未来へ
お嬢様は釣り竿を手にしていた。
(鮭は釣れませんよ)
俺たちは昼過ぎまで寝てしまった。
まだ眠い気がするがお嬢様が朝からうるさい。
「ライトさん!早く行きましょう!」
「もう出れますよ。」
お嬢様は「お先に」と言って消えた。
俺もあとを追った。
────
お嬢様は牧場の方に来ていた。
動物たちが心配だったのだろう。
地下都市の人たちはちゃんと世話をしてくれていたようだ。
俺たちは安心して養殖場の方へ向かった。
手伝いに来てくれている人たちは俺たちをみつけると手を振ってくれる。
タワーのことや昨日のことは知らないようだった。
アランがこちらに向かって走ってくる。
「ライトさん!このはさん!」
「昨日のこと聞いて心配していました。」
アランは知っているようだった。
タワーのAIが消えたことは地下都市の人たちもわかったそうだ。
だからといって何かが変わったわけでもなく、街の人たちは変わりないという。
守り神として信仰していたお年寄りたちがいたようだが、あの老人がみんなに向かって「新しい世界は自分たちで切り開く」と演説をしてAIが消えたことを納得させたらしい。
消えたと言ってもあのトーチにいたAIが消えただけで他のAIたちは無事の様子だった。
仲間が消えたというのにまったく関心なく通常通りらしい。
(感情がないならそんなもんか)
あの老人は地上を取り戻そう!とみんなに言ったそうだ。
1度新しくなった地上を見てくるといいと話したという。
(だから今日は観光客みたいな人たちが多いのか)
「みんな興味津々ですよ。技術者たちは農業用ロボットを開発すると興奮して言ってましたよ。」
アランは楽しそうに話す。
アランを養殖場へ連れて行った。
ここはコンピューターで管理しているので特にやることはないのだが、ここの管理も地下都市の人たちに任せたい。
お嬢様は、「鮭はどこかしら?たらこは育ったかしら?」とキョロキョロしている。
俺は鮭の水槽と鱈の水槽から1匹ずつ取り出す操作をした。
大きな魚がピチピチ跳ねている。
「ライトさん!私には無理そうですわ!」
大きすぎて怖かったようだ。
俺はお嬢様が出してくれた大きなクーラーボックスに魚を入れた。
「俺が捌いておきますよ。」
そう言うとお嬢様は嬉しそうに「ご飯を炊きましょう!」と言って養殖場を出ていった。
俺はアランと一緒に休憩小屋に向かった。
「養殖場は菌やウイルスを入れないためにも入る人を限定してほしいんだよね。」
「そうなんですね。こちらで希望者を募ってみます。」
────
お嬢様は嬉しそうにお米を研いでいた。
俺は大きなまな板を出してもらって鮭を捌いた。
もっと小さい魚は数百匹捌いたのでなんとなくわかっていたが鮭は難しかった。
「笹川さん!いくらも作れるよ!」
開いてみると朱色に輝く生筋子が出てきた。
「まぁ!いくら!!大好きですわ!」
鱈も運よくメスだったようでたらこも作れそうだ。
俺は手元にあった調味料だけで適当に漬けてみた。
(チート能力発動!おいしくなぁれ!)
効いているかわからないが一応やっておいた。
鮭は切り身にして塩をふった。
焼いただけで美味しいだろう。
鱈の身は野菜と一緒に鍋にした。
「島で作った味噌がありますわ!」
お嬢様はこっちに来てからも味噌の熟成を進めていたという。
「まだちょっと早いかしら?」
香りはとてもいい。
(おいしくなぁれ!)
きっとこれでおいしくなるはずだ。
アランも一緒に料理をした。
「料理というのも楽しいですね!きっとやってみたいと言う人がたくさんいると思います!」
「ここにもレストランを作りたいですわね!」
アランがそれはなんですか?と言うのでお嬢様はレストランの良さを語った。
ご飯が炊けた。
鮭も焼けた。
鱈鍋も味噌味にしたから美味しそうだ。
いくらとたらこは後日だろう。
「おにぎりじゃなくて定食になりましたわ!」
お嬢様は喜んでいる。
「ライトさん、私ね。」
急に真剣な顔になってお嬢様は続けた。
「このあと、もっとたくさんの国を回ろうと思いますの。同じように汚染と戦っている国はたくさんあると思いますわ。」
「笹川さんが行くなら俺も行くよ。」
お嬢様は笑顔になった。
「あたりまえですわ!運命共同体ですもの。」
『私も行きますよ』ナインが出てきた。
『ボクだって行けるよ!』エイトがナインの横に出てきた。
「みんなで行こう!世界はまだまだ広いぞ!」
いつか地球はかつてのように緑豊かな惑星に戻るだろう。
人間たちが自分たちの過ちにきちんと気がつくことができるならば。
壊すのは一瞬だけど直すのには時間がかかる。
それを忘れてはいけない。
自分さえ良ければいいとみんなが考えたら未来はどんどん暗くなる。
自分の行動は未来に繋がっているんだって気がつかないで過ごす人が多い。
何をするのか、何をできるのか、選択できる人は恵まれている。
自分の生き方を自分で選べない人だってたくさんいる。
だから選択できるときには少し考えてほしい。
未来のために。
俺たちは間違って未来に来てしまった。
これは俺たちが選んだことじゃない。
だけど俺たちは俺たちにできることを考えてできることをしてきた。
それが最善だったかなんてわからない。
これからも俺たちは俺たちにできることをしていく。
自分だけのためではなく、誰かのために。
誰かの未来のために。
命を繋いでいく。