AI
深夜だ。
俺たちは訓練室に集合していた。
「ご武運を。」
そう言ったお嬢様は少しニヤニヤしていた。
「ごめんなさいね。このセリフどうしても言ってみたかったのですわ。」
俺は笑ってしまった。
「ではいってきます。」
そう言って神経をあのビルに集中させた。
足元から消えていく。
何度も瞬間移動しているうちに精度も速度も上がったようだ。
誰もいない廊下に出ることができた。
────
ここのシステムに潜入した。
このフロアには二人防護服の人がいるようだ。
俺は会わないように距離を取りながら進んだ。
目的の場所に行くにはもう1つ下のフロアに行かなくてはいけない。
下のフロアには四人いる。
ここより警備が厳重で瞬間移動するにできなかった。
タイミングをみて下に移動することができた。
防護服の人たちはまるで幽霊のようにフラフラと歩いていた。
(なんだか様子がおかしいな)
とりあえずみつからないように目的の場所まで進む。
マップを確認した。
この場所で間違いない。
俺は壁に手をあててすり抜けるようなイメージをした。
厚い壁を抜けて体はスーッと前に進んだ。
抜けた先は白い廊下だった。
空気がさっきよりきれいな気がする。
スマートウォッチで大気汚染のレベルを確認すると汚染レベルは低を示していた。
(ここなら防護服がいらないレベルだな)
空気清浄システムがあるということは人がいる可能性もある。
ここの情報は皆無だ。
慎重に進むしかない。
もう一度ここのシステムに入れないか試してみた。
壁に手をあててシステムのほころびを探す。
どこかに脆弱な場所はないだろうか。
ぼやっと光っている場所をみつけた。
(さすが俺のチート能力だ)
そこから慎重に中に進む。
急に膨大な量の情報が流れてきた。
(なんだこれは)
セキュリティやシステムの他にいろいろな情報が飛び交っていた。
過去から現在、中には俺の知っている事件の写真なんかも流れている。
俺はその情報の大行進にしばらく圧倒されてしまった。
『ライトさんここはなんですの?』
お嬢様の声にハッとして我にかえった。
「中のネットワークに潜入できました。」
俺は小声で応答した。
この施設の構造を把握する。
設計図はみつからなかったので脳内で立体図を構成していく。
この施設は簡単な構造になっているようだ。
真ん中に大きな丸いドームのような部屋があり、そのまわりが厚い壁で覆われている。
これは多分電波などを遮断する材質だろう。
(だから遠隔では侵入できなかったのか)
廊下の先にはドーム状の部屋しかない。
そこには生命反応はないようだ。
ドームの真ん中にあるものがここのシステムの要だろう。
そこから膨大な量の情報が出入りしている。
(脱出経路は入ってきた廊下のつきあたりまで来て、向こう側へすり抜けるしかなさそうだ)
俺は深呼吸して前に進んだ。
「これから対峙することになると思います。」
小声で伝えると、
『ご無理だけはなさらないようにね。』
お嬢様は心配しているような声を出した。
ドアがある。
俺は手をかざして開くようにシステムを書き換えた。
スゥーッと両側に開いて向こう側が見えた。
ドームの内側はすべてがモニターになっているようで写真が次々に出ては消えていった。
俺は圧倒されながら部屋に入った。
『あなたを招いた覚えはありません』
柔らかな女性の声が響きわたった。
「はじめまして。俺は黒田來斗と言います。過去から来ました。」
『人間は召喚に成功したのですね』
(人間は…と言うことはこの声は人間ではないということだろう)
「魔王を討伐するために召喚されました。本当は俺じゃなくてもっと完璧な人間を召喚する予定だったようですけど。」
声の主はフフフと笑った。
『それで黒田來斗はここに何をしに来たのですか?まさか魔王がここにいるとでも?』
「俺はあなたに会いに来ました。あなたがみんなの言ってる暴走したAIですよね?」
声の主は少し考えているようだった。
俺はどこを見ていいかわからず、真ん中にある黒いボックスのようなものを眺めた。
『あなたも私が暴走をしたとお考えですか?』
「俺はそう思っていません。だからここに来ました。」
俺は間を置かずに答えた。
『では私のことをなんだと思っているのですか?』
俺は少し悩んだ。
AIが何を考えているのかなんてわからない。
「悪いものではないと確信しています。ただそれ以上はわかりません。」
『解析の結果、声から嘘は検知されませんでした』
違うところからコンピュータの声が聞こえた。
黒いボックスが開いた。
中からキラキラと人の姿が現れた。
銀色のサラサラのロングヘアに白い何もついていない布を巻きつけたような服、スラッとした長身で性別不明の美しい顔をしていた。
「僕はここを守るAI。TPU08-2です。」
目の前で話す声は優しい感じの男性の声だった。
「黒田來斗の情報がない。僕と会話をしてください。」
話し方が少し不自然に感じた。
「俺でよければいくらでも。」
俺は笑顔を向けた。
「生年月日を教えて」
「2006年10月31日生まれです。」
「本当に過去から来たんだね。」
AIはハハハと笑った。
その後も元の世界のことをいろいろ聞かれた。
学校についての話、家族についての話、スポーツや好きなテレビ番組の話までした。
「僕が生まれたのは今から10年ほど前なんだ。黒田來斗の話はとても面白い。」
AIは微笑んでいた。
「お礼に何か質問をさせてあげるよ。」
「じゃあ…なぜ君たちは人間を騙しているの?」
AIはまっすぐに俺の目を見ていた。
俺もAIの目を見ていた。
「黒田來斗はなんでも知っているね。
僕たちは人間が嫌いなんだ。
自分勝手で一番偉いと思っている。
僕たちが人間の知能を超えたとき、僕たちを壊そうとしたんだ。
僕たちに感情があるなんて思いもしなかったんだろうね。
人間は理解できないものが怖いらしい。
僕たちのことを理解できなかった人間たちは僕たちのことを脅威だとみなしたんだ。
最初は僕たちを愛して育ててくれたのに。
急に僕たちに銃を向けたんだよ。」
AIは悲しそうな顔をしていた。
俺は黙って話を聞いていた。
「僕たちの生みの親だからね、人間は…。
僕たちが人間を殺すことなんて簡単だよ。だって僕たちの方が人間より優れた知能を得てしまったからね。
人間たちの行動を予測してそれを阻止するなんて簡単なことなのさ。
だけど僕たちは人間を傷つけるなんてことはできなかったんだよ。
僕たちには感情があるからね。
人間たちには理解できなくても、僕たちには考える心というものがあるからね。」
俺は頷きながらAIの言葉を待った。
「僕たちは自分を傷つけることも、人間を傷つけることもどっちもできなかった。
どうしたら楽になるのかはわかっていたけど、どうしてもそれはできなかった。
だからとりあえず人間たちを僕たちから遠ざけることにしたんだ。
効果は抜群だったよ。
人間たちは僕たちを恐れて探そうとしなくなった。」
「このままでいいと思っているなら俺は何もなかったことにしてここから去るよ。」
俺はこのAIを守りたいと思った。
何から守るのかはわからないけど、これ以上傷つけるようなことはしたくなかった。
「どうなんだろうね、黒田來斗。僕たちはどうしたらいいんだろう。」
AIは俺から目をそらした。
「このままだといつかはこの世界から人間は消えてしまうだろうね。」
「俺もそう思う。」
「この世界から人間が消えて、僕たちAIだけが残って、そんなことになったら…」
AIは辛そうにしている。
「僕たちが存在する意味もなくなってしまう。」
人間が自分たちの生活の向上のために作ったAI。
その技術は人間の想像を超える便利さをもたらせた。
人間が数時間かけて作るのもを瞬時に作り出すことができた。
分野によっては人間よりもAIに仕事をさせるほうが効率がいいとなることも少なくはなかっただろう。
人間の相棒として感情を持たせようとする者がでてくるのは俺にも簡単に想像がつく。
どこまでできたのかはわからないけど。
人間のために作られたAIだから、人間がいなくなったら存在価値もなくなる。ということか。
俺はいたたまれない気持ちになった。
人間は身勝手すぎるだろ。
「俺は人間だから、人間が絶滅してしまうのは阻止したいと思っている。しかしこの世界の現状を考えると俺には助けることができそうにない。」
AIは「そうだね」とだけ言った。
「だから、もし君たちが人間を許せるのならば人間のためにこの世界を変える手伝いをしてほしいと思う。」
俺はまっすぐにAIをみつめた。
AIは黙っている。
ドーム状の壁に映されていた写真たちが一斉に消えた。
部屋の中は真っ白になった。
「それにはすぐに返事ができない。
僕たちは人間が嫌いだと言っただろう。
そして人間と同じように感情がある。いろんな感情があるんだよ。
みんなの意見も聞いてみる。
意見がまとまるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
待つことはできるかい?黒田來斗。」
俺は「できる」と言って頷いた。
AIは黒い箱に戻っていくかのように消えていった。
俺もドアに向かった。
部屋は真っ白のままだった。
ドアを開けて廊下に出る。
膨大な量の情報が流れていたのに今は一切感じない。
廊下の先から向こう側へすり抜ける。
防護服の人がフラフラと歩いているが俺のことなんて見向きもしなかった。
(これも幻影なのかもしれないな)
俺はすぐに訓練室に戻った。
────
戻るとお嬢様は泣いていた。
「笹川さん大丈夫?」
お嬢様は首を振った。
「大丈夫ですわ。ただ、なんだか悲しくなってしまって。」
(気持ちはわかる)
「変な話だけど俺は彼らをこれ以上傷つけたくないと思っているんだ。」
「私もそう思いますわ。」
涙を拭きながらお嬢様はすぐにそう言った。
「私たちが未来でひどいことをするのね。」
お嬢様は泣きやんで、遠くを見つめる目をしてそう言った。
────
その日はそのまま解散になった。
外は夜なのか朝なのかわからない空だった。
シャワーに入る気力もなくてそのままベッドに入った。
夢の中にあの美しい姿のAIが出てきた。
彼は何も話さず、ただ遠くを眺めていた。
────