調査
お嬢様は訓練室の小部屋の方に大きなモニターを出した。
街中の監視カメラをハッキングして一緒にみようと言うことである。
様子を見に来たロイが部屋の様子が変わっていることに驚いていた。
「訓練室に…あれは花というものですか?」
ロイは生まれて初めて本物の花を見たのだという。
しばらく彼は花畑を楽しんでいた。
(楽しそうなのでそっとしておこう)
俺は街中に監視カメラがないか調べた。
俺たちがいた世界にはいたるところにカメラがあったからだ。
しかしこの世界にはほとんど存在していないようだった。
ときどき屋上から遠くを映しているカメラがあったが、スモッグで何もみえなくなっている。
外にはPM2.5やらどこかの砂漠から飛んできた砂なんかが積もっているようだった。
それが風で舞い上がってさらに大気中に飛散されている。
これではいつまでも終わりがないように思えた。
この世界を救いたいと思うがそれはとてつもなく途方もないことに思えた。
「この世界の人口ってどのくらいなんでしょうね?」
お嬢様はモニターの映像に飽きた様子で聞いてきた。
俺はスマホで現在の人口を検索してみた。
『約8億人』
「元の世界の人口ってどれくらいか覚えてますか?」
「どうだったかしら?80億人くらいだったかしら?」
「今はその1/10みたいです。」
俺たちは絶句した。
何がどうなるとそんなことになるのだろうか。
近くしか見ていなかったマップを広域にしてみる。
そこには俺が知っている世界地図はなかった。
ロイがいつの間にかやってきてそのマップを後ろから見ていた。
「温暖化や地震による地殻変動でかなり変わったと聞いてます。」
温暖化で海の水位が上がったのか。
俺はそれを聞いてハッとした。
それならば東京は完全に水没しててもおかしくない。
俺は関東をマップで確認した。
「東京は埋め立てで出来ている島ですよ。」
と、ロイが教えてくれた。
「どうしてそこまでこの土地にこだわったのか私にはわかりませんが…」
ロイはマップを見ながら悲しい顔をしていた。
「何かお手伝いできることがあれば言ってくださいね。」
と言ってロイはエレベーターに乗りこんで消えていった。
「悲しい未来ですわ。」
お嬢様はハムスターを撫でながら言った。
こんな荒んだ未来で俺たち二人に何ができると言うのか。
100年という歳月をかけてこうなってしまったものを一瞬でどうにかするなんてことはできないだろう。
「もうちょっと過去に行けないかしら?」
お嬢様は突然そう言い始めた。
「きっとこうなるには原因があるはずよ!」
お嬢様の言いたいことはわかる。
過去に戻って原因となるものを壊せば未来は変わるだろう。
「未来を変えるとここにいる人たちがどうなるかわからないってこと、笹川さんもわかるよね。」
俺はできるだけ穏やかに言った。
「そうですわね。この世界にも愛する家族と暮らしてる人はたくさんいますね。」
俺たちは何も言えなくなってしまった。
────
「魔王とやらもみつかりませんわね。」
お嬢様は花畑の上に雨を降らせながらため息をついた。
いつの間にか使える魔法のバリエーションが増えている気がする。
「それなんだけどさ。もしかしたらそんなものはじめからいないんじゃないかって思うんだけど。」
「どういうことかしら?」
雨を霧状にして光をあてて虹を作り出しながらお嬢様は聞いた。
「エリスたちの話ではいろんなものを召喚したと言ってたけど、どこにも実害がないように思えるんだよ。」
俺はここしばらくこの島の現状を調査して回っていた。
怪しいところには実際に行ってみた。
このチートという能力は思ったよりも便利だった。
ネットワークに繋がっている場所にならすぐ行って帰ってくることができた。
それが外だとしてもお嬢様にもらった防護服は完璧に俺を守ってくれていた。
お嬢様は虹を作るのをやめてこっちに近づいてきた。
「詳しくお話になって。」
俺は気になる箇所を写真に撮ってきていた。
それをお嬢様に見せる。
「これがどうしたということかしら?」
お嬢様は建物の写真を見せられて首を傾げていた。
「この建物、全部に人が住んでいるんだ。」
俺は続けた。
「ここだけじゃなくて人の住んでいる場所の近辺も調べたんだけど壊れてる建物は1つもなかったんだよ。」
お嬢様は察してくれたようだった。
「攻撃されていないということですわね。」
俺は頷いた。
この世界において建物内の空気清浄システムがなくなるということは致命傷である。
魔王や魔法使いがこの世界で暴れるとするならまずは建物を壊すだろう。
俺ならそうする。簡単だから。
もしも大気汚染のひどい外に出られないというのなら、あの外を歩いていたゴリラを使って破壊行為をするとか、爆弾を作って無人機に乗せて飛ばしてもいいだろう。
それくらいの技術はとっくにあるはずだ。
「召喚したというのはハッタリなんじゃないかって思う。映像を見せたり幻覚を見せたり、この世界でなら簡単にできそうだろ。」
お嬢様は頷いている。
「AIのボスに会いに行こうと思ってる。」
頷いていたお嬢様の動きがとまった。
「少なくともコンタクトは取ってみようと思ってる。」
「こちらの存在を明かすということですね?」
俺は頷いた。
「どこにいるのかは目星がついてるんだ。」
「もしかしてあそこですか?」
お嬢様も察しているようだ。
「この島の中心にあるビル、『総合エネルギー開発ビル』。」
あの黒い煙を吐き出す炉のもっと下に大きな地下の施設があった。
ネットワークがまったくの別物のようだし、セキュリティも厳重で入り込むことができなかった。
あの炉はエネルギーを作っている。
とてつもない量の電力はこの島の人のためなのかと思っていたがそうでもないらしい。
量子加速を使った発電所が海上にあったからだ。
ロイに聞いても電力はあそこから来ていると言っていた。
ではあそこで作られた電力はなんのために作られているのか?
俺はそこになんらかのAIの施設があるんじゃないかと踏んでいる。
「なるほどですわ。怪しすぎますわね。」
お嬢様は謎にやる気のある顔になった。
「笹川さんは留守番だからね??」
俺がそう言うと明らかに不満げな顔になった。
「だって瞬間移動できないでしょ?!何かあったら捕まっちゃうよ?」
お嬢様は何か言おうとしてやめた。
「わかりましたわ。」
そして少し考えていたかと思うと笑顔になった。
「全力でサポートできるように私も何かしますわ!作戦を立てましょう!」
(嫌な予感がするのは気のせいだろうか)
────
「俺はあのビルの内部に潜入しようと思う。防護服はほとんど見た目が変わらないから変なことしなければ見つからないと思うんだよね。新人が入ったっていう偽情報流しておいてもいいし。」
お嬢様は頷いている。
頷きながら何かを考えているようだ。
「私、現地で使える便利アイテムを考えますわ!」
俺はあのビルでの従業員たちの動きを研究した。
従業員たちは何をするわけでもなくウロウロ歩いているだけだった。
話をするわけでもなく定期的に歩き回っているように見えた。
(警備してるだけなのか?)
従業員たちのいる場所はセキュリティが甘い。
下に向かう入口はどこだろうか。
このビルの設計図を探した。
割と深い部分に隠されるようにして存在していた。
(見つけましたが)
炉の下に何かあるようには描かれていなかった。
隠し通路や隠し扉のようなものはないかな。
見える場所にはないようだ。
チート能力をフル回転して抜け道を探した。
何か光っている場所があった。
俺のチートシステムが何かを告げている。
何の変哲もない壁のようだが向こう側には何かありそうだった。
(ここだな)
俺は設計図をコピーしてその場所にマーキングした。
潜入するなら深夜がいいだろう。
人がいるなら少ない方がいい。
お嬢様は楽しそうに何かをしているようだった。
(何か嫌な予感がする)
「ライトさん!見てください素敵でしょう!」
そこにはシルバーのアクセサリーがあった。
「この指輪は麻酔銃になっています。そしてこのブレスレットは防御壁が出現します。こちらのネックレスは状態異常を起こさないようにバフがかかっています。」
お嬢様は目を輝かせながら説明をしている。
(アクセサリーとか興味ないって言ったら怒るだろうな)
「つけてみてくださる?!」
俺は苦笑いしながらそれらを受け取った。
どれもサイズはぴったりだった。
「通信は常に繋がってますし、危険を察知したらすぐに戻って来られますよね?」
俺は頷いた。
「忘れてましたわ!このピアスにはカメラがついてますの。裏側のボタンを押すとこちらのモニターに映像が映りますわ!」
(ピアス?)
「あの、俺ピアスの穴…」
お嬢様は俺の耳にパチンとピアスをつけたようだ。
「そうだと思いましてファーストピアス仕様にしておきましたわ!私って気が利きますでしょ。」
お嬢様は得意気な顔をこちらに向けた。
「あ、ありがとうございます。」
俺は未来でピアスの穴を開けることになってしまった。
「では今日の深夜出発します。今のうちに仮眠を取っておいてください。」
お嬢様は真剣な顔に戻り頷いた。
────