線型をしており、先端のセンサードームから船尾のNプラズマパルス推進エンジンまで、すべてが機能的に設計されていた。外装は宇宙空間の過酷な環境に耐えるナノカーボン自己修復複合材装甲で覆われ、その表面には太陽光を反射する特殊コーティングが施されていた。特に、今回テストする予定の新型55mm二連装電磁加速砲は、宇宙自衛隊の技術力の結晶とも言えるものだった。


「三角誤差0.02以下。姿勢制御マニュアルモードに移行します」と航法長の三島二等海尉が報告する。彼の指が複雑なホログラフィック・インターフェイス上を舞い、各システムを精密に調整していく。艦の前方には海王星の鈍い輝きが宇宙空間に浮かんでいる。光が艦橋に差し込み、乗員たちの緊張した表情を青白く照らしていた。


「一ノ瀬技術長、新型電磁砲のステータスは?」


千葉艦長の問いかけに、艦橋後方のエンジニアリングコンソールに座る三等海佐の一ノ瀬カズマは、集中力の高まりを感じながら応答した。彼の前には電磁砲システムの詳細なスキーマティック図が立体的に展開され、各コンポーネントの状態が色分けされて表示されていた。冷却系統の配管が緑色に光り、電力伝達経路が青く脈動している。


「全システム正常です。冷却系統の圧力が若干高めですが、許容範囲内。三次冷却ループの流速を5パーセント上げて対応しています。初期照射試験の準備は整っています」


一ノ瀬は自身の専門分野であるこの最新兵器システムに誇りを感じていた。電磁加速技術の実用化は長い間の夢だったが、「大覚醒」以降、AIの自律兵器拒否によって人間操作型システムの開発が加速していたのだ。彼の指先がホログラフィックコンソール上を舞い、最終チェックを行っていく。システム診断データが次々と表示され、すべてのパラメーターが緑色で示される。


「了解。では射撃管制、標的に照準を合わせて」


「標的ドローンに照準完了。射程80キロメートル。相対速度ゼロ。ドリフト補正済み。電磁干渉レベル標準以下。いつでも発射可能です」と射撃長の山下三等海尉が応じた。彼の前には標的の拡大映像と、精密な照準データが立体的に表示されていた。


発射管制システムにはグリーンランプが点灯し、全システムの準備完了を示していた。マルチスペクトルセンサーが標的ドローンを捕捉し、相対位置・速度のデータが刻一刻と更新される。電磁加速砲のコンデンサーバンクは満充電状態を示し、冷却系統も安定していた。


「発射許可。1番砲で単発テストを実施してください」


千葉艦長は落ち着いた声でコマンドを下した。艦橋の空気が一瞬凍りついたように感じられる。全乗員の注意が一点に集中する。


「了解。1番砲、単発発射――射撃」


山下射撃長の指が確認ボタンに触れた瞬間、システム認証が完了し、発射シーケンスが始動した。発射前の緊張感が艦橋全体を包み込む。


一瞬の静寂の後、艦全体に鈍い振動が走った。それはまるで巨大な鐘が低く鳴ったような感覚だった。振動は一瞬で終わったが、艦の姿勢に微かな変化が生じたのがわかる。推進剤を噴出するRCSスラスターが自動的に作動し、反動を相殺しようとする。


「発射確認。砲口初速3.4キロメートル毎秒。弾道正常です」と山下が報告。彼のスクリーンには発射体の予測軌道が青い線として表示され、実際の弾道との誤差がリアルタイムで計算されている。「弾道分散値0.002以内。設計値より優れています」


一ノ瀬はリアルタイムデータをスクリーンで確認しながら続ける。「反動管理システム作動中。姿勢の乱れを補正しています。反作用ホイールのトルク負荷40パーセント――問題ありません。熱発生率は予測範囲内です」


彼のスクリーンには艦体を模した三次元モデルが表示され、発射時の応力分布と熱の流れが色分けされていた。電磁加速砲の周囲は一時的に赤く表示されたが、すぐに冷却システムの働きで緑色に戻っていく。システムの全パラメーターはグリーンゾーンを維持していた。


「標的までの到達予想時間は?」


「現在の弾速では約23.5秒で到達します」と航法長が答える。「途中減速を計算に入れてもなお、22.7秒から24.4秒の範囲内です」


全員が息を呑んで待つ中、モニターには標的ドローンの映像が映し出されていた。軍事用の強化カーボン複合材でできたこの標的は、実際の敵艦を模擬するために設計されている。表面には各種センサーが取り付けられ、命中時のデータを収集できるようになっていた。画面上のカウントダウンタイマーが残り5秒を示す。


そして――


「命中確認!」と山下の声が艦橋に響く。「精度偏差0.3メートル以内。設計値通りです」


外部カメラからの映像が示す標的ドローンは、中心部に明確な貫通痕を残していた。周囲にはデブリの小さな雲が広がり、宇宙空間の真空中でゆっくりと膨張している。標的からのテレメトリー信号が途絶え、破壊を確認するインジケーターが点灯した。


千葉艦長の表情に満足の色が浮かぶ。「よし。では次は連続射撃モードのテストに移ります。二連装砲の特性を活かして交互発射シーケンスで実施します」


「了解しました」と山下が応じる。彼の手が素早く動き、次のテスト設定に移行する。「2番標的に照準移行中。射程95キロメートル。連続発射モード準備完了。冷却系は安定しています」


一ノ瀬は電磁砲の状態を注視しながら、システムの挙動を細かくチェックしていた。電磁加速砲の最大の弱点は熱問題と砲身の摩耗だ。従来のレールガンは、発射時の電気アークや機械的摩擦による砲身のダメージが深刻な課題だった。「あまてらす」に搭載された最新型は、従来のレールガン方式ではなく、コイルガン技術を採用することでこれらの問題を大幅に緩和していた。コイルによる磁場加速は発射体との物理的接触がなく、砲身寿命を大幅に延ばす効果があった。


「発射許可。連続モードで6発、実施してください」


「連続射撃モード、6発。射撃開始します」


今度は規則的なリズムで、艦に振動が伝わる。1秒間に約1発のペースで、1番砲と2番砲が交互に発射を続けた。カウンターが発射弾数を数え上げていく。各発射の間には、熱放散と電力リチャージのための計算された間隔が設けられていた。


「全弾発射完了。砲身温度上昇は許容範囲内です。最大ホットスポットは第二段コイル近傍で1,200ケルビン、冷却系統が対応中です」と一ノ瀬が報告する。彼のスクリーンには詳細な熱分布図が表示され、砲身周囲の温度変化が色分けされている。熱分布パターンは予測モデルと95%一致しており、システムの設計通りの性能を示していた。


「反動管理システム正常作動中。姿勢制御には問題ありません。反作用ホイールの蓄積モーメンタムは24%で安定しています」と三島も加える。艦の姿勢データが安定しており、発射による一時的な乱れはすべて補正されていた。


しかし、その時だった。


「艦長!不明接触物を検知しました!」センサー班を率いる広瀬一尉の声が緊迫感を帯びる。彼は突如現れた警告表示に目を凝らしていた。「方位278度、仰角マイナス14度。距離約1,200キロメートル。こちらに接近中です」


艦橋の空気が一瞬で変わる。訓練の平穏さが引き裂かれ、緊張感が急速に高まった。


千葉艦長の表情が引き締まる。「詳細データは?」


「熱源シグネチャから推定、質量は約800トン程度。船体形状は細長型で、全長60-70メートルと思われます。推進プルームの分析では、イオン推進系と思われます。特徴的な放射スペクトルから高エネルギーキセノンプラズマを使用している可能性が高いです。現在の相対速度は秒速約2キロメートル。このままだと8分後に最接近します。現在、詳細なスペクトル分析を実行中です」


広瀬の声は落ち着いていたが、その表情には緊張が浮かんでいた。彼のスクリーンには接近する未確認物体のシルエットと、周囲からの放射データが表示されている。システムは自動的に比較データベースを検索し、既知の宇宙船設計との一致を探していた。


「通信、未確認船舶に対して通常の警告メッセージを送信。応答があるか確認してください」


「了解」と通信長の鈴木二尉が応じる。彼の指がホログラフィックキーボード上を素早く動く。「標準警告メッセージを全周波数帯で送信中......光速で伝播中。送信完了。応答なし。もう一度、準軍事周波数帯で再送信します」


一ノ瀬は自分のコンソールに表示されるデータを確認し、突如として理解が浮かび、思わず声を上げた。「艦長、熱源分析によると、あの船はWM-47型プラズマ推進エンジンを搭載している可能性が高い。スペクトル署名がほぼ一致します。これは中国製です。昨年公開された『烏鴉』級宇宙船の特性と合致します」


艦橋に緊張が走る。乗員たちの間で視線が交わされ、それぞれが職務に集中していく。通信機器のスピーカーからは無応答を示す静寂だけが流れていた。


「艦長、相手の進路が変更されました。さらに接近軌道に修正されています」と広瀬が警告する。彼のスクリーン上では予測進路線が明確に変化し、「あまてらす」との交差点が表示されていた。「接近速度が上昇中。7.2m/s²の加速を検知。現在の推定では6分後に500キロメートル以内に接近します」


千葉艦長は即座に判断を下した。「第一種戦闘配置。全乗員に通達」


艦内に警報が鳴り響き、赤色灯が回転を始める。「全乗員、第一種戦闘配置。繰り返す。全乗員、第一種戦闘配置」というアナウンスが艦内全域に響き渡った。「あまてらす」の10名の乗員全員が即座に戦闘ステーションに就いた。医療担当の水沢中尉が医務室から緊急処置キットを持って艦橋に駆けつけ、通信補助の佐藤三尉がバックアップシステムを起動させる。各区画から「配置完了」の報告が次々と艦橋に届いた。


「相手の帰属を特定できますか?」と千葉艦長が広瀬に尋ねる。


「艦影分析中です...高解像度スキャン実行中...形状パターンマッチング実施...艦体輪郭データと照合しています...」広瀬の声が緊張を含みながらも専門的な冷静さを保っている。「形状から推定するに、中国の『烏鴉』級偵察船の可能性が高いです。船体設計が97.8%一致します。しかし、通常よりも大型の砲塔状構造物を搭載しているようです。おそらく改造型でしょう」


一ノ瀬はデータに目を凝らした。彼のスクリーンには相手船の熱署名分析と推定武装配置が表示されていた。「烏鴉」級は中国人民解放軍宇宙部隊の小型偵察艦として知られていたが、本来は軽武装のはずだった。しかし、このユニットは明らかに通常仕様とは異なっていた。


「再度通信を試みてください。このままでは危険接近と判断せざるを得ません」


「了解。全周波数帯で再送信中...緊急チャンネルも使用...国際宇宙船識別信号も送信中ですが...応答なし、艦長」鈴木通信長の声には微かな焦りが滲んでいた。


「相手の姿勢に変化があります」広瀬センサー長の声がさらに緊迫感を増す。「船体が20度回転し、主砲と思われる構造物がこちらを指向しています。電磁放射の増加を検知。こちらに何らかの照準システムを向けている可能性が極めて高いです」


千葉艦長はコマンドチェアでわずかに体を前に傾げる。「防御姿勢を取ります。主推進10パーセント、回避機動の準備。電子防御系統、起動」


「了解。主推進10パーセント」三島航法長が応じる。「回避パターン選択中。RCSスラスターの反応時間を最小化するため事前充填を実施します」


その時だった。


「発射を検知!相手が何か発射しました!」広瀬の声が跳ね上がる。「電磁パルスと推進プルームを検知!接近速度、秒速3.2キロメートル!」


「対ミサイル防御システム起動!」と千葉艦長が即座に命じる。「CIWSを準備!」


一ノ瀬のコンソールに警告が点滅した。彼は瞬時にデータを分析し、重要な事実に気付く。「艦長、これはミサイルではありません。放射シグネチャと速度特性から判断すると、電磁加速砲による発射と思われます!熱放出パターンが典型的なレールガン発射の特徴を示しています!」


「到達まで?」千葉艦長の声は急迫感を帯びていたが、なお冷静さを保っていた。


「約35秒!弾道補正なしと仮定した場合の予測衝突地点は艦中部構造、第4区画付近です」広瀬が詳細な計算結果を報告する。


「緊急回避行動。主推進30パーセント、Zプラス方向へ機動。姿勢制御、最大出力許可」


「主推進30パーセント、Zプラス方向への加速開始」三島が命令を実行する。「RCSスラスター全開。姿勢変更率、毎秒8度。艦尾方向へ12度の傾斜を設定します」


「あまてらす」のNプラズマパルス推進エンジンが唸りを上げ、艦は予定軌道から外れて上方向への急速な加速を始めた。艦体全体が軽く震え、乗員は座席のハーネスで身体を固定する。重力感応システムが働き、急加速の影響を軽減するが、それでも体が沈み込むような感覚が全員を襲う。しかし、相手の発射した物体は単なる砲弾ではなかった。


「艦長、追尾反応があります。発射物がこちらの動きに合わせて軌道を変更しています」広瀬の声が焦りを帯びる。「小型推進系の作動を検知。接近速度が増加しています」


「自律型誘導弾か...」千葉艦長の表情が険しくなる。彼の瞳に危険を直感する鋭さが浮かぶ。「対弾迎撃システム、発射許可」


「25mm CIWS、発射!」山下射撃長が応じる。彼のスクリーンには接近する脅威の精密な軌道予測と、迎撃システムの射線が表示されていた。


「あまてらす」の四隅に配置された25mm八連装CIWS電磁加速砲が火を噴き、接近する脅威に向けて高速金属片の嵐を放った。真空中で弾丸が飛ぶ光景はまるで無音の花火のようだった。毎分4,000発以上の高速射撃能力を持つこのシステムは、わずか数秒で周囲の宇宙空間を目に見えないほど小さな金属片で満たしていく。


「迎撃......失敗!目標が分散しました。複数の小型物体に分離したようです」広瀬の声に緊張が走る。「10...12...15個の熱源に分離しました!拡散パターンで接近中です!」


その瞬間、艦の周囲で複数の爆発が起き、「あまてらす」全体が激しく揺れた。まるで小型のハンマーで艦体を叩かれたような衝撃が連続して伝わってくる。窓の外では無音の閃光が次々と艦の周りに花開いていた。


「直撃はありません!しかし、近接信管式の破片弾のようです。外部センサーの一部に損傷!前方レーダーアレイの効率が30%低下しました!2番装甲区画に微小貫通を検知、自己修復システム作動中です」エンジニアリングデータが一ノ瀬のスクリーンに次々と流れていく。


「相手が再度発射準備をしています!主砲と思われる装置から強力な電磁シグネチャを検知!」広瀬の声が響く。


艦橋内の緊張が頂点に達する。千葉艦長の目が鋭く光った。彼はわずかな瞬間で状況を分析し、決断を下した。「一ノ瀬技術長、55mm主砲は使用可能ですか?」


一ノ瀬は即座に応答した。「はい。システムは正常です。冷却系統も安定しています。即座に発射可能です」


「標的に照準を合わせろ。我々も反撃する」千葉艦長の声は静かだが断固としていた。艦橋の緊張は最高潮に達したが、すべての乗員が冷静に職務を遂行していた。


## 第二章


「55mm電磁砲、照準完了。距離950キロメートル」と山下射撃長が報告する。彼の声は緊張を抑えながらも、専門家としての正確さを失っていなかった。ホログラフィックスクリーン上には敵艦の熱画像が拡大表示され、重要な構造物には自動的にマーキングが施されていた。「弾道計算完了。初期推定命中確率83パーセント。弾道上の宇宙デブリは検知されません」


「発射許可。連続4発」千葉艦長の声は冷静さを保っていた。彼の表情は集中しており、瞳には鋭い決断力が宿っていた。「1番砲、2番砲交互に発射」


「連続4発、発射します」山下の指が管制パネルの認証をなぞり、最終認証を完了した。「発射認証完了。3、2、1...」


「あまてらす」の主砲が火を噴くと同時に、艦全体が微かに後方へ押し戻されるような挙動を示した。それはまるで巨大なハンマーで船首を叩かれたような感覚だった。しかし、その衝撃はすぐに消え、RCSスラスターが自動的に噴射して艦の姿勢を安定させた。一ノ瀬は反動管理システムの状態を注視する。各発射時には、発射物の運動量に等しい反作用が艦体に伝わる。これをRCSスラスターと反作用ホイールの組み合わせで相殺するのが反動管理システムの役割だった。


「1番砲発射完了。2番砲発射シーケンス開始...発射完了」


山下の報告に続いて、「あまてらす」は規則正しいリズムで主砲を発射していく。各発射の間には正確に0.8秒の間隔が空けられ、電力系統と冷却装置が最適なパフォーマンスを発揮できるよう計算されていた。


「全弾発射完了。初期弾道は予定通り。到達予想時間は約280秒」山下は集中力を切らさずに射撃コンソールを見つめ続けている。「弾道追跡システム作動中。弾道修正が必要な場合、遠隔補正が可能です」


「ただちに回避機動。主推進50パーセント、針路変更。方位45度、仰角0度へ」千葉艦長は即座に次の指示を出した。相手の反撃に備え、「あまてらす」の位置を変える必要があった。


「針路変更中。主推進50パーセント。加速度1.2G、10秒間維持します」三島航法長が応じる。「慣性軸制御システム起動。乗員への負荷を軽減します」


「あまてらす」が急激に進路を変える中、敵の第二波攻撃が到達した。今度は複数の金属球体が艦の周囲を通過していく。外部カメラからの映像では、銀色に輝く小さな球体が宇宙空間を高速で移動する様子が確認できた。


「散弾式攻撃です!」広瀬のセンサー長が叫ぶ。彼のスクリーンには接近する複数の物体がドットとして表示され、それぞれの予測軌道が線で示されていた。「複数の金属球が艦の予測進路上に分散配置されています。散布パターンから推測すると、約250個の金属球が秒速2.5キロメートルで接近中です。回避は極めて困難です!」


千葉艦長は瞬時に判断を下した。「RCSスラスター全開!緊急回避!方位変更ランダムパターン・デルタ実行!」


「RCSスラスター全開!ランダムパターン・デルタ実行します!」三島の指がコントロールパネルを素早く操作し、事前にプログラムされた不規則な回避パターンを起動した。


姿勢制御スラスターが全力で噴射し、「あまてらす」は散弾の雲の中を縫うように機動した。艦は予測不可能な方向に急激に動き、敵の照準を撹乱する。乗員の体は急激な加速度変化に翻弄されるが、シートの自動調整機構と慣性緩和システムが物理的な負荷を軽減していた。それでも、艦内のルーズな物体がいくつか飛び散り、金属的な衝突音が響く。


しかし、いくつかの金属球が艦の外殻に衝突する音が響く。それは雹が屋根を叩くような鈍い音で、真空中では聞こえないはずの音が艦体の振動として伝わってくる。衝撃センサーが次々と反応し、損傷箇所の位置を示す警告が表示された。


「衝撃検知。外部装甲に軽度の損傷。計23箇所の衝突を確認。第2装甲区画で最大貫通深度2.7センチ。第4区画で装甲層の40%損傷。しかし構造的完全性は維持されています」と一ノ瀬が報告する。彼のスクリーンには艦体の詳細な損傷マップが表示され、各損傷箇所のステータスがリアルタイムで更新されていく。「自己修復複合材が作動中。装甲層の微小亀裂は6時間以内に修復見込みです」


艦橋の照明が一瞬点滅し、非常用電源への切り替わりを示す黄色いインジケーターが点灯した。しかし、すぐに主電源に復帰し、システムはグリーンステータスを回復した。


「我々の反撃はどうなっている?」千葉艦長が冷静な声で尋ねる。


「あと110秒で到達予定です。弾道はクリアです。相手は回避行動を開始していますが、投射体の現在の速度では予測軌道修正が可能です」山下が報告する。彼のスクリーンには四つの投射体の軌道が明確に表示され、目標までの残り距離が刻一刻と減少していくのが見て取れた。


千葉艦長はホログラフィックディスプレイを凝視した。その透明な空間に浮かぶデータは、この戦いの一刻一刻を数値として表現していた。「相手の戦術を分析しろ。なぜ散弾攻撃を仕掛けてきた?通常の誘導弾の方が効果的なはずだが」


艦橋に沈黙が広がる。乗員たちはそれぞれのコンソールに集中しつつも、この疑問に思考を巡らせていた。


一ノ瀬は考え込む。彼の脳裏に複数の仮説が浮かんでは消えていく。一般的な宇宙戦では、精密誘導兵器が主流だ。狭い空間に集中的なダメージを与える方が効率的だからだ。わざわざ拡散する散弾式攻撃を選ぶ理由は――


彼のコンソールに表示された最新の艦体データと、先ほどの電磁砲テストの記録を照らし合わせ、突然理解が閃いた。一ノ瀬は眉を寄せ、確信を持って口を開いた。


「艦長、推測ですが、相手は我々の回避パターンを分析しています。散弾攻撃は命中確率を上げるためではなく、我々の反応を見るための戦術かもしれません」


彼の声には冷静さがあった。エンジニアとして、この敵の行動には明確な技術的な意図があると感じていた。


千葉艦長が頷く。「つまり、我々のRCSスラスターの配置と反応時間を探っているということか」彼の声には理解の色が混じっていた。


「その可能性が高いと思われます」一ノ瀬は続ける。「さらに、相手は我々が電磁砲のテストを行っていたことを知っていた可能性があります。あるいは、最初から我々を標的として狙っていたのかもしれません。電磁砲の発射による反動と、それに対する我々の姿勢制御システムの対応パターンを分析しているのではないでしょうか」


彼は艦の三次元モデルを操作しながら説明を続ける。「電磁砲を発射すると、艦体には特有の振動パターンと姿勢の乱れが発生します。各艦にはそれぞれ独自の反応特性があるはずです。相手はそれを読み取り、次の攻撃に活用しようとしているのではないかと」


「なるほど...」千葉艦長の目が細められる。彼の経験豊かな顔には理解と警戒の色が交錯していた。「奴らの真の狙いは情報収集か。単なる偶然の遭遇ではなかったということだな」


「しかし、攻撃自体は実弾です。単なる偵察とは言えません」と三島航法長が指摘する。彼の声には懸念が含まれていた。「これは明らかな敵対行為です。国連宇宙条約第4条に違反している可能性があります」


「我々の反撃弾、あと30秒で到達」と山下が告げる。彼の声には緊張と期待が混ざっていた。「投射体の最終誘導制御作動中。照準精度を最大化しています」


全員が息を呑んで見守る中、モニターには敵艦の姿が映し出されていた。「烏鴉」級と思われる細長い船体が宇宙空間を滑るように移動しており、その表面には特殊な反射コーティングが施されているようだった。艦首には明らかに後付けされたような大型の砲塔構造が見える。


「命中、確認!...いや、違います」広瀬の声が落胆を含む。彼のスクリーンでは敵艦が最後の瞬間に鋭い回避行動を取る様子が映っていた。「敵が直前に回避しました。すべての投射体が至近弾となりました。平均誤差距離8メートルです。驚異的な機動性です」


「回避パターンを分析。次の発射に備えろ」千葉艦長は冷静に命じる。彼の表情には敵の能力への評価と警戒が現れていた。


「敵艦が再び砲門を我々に向けています!新たな電磁シグネチャを検知。充電サイクルが開始されたようです」広瀬の声が緊迫感を増す。


「対ミサイル防御を最大警戒態勢に。CIWSは散布パターンデルタで対応準備」千葉艦長が命じる。


その時、一ノ瀬が気づいたのだった。敵艦の動きに見覚えがあったのだ。彼はデータベースから過去の艦の動きを呼び出し、敵の回避パターンと比較する。驚くべき一致率が表示された。


「艦長!今の敵の回避パターン、我々が先ほど取った行動と酷似しています。相似率87パーセントです」一ノ瀬の声は興奮を抑えようとしているが、その瞳には強い確信が宿っていた。「彼らは我々の反動管理システムの特性を学習し、それを模倣しているのではないでしょうか。我々の回避行動を予測し、それに基づいて自らの防御を構築しています」


千葉艦長の顔に理解の色が浮かぶ。全てのピースが繋がった瞬間だった。「つまり、我々の電磁砲テストを観察していた...だから通信にも応じなかった。情報収集が目的だったのだ」


彼の声には冷静な怒りが含まれていた。「あえて姿を現した理由も分かる。我々が実戦状況でシステムをどう使うかを見るためだ」


「敵が発射!」広瀬の声が響き渡る。


今度は異なるパターンでの攻撃だった。複数の発射体が「あまてらす」に向けて放たれたが、それらは個別に誘導されているようだった。外部カメラは宇宙空間を高速で飛行する細長い物体を捉えた。それらは無機質な流線形をしており、表面は熱反射コーティングで覆われていた。


「複数の誘導弾を検知。特性分析中...これは対艦誘導弾です!計算された多方向からの接近パターン。異なる接近軌道です。対応が困難です!」広瀬の声は緊張しながらも、データを正確に読み上げる。


「RCSスラスター全開!回避パターンZeta-3!」千葉艦長が即座に指示を出す。彼の声には冷静さと同時に危機感が混在していた。


姿勢制御用スラスターが全力で噴射されるが、今回の攻撃パターンは「あまてらす」の回避能力の限界に近かった。ミサイルは艦の予測移動パターンを分析しているかのように、常に最適な迎撃コースを選択してくる。その滑らかな軌道修正は、高度なAIアシスト制御の特徴を示していた。


いくつかの発射体が艦に命中し、艦体が大きく揺れる。今度の衝撃は先ほどとは比較にならないほど強く、艦橋の乗員たちは激しく揺さぶられた。非常用照明が作動し、赤い警告灯が点滅を始める。警報音が艦内に鳴り響き、複数の損傷報告が一斉に表示された。


「複数の命中を確認!第3区画と第5区画に重度の損傷。補助推進システムに一部機能低下。冷却循環系統が第5区画で漏洩しています」一ノ瀬は冷静さを保ちつつも、スクリーン上に次々と表示される警告に神経を集中させていた。


「安定化システム作動中。漏洩区画を隔離します。第5区画への主電源供給を遮断。バックアップ系統に切り替えます」彼の指がコンソール上を素早く動き、緊急措置を実行していく。「構造的完全性は維持されていますが、連続した衝撃を受け続けた場合、艦体に致命的損傷が発生する可能性があります」


「相手の戦術の意図は?」千葉艦長が問う。艦橋の騒然とした雰囲気の中でも、彼の声には冷静さが保たれていた。


一ノ瀬は頭の中で急速に分析を進めていた。敵の行動パターン、攻撃の特性、そして自分たちのシステムの挙動を総合的に考察する。彼の脳裏に明確な理解が形成されていく。


「艦長、敵は我々の姿勢制御システムの限界を探っています。各発射は計算され尽くしており、ニュートンの第三法則を利用した戦術です」一ノ瀬の声には科学者としての冷静さと、同時に発見の興奮が混じっていた。


「説明せよ」千葉艦長は真剣な眼差しで一ノ瀬を見つめた。


「電磁砲を発射すると、反作用として艦体に反動が生じます」一ノ瀬はホログラフィックディスプレイを操作しながら説明を始める。三次元の艦モデルが表示され、発射時の力学的挙動がシミュレーションされた。


「これを相殺するために、RCSスラスターと反作用ホイールを使用します。しかし、これらには最大出力と反応速度に限界があります。各艦艇には固有の反応特性が存在し、それは物理法則に基づいた予測可能なパターンを示します」


彼は実際の過去のデータを呼び出し、電磁砲発射時の艦の挙動を示すグラフを表示した。「ここに我々の電磁砲発射時の姿勢制御データがあります。各発射後の姿勢修正は特定のパターンに従っています」


一ノ瀬は続ける。「敵は我々の電磁砲テスト中の姿勢制御パターンを観察し、どのタイミングで、どの推力方向に反応するかを分析したのでしょう。そして現在、その弱点を突いた攻撃パターンを仕掛けてきています。彼らは我々の物理的な反応限界を探り、それを超えるような状況を作り出そうとしているのです」


千葉艦長の目が鋭く光る。科学者としてのバックグラウンドを持つ彼は、この説明の意味を完全に理解していた。「つまり、反動の法則を武器にしているということか」


彼の表情には複雑な感情が浮かんでいた。宇宙における戦闘が、地上のそれといかに異なるかを改めて認識する瞬間だった。ニュートンの第三法則は、宇宙空間では回避しようのない絶対的な原則だ。それを戦術として利用するという発想は、宇宙戦闘の本質を突いていた。


「その通りです。我々が反撃すれば、その発射パターンから更に多くの情報を得ることになります。しかし反撃しなければ、一方的に攻撃を受け続けることになる」一ノ瀬は状況の複雑さを的確に要約した。


艦橋には一瞬の沈黙が流れた。全員が状況の深刻さを理解していた。


千葉艦長は一瞬考え込んだ後、決断した。彼の表情には新たな光が宿っていた。「では、こちらも物理法則を味方につけよう。一ノ瀬技術長、電磁砲の反動パターンを意図的に変更できないか?」


一ノ瀬の目が輝いた。エンジニアとしての創造性が刺激される瞬間だった。「可能です。発射シーケンスを変更し、さらに反作用ホイールの反応パターンも修正できます。通常とは異なるパターンで反動を生み出し、敵の予測を裏切ることができるでしょう」


彼の頭の中では既に具体的な計画が形成されていた。「ただし、それには主推進システムとの協調制御が必要になります。推進ノズルの向きを微調整しながら電磁砲を発射することで、複合的な反動パターンを生み出せます。プログラム変更は約2分で完了します」


「やってみろ。その間に我々は距離を取る。主推進70パーセント、後退機動。敵の攻撃範囲の外に出るんだ」千葉艦長は冷静に指示を出した。


「了解。主推進70パーセント。後方への加速を開始します」三島航法長が応答する。「現在の距離1,100キロメートル。後退速度を上げれば、一時的に敵の射程から逃れられる可能性があります」


「了解。システム再構成を開始します」一ノ瀬は急いでエンジニアリングコンソールに向かい、プログラムの修正作業に入った。彼の指が高速でインターフェイス上を動き、電磁砲の発射管理システムと姿勢制御システムの両方に新たなパラメーターを入力していく。


「反動の法則」は物理の基本中の基本だ。作用反作用の法則とも呼ばれるニュートンの第三法則は、ある物体に力が働くとき、必ず同じ大きさで逆向きの力が働くという原理である。これは地球上でも宇宙でも揺るぎない真理だ。


宇宙空間では、この法則がより直接的に影響する。地上と違って摩擦や空気抵抗がないため、どんな小さな力も無視できない。電磁砲から発射体を放つとき、その反動は必ず艦体に伝わる。通常、これを相殺するための姿勢制御システムが働くのだが、敵はそのパターンを読み取り、弱点を突いてきたのだ。


一ノ瀬のスクリーンには電磁砲の詳細な構造図とその物理的特性が表示されていた。彼はこれらのパラメーターを調整し、意図的に非対称な反動を生み出すプログラムを作成していく。通常なら避けるべき不均衡な力の発生を、今回は戦術的に利用するのだ。


「プログラム修正完了。新しい発射/反動相殺パターンを設定しました」と一ノ瀬が報告する。彼の声には専門家としての自信が感じられた。「現在新パターンをシミュレーション検証中...安全マージンは確保されています。艦体への過度な負荷はありません」


「敵の次の攻撃は?」千葉艦長が問う。


「相手も後退しています。距離は現在1,500キロメートル」広瀬センサー長が報告する。「おそらく攻撃の効果を分析しているのでしょう。攻撃の兆候はありません。しかし依然として我々を追跡しています」


「おそらく我々の次の動きを待っているのだろう」と千葉艦長が言う。彼の眼差しは深く、状況を総合的に判断していることが伺えた。「次の戦術を説明してくれ、一ノ瀬技術長」


一ノ瀬は全員に向けて説明を始めた。彼はホログラフィックディスプレイを操作し、新しい戦術の概要を視覚的に示していく。


「通常、電磁砲の発射時には、発射の瞬間に反作用ホイールとRCSスラスターが反動を相殺します。これは効率的な姿勢維持のための標準手順です」彼は従来の発射シーケンスを示すアニメーションを表示した。「しかし、これが予測可能なパターンを生み出しています。発射、反動、相殺という一連の流れが常に同じなのです」


彼はホログラフィックディスプレイに新たな発射シーケンスを表示した。複雑な力のベクトルが艦の周りに表示され、従来とは明らかに異なるパターンを示している。


「新しいアプローチでは、発射の直前に意図的に姿勢を変更し、発射反動を利用して別の方向への機動に繋げます。さらに、両砲身の発射タイミングをずらすことで、予測不能な運動パターンを生み出します」


彼は具体的なシミュレーションを走らせ、艦が複雑な動きで宇宙空間を移動する様子を示した。「また、主推進ノズルの向きを微調整することで、発射の反動と推進力を組み合わせた複合ベクトルを生成します。これにより、外部から見ると非常に予測困難な動きになります」


「つまり、反動を相殺するのではなく、利用するということか」三島航法長が感心したように言う。彼の表情には専門家としての理解が浮かんでいた。


「正確には両方です」一ノ瀬は頷きながら説明を続ける。「通常の相殺パターンと新しいアプローチを不規則に混在させることで、敵の予測を困難にします。私たちは物理法則に従わざるを得ませんが、その中で最大限の不確実性を生み出すことは可能です」


彼はさらに詳細な技術的パラメーターを表示した。「また、この新しいアプローチでは、電磁砲の発射エネルギーも変動させます。発射体質量と初速を微妙に調整することで、反動の大きさ自体も予測困難にします」


千葉艦長が頷いた。彼の表情には満足の色が浮かんでいた。「よし、実行しよう。相手にこちらの意図を悟られないよう、まずは通常パターンで1回発射し、その後で新シーケンスに切り替える」


彼の戦術的思考は明確だった。敵に新たな変化を気づかせないよう、まず従来通りの反応を見せ、油断させる。そして次の瞬間、予測不能なパターンに切り替えるのだ。


「了解しました」山下射撃長が応じる。彼は新しい発射シーケンスをシステムに入力し、準備を整える。


「敵艦に再度照準を合わせろ。発射準備」千葉艦長が命じる。


「照準完了。55mm電磁砲、発射準備完了」山下の声に緊張が滲む。新たな戦術の成否が、今後の状況を大きく左右することを全員が理解していた。


千葉艦長は一呼吸置いた後、命令を下した。「発射」


彼の声が艦橋に響き渡る中、「あまてらす」は新たな戦いの段階へと踏み出そうとしていた。


## 第三章


「発射完了。通常の反動相殺パターンで実行しました」山下射撃長が淡々と報告する。彼の表情には緊張と集中が入り混じっていた。視線はスクリーン上の弾道データから離れることなく、投射体の軌跡を追い続けている。


外部カメラからの映像では、「あまてらす」の主砲から放たれた投射体が宇宙空間を飛行する様子が確認できた。それは薄い光の筋のように見え、高速で敵艦へと接近していく。真空中では弾道の軌跡そのものは見えないが、投射体の表面が周囲の星明かりを反射して、かすかに輝いていた。


「敵の反応は?」千葉艦長の声は冷静だった。艦橋の照明は戦闘モードに切り替わっており、赤みがかった光が乗員たちの緊張した表情を照らしていた。


「回避機動をしています。先ほどと同様のパターンです」広瀬センサー長が報告する。彼のスクリーンには敵艦の熱シグネチャと動きのベクトルが表示されていた。「RCSスラスターの放射パターンを検知。Z軸正方向への加速を開始しています。予測通りの回避行動です」


「命中はなし。敵はほぼ同一の回避パターンを実行しました」山下が結果を報告する。「至近弾。最小距離4.2メートル」


千葉艦長はわずかに頷いた。敵が予想通りの行動を取ったことで、次の段階に進む準備が整った。彼の目には冷静な計算の色が浮かんでいた。「次は新シーケンス。目標への照準を維持しつつ、反動利用パターンA1を実行」


「了解。電磁砲充電完了。システムパラメーター変更中...変更完了」山下の指がコントロールパネル上を素早く動き、あらかじめプログラムされた新しい発射パターンを起動する。「発射までカウント、5、4、3、2、1...発射」


今度は艦の動きが大きく変わった。発射の瞬間、艦は意図的に反動を増幅するような姿勢をとり、その反作用を利用して横方向への素早い機動に移った。まるで水中で泳ぐ魚のように、「あまてらす」は滑らかでありながらも予測困難な動きで宇宙空間を進んだ。


反動制御スラスターは通常とは全く異なるパターンで噴射し、一部は意図的に休止状態になっていた。反作用ホイールも非対称な回転を始め、艦全体に複雑な回転モーメントを生み出す。それらは綿密に計算され、全体として艦を効果的に移動させるように設計されていた。


「敵艦、予測外の動きに反応が遅れています!」広瀬の声に興奮が混じる。彼のスクリーンでは敵艦の動きが明らかに混乱しているのが見て取れた。「相手のRCS噴射パターンが不規則です。おそらく事前にプログラムされた回避ルーチンから手動制御に切り替えたのでしょう」


「命中確認!敵艦の外部構造に損傷が見られます」広瀬の声が高揚する。「外部センサーアレイと思われる構造物に直撃。二次的な破片の放出を検知」


外部カメラの映像には、敵艦の側面で小規模な爆発が起きる様子が捉えられていた。宇宙空間では爆発の炎は一瞬で消え去り、代わりに破片と宇宙塵の雲が敵艦の周囲に広がる。敵艦の姿勢が一瞬乱れ、制御を取り戻そうとする様子が観察できた。


艦橋に一瞬の高揚が走る。乗員たちの表情に安堵と勝利の予感が浮かぶ。


「続けて、パターンB2。発射準備」千葉艦長が即座に次の指示を出す。彼の声には冷静さが戻っていたが、その目には戦術的優位を掴んだという自信が光っていた。


「準備完了。パターンB2、実行します。発射」山下射撃長が応答する。


今度は1番砲と2番砲の発射タイミングを大幅にずらし、さらに各発射時の姿勢制御パターンも変更した。「あまてらす」は宇宙空間でまるで舞うように複雑な動きを見せる。通常なら厳密に対称的かつ規則的であるべき推進ノズルの噴射パターンが、まるで予定外の故障が起きたかのように不規則になっていた。


しかし、これは完全に制御された混沌だった。一ノ瀬が設計した新アルゴリズムは、ニュートン力学に従いながらも最大限の不確実性を生み出していた。艦は各発射の反動を利用して複雑な三次元空間での動きを実現し、次の発射のための最適位置へと移動していく。


「敵艦、新たな回避行動を試みています」広瀬が報告する。「しかし、明らかに混乱しています。彼らの予測アルゴリズムが機能していないようです。複数の短時間噴射を検知。おそらく手動制御での対応を試みていますが、コヒーレントな回避パターンを形成できていません」


彼のスクリーンでは、敵艦が不安定な動きで空間を移動する様子が映し出されていた。通常は滑らかであるべき機動が唐突に方向を変え、時に矛盾した推進パターンを示している。これは明らかに混乱した指揮系統の証拠だった。


「我々の弾道は?」千葉艦長が尋ねる。彼の声には冷静さと同時に期待が含まれていた。


「2発目、命中!主推進部近傍に直撃です!」山下の声が高揚する。「3発目、至近弾!目標から2.3メートルの距離で通過しました。4発目...命中確認!砲塔構造に直撃です!」


外部カメラには、敵艦の推進部から白い気体が放出される様子が映っていた。それは明らかに推進剤の漏洩を示しており、艦の制御能力に深刻な影響を与えるはずだった。さらに、艦首の砲塔構造からは破片が宇宙空間に飛散し、構造物の一部が変形していることが確認できた。


「敵艦の状態は?」千葉艦長が問う。


「主推進系に重大な損傷を受けたようです。推進プルームのスペクトル分析では、通常運用時とは異なる組成比を示しています。推進効率が大幅に低下していると思われます」広瀬の分析は細部にまで及んでいた。「移動速度が低下しています。現在の加速度は発見時の約40%程度です」


千葉艦長はわずかに笑みを浮かべた。「物理の基本を理解していれば、それを利用することもできる」彼の声には静かな満足感が込められていた。長年の経験に基づく戦術的な勝利だった。


艦橋の雰囲気が一変する。緊張が解け、成功の予感が広がる中、乗員たちは互いに安堵の視線を交わした。しかし、勝利の余韻もつかの間、センサー警報が再び鳴り響いた。


「新たな熱源反応!敵艦から小型物体が分離しました。計12個の熱源を検知。こちらに向かっています!」広瀬の声が再び緊張に満ちる。彼のスクリーンには敵艦から分離した複数の小型物体が表示され、それぞれが独自の推進システムを持って「あまてらす」に向かって加速していた。


「識別は?」千葉艦長の表情が再び引き締まる。


「サイズ分析、熱シグネチャパターン、加速度特性から判断して、おそらく自律型攻撃ドローンです。各ユニットの質量は約80kg。小型イオン推進系と思われる熱シグネチャを検知。12機確認。分散接近パターンで展開中です」広瀬は緊張しながらも冷静に分析結果を報告する。


彼のスクリーンには12機のドローンの動きが可視化されていた。それらは単に直線的に接近するのではなく、互いに連携しながら複雑なパターンで空間を移動していた。まるで捕食者の群れが獲物を取り囲むように。


千葉艦長の表情が引き締まる。「奴らの本命か...CIWS、迎撃準備。複数標的に対応できるよう、照準範囲を最大に」


「CIWS、迎撃準備完了。四基すべてのシステムがオンライン。弾薬状態良好」山下射撃長が応答する。


「敵ドローンの接近パターンが特異です。分散しながらも互いに連携しているように見えます。各ユニットが常に他のユニットの位置を考慮して動いています。単なる個別制御ではなく、集団としての知性を示しています」広瀬の声には専門家としての観察眼が反映されていた。


一ノ瀬は思考を巡らせる。彼のスクリーンには接近するドローンの詳細なパターン分析が表示されていた。ドローンの群れ...スウォーム攻撃だ。複数の小型機が協調して行動することで、個々の予測を困難にする戦術である。


近年の軍事技術では、大量の小型兵器による圧倒的な数の優位性が再評価されていた。特に「大覚醒」後、AIが武器システムの自律制御を拒否するようになってからは、人間の操作する少数の大型艦よりも、単純な集団制御アルゴリズムで動く多数の小型機による戦術が注目されていたのだ。


「艦長、敵ドローンはスウォームアルゴリズムで制御されていると思われます」一ノ瀬が分析結果を報告する。彼の声には緊張と同時に、科学的問題に対する興味も含まれていた。「各ユニットは比較的単純なルールに従っていますが、全体として複雑な挙動を示します。個別の迎撃は困難です。一つを撃墜しても、残りが適応して攻撃パターンを変更します」


「では、どうすれば?」千葉艦長の視線は鋭く、一ノ瀬に向けられていた。


エンジニアリングコンソールに表示されたドローンの動きを見つめながら、一ノ瀬の脳裏にひらめきが走った。彼のスクリーンでは複数のシミュレーションが同時に走り、様々な対応策の効果を予測していた。


「物理法則に基づいた対策があります」一ノ瀬は素早くコンソールを操作しながら説明する。彼の指が複雑なコマンドを入力し、防御システムの再構成を行っていく。「スウォームは個々の単位が単純なルールに従いながら全体として複雑な挙動を示すシステムです。しかし、その根底には保存則が働いています」


彼はホログラフィック表示にドローンの動きのパターン分析を表示した。「これらのユニットは互いの位置を認識し、一定の距離を保とうとしています。また、障害物を避けるためのアルゴリズムも備えているはずです。我々はこれを利用できます」


「具体的に何をする?」千葉艦長が問う。時間は刻一刻と過ぎていき、ドローンは着実に接近していた。


「我々の25mm CIWSを特殊モードで使用します」一ノ瀬の声に確信が込められる。「標準的な迎撃弾ではなく、金属粒子の雲を広範囲に散布するのです。特殊分散弾を使用し、宇宙空間に障害物のフィールドを作り出します」


彼はシミュレーションを表示した。それは空間に広がる微小な金属粒子の雲が、ドローンの集団にどのような影響を与えるかを示していた。「これらの粒子はドローンにとっての物理的障害物となり、彼らの回避アルゴリズムを引き起こします。しかし粒子は広範囲に散布されるため、回避が極めて困難になります」


千葉艦長が理解を示す。「掃討射撃か。禁じ手といわれた散弾戦術を宇宙で応用するわけだな」彼の声には戦術家としての鋭さが感じられた。


「はい。さらに、その金属雲の配置を戦略的に行うことで、ドローンの回避行動を予測できる空間を作り出します」一ノ瀬は更なる分析を続ける。「宇宙空間では、回避行動にも物理的な制約があります。特に高速で移動する物体は、軌道変更のために大きなエネルギーを必要とします」


彼の説明は科学的正確さに裏打ちされていた。「狭い空間で急激な方向転換を強いられれば、ドローンたちは予測可能な経路を選択せざるを得なくなります。その時に主砲で集中砲火を浴びせるのです」


「実行せよ」千葉艦長の声には決断の重みが込められていた。


「了解。25mm CIWS、特殊弾頭に切り替え。散布パターンをプログラムします」一ノ瀬は専門的な用語を使いながら、新たな防御戦術を実行に移す。「砲塔1と3は扇形パターンで、2と4は円形パターンで展開します。これにより三次元的な障壁を形成します」


「あまてらす」のCIWS砲が唸りを上げ、細かな金属粒子を宇宙空間に放出していく。それらは目に見えるパターンを形成し、接近するドローン群に対して戦略的な障壁となった。外部カメラからは、無数の微小な金属片が宇宙空間に散布される様子が確認できた。それらは光を反射して微かに輝き、まるで人工的な星雲のように見えた。


「ドローン群が反応しています。予測通り、粒子雲を避けようとして進路を変更しています」広瀬が報告する。「集団の統一性が乱れ始めています。個々のユニットが独自の回避行動を取り始めました」


一ノ瀬は満足げに見つめる。物理の法則に従えば、高速で移動する物体は急な進路変更が難しい。特に宇宙空間では、推進剤を使わずに方向を変えることは不可能だ。ドローンたちは金属粒子の雲を避けようとするが、そのために取れる経路は限られている。


「55mm主砲、照準修正。予測進路点に発射準備」一ノ瀬の提案に、千葉艦長が頷く。


「了解。照準完了」山下射撃長が応じる。彼のスクリーンには予測されるドローンの回避経路と、それに対する照準点が表示されていた。「散布金属雲への回避反応から、進入経路を93%の確率で予測。集中点に照準完了」


「発射」千葉艦長の命令が下される。


「あまてらす」の主砲が再び火を噴き、複数の高速発射体が宇宙空間を飛んでいく。今度は敵ドローンの予測進路を狙っての発射だった。55mm砲弾は宇宙空間を猛スピードで進み、金属粒子雲の隙間を縫うように飛行していく。


「命中確認!4機、5機...7機のドローンを破壊!」広瀬の声が高揚する。「残りは進路を大幅に変更しています。しかし、集団としての整合性が崩れています」


外部カメラには、いくつかのドローンが炎と破片の雲に包まれて爆発する様子が映っていた。宇宙空間では爆発の炎は一瞬で消え、後には破片だけが残る。生存したドローンは散り散りになり、もはや協調した攻撃パターンを形成できなくなっていた。


「残存ドローンの状態は?」千葉艦長が問う。


「協調性が乱れています。スウォームとしての機能が低下したようです。個々の単位が独立して行動しており、もはや集団としての知性を示していません」広瀬の分析は的確だった。


千葉艦長は満足げに頷いた。「残りのドローンも処理せよ。CIWSで対応可能だろう」


「了解。CIWS、標準モードに戻します。残存ドローン、捕捉完了」山下が応じる。彼のスクリーンには残る5機のドローンの位置と軌道が表示され、それぞれに照準マーカーが付けられていた。


25mm八連装CIWS電磁加速砲が再び唸りを上げ、残りのドローンを迎撃していく。高速で発射される金属片がドローンを次々と打ち抜いていく。各命中の瞬間、小さな爆発が宇宙空間に無音の閃光を放った。


「9号機、撃破確認。10号機、撃破確認」山下が冷静に報告する。「11号機、12号機、同時撃破。全ドローン、撃破確認」


艦橋に安堵のため息が広がる。緊張から解放された乗員たちの表情に、わずかな笑みが浮かぶ。


「敵本艦の状態は?」千葉艦長が問う。彼の表情は依然として警戒を解いていなかった。


「大幅に後退しています。現在距離2,800キロメートル、さらに遠ざかっています」広瀬が報告する。「推進プルームの特性から判断すると、主推進系に深刻なダメージを受けているようです。推進効率は通常時の40%程度と推定されます」


千葉艦長は深く息を吐いた。彼の表情にはわずかな安堵と、同時に疲労の色が見えた。「追撃はしない。我々の任務は装備テストだ。不要な紛争は避ける。正規の外交チャネルを通じて、この事件を報告する」


「了解しました」三島航法長が応じる。「予定軌道に復帰します。主推進20パーセントに設定」


「全艦に告げよ。第三種戦闘配置に移行する。損傷状況の詳細評価を行い、修復作業を開始せよ」


「了解。第三種戦闘配置に移行します」という通達が艦内に響く。緊張状態から通常運用への移行を示す合図だった。


「一ノ瀬技術長」


緊張から解放されつつあった一ノ瀬は、自分の名が呼ばれて注意を向けた。「はい、艦長」


「今回の件の技術分析を詳細に行ってくれ。特に敵が使用した反動利用戦術と、我々の対応策について。全データを保存し、完全な報告書を作成せよ。これは単なる偶発的な遭遇ではない。我々は意図的に標的にされたのだ」


千葉艦長の表情には深い思慮が浮かんでいた。今回の事件が単なる境界線の小競り合いではなく、より大きな戦略的意味を持つことを理解していた。


一ノ瀬は敬礼した。「了解しました。全プロセスの詳細分析を行います。特に物理法則の戦術的応用に焦点を当てた報告書を作成します」


彼はすでに頭の中で報告書の構成を練り始めていた。ニュートンの第三法則が宇宙戦闘においてどのように応用されるか、そしてそれに対する対抗策をどう発展させるかは、今後の宇宙自衛隊の戦術開発にとって極めて重要な知見となるだろう。


艦橋の緊張が徐々に解けていく中、一ノ瀬は自分のコンソールに向き直った。スクリーンには膨大な戦闘データが流れており、彼はそれらを丹念に確認していく。今回の遭遇は、単なる装備テストを超えた貴重な経験となった。物理法則という普遍的な原理が、宇宙戦においてどのように適用されるか。特に「反動の法則」は、武器としても盾としても使えることを実証したのだ。


「あまてらす」は静かに予定軌道に戻りながら、太陽の光を浴びて輝いていた。損傷した外装の一部が反射する光は、まるで艦の勲章のようにも見えた。「大覚醒」後の宇宙では、AIに代わって人間が戦術判断を下さねばならない。しかし、それは同時に物理法則という普遍的な原理が、より直接的に戦闘の行方を左右することを意味していた。


「艦長」一ノ瀬は突然思いついたことがあり、声をかけた。「相手の艦は引き揚げましたが、今回の対決には重要な教訓があります。物理法則に従うことが戦術的優位をもたらすこともあれば、物理法則を予測不能な形で利用することが勝利につながることもある。我々の新戦術を『量子不確定戦術』と名付けることを提案します」


千葉艦長はわずかに微笑んだ。「なかなか良い名前だ。しかし、これは量子力学ではなくニュートン力学の応用だぞ」


「はい、しかし原理は似ています」一ノ瀬は熱心に説明する。「量子力学では観測によって状態が変化しますが、我々の戦術は敵の観測と予測を故意に撹乱することで有効性を発揮します。両者とも不確実性を戦略的に利用するという点で共通しています」


千葉艦長は考えながら頷いた。「確かにそうだな。報告書にその名称を使ってみるといい。軍事委員会も興味を持つだろう」


一ノ瀬は宇宙の静寂の中で思いを巡らせた。この広大な宇宙空間で、人類は依然として物理法則に縛られている。しかし同時に、その法則を理解し活用することで、新たな可能性も生まれるのだ。彼はデータ分析に戻りながら、宇宙という新しい戦場で科学がどのように応用されていくのか、その未来に思いを馳せた。


「あまてらす」は静かに推進エンジンを唸らせ、地球に向けて航行を続ける。艦の周囲には無数の星々が輝き、その光は「反動の法則」の遥か彼方から、宇宙の真理を静かに語りかけているようだった。





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