ポテトサラダの巻
専門書を数冊抱え俺は京急久里浜駅を降りる。
何かを学ぶのは俺の道楽に過ぎない。
1か月前に仕事を辞め、現在は無職で、就職活動はしていない。
もともとは総合商社で1年ほど勤務していたが、あまりに業務のミスが多く、気が付けばシュレッダー係に任命され、大規模リストラを皮切りに窓際社員だった俺は真っ先に解雇されてしまい可愛い可愛い天使の同期とは会えなくなった。
まゆちゃん、僕は彼女ともっと色んな思い出を作りたかったが、残念だ、俺は無職で暇だから道楽に生きる他ないのだ。
さて私の趣味は、読書、調理、パチスロとレトロゲームと筋トレであり、仕事を辞めてからはほぼ毎日ジムに行きトレーニングを行なっている。
もっとも、今日は大雪で、しかも大量に本を抱えているためジムに行くより部屋で事務作業をした方がマシと言えるが。
12~2月は雪がほとんどふらなかったというのに、突然の大雪で交通はパニック状態、横浜市立中央図書館からの帰り道、私は遅延地獄に巻き込まれ、正直指もかじかんで、靴も浸水状態である。
最悪な一日であると溜息を吐きながら、私は、自室に置いてある6.2号機パチスロのCCエンジェルを回しながら、考えた。
ああ腹が減った、と。
スーパー、まいばすけっとの「グリルチキンのバランスサラダ」のストックを切らし、さらに最悪なことに今日は買い出しを忘れてしまったため完全な自炊デー、もちろん室内に野菜はたくさんあるため、どのような料理でも作れる。
だが、一つ問題がある「完璧なポテトサラダ」を作りたいと思った時、室内に増粘多糖類がない、スーパーに売ってある130g100円のポテトサラダには増粘多糖類が含有されている、つまり増粘多糖類が入っていないポテトサラダは真のポテトサラダとは言えないのではないか!添加物不使用のポテトサラダなどポテトサラダではない!そのうえ、ニンジンも切らしていて、部屋にあるのはジャガイモ、玉ねぎ、かにかま、マヨネーズ、バルサミコ酢、胡椒、そして卵・・・塩、こんなものでポテトサラダが作れるか!しかしCMC カルボキシメチルセルロースナトリウムを買うには、通販ぐらいしか手はない・・・、さてどうしたものか。
いっそポテトサラダを諦めるのか・・・、しかしだ、まいばすけっとのグリルチキンのバランスサラダを買い逃した今、私は・・・偽物のポテトサラダを作る他ないのか!
覚悟を決め、冷蔵庫を開ける。とりあえず、あるもので試作するしかない。
ジャガイモを鍋に放り込み、水から茹でる。手のかじかみを温めるように火を眺めながら、玉ねぎを薄切りにし、塩で揉む。いつものポテサラならニンジンの甘みがアクセントになるが、今日はそれがない。仕方がないので、かにかまで代用してみる。
「……なんか違うな」
脳内の理想のポテトサラダには程遠い。ポテサラの食感に必要なCMCがないせいか、まとまりに欠ける気がする。
そこで俺は、禁じ手とも言える奇策に出る。
「卵を半熟にして、つなぎにするしかない」
ゆるめに仕上げたゆで卵を粗く潰し、ジャガイモとマヨネーズと和える。思いのほか、まろやかでコクのある仕上がりだ。バルサミコ酢を隠し味に、胡椒をひとふり。
そして、ひとくち味見してみる。
「……くそっ、思ったより美味いじゃねえか」
完璧なポテトサラダとは言えないが、これはこれでアリかもしれない。無職の道楽とはいえ、俺は確実に一歩前進している。
外の雪は相変わらず激しく降っている。だが、この部屋の中だけは、先程よりも少しだけ暖かく感じた。
続く