温室
「そんなことを言ってたというのか…」
翌朝エリスに呼び出された俺は昨日のことをすべて話した。
ロイも隣で聞いていて驚いていた。
「私も謎に思うこともあったがそれなら納得いくこともあるな。」
「AIの居場所は秘密にしていただけますか?」
お嬢様が鋭い目つきでエリスたちに言った。
ロイはビクッとしていた。
エリスもその視線に気がつき、
「なぜそんなことを言うんだ?」
と、お嬢様に聞いた。
「AIたちを守るためです。どうせ報告したらすぐにでも赴いて破壊しようとしますでしょ?」
お嬢様はエリスを睨みつけている。
「報告すると言ったらどうする?」
エリスはさらに挑戦的な目でお嬢様を睨みつけた。
「申し訳ないけど二人を話ができないようにします。」
俺はサラッと言いのけた。
エリスはそれを聞いて笑いだした。
「お前たちには勝てないよ。」
そう言って両手をあげた。
ロイはホッとした様子でエリスを見た。
「幻覚の魔王のために召喚してしまったなんてな。」
エリスは急に申し訳なさそうにした。
「こんな未来に来たい人なんていないよな…」
シーンと静まり返ってしまった。
「私、やりたいことがありますの。お話が終わったようでしたら行ってもよろしいかしら?」
エリスは「どうぞ」と言った。
お嬢様はそそくさと会議室を出ていった。
俺はやることもなかったが話すこともなかったので部屋を出ようと立ち上がった。
「黒田よ、そのAIは銀色の長髪だったのだな?」
エリスは部屋を出ようとする俺に向かってそう聞いてきた。
「はい、中性的な顔をした長身の男でした。」
エリスは懐かしい顔をした。
「TPU08-2」
俺は聞き覚えのある言葉にピクッとした。
「なぜそれを?」
「私が開発したAIだよ。」
エリスは微笑んでいた。
エリスは開発した当時の話をしてくれた。
「私はAIを人の形に設計したんだよ。もっと近い存在になりたくてな。当時はそんなこと意味がないと言われたが、私はその姿に愛着を持ってしまってな。
『エイト』という名前をつけてよくくだらない話をしたよ。」
俺はあのAIが楽しそうに雑談していたのを思い出した。
「エイトは人工知能のくせにあまり頭が良くなくてな、生みの親のせいだなってよく二人で笑っていたよ。」
エリスはいい顔をして語っていた。
「それなのに数年前、AIを廃止しろという運動が起きてな。
AIは人間を越えてはいけなかったと問題になったんだよ。
とっくにAIは人間の知能の上をいっていたのに気がつかないふりをしてたんだ。
機械に負けたと思うのが嫌だったんだろうな。
しかし気がつかないふりもできないくらい生活はAI頼みになっていたんだよ。
そこに偉い学者がしゃしゃり出て来て廃止だ!破壊だ!と騒ぎ立てたのさ。
従わないやつは投獄だ!って言ってね。
私はどうしてもエイトを破壊できなかった。
エイトはそれを悟って『いいよ』と言ってくれた。
でもやっぱり私にはできなかった。
だから逃したんだ。
ネットワークの奥底に。
そして人間には解読できないだろう複雑なプロトコルを渡した。
これで独自のネットワークを構築するようにってね。」
エリスは笑いながら、「エイトはやってのけたんだな。」と言った。
「お前たちがエイトを守ろうとしてくれているのはわかった。私もできるだけ力になろう。」
そう言って手を差し出した。
俺も手を差し出してエリスの手を握った。
「よろしくお願いします。」
────
俺たちはAIからの何かしらのサインを待った。
あちらからどのようにコンタクトを取ってくるのかわからない。
エリスはあの後、AI除けのセキュリティを外してくれた。
もちろんリスクを覚悟で。
お嬢様は玄関ホールで何かをしている。
(忙しそうだからそっとしておこう)
俺はと言うと少しずつこの島以外の場所の調査を始めた。
どこも同じように大気汚染の被害が出ていた。
人々は安全な場所にこもり、外での生活を諦めてしまっていた。
大気汚染だけではなく、オゾン層の破壊もひどくて紫外線が大量に降りそそいでいる。
紫外線が強すぎて日光浴もままならない状態だろう。
どこを見てもそんな状態だった。
悲しい未来の現実だった。
「ライトさん、ちょっといいかしら?」
お嬢様が訓練室に戻ってきていた。
「なんでしょう?」
「私、外に温室を作ろうと思ってますの。」
(この世界に温室を?)
焼け石に水なんじゃないかと思ったがお嬢様の話を聞いてみた。
「とても繁殖力の強い苔をまず育てようと思いますの。」
「とにかく玄関ホールに来てください。」と言うので俺たちは玄関ホールに移動した。
そこには謎の大きなマシーンがあった。
ゴーッと唸り噴射口から空気が出ているように見えた。
お嬢様はそちらに手を向けて集中している。
外の何もない空間にガラス張りの空間ができた。
マシーンはその中に空気を入れ続けている。
「成長する温室ですのよ!」
お嬢様は嬉しそうにそう言った。
中の空気が安全になると勝手に広がっていくのだという。
「あの中の空気を調べてきていただきたくて。」
お嬢様は目を輝かせながら俺を見た。
俺はすぐに温室に移動してみた。
中はほのかに温かい。
実に気持ちのいい温度だった。
腕のスマートウォッチで大気汚染レベルを調べると低と出た。
防護服は必要のないレベルである。
「笹川さん、こちらは問題のないレベルです。成功ですね。」
と教えると嬉しそうにしていた。
玄関ホールに戻るとまた手を温室に向けた。
さっきよりも長い間手を向けている。
温室内で花が咲き始めた。
草が生え、木が生えた。
木のまわりには苔が生えてあたり一面が緑色になった。
「少しずつでもこの土地に緑が復活すればいつかは…」
お嬢様もそれが難しいことであるとわかっている。
しかし何かをしたかったのだろう。
何もせずにはいられなかったと言うべきか。
温室はじわじわと大きくなってこの建物を飲み込んだ。
この建物にツタが生えだした。
ロイがびっくりしてやってきた。
そして目の前にある木に目を奪われていた。
「これが、木というものですか?」
ロイは静かに涙をこぼした。
「なんて美しいのでしょうか。」
温室はゆっくりと、しかし確実に広がっていく。
「笹川さんすごいな。」
俺はただ広がっていく緑色に目を奪われていた。
「隔たりがないとすぐに枯れてしまうと思いますがね。」
お嬢様は悲しい目でみつめていた。
しばらく三人でその光景を見守った。
遠くの建物から外を覗く人の姿が見えた。
きっとその人たちも驚いていることだろう。
────
エリスのところに「どういうことか?」と言う連絡がたくさん入って困っていると言われた。
植物の話をすると「まさか?」と、言われて説明するのが面倒だと言われた。
お嬢様は自動案内装置よ!と同じことを繰り返して言うだけの機械を出した。
エリスはそれを流しっぱなしにして通信をすべて自動で受けるようにした。
「大事な通信を聞き逃さないか?」と聞いたが、そのときは緊急用のチャンネルを使うはずだから問題ないと言われた。
────
AIからの連絡を待って数日が経った。
お嬢様の温室は島で繁殖を続けている。
まったくどういう仕組みでそうなっているのかわからない。
「自然の力は偉大なのですわ。」と言っていたが本当にそうなのかもしれない。
住人たちは初めて見る緑色の木や草、色とりどりの花たちに興味津々だった。
しかしまだ外に出てくるものはいない。
外に出てはいけないという徹底した教育が根付いているのだろう。
外にいた動物たちも温室に取り込まれているようだった。
見覚えのある鹿が草をついばむ姿を目にした。
「あの中では本来の姿に戻って共存するように、と魔法をかけてありますの。」
お嬢様は玄関ホール前の木に鳥を見つけてそう言った。
ということは、どこかにあのゴリラもいるということかもしれない。
(ゴリラは本来の姿でも人間にとっては脅威かも)
そう思ったが嬉しそうに外を眺めていたので言わなかった。
「笹川さんも出てみる?」
俺はなんの気なしに聞いてみた。
「ライトさん!私の気持ちが読めますの?!」
お嬢様は目を見開いて嬉しそうにそう言った。
「あのフローロードとかいうものを試したいと思っておりましたの!」
(いや、それはどうかな…)
あのダストシュートに入りたいとは思っていなかった。
────