本部
お嬢様は野菜作りにハマってしまったようだ。
俺は土を耕した。
手にマメができた。
陰キャガリ勉の俺の手にマメができるなんて。
お嬢様が近くにいるだけで作物はよく育つような気がする。
(太陽みたいな人だな)
ときどきゴリラが会いに来た。
バナナとりんごを持ってきて野菜を持って帰った。
いつの間にか物々交換をするという文明が誕生していた。
お嬢様はなんとも思っていなかったようだが、俺はこの荒廃した土地で初めて人と人が生きるために取引をしている場面を見た気がした。
(ゴリラだけど)
こうやって少しずつ以前の世界を取り戻せていけたらいいな、と思う。
(ゴリラとだったけど)
チコは毎日俺たちのことを覗いている。
母親もこちらを気にしている様子だったが見て見ぬふりをすることに決めたようだ。
もしかしたら俺たちの体に異変がないかどうかを観察しているのかもしれない。
俺は慣れない肉体労働に疲れていた。
お嬢様が出してくれたリクライニングチェアに座ってお嬢様を眺めている。
いつの間にか木が生えていて、ハムスターが増えているように見えた。
よく見るとそこにはリスがいて、ハムスターと何やらおしゃべりをしていた。
(もうそれくらいじゃ驚かないぜ)
俺は海の向こうには何があるのかを知りたかった。
マップには水没しなかった元日本の姿を見ることはできた。
おそらく衛生はそのまま機能していて地球全体を見ることができているのだろう。
しかし元日本の他の土地には人の気配はしない。
残った多くが山岳地帯であることから、住むには不向きであると思うが。
最初は人が住んでいたのかもしれないがこの島のように整備されたわけではないだろう。
ネットワークが繋がっていれば見に行くことができるのだが、まったく反応がない。
もしかしたら日本の人口はこの島にいる人たちですべてなのかもしれない。
韓国や中国まで行けば人に会えるかもしれないが中国は日本よりも大気汚染がひどそうだ。
正直行くのは怖い。
世界は20%の陸を失ったとロイが言っていた。
その分、海は広くなったわけで。
この汚染の中を船で進むのは大変だろう。
そこで瞬間移動が登場したのか。
理論上はどこにでも移動できるだろう。
どのくらいのエネルギーを使うのかはわからないが。
俺はマップでその施設を探した。
どうやら本部と呼ばれるビルの中にある。
島にはそこしかないようだからこの島以外へ行くためのものだろう。
エリスもロイも島から出たことがないと言っていた。
つまり普通の人は使えないものだろう。
(本部に行ってみるべきかな)
俺はエイトのことを本部には知られたくなかった。
きっとそういうところは頭が固くて、古くさくてもいいと思ったら良しとしてしまう。
AIを破壊と決めたからには、きっと害がないと説明しても聞いてくれないだろう。
(お役所に対する偏見かな)
俺はとりあえず本部のシステムにハッキングしてみた。
本部だというのにセキュリティは甘い。
(大丈夫なのか?)
中はロボットが飛んでいるくらいで人の気配がない。
地下にある会議室のようなところに人が集まっていた。
モニターに明らかに日本人ではない人たちが映っていた。
(国際的な会議かな)
イヤホンみたいなのをつけている。
同時通訳の装置か何かだろう。
俺は盗聴行為…とチートの能力を使った。
どうやらこの島の異変に世界の人たちも気がついたらしい。
汚染レベルはどうなっているのだ?とか、あの植物はどこから持ってきたのだ?とか質問されていた。
こちらの人たちも「急に現れた。私たちにもわからない。」と言うだけで会議は何も進んでいないようだった。
画面に映っている初老の紳士が、
「そのまま緑化が成功して汚染レベルが下がるようなら、島に生えている植物を自分の国にも分けてほしい。」
と言った。
それには他の国と思われる人たちも「うちにも!」と声を上げていた。
各国はとりあえず様子見を決めたようだった。
この島で突然変異でも起きたかのような話しぶりで、「うまくいくならこちらにも」という感じで、何か問題が出てきてもこちらを助けるような話はなかった。
会議が終わったようで人たちは部屋を出ていく。
残ったリーダーのような人が「エリスに話を聞く。」と言っていた。
(エリスに迷惑がかかったら嫌だな)
俺はお嬢様に今聞いたことをすべて話した。
また泥んこになっていたお嬢様だったが、一度戻りましょうか?と言って小屋に入っていった。
「フローロードで帰りましょう!」
お嬢様はそれが好きなようだ。
────
エリスのところへ戻るとちょうどエリスは本部の聞き取り調査を受けているようだった。
ロイに止められたので部屋には入れなかったが中の話は聞こえる。
『私は関与していません。召喚した救世主たちがこの島のために始めたことです。』
エリスは言葉を選ぶように説明していた。
『この島にとってデメリットのあることは一切していません。彼らは未来を見据えています。今このときではなく、10年、100年先のこの島の未来を考えてくれています。』
お嬢様は聞こえてくるエリスの言葉にうんうんと頷いていた。
本部は『監視と調査を頼む』と言って通信を切った。
エリスは疲れた顔で部屋から出てきた。
「もう帰宅ですか?」
ニヤッと笑った。
────
「各国はこの島の異常事態に興味があるようだよ。」
エリスはやれやれという感じで言った。
「今までこの島になんて見向きもしなかった連中だ。ここは終わりだと思われていたんだよ。」
「AIの反乱を報告したときも自分たちの国を自衛するばかりでこちらを助けようとはしなかった。自業自得だろうと言われたんだよ。かつてのこの島は技術的に先を行っていたからね。」
エリスは明らかに敵意をむき出しに話し続けた。
「AIの進歩でこの島は少ない資源でも楽に暮らしていけるようになったんだ。
あのタブレットやシャワーを開発したのもAIたちだよ。
少ない資源でたくさんの人の命を守らなくてはいけなかったからね。
人間たちの知識や技術だけでは今の生活はなかっただろうね。
それなのにAIは悪だ!なんて言う奴らが現れて。
たくさん人間のために働いてくれたのにさ。
だからAIたちが人間を倒すために魔王だとか魔法使いを召喚したと聞いたとき疑わなかったんだ。
人間は憎まれていると思ったからね。」
エリスはどんな思いでAIたちと対峙しようと決めたんだろうか。
あまりにも切ない話だ。
「それで最高の救世主を召喚しようとしたら君たちが来てしまったというわけだよ!」
エリスはケラケラ笑った。
「最高の救世主でしたでしょ?」
お嬢様はドヤ顔をしていた。
俺たちはみんなで笑った。
「私がしていることでエリスに迷惑をかけてしまっていたらごめんなさい。でも私にはこの島に必要だと確信していますの。」
お嬢様は真面目な顔になってそう言った。
エリスも笑うのをやめて、
「お前たちは救世主だ。好きにするがいい。」
と言った。
俺とお嬢様は黙って頷いた。
「本部の対応は任せておけ。適当に相手をしておく。」
エリスはそう言って握手を求めてきた。
お嬢様は嬉しそうに握手をした。
俺も続けてエリスと握手をした。
「では私たちは忙しいのであちらに戻りますわ。」
ロイが行こうとする俺の腕を掴み、
「野菜というものを作っていると聞きました。次来るときはぜひ!」
と言うので、「たくさん持ってくるよ。」と約束をした。
二人は笑顔で見送ってくれた。
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