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佐田

お嬢様が稲作に手を出した。

ため池を作ったお嬢様は長靴を履いて嬉しそうに水田に水を入れていた。


ここまでくると俺の手には負えなかった。

お嬢様はトラクターを出した。

それを無人で動かしている。

まさかこんな世界で農業を始めることになるとは。


「人手が足りませんわ!!」

お嬢様はやりたいことが多すぎてイライラしているようだ。

(魔法で出せば楽なのに)

俺はそう思ったが、この工程は人々が暮らしていくという根底があるからなのかもしれない。

自分がいなくてもここで暮らす人たちが自分たちで何かを作ることができれば、と思っているようだ。


人々は俺たちに興味がないわけではないだろう。

しかし頑なに家から出てこなかった。


チコの家の隣からこちらに手を振っている男の人がいるのに気がついた。

いつから手を振っていたのだろう。

(気がつかなくてごめんなさい)


家の中から何かを言っているが聞こえない。

俺はチートの能力でお互いの声を聞こえるようにした。


「気がつかなくてごめんなさい。俺に何か用ですか?」

突然俺の声が聞こえて中の人はびっくりしていた。


「こちらこそ申し訳ない。私は佐田と言います。しばらくあなたたちを観察していました。」

佐田という男は最初俺たちが何をしているのかわからなかったという。

古い資料や図鑑などを調べて『食べるものを育てている』ということがわかったそうだ。

自分はタブレットで食欲を満たすことしか知らないのでその『食べる』という行為がどのようなものなのか興味がわいたという。

ネットで調べて書いてあることを読むだけでは理解ができなかったという。

それで我慢ができずに俺に手を振っていたのだという。


「外は本当に安全なんですか?」

俺はそう聞かれてちょっと悩んだ。

お嬢様の温室の結界が破れたという話は聞いていない。

今も増大し続けている。

俺は防護服を着ているので何かあってもなんともないだろう。

しかしなんの装備もなく出てくることはどうなんだろう?

ゴリラが歩くこの街の中を安全と言っていいものなのか?


「佐田さんは外に出たいと思いますか?」

「安全ならぜひ出たいと思ってます!」

佐田の目はキラキラと輝いて見えた。

俺は「少し待っていて」と言ってお嬢様のところへ向かった。


「笹川さん、頼みがあるんだけど。」

俺は佐田の分も防護服を出してくれと頼んだ。


「なるほどですわ!もしものために防護服を配るのはとても安全ですわ!」


お嬢様は長靴のまま防護服をたくさん出してくれた。

それをハンガーラックにかけてくれた。


「サイズもいろいろ用意しましたわ!」


俺は佐田のところへ戻った。


「佐田さん、ちょっと出てみませんか?嫌ならすぐに家の中へ戻ればいいですし。」

佐田はうんうんと頷いている。


佐田の家には出口が見えない。

「外に来れますか?」

「フローロードで!」

俺は一番近い出口で待つと言った。


────


佐田はマスクをして現れた。

「外に出るのは何十年ぶりだろうか…」

ちゃんと息ができるのかをチェックしていた。

「前に出たときはすぐに苦しくなって…死ぬかと思いました。」

佐田は深呼吸している。

「なんともないですね!やったー!」

俺は喜ぶ佐田を防護服の前に連れて行った。


「上空が曇っているのがわかりますよね?ある位置から上は汚染されたままです。」

佐田は真上を見て「ひどいな」と言った。

「今ここは安全ですし、普通に呼吸もできると思いますが、いつ何があるかわかりませんので…」

「防護服を着ればいいんてすね!」

佐田はテンション高めで防護服を選んだ。

そして服の上から着込んだ。


「腕のスマートウォッチにオンとオフがあるでしょう?」と防護服の操作を教えた。

佐田はオフにして一瞬で防護服が消えたことに驚いていた。

「見えないけど着ているのと同じ効果があります。」

佐田は目を丸くしてオンとオフを試している。


「これはすごい技術ですね!!」

遠くで聞いていたお嬢様がドヤ顔をしている。


「笹川さん!この方が佐田さんです。」

お嬢様は長靴のまま走ってくる。

カポカポしながら走ってくる様子はなかなかかわいい。


「はじめましてですわ!笹川このはです。」

佐田は嬉しそうにお嬢様と握手をした。


「稲作というものですよね?」

佐田はお嬢様と水田の方へ歩いていった。

「はい、どうしてもお米が食べたくなりまして育てることにしましたの。」

佐田はお嬢様から米作りの話を聞いて楽しそうにしている。


俺はトマトといちごを収穫して、ゴリラが持ってきたバナナと一緒に佐田に渡した。

「よかったら食べてみませんか?」


「いいんですか?!」

佐田はバナナに喜んでいた。

「この黄色いもの…小さいときのパジャマの柄だったんですよ…懐かしいなぁ〜バナナって言うんですね!」

そのままかじろうとしたので、皮をむくことを教えた。

「中は白いんですね!甘いいいにおいがする。」

佐田はバナナをゆっくりと口に入れた。


「溶けないんですね!これが噛むという行為ですね?!」

もぐもぐしながら佐田が聞いてきた。

俺とお嬢様は佐田の反応が面白くていろんなことを教えた。

自動販売機を見せると、「原始的な機械ですね」と言って興味深そうにまわりを一周した。

お嬢様は人体にとって水分がいかに大事なものかを説明して佐田に炭酸飲料を飲ませた。

佐田は一口飲んで吹き出した。

「なんですか?!これは!!泡が!口の中に!!」

俺たちは大笑いした。

まるで原始人に会ったような錯覚に陥った。


佐田はハッとして、

「家族に言ってくるのを忘れました!きっと心配してるはず。」

と血の気の引いた顔になった。

「今日は帰ります!また来てもいいですか?」

俺たちは「いつでもどうぞ」と言って佐田が走っていくのを見送った。


「面白い方でしたわね。」

お嬢様も楽しかったようだ。


「こうやって出てくる人が増えるといいね。」

俺は防護服を見ながらそう言った。


「この世界にはSNSがまだあるかしら?」

お嬢様はスマホで元の世界にあった代表的なSNSサービスを調べた。

「まったくありませんわ。確かに自慢できるような写真も動画も撮りようがありませんものね。」

(あったら投稿でもするつもりだったのか)


「明日も来てくれるといいですわね!」

お嬢様はご機嫌で小屋の中に入っていった。

俺もなんだかいい気分だった。


────


次の日、お嬢様が日課の雨を降らせてお日様の光を出したあとに昨日の声が聞こえた。

「ライトさん!このはさん!」

佐田は家族を連れてきた。

「妻のカナと娘のイヨです。」

二人はドキドキした顔でペコリと頭を下げた。


「パパ、外でも息ができるって本当だね!」

イヨは初めて家の外に出たという。

お嬢様は防護服の説明をして二人にも着てもらった。

イヨは佐田と同じようにオンとオフを繰り返して楽しそうにしていた。


佐田は昨日俺たちから聞いたことを家族に説明して聞かせていた。

「昔の人たちはこうやって食べるものを育てていたんだよ。」

カナとイヨは「へぇ〜」とおそるおそる野菜を触っていた。

お嬢様はどうぞと言ってりんごをむいて佐田たちの目の前にだした。

佐田はすぐにりんごも中が白いんですね!と言って口に入れた。

カナとイヨもドキドキした表情でりんごを一口かじった。


「わぁー!じゅわーって甘いのが出てきた!」

二人とも初めてだったようで噛み砕いて飲み込むという行為を楽しんでいた。

「ここに生えている緑色のものたちは人間が食べることのできるものなんですね。」

カナは畑を見て感動していた。

「料理しないと美味しく食べられないものもあるけどね。」

俺がそう言うと「料理って何?」となった。

確かにここの人たちは料理をしない。


お嬢様はかつて出したキャンプ用品を次々出した。

火をおこして鍋に水を入れた。

「スープを作りましょう!」

(味付けはどうするんですか)


お嬢様は野菜を細切れにして鍋に入れた。

「なんでも煮たらおいしくなりますわ!」

(その自信はどこからくるのか)


話をしながら出来上がるのを待った。

佐田たちは食べ物を情報でしか知らない。

タブレットも何も考えないで口に入れるだけだという。


トマトのいい香りがしてきた。

お嬢様は鍋から器に盛り付けてみんなに配ってくれた。

佐田はスプーンに興味津々だった。

「この液体をこれですくって口に持っていくんですね!」

三人は熱いスープに苦戦していた。

「こうやって、フーフーってして冷ましてから口に入れますのよ!」

お嬢様はスープを口にいれて、

「おいしくできましたわ!」

と言った。

俺はコンソメも塩も胡椒も入っていない味のしない汁だと思っていた。

しかし口に入れてみると野菜の甘さや苦味がちょうどいいトマト味のスープになっていた。

「笹川さん、おいしいよ!」

お嬢様はまたドヤ顔をしていた。


佐田たちも上手にスープを飲んだ。

「これが料理なんですね…」

カナは嬉しそうに鍋をみつめていた。

イヨはいちごが気に入ったようでもりもり食べている。


三人は俺たちにごちそうさまでしたと伝え、帰っていった。

俺は残ったスープをおかわりしていた。

「調味料を作るにはどうしたらいいのかしら?」


俺は悩んで「肉が必要かも」と答えた。

お嬢様は「なるほど」と言ってその後は黙っていた。


「次は牧場ですわね。」

決心した様子でお嬢様はそう言った。

「生きていくために必要なことですわよね。命に感謝ですわね。」


(きっと明日は牧場を作るんだろうな)


俺は牛を追いかけるお嬢様を想像して笑った。



────

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