ゴリラ
お嬢様の緑化計画は島全体に広がった。
今では島内は温室という結界の中にすっぽりと入っていた。
『ライト!お知らせがあるよ。』
エイトからの連絡だった。
『僕たちの本拠地の上で黒い煙を出していた施設があっただろう?』
(有害物質を垂れ流しにしていたあの施設か)
『あれ、必要なくなったみたいで停止したよ。』
「必要なくなったって電力はどこから工面してるんだい?」
電力がなくなればAIたちは活動できなくなるだろう。
『僕もよくわからない。だけどライトと一緒にいる女の子のおかげだって聞いたよ。お礼をしておいてね。』
エイトはそう言うと消えていった。
俺はそのままお嬢様に伝えた。
お嬢様も首を傾げていたが、
「きっと大いなる自然の力ね!」
と言った。
お嬢様の作り出した緑たちがなんらかのエネルギーを持っていると言われたら納得できる部分もある。
永遠に動き続ける空気清浄機がいい例だ。
お嬢様は小屋をスマートウォッチに収納していた。
「移動しますか?」
と、聞いたもののこの島はもう緑化が完了している。
「この島の人たちを外に出すにはどうしたらいいかしら?」
(ゴリラがいるうちは無理なんじゃ)
俺たちが外をウロウロしているからって安全だとわかってもらうのは難しいかもしれない。
「作戦会議が必要ね。」
お嬢様はスマートウォッチから椅子とテーブルを出した。
そして自動販売機も出した。
お金を入れていないのにすべてのボタンが光っていた。
「飲み放題にしておいたわ。」
お嬢様はオレンジジュースのボタンを押しながら言った。
俺はスポーツドリンクをもらった。
昨日窓から覗いていた人が今日もこちらを見ているようだった。
(急に変なものを出したからまた怖がらせちゃってるかな)
お嬢様もその視線に気がついたようだ。
ニコッと笑いかけて手品のように手の上にハムスターを出した。
続けて花を出した。
それはまるでマジシャンのような手つきだった。
どうやら覗いているのは小さな子供のようだった。
隠れることも忘れてお嬢様の手品をじっと見ている。
それからお嬢様はシャボン玉を出した。
液をつけてふぅーっと吹くと大きなシャボン玉がたくさんできた。
子供な手を叩いて喜んでいるようだった。
背後から大人の人がやってきた。
子供になにやら話を聞いている。
お嬢様は同じことを繰り返した。
子供と一緒にその大人の人も手を叩いた。
お嬢様は拍手を受けてドヤ顔をしていた。
「外に出てきてくれないかしら。」
しかしそんな素振りは一向になかった。
子供たちはこちらに向かって手を振って消えていった。
お嬢様も手を振っていた。
「あのぉ、すみませぇん。」
急に後ろから少しイントネーションのおかしい喋り方の声が聞こえた。
俺たちは振り向いた。
そして固まった。
「たすけてぇもらぇましぇんか?」
声の主はゴリラだった。
俺は2度見したがやっぱりゴリラだった。
ゴリラが喋っているようにしか見えなかった。
「何かお困り事かしら?」
お嬢様もびっくりしていたのにもう受け入れたようだった。
ゴリラは困ったような表情をしている。
「仲間がぁくるすぃんでます。」
どうやらこのゴリラには仲間がいて、その仲間が苦しんでいるということだった。
「どこにいるのかしら?連れて行ってもらえますか?」
お嬢様はゴリラと会話している。
なんとシュールな光景だろうか。
ゴリラは手招きをした。
俺たちはゴリラについていった。
────
しばらく進むと岩場に出た。
建物はなく、荒れた印象が強い土地になった。
ここには苔が生えていない。
(岩だから繁殖しにくいのかな)
大きな岩の向こうに黒い大きな影があった。
俺はこれを知っている。
あの日あの建物の外にいた大きな黒い影。
こっちの世界で変異したゴリラの姿がそこにあった。
俺は身構えた。
お嬢様はびっくりしていたが「どうしてその姿のままなのかしら?」と首を傾げている。
俺は変異したゴリラをスキャンしてみた。
汚染レベルがかなり高い。
「まだ汚染されているみたいだ。」
俺はお嬢様を見た。
「かわいそうに…今助けてあげますわ!」
お嬢様はゴリラに向かって両手を広げた。
大きな黒い姿は金色に光り始めた。
そしてみるみるうちに小さくなっていった。
「どうかしら?」
お嬢様は助けを求めに来たゴリラを見た。
そのゴリラは倒れているゴリラの元に駆け寄った。
「たすかたぁ、ありがぁと!」
それがゴリラの笑顔なのかはわからないが歯をむき出しにしてこちらを見た。
お嬢様はバナナの木を出した。
それからりんごの木も出した。
お嬢様はりんごを一つもいでゴリラに渡した。
「人間たちと共存できるかしら?」
2匹のゴリラに話しかけている。
「たべものある、人襲わないょ。」
そしてまた歯をむき出した。
(怖いんだけど)
「人間たちもあなた方を襲わないわ。私がそんなことはさせないわ。」
ゴリラたちはりんごとバナナを両手に抱えてどこかに消えていった。
「苔だけじゃ食料不足になるわね。」
お嬢様は両手を上に上げて広げた。
パラパラと雨が降ってきた。
俺が見える限り一面に雨が降っている。
(なんて力なんだ)
それは数分続き止まった。
その後に太陽を思わせる光が降り注いだ。
雨粒に反射してキラキラと輝いた。
きっと島中がキラキラと輝いている。
人の住んでいる建物から外を見ている人がたくさんいた。
それほどに外は美しく輝いていた。
「恵みの雨よ!」
お嬢様はびしょびしょの姿で笑っていた。
その姿は見たことがないくらい美しかった。
苔しか生えていなかった大地に様々な植物が生えてきた。
小さな花をつけ実をつけ種を落とした。
お嬢様はそれを微笑みながら眺めていた。
ハクションッ
俺はくしゃみをした。
俺もびしょびしょだった。
お嬢様は俺を見て近くに小屋を出した。
「風邪をひいてしまいますわ!」
俺たちはそのまま順番にシャワーに入った。
「本当にこの世界のシャワーは便利よね!」
ふわふわの髪の毛に戻ったお嬢様がにこやかにそう言った。
「外の植物が勝手に生えてきたのって雨のおかげ?」
俺はどこまでがお嬢様の魔法なのかわからなくなっていた。
「どうかしら?私は少し手伝っただけなのですわ。」
小屋の小窓から外を見て、
「この大地は生きたいと思ってますわ。その力が植物たちに伝わったのよ。きっと…」
お嬢様はそう言った。
俺も小窓から外を眺めた。
ニョキニョキと植物が生えてくる。
その姿はとても可愛らしく見えた。
(大地が生きたいと…)
その言葉のとおりに見えた。
この大地は生きたがっている。
────