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上弦の月 〜全ての躍動が止まったかのような凛冽な緊迫、王達の宿命が鬩ぎ合う壮絶な闘い

作者: TA-KA

 月のない暗闇の中を、黒い色の集団が闇に紛れ、大きく湾曲するように加工された何かを背負い、砂の大地を進んでいる。

 黒色の集団は、不気味にうねりながら、運河の方へと波先を向かわせ、黒色の波濤(はとう)が運河の水際へと到達すると、その輪郭に沿うように広がりながら静かに動きを止めてゆき、黒色の集団は、漆黒の闇へと同化していった。

 周囲は、風の無い少し肌寒い冷気が漂い、闇夜に静まった空気は、耳の奥を揺らしながら頭の中で鳴り響き、漆黒の闇と静寂が世界を覆い尽くしている。


 その無限にも感じる静寂が一時すぎた時、

闇の中心に小さな灯りがともされた。


 灯火(ともしび)の炎は、黒い油に延焼する様に、徐々に周囲に広がりだし、集団の輪郭を不気味に浮かび上がらせながら、広がってゆく。

 すると、闇に灯された灯火が、ギリギリと不気味なきしみを滲ませながら、月のない漆黒の空に向けられ、大きく湾曲した弓の上に置かれた灯火が動きを止めると、


ギィィィ…



「放て!!」


 轟音をと轟かせながら、闇夜を赤々と染める炎が空に放たれた!

 その赤き炎は巨大な猛火となり、闇夜に放物線を描きながら運河を越えてゆき、対岸にある水辺の集落へと落ちていった。


 炎の大群に襲われた水辺の集落は、瞬く間に炎に包まれ、轟々と燃えさかる炎と、息苦しく視界を奪う黒煙が周囲を覆い尽くしてゆく。

 猛火に焼かれた集落で暮らす、生ける物達は、炎に巻かれながら逃げ惑い、集落から出ようとするが、その炎と黒煙の中から、獲物を狩るが如くそれを(むご)たらしめる(やいば)が現れ、彼らを襲ってゆく。

 闇からの奇襲に混乱した、その地を守護する兵達は、成す術なく大地に倒れ、(むくろ)と化していった。

 その闇からの蹂躙する者達は、次々と周辺の集落を襲い、村々を焼き払い、祠を破壊し、かつて生ける者達だった亡骸を運河へと投げ入れると、いつしか運河はその無数の亡骸で埋め尽くされ、その亡骸から流れる命の色で運河は赤く染まり、黒く濁っていった。


「…」

 カルーン族ほどもある巨体に、美しい衣を纏い、恐ろしい獅子の面を被る、その集団の長らしき者が、無言でそのさまを見つめている。


「テュケめ… 思い知るがよい」


 その長らしき者のそばに、身なりを整えた術者らしき者が近付いてきた。

「…これで、大地は腐り、農作は出来ず、民は飢え、怯えるでしょう」


「 まだ、あまい 」

 獅子の面から低く震える声が漏れ、奥底から湧き上がる感情を抑えながら、声を滲み出しているようだった。

 その獅子の面を被る長は、赤黒く染められた運河に体を向け、赤々とした炎にその身を照らされながら運河の奥を睨み、その方角には、運河の水に守られた、カルーンの都(バビロニア)が存在していた。


 そのカルーンの都(バビロニア)の中心、水の城(バビロン)では、見張りをしていた兵が周辺集落の異変に気が付き、急ぎカルーンの王、ニーヴァが休む祠へと走り、その急報を伝えた。

 ニーヴァは、その急報を聞くと、運河の南側にある集落を護衛している兵を呼び戻すよう指示をし、急ぎ黒い武具(ネスウト)を身に付け、黒い武器(ネスウト)をその手に握ると、王の間に向かいながら重臣を集めるよう側近に伝える。

 慌ただしく王の間に辿り着くニーヴァ。王の間の奥に置かれた簡素な玉座の前に立ち、伝令兵から敵の情報と、事前に連絡隊を送っていた、ムメンとカフラが戻る時期を確認した。

 しかし赤黒く染められた運河の水が、水の城(バビロン)に到達し始め、襲われた集落から、焼け爛れ瀕死の状態で逃げ戻った兵達が現れると、水の城(バビロン)の中は混乱が増してゆく。

 急遽集められた兵達は統制を欠き、無秩序に慌てふためくその状況を見た兵の中には、逃げ出す者もいた。

 その混乱の中、襲われた集落から戻った兵士が、その身を引き摺りながら王宮に入ってきた。瀕死の兵士は、他の兵に支えられ、ニーヴァの前に辿り着くと、ニーヴァはその兵士に近寄り、視線を合わせるように、腰を落とした。


「敵は、どこの部族だ!」

 黒く爛れた兵士に問うと、


「モ… モースティア族であります…、ひがぁ… ガハァ!」

「ひがしぃ… の国境を破り、しん こぉ…

 兵士は最後の言葉を発する事なく、その場に倒れ絶命。

 ニーヴァの側近達はその光景を目の当たりにし、戦慄した。


 ニーヴァは一時、瞼を閉じ、再び目を見開くと立ち上がり、その絶命した兵士に、王笏である黒い武器(ネスウト)を兵士の体に当て、弔いの言葉を掛けた。

 兵士の亡骸を前に、しばらく黙礼をするニーヴァ。


「まさかな、こんな時期に強襲をしてくるとは…」


 まさに、そのまさかである。

 ソプデト(シリウス)が東の空に輝く時期を迎えたカルーンの都は、運河が氾濫し、都全体がその運河の水で覆われ、その水で守られた都はまさに、水の城(バビロン)であった。

 しかし、それに安心し安寧の日々を送り、主力の半分を東の辺境へと向かわせ、あまつさえニーヴァの護衛と水の城(バビロン)を統率していたモントゥ率いる親衛隊(イアールト)の一部まで、都から出してしまったカルーン軍は、兵の数と統率力が低下し、モースティア族ほどの猛者達による強襲に対処出来るほどの軍力を備えていなかった。


 顔を強張らせ、鋭い眼光で側近に近付き話し掛けるニーヴァ。

「ムメンが戻るには、道のりが遠すぎる、カフラとモントゥはどうだ」

「カフラ様は、陽を数度待てばお戻りになられるかと…」

 側近は顔を伏せ、項垂れながらニーヴァに応えた。


「くっ」

 苦悶の表情を浮かべ、歯噛みをする。

 ニーヴァは身を翻し立ち並ぶ重臣達の方へ近付くと、怒号を上げた。

「カフラが戻るまでの間、何としてでも侵攻を食い止めねばならん!」

雷神の雷(トールハンマー)を北の対岸に集めよ!」

「準備が整い次第、モースティア族に向け砲撃開始!」

「蛮族どもに蒼い稲妻の恐ろしさを見せつけ、我が都に踏み込んだ事を後悔させよ!」

 憤激の形相で重臣と混乱する兵達に指示をして回るニーヴァ。劣勢を強いられた状況を打開しようと、兵達を鼓舞してゆく。


「カフラが戻るまで、モースティア族を抑え込むぞ!」


 ニーヴァは自身の親衛隊、イアールトを中心に兵達をまとめ上げ、カルーン軍は反撃を開始。

 水の城(バビロン)の周囲に配置されていた雷神の雷(トールハンマー)、数機が北の対岸に集められ、その砲門はモースティア族が襲撃し黒煙が立ち上る集落へと向けられる。

 親衛隊(イアールト)の分隊長は、準備が整った事を確認すると、周囲に響き渡る大声で、兵達に指示を出す。


雷神の雷(トールハンマー)、第一射 用 意(よーい)!」


 雷神の雷(トールハンマー)は、|雷を集中させる美しい羽根シールドリフレクタを広げだし、中心にある浮遊鉱石が輝きを増してゆくと、|雷を集中させる美しい羽根シールドリフレクタの内部が蒼白く激しく光り始め、その光が限界に達した時、


「放て!!」


― ゴッツ!!

―――――――――――――――


 蒼白色の稲妻、雷神の雷(トールハンマー)がモースティア族のいる対岸の集落に向け放たれた!


 雷神の雷(トールハンマー)は、激しい閃光と共に渦を成し、運河の水を切り裂きながら、対岸の集落に到達。

 その集落は天をも照らす程の昼光のごとき光と共に、全てが吹き飛び、大地が赤々と滾り、そこに何かが在ったのかを疑う程に、


全てが  消え去っていた。


雷神の雷(トールハンマー)、第二射 用 意(よーい)!」


 蒼白色の稲妻が再び夜空を引き裂き、大地を震わせる中、ニーヴァはその光景を見つめながら、胸に湧き上がる思いを感じていた。


 それから数日、モースティア族の強襲が停滞し始め、カルーンの都は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。

 しかし、水の城(バビロン)、特にニーヴァが鎮座する王の間では、混乱の余波が未だ続いていた。

 玉座に身を預けるニーヴァの姿は、鋭い威厳を保ちながらも、重い疲労の影を滲ませ、彼の前には、破壊された集落の被害を刻んだ書簡や巻物が並べられ、側近たちは次々と進言を持ち寄り、神託を仰ぐべきか、どの兵を動かすべきかと口々に進言した。

 王の間の空気は凛と張り詰め、戦勝の祈りを捧げた篝火が、カルーン紋章(アンク)を刻んだ四隅の柱を照らし、厚い亜麻布(あまぬの)の帳が風に揺れるたび、夕陽の光が差し込み、石造りの壁や玉座の陰影を際立たせた。 

 燃え続ける篝火の微かな音が広間に響き、周囲に漂う香木の煙が、静かに疲れた身体を包み込むように漂う。

 幾多の重責を背負う日々の中、ふと訪れた静寂の一瞬。ニーヴァは肩の力を抜き、深く息を吐いた。朧げな意識の中、いつの間にか眠りの深淵へと落ちていった。

 玉座に座したまま目を閉じる王の姿を、炎の光が静かに映し出していた。



…テムよ、

なぜ、貴方は私を東の国に向かわせたのか、あの時、私を西の国に向かわせていれば、答えが違ったのかもしれない。

そして私が亡き者となり、あの二人は幸せに暮らせたのかも… 


…私の愛する兄姉達、

すまなかった


詫びる言葉すら、もう意味の無い事かも知れないが、

兄ホルスよ、私はあなたを愛し、敬い、そして恐れてしまった。


あの時、貴方を受け入れていれば…


あなたの子供たち、ゲブとヌトを受け入れたのは、その贖罪からではあったが、

私の愛する家族達が戻る事を願うには、もう、遅すぎた…


…そして、テム

我が父にして、始まりの神。


あなたが、あの壺さえ拾わなければ…

全てが始まる事は無かった…


テムよ… 



 気が付くと陽が沈み、周囲は闇に包まれ、王の間の中に灯される篝火が周囲を照らしていた。

 ニーヴァはいつの間にか眠りについてしまっていた。


 どのくらい眠っていたのであろうか、身体は酷く疲れ、額には汗がにじみ、意識は朦朧としていた。

 その汗を簡素な玉座の傍に置いてある布で拭い、深く息を吐くニーヴァ。

 頭を擡げ、いま見たであろう夢について考えると、首を小さく左右に振った。

 そしてニーヴァはゆっくり目を開け、そばで護衛をしていた兵を呼んだ。

「その後、モースティア族の動きはどうだ」

「モースティア族は雷神の雷(トールハンマー)に慄き、兵を退いてゆきました」

「確認をしたのか」

「はい、東の国境を守る兵より連絡が入りました」


…何かがおかしい

 ニーヴァは長い戦いの経験から、その違和感を感じ取っていた。

 それは酷い疲労感からくる、不安な感情がそう感じさせていたのかもしれないが、モースティア族ほどの猛者達がこの程度の戦闘で後退するなど考え難く、あり得る事では無かった。

 彼らが持つ暴虐な闘争本能からすれば、その命潰える瞬間まで戦い続けるのがモースティア族であり、屈強な身体に、神官と部族に対する強い忠誠心を持つ猛者達が、簡単に退いてゆくなど、ニーヴァには容易に信じる事はできなかった。

 創始テムは、そのモースティア族の脅威を除く為に、兄ホルスに討伐を命じたのであった。


 しかし、周囲は静まり返り、集落が襲撃されている気配も無い。

 しばらくニーヴァは考えを巡らせると、幾人かの側近を呼び、偵察を東の国境に向けて昼夜問わず走らせるよう命じた。

「交替で休息をとり、体を休ませる事を忘れるな」

「陽は必ず昇る」

 ニーヴァは、その命を側近に伝えると、王の間の奥へと下がって行った。


「テムよ…」


 ニーヴァは王宮の奥にある小さな祠に入り、部屋の奥に祭られている祭壇へと向かうと、その祭壇に置かれている砲弾型の壺を手に取り、それをしばらく見つめていた。


 それから陽が昇り陰りを繰り返し、幾度かのモースティア族からの、北側集落への攻撃が散発的におこなわれたが、被害は少なく、事態が変化する事は無かった。

 ある時、農耕を司るアセトがニーヴァの下を訪れ、玉座の前で跪くと、少し神妙な面持ちでニーヴァに話を始めた。


「ニーヴァ様」

「そろそろ運河の水が引き始める時季でございます」

「そうか」

「穀物を得られなければ、民は飢え、我がカルーンの覇権も揺るぎかねません」


 ニーヴァは表情を変えることなく、アセトの提言を聞いているが、それはニーヴァ自身懸念している事でもあり、しかし現在の状況を考えると農耕の為に兵を割く訳にもいかず、苦慮している所であった。


「ニーヴァ様」

「解っておる」

 ニーヴァはそう言うと、右の手のひらを小さく上げアセトの言葉を制止した。

 アセトが頭を下げると、その手を降ろし、そして玉座の周辺は静寂に包まれた。


「月が沈まぬ前に… 受け入れるべきか…」

 ニーヴァが他の者に聞こえぬほどの小さな声で囁くと、側近に向け小さく手招きをする。

 そばにいた書記官がニーヴァの方へ歩み寄り、玉座前で跪き頭を下げ、身を低くした。


「アセト、貴公に命ずる」

「西の農地を使い、農耕を始めよ」

「その際、少数の兵を護衛に就かせ、不測の事態に備えよ」

「南、東の農地も作付けを行いたく、いかがでしょう」

「それはならん、これ以上兵を割く事はできない。西なら北を守る兵もすぐに駆け付けられる、東の水はまだ赤々とし作付けには向かんであろう」


 それを聞いたアセトは少し間を置き、返答をした。

「承知しました」

 そう言うと、静かに王の間を出て行った。


 それから数度、陽が昇り陰りを繰り返し、運河の水が引き始めると、アセトは農民達と共に、王宮の裏側にある西側の農地に入り作付けを始めた。

 農地の周囲には、少数の兵が見張りにつき、護衛をしていたが、戦果から離れたその地は、暖かく穏やかで、平穏なカルーンの日常が広がっていた。

 その状況を鑑みたニーヴァは、他の集落にも同じく農耕の指示をし、カルーンの民達は青々と澄んだ空の下、戦闘の緊張から解き放たれ、平穏な時をその身に感じながら、生きる喜びに満ちていった。


 その夜、半分を闇に隠した月がカルーンの空へ昇り、都の周囲を月明りがおぼろげに照らした、薄暗く周囲の陰影が薄い、静寂の闇に包まれた夜だった。

 運河の水面に映り込む半月もゆらゆらと揺れ、その小さな揺れは北から王宮のある南へと流れてゆく。

 水の城(バビロン)を守護する兵達は、夜の護衛と言うこともあり、一部の兵を休ませながら、襲われた北側の集落を重点的に監視していた。

 ニーヴァが休む王宮の南側、運河に接する奥室は、薄暗い月明りがその造形の陰影を美しく浮き上がらせていた。


ザァァァ…


 穏やかだった王宮に、肌にも感じぬほどの風が舞い始めた。

 上弦の月が描き出している暗がりの陰影は、その風と共に様相を変化し始め、王宮の奥室は濃い闇へと包まれてゆく。

 ニーヴァはその変化に気が付くと、静かに床の傍に置いてある黒い武器(ネスウト)に手を掛ける。



――――――――――――!!

 突然、破裂音のような轟音が奥室の建屋を揺らした。

 鉄塊が悲鳴を上げるような、重苦しい摩擦音が、深く響いている。

 ニーヴァは、咄嗟に身を翻し、その場を離れると、暗闇を睨んだ。


「やはりな、お前か」


 ニーヴァが睨む闇を、おぼろげな月明りが差し込み始め、剣の光に照らされた、獅子の面を被る者が姿を表してきた。


「我が仇、 テュケ!」


 赤々とした眼光を、獅子の面から垣間みせ、激しい憎悪で満たしながらニーヴァを捕らえ、

 映り込ませていた。


 おぼろげな月明かりが差し込む、奥室の暗がりで、身体が凍てつく程の冷々たる静寂が(せめ)ぎ合っている。


 全ての躍動が止まったかのような凛冽な緊迫が、徐々に差し込む月明かりに照らされ、顕在化してゆくと、互いの間合いを保ちながら、冷たく(たぎ)る眼光でその全てを捕らえ、向けられた刃の先端が、その場に漂う繊細な衝動を感じ取り、全身に伝えている。



― 獅子の面を被る者が刃を握る手を微妙に動かす

「やはり、お前か」

― ニーヴァは同時に言葉を発し、二人の動きが止まる。


 再び空気が凍てつき、

 王宮内を照らす月明かりが移動すると、獅子の面を被る者も暗闇に消えていった。


―――――――――!!

 空気を震わせる衝撃波が、体の奥底を伝わってゆく。


 獅子の面を被る者が一瞬でニーヴァに斬り込み、

 ニーヴァはそれを刀身で受け、刃が重なり合う。


《《ギッ…   ギギギギギ》》…

 壮絶な刃の軋みが、重苦しい唸り声を上げる。


―ガッ!

 獅子の面を被る者がニーヴァの下半身を蹴り上げ、ニーヴァは体を捻りながら、刃と足技を受け流し、そのまま後退すると、再び黒い武器をその身の前に構えた。


 冷徹な緊迫が二人の間合いに漂っている。



「…その刃を収める事はできないのか」


「この時…、 《《このときぃぃ》》… をぉぉ…


「それと、後ろにいるお前も以前どこかで会ったことがあるな」

 ニーヴァは獅子の面を被る者を睨みながら、後方の闇に話し掛ける。



「…クククク」

「お久しぶりでございます。 ニーヴァ様」

 奥室の暗がりから、術者らしき衣を纏う者が、徐々にその身を現し始める。


「そう言う事だな、旅人よ」

「はい、ニーヴァ様は聡明なお方で、大変助かっております」

 その暗がりから現れた者は、ムメンを東の辺境へと遠征に向かわせたあの時に、ニーヴァの王室に連れて来られた旅人であった。


「お前達のたくらみが見抜けんとは、私も老いたな」


 後方の術者が短刀をその手に握りながら、目の奥底を鈍く光らせた。

「カフラ様…

ニーヴァの動きが一瞬止まった。


―――――――――!!

― 獅子の面を被る者が、その一瞬を逃さず、ニーヴァに斬り込む。

― ニーヴァはそれを刀身で受ける。


「《《カフラ》》 が 気になるかぁ!」

 獅子の面を被る者が、重く震える声でニーヴァに詰め寄る。


ギッ…   ギギギギギ…


「カフラは…」

「おまえの!」

「おまえの! 血を引いている!」

「お前の家族ではないのかぁ!!」


「セクメト!!」


―ガッツ!!

 ニーヴァは怒りを滲ませながら、憤激の表情で獅子の面を被る者、ニーヴァがセクメトと呼ぶ者を押し返す。


「 … 」

「私の   家族   だと」


―――――――――!!

 重々しい轟音が床に打ち付けられる。


 獅子の面を被る者(セクメト)が再びニーヴァに斬り込み、

 その重苦しい刃を、幾度となくニーヴァの体へと激しく打ち込みながら、言葉を叩きつける。


「それがどうした!」

「ゲブとヌトの子供など私の知った事ではない!」

「しかしな!」

「そのカフラは、私の父母、ホルス、テフヌトと同じ血を引く者!」

「私の兄姉、ゲブとヌトの息子が、お前の玉座を奪うんだ!」


―――――――――!!


「口惜しいか!」

テュケ!(ニーヴァ)


獅子の面を被る者(セクメト)はその刃の先をニーヴァに向け、


「お前は…  お前は…

獅子の面から低く震える声が滲み出し、奥底から湧き上がる積怨が伝播してゆく。


「 私の家族! 父と母、ホルスとテフヌトを殺した!! 」


「 この恨みを、この恨みを…

 獅子の面を被る者(セクメト)の眼光が、赤々と(たぎ)る。


「 殺す! 」


―――――――――!!



…その昔、

 カルーン文明を創出した創始の神テムは、領地の安定とカルーン族の覇権を広げる為、息子達に周辺部族の統治する任を命じた。

 長男シューは幼くして亡くなっていた為、次男ホルスを西の国へ、三男テュケ(ニーヴァ)が東の国へと向かい、長い歳月を掛けそれぞれが向かった地域の部族達を治めていった。

 兄ホルスが向かった西の果ての部族、モースティア族は、多くの種族を神官が治めていた部族で、様々な種族が協力し、互いに助け合い、生物の尊厳を持って統治されていた、カルーンの権力による統治とは異なる精神性を持った部族であった。

 創始の神テムは、権力と支配に屈しない、モースティア族の神官を排斥しようと戦いを仕掛け、その度にカルーン軍は、屈強な肉体と精神力を備えた神官の部族との戦いに敗れ、西の国より先には侵攻できていなかった。

 ホルスもその攻略に苦戦を強いられ、長い年月を重ねて、ようやく神官の部族を排除し、モースティア族をその支配下に治めた時には、全ての情況は変わってしまっていた。

 カルーンの王都では、創始テムが急病に倒れ、テムは長男ホルスにその玉座を譲る事を望んだが、それが叶う事はなく太陽が地平線に沈むと共に、冥界へと旅立ってしまった。

 王の崩御を受け、カルーンの王都では急ぎ、その王権を継ぐ者が求められたが、兄ホルスが情勢不明であった為、残る王の血を引く者は、東の国を治めカルーンの王都に戻り、王の側近を務めていたテュケ、現在のカルーン族の王ニーヴァであった。

 しかし、ニーヴァは兄ホルスを気遣い、その王権を継ぐ事をためらったが、統治者不在の国家崩壊を防ぐために、その王権を引き継ぐ事を了承した。


『 いずれこの玉座をホルスへ… それまでの事だ…』―――



―――――――――!!


テュケ!(ニーヴァ)

「お前は! その玉座に固執し、我が父ホルスを…


ギッ…   ギギギギギ…


「受け入れなかった!!」


―――――――――!!

 鋼の刃が悲鳴を上げる。

 ニーヴァが黒い武器を振り、獅子の面を被る者(セクメト)を押し返す。


 そして再び、凛冽な緊迫が二人の間合いに漂ってゆく。


「…何も言うまい」

「確かに…    お前の父と母を見殺しにしたのは 私だ! 」


「 … 」

獅子の面を被る者(セクメト)の眼光が劫火の如く烈しい憎悪に焼き尽くされ、


「なら! 死ね!」


―――――――――――――――

全ての色が褪せた、冷徹な眼光で、獅子の面を被る者(セクメト)が刃を突き出す!



『 ホルスよ… 私はあなたを愛し、敬い、そして恐れた 』

『 あの時、 あの時に… 』




一本の矢が飛んで行く

その矢は美しい放物線を描きながら黒い集団へと落ちてゆき、

それを切っ掛けに、互いの軍は、怖れと怒りで我を忘れ、

兄ホルスと、私はそれを止める事が出来なかった。


兄がその種族と共に、故郷へと戻ってきたと言うのに



一本の矢により


全てが変わってしまった



兄ホルスよ、私は恐れてしまったのだ



…風の便りで、貴方がその戦いで傷を負い、後に亡くなった事を

…我が姉、テフヌトが、ホルスの死で心労を患い、亡くなった事を



それを知ったのは、全てが  終わった後だった


セクメト、 お前が現れてからだ…





獅子の面を被る者(セクメト)の刃に血が滴り、



カァ         ン…


カン カン


カラカラカラ…



ニーヴァの横に刃が落ちた。





「ニーヴァ様、ご無事で」


「すまんな、モントゥ」



《《ガハァッ》》



 湾曲した刃が獅子の面を被る者(セクメト)の身体を貫き、

その刃を、カフラと共に東南の大陸に向かい旅に出ていた、モントゥが握っていた。


ハァウ! …


 獅子の面を被る者(セクメト)の身体は、劫火の如き烈しい眼光でニーヴァを睨みながら、その場に崩れ落ち、


クゥ…



「 テュ…     ケ! 」


それでも尚、身体を震わせながらニーヴァを睨み、


「セクメトよ」

「お前の父と母、ホルスとテフヌトは良き父であり、母であり、王権を継ぐべき全てを持っていた」



「私は、私の全てをカフラに与える」

「それが 私達 家族への愛であり、贖罪である」


「我が家族、セクメト」



 月の光が全てを優しく包み込み、冷々たる静寂が解き放たれてゆく。


 ニーヴァはセクメトの傍に寄るとゆっくりと跪き、その身体を優しく撫で、獅子の面を外し、しばらくの間その顔を見つめた。


上弦の月が照らす光が、その身体から離れてゆくと、


静かに黙祷を捧げた。



「全ては、因果によって定められている」

「静かに眠れ、セクメト」



 その月明りに照らされる王室の暗がりでは、暗晦(あんかい)さを滲ませる影が静かに消えていった。


クククク…



 その後、月が光に満ちた時、ニーヴァは巨大な岩盤に囲まれたジェフティの祠を訪れ、セクメトの生涯を記した石板を渡し後世に伝えてゆくようにと伝え、その石板には、


【 暗愁の半生を過ごした後、家族の愛に出会い、幸福な余生を全うした 】


と記されていた。

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遥かなる星々の物語

第二章 「邂逅の惑星 ~時を越えて交錯する宿命」

第四部 「宿命に定められし者達-1」より

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