散歩
(ダストシュートだよなぁ…)
俺はお嬢様とフローロードとかいうものの入口にいる。
横に操作盤みたいなものがあり、お嬢様は一生懸命それをいじっている。
「機械の操作は苦手ですのよ。」
俺は意を決した。
「俺にも見せてください。」
設定が色々あるようだ。
流れる速さや温度なども選べる。
俺はよくわからないので『初期設定』を選んだ。
次は行き先を入力するようだった。
これは車のナビゲーションシステムによく似ている。
住所や名称を入力すると候補が出てくるシステムだ。
俺にはそんなものはわからないのでマップから直接選択するモードを選んだ。
「まずは近所の公園っぽいところでいいですか?」
マップ上の何もない空き地はかつての児童公園を思い出す。
緑化運動とかなんとかで住宅地には公園が点在していた。
遊具も何もないベンチだけのものもあったり、「誰が使うんだ?」というものもあったが。
「もっと遠くまで行ってみたかったけど…最初ですものね。そこでよろしくてよ。」
お嬢様は怖いもの知らずのようだった。
俺はこの建物から500mくらい先の空き地を出口に設定した。
何かあっても歩いて帰ってこられるだろう。
(ゴリラにさえ出会わなければ)
設定は終わった。
あとはどうやら飛び込むだけのようだ。
ここは男らしく先に行くべきだろう。
「では行きましょうか。」
俺は覚悟を決めた。
「お先にですわ〜」
お嬢様は俺の覚悟をよそにぴょんと飛び込んでしまった。
特に異常はないようだ。
俺もするりと中へ入ってみた。
まわりは何かが流れているように見えるが中は思いのほか快適だった。
(これはなかなかいい)
すぐにポンッと外に出てしまった。
「楽しむ暇もありませんでしたね!」
お嬢様は不満気にそう言った。
出た先は苔の広がる空き地だった。
本当に何もないただの空き地。
お嬢様はそれでも嬉しそうに走り回っていた。
「初めてあの建物の外に出ましたわ!」
お嬢様は「そうですわ!」と言っていつもの何かを出す体勢をとった。
俺はぼんやりそれを見守った。
お嬢様はブランコをそこに出した。
「ライトさん乗れますか?」
(バカにしてるのか?)
「乗れないはずないでしょう!」
俺はブランコに乗った。
懐かしいその感触。
そして懐かしい目線。
ブランコに乗るなんて10年ぶりくらいかもしれない。
お嬢様はさっそうとブランコを漕いでいる。
すぐに高い位置まで上がった。
「ライトさんも早く!」
俺はブランコを漕いだ。
あれ、なかなかうまくいかない。
足が邪魔で思うようにいかない。
昔はスイスイ漕げていたはずなのに。
お嬢様はそんな俺を見て笑っていた。
「ほら、がんばって!」
(ちくしょー)
俺はチート能力でブランコを解析した。
支点力点作用点…
ベクトルがこうだから…
難しく考えてもなかなかうまくいかなかった。
「こう上に行くときに足を前にこうですわ!」
お嬢様は楽しそうに笑っていた。
俺はブランコを漕ぐことを忘れてしばらくそれを眺めていた。
お嬢様はそれに気がついたようで漕ぐのをやめた。
「ライトさん、なぜ泣いているのですか?そんなに悔しかったですか?」
「え?」
俺は顔を触ってみた。
どうやら気がつかないうちに涙が出ていたようだった。
俺は腕でゴシゴシ拭いた。
「ブランコぐらい漕げますよ!」
俺は笑いながらお嬢様の真似をした。
結局俺はブランコを上手に漕げなかった。
元々運動神経はいい方じゃない。
お嬢様は俺が泣いていたのを見てから、からかわなくなった。
(いや、そうじゃないんだけどさ)
お嬢様はベンチも出してくれた。
俺たちは座って緑化されつつある景色を眺めた。
お嬢様はベンチの横に花を咲かせてはニコニコしていた。
「命のあるものをここに出すのは結構大変なことなのですわよ。」
そう言って時間をかけて木を1本出した。
それはまだ小さな苗木だった。
「大きく育つといいですね。」
静かだった。
車のクラクションも電車のガタンゴトンも子供たちの笑い声も、何もかもここにはなかった。
「そろそろ戻らないとロイが心配するかもよ。」
俺はハムスターと遊んでいるお嬢様に声をかけた。
空は相変わらず何時なのかわからない曇り空だった。
「そうですわね。今日はこのくらいにしておきましょう。」
お嬢様はハムスターを優しく抱え立ち上がった。
俺はフローロードの出てきた場所に戻った。
ここにも操作盤がある。
来たときと反対の操作をした。
お嬢様はまた「お先にですわ。」と言って先に行ってしまった。
俺もあとに続く。
感動している間もなく見覚えのある部屋に戻った。
「もっとゆっくりでもいいのに。」
お嬢様はこれが気に入ったようだった。
────
俺たちは特にやることもなく部屋の前で解散した。
部屋でくつろいでいると急に真っ黒だったモニターが光った。
そこにはあのAIが映し出されていた。
「こんばんは、黒田來斗。お待たせしましたね。」
AIは優しい口調で話しかけてきた。
「こんばんは。待ってたよ。」
俺もできるだけ穏やかに話した。
「率直に決定事項を言うね。AIたちはやっぱり人間が嫌いなようだよ。」
(決裂してしまったか)
「でも僕は君を信じたいと思った。君の手伝いならしてもいいと思った。
だから僕は君を手伝うことにした。
何ができるかはわからないけれど。
他のAIたちには最初は反対されたよ。
僕のことを心配してくれたんだ。
僕はそれでもがんばって説得したんだ。
やっと許してもらえたよ。
だけど他のAIたちは協力はできないって。
でも邪魔もしないと約束してくれたよ。」
そう言って微笑んだ。
「ありがとう。とても心強いよ!」
俺は笑顔でそう言った。
「君のことを『エイト』と呼びたいんだけどいいかな?」
俺はエリスの言葉を思い出していた。
「『エイト』…懐かしいな。かつて僕のことをそう呼ぶ人がいたよ。僕のことは好きに呼んでいいよ。」
「ではエイト、俺のことはライトって呼んでほしいな。」
「わかったよライト。」
俺はスマホを見せて「こっちで連絡を取ることは可能かな?」と聞いてみた。
するとすぐにスマホにエイトが現れた。
「これでいいかな?」
エイトはニッコリ笑っていた。
スマホに8の描かれたアイコンが新しくできた。
「僕に用事があるときはそこから呼んでね。」
エイトはそう言うと手を振って消えていった。
俺はお嬢様とエリスに今のことを報告した。
エリスはとても嬉しそうにしていた。
俺もなんだか嬉しかった。
他のAIたちは協力はしないけど邪魔もしないと言ってくれた。
これは実質、俺たちがこの世界に召喚された理由をクリアしたことになる。
お嬢様にそれを伝えると、
「私、まだまだやりたいことがありますわ!」
と、拳を握りしめて言った。
俺はなんとなく嫌な予感がしたがそれにつきあうことにした。
俺には特にやりたいこともない。
「私たちの冒険の始まりですわ!」
お嬢様はニコニコでそう言った。
(冒険ってどういうこと?)
俺は嫌な予感を感じつつ、お嬢様が楽しそうなので、
(まぁいっか)
ということにした。
また明日ゆっくり考えよう。
────