助っ人
俺たちは今、元アメリカの大地で牧場を作っている。
きっと空気がきれいだったら雄大な山脈が遠くに見えただろう。
空を悠々と飛ぶ鳥やバッファローなんかもいたかもしれない。
しかし今、目の前にあるのは廃墟化した牛舎や厩舎やサイロだった。
お嬢様は片っ端からその建物たちを新しく生まれ変わらせている。
俺はロックの本部のシステムにハッキングすることに成功した。
何か企んでいないかと定期的に探りを入れている。
本部近くの廃墟は蔦が行き渡り、一面緑色になった。
温室のバリアもどんどん拡大しているようで地面が土のところには苔が生えだした。
外で警備してる警備員たちはまだ防護服を着ていた。
今のところは必要ないと思うけど、何があるかわからないので黙っている。
上空は相変わらずスモッグで曇っていて薄暗く感じる。
広大な大陸すべてを緑化して汚染を減らすにはどれくらいの時間がかかるのだろうか。
俺は考えると吐きそうになったので考えるのをやめた。
今はお嬢様がやっていることのサポートに集中しよう。
お嬢様は牧場内の建物を改修し終えたようだった。
「ライトさん!すごく素敵な牧場だと思わないですこと?」
確かにすごく立派な牧場だ。
動物もたくさんいたのだろう。
「牛と馬の施設しかなさそうですね。」
大きさ的に豚や羊を飼っていた形跡はなかった。
「豚と羊と鶏の小屋も作りますわ!ゴリラもいるかしら?」
(居ないと思います)
お嬢様は楽しそうに建物を作り出した。
「一気に出すと疲れるので動物は少しずつ増やしますわ。」
鶏小屋に鶏を2羽出してそう言った。
ここには佐田たちのように手伝ってくれる人たちはいない。
「畑はまた鍬で耕すのかな?」
俺は覚悟を決めて質問してみた。
お嬢様は倉庫の中にあったトラクターたちを使えるようにした。
「こんな広い土地を人力で耕すのはさすがに無理ですわ。」
(俺もそう思います)
お嬢様は耕運機を楽しそうに運転した。
まっすぐ進めなくて若干ぐにゃぐにゃしていたがそこは愛嬌だ。
「まずは家畜の餌になるコーンや麦を植えますわね。あとは牧草地を復活させますわ。」
俺にできることが少なすぎる。
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
(せめて料理でもするか)
俺は家に戻り冷蔵庫の中を見てみた。
食材はいろいろ入っていたが調味料は塩と醤油と砂糖くらいしかない。
俺は鶏ガラでスープを作ってみることにした。
お嬢様が用意してくれた大きめの鍋に水をはり、火にかけた。
沸騰したところに鶏ガラと生姜やネギなどを入れた。
(作り方わからんがいい感じにできてくれ)
俺はチート能力が発動しないかやってみた。
目に見える変化はない。
時間短縮できないかと試してみた。
なべの取手を掴み、(チート能力 時間短縮!)とやってみた。
スープはあっという間に白湯になった。
いいにおいがする。
今日はチャーハンと卵スープにしよう。
なんとなくで作った料理は完成した。
味見をしながら作ったので悪くないと思う。
俺はお嬢様を大声で呼んでみた。
「ただいまですわ。」
お嬢様は俺の真後ろに瞬間移動してきた。
「おかえりなさい。」
俺の作った料理はなかなか好評だった。
お嬢様は美味しいともりもり食べてくれた。
「俺にできることがあまりなくて…笹川さんにばかり負担をかけてて申し訳なく思ってる。」
俺は正直に今の気持ちを話してみた。
「そんなことありませんわ!私はやりたいことをしているだけですし、ライトさんがいなかったら私はここに来ていませんわ!」
お嬢様はそう言って、
「では片付けもお願いしちゃいますわ!」
と言ってニコッと笑った。
(そんなことならいくらでもいたします)
────
牧場はモーモーメーメーうるさくなった。
動物が増えると俺の仕事も増えた。
餌やりや掃除をしているだけでどんどん時間は過ぎていく。
(牧場の仕事って大変だな)
畑の方はお嬢様が順調に拡大していて、自分たちで食べる野菜用の畑も作ってくれた。
「果樹園も作りましたわ!」
そう言ってデタラメな果実の木をたくさん出した。
1本の木から数種類のフルーツが実る謎の木だった。
俺たちがいつものように汗を流して牧場作りをしていると遠くから車がやってくるのが見えた。
以前は毎日何気なく見ていた車だが、こっちに来てから走っているのを初めて見た。
車に乗っていたのは見たことのない男性二人組だった。
「すいませーん!」
車から人が叫んでいた。
「見学させてもらえませんか?」
二人は両手を上げて近づいてきた。
敵意はないと言いたいのだろう。
俺はどこから来たのか聞いた。
「本部から調査の依頼を受けてやってきました。」
何やらIDのようなものを見せてくれたが俺にはさっぱりわからない。
「防護服を脱いでもらえますか?」
俺はお嬢様の出した防護服を二人に渡した。
二人は戸惑いながらも言うことを聞いてくれた。
防護服を脱いだときに息を止めていたが、さすがに着替えている間ずっと息を止めるのは無理だったようでむせ込んでいた。
「あれ?全然苦しくないぞ?」
ジョンという男は深呼吸をしている。
「目も痛くない。噂は本当だったんだ。」
俺は佐田たちにしたように防護服の説明をした。
人種は違っても同じところで喜ぶ。
もう一人のマイクという男は防護服のオンとオフを繰り返して喜んでいる。
「すごいな!さすがヒーローだ!」
ロックでは俺たちはヒーロー扱いだった。
(俺はヒーローの付属品ですが)
俺はお嬢様が何をしているのか二人に説明しながら野菜や果物を収穫して二人に食べさせた。
「これが本物の野菜というものか!素晴らしいな!」
ロックでの主食はタブレットではなく、何かドロドロしたやつだという。
1日に1食、チューチュー吸うのだと言う。
俺はゼリー飲料のようなものを思い浮かべた。
ご飯や卵、ベーコンなんかを食べさせたときには二人は涙を浮かべていた。
「こんなに幸せな気持ちになったのは初めてだ。」と言った。
俺は大袈裟だな、と思ったが毎日何かわからないドロドロしたものを食べさせられてるならそう思うのもしかたないかなと思い直した。
「家族にも食べさせたい。」
とジョンが言い出した。
「まだたくさんの人に食べさせるだけの備蓄がない。二人でやっているのでたくさん作るのは無理なんだ。」
俺はそう説明した。
二人は顔を見合わせて、職のない人たちを連れてくると言った。
「給料は払えない。」
と言うと、「本部でなんとかする。だめでも食べるものを与えてくれたら文句は言わないだろう。」と言って、二人は車で帰っていった。
「どう思う?」
俺はお嬢様に聞いてみた。
「人が手伝いに来てくれるなら島のように発展も早くなると思うわ!」
お嬢様は嬉しそうだった。
「でもスマホでいちいち翻訳して聞かせるのが面倒なんだよね。」
俺が浮かない顔をしていると、
「私たちの言葉は翻訳しなくても誰にでも理解できるっていう魔法をかけるわ!」
そんないい加減な魔法は効くのだろうか?と思ったが言わなかった。
(うまく機能するといいな)
────
翌日、大きなトラックがこちらに向かってきた。
トラックには老若男女たくさんの防護服を着た人たちが乗っていた。
お嬢様はびっくりしながらもハンガーラックを出してたくさんの防護服をかけた。
俺はいつもの防護服の説明をして着替えるように言った。
翻訳アプリを使わなくても通じているようだった。
「笹川さん!すごいよ!翻訳要らずだ!」
俺は喜んだ。お嬢様はドヤ顔をしている。
総勢20人くらいいた。
中には家族連れでやってきた人たちもいるようだ。
「通いですか?それとも泊まり込みたいですか?」
俺は来た人たちに聞いてみた。
みんなは野宿をするつもりでここに来たらしい。
お嬢様は「そんなひどいことってありませんわ!」と怒って、従業員宿舎を建てた。
各自キッチンバストイレ付きといたれりつくせりの部屋を何個も作った。
ファミリー向けに複数の部屋のあるタイプも作った。
久しぶりに大物を建てたので少し疲れているようだった。
「案内は俺に任せて。」
お嬢様は頷いて椅子に座った。
俺は団体を引き連れて各自部屋を決めるように言った。
ファミリーにはファミリー向けのタイプを案内した。
一人で来ている人、友達と来ている人、いろんな人がいた。
部屋の広さも間取りもほとんど同じだったので特に揉めることなくすんなりと決まった。
俺はみんなをまた引き連れて牧場内を案内した。
「ここでは動物の世話をします。毎日2回餌を与え、毎日1回掃除をします。」
みんなは真剣に俺の話を聞いてくれた。
動物を見るのが初めての人が多く、怖がる人もいた。
確かに牛くらい大きいと怖いかもしれない。
次に畑を紹介した。
自分たちで食べる用の畑から作物を収穫してもらった。
みんなもジョンやマイクと同じ反応をした。
果物も収穫してもらい、食べてみるようにみんなに言った。
躊躇してにおいをかいだり、潰したりしている人がいた。
一人が食べて「美味しい!なにこれ!」と言うとみんなも口に入れた。
しかしこの人数を食べさせるための米がもうなかった。
「お米と小麦を急いで作りますわ。」
お嬢様は雨を降らせていつものように太陽の光をあてた。
作物たちはぐんぐんと伸びた。
そして実をたくさんつけた。
俺はみんなにどこで働いてみたいか聞いてみた。
もちろん嫌なら働かなくてもいい。
牧場で働きたい人も畑で働きたい人もどこでもいいと言う人もいた。
働いてみて違うと思えば移動してもいいし、辞めてくれても構わないとみんなに伝えた。
みんなは「信じられない」と言った。
「俺たちはいい仕事にもつけず、金もなく、ひどい暮らしをしていた。食べるものもなく、飢える日も少なくない。そんな俺たちに選んでいいと言うのか!」
みんなは「なんでもやる!何でも言ってくれ!」とやる気になった。
(いや、好きな仕事をしてほしいんですが)
俺は「じゃあ順番に一通りいろんな仕事をしてみよう」と提案した。
みんなは「なんでもできるのはいいことだ!」と言って賛成してくれた。
俺はグループ分けをして各場所で詳しい仕事内容を再度説明した。
みんな素直に話を聞いてくれるし、物覚えもいいようだった。
(なんでこんなにいい人たちが仕事もなく飢えているのか…)
俺は少し悲しくなった。
お嬢様も同じ思いをしているようで、
「人が増えてもいいように事業も拡大しますわ!」
と張り切って食肉加工の施設やパン工房なんかを建てた。
みんなで食事ができるように大きなキッチンとたくさんのテーブルと椅子を置いた建物も作った。
「センターハウスだ!」
と誰かが言ったのでそう呼ぶことにした。
二人でひっそりやっていたのに一晩で一気に賑やかになった。
陰キャの俺にとって知らない人と話すのはなかなかの苦痛だったがみんなの笑顔を見たらそれも忘れてしまった。
(この牧場もきっといい場所になる)
俺は笑いながら食事をする人々を眺めてそう思った。
────