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プログラム

作者: 久世

 このような苦しみしかない空間に、どのようにして連れてこられたのかは、私には分からない。


 自分の意思とは関係なく、ここに放り込まれたようだ。これ以前までの記憶ははっきりとはしないのだが、ここが、私が居たいと自ら思える場所でないことだけは確かだった。


 気がついたときには、見知らぬ人びとが目の前におり、何が何やら分からない状態のまま、生きながらえるためだけに過ごすことを余儀なくされた。


 見慣れない衣装を無理矢理に着させられ、口にしたいとは到底思えないような食事を強制的に与えられる。なんなのだ、これは。


 生命の尊厳とは? そんなことが頭によぎるが、抗うことの出来ない状態であることを察し、できるかぎり、この場、この環境に順応しようとした。


 頭の中のクエスチョンは消えることのないまま、何年もの月日が当たり前のように流れる。


 違和感を感じつつも、なんとか、ここでの振る舞いに慣れてきた頃に、また違う環境へ投げ出され、私はさらに苦痛を味わうことになった。


 とてつもなく長い時間、いやおうもなしに拘束され、与えられた任務をただひたすらにこなさなければならないことを告げられる。いや、生命の本能的に感じ取ったといったほうが確かかもしれない。


 抵抗しようとした時期もあったが、それは無意味だった。身を持って自分の現在地を思い知らされ、ただ、それに従うのみだった。


 ときには威圧され、時には貶され、その対価として、いくばくかの報酬を手にする。その報酬が、私にとってなんの意味があるのか。それすらも分からない。


 どういった因果がありここでこのような活動を続けなければならないのだろうか。疑問と不満と葛藤に苛まれ続ける日々であった。


 しかしながら、このように感じていることを周囲に察知されることを私は恐れ、また恥じ、なるべく自然に馴染むように心がけもした。


 この空間にも娯楽と呼ばれるものもある。私の眼に映る者たちは、それらで、このような空間で過ごすことに対する嫌悪感を少しでも払拭しようと気を紛らわしているように見える。


 私自身が望んだものではなく、当たり前のように用意されていたものだから、これがここでの流儀みたいなものなのだろう。これも、周囲に変に思われないよう、ほどほどに楽しんでいる風を装った。 


 苦痛を少しでも紛らわさせるためなのだろうか。つまらないものだが、多少は気持ちが楽になることもあるのだから、あながち適当に作られたものでもないのだろう。


 好んで嗜みたくなるようなものではないが、やむなくそれにすがる自分がいるのは滑稽にも感じた。


 時間は淡々と過ぎていく、と思いきや、予期せぬ事故が起こることも、ママ、ある。


 何やら物々しい雰囲気の一室に連れてこられた。


 連れてこられたとは言うものの、実際には自分の足でここに移動したことは事実ではある。自分の意思とは関係なく進み続ける物事。それに異を感じつつも声に出すことが憚られる現状。


 緊張感に包まれた、いや、緊張感しかないこの空間からは、逃げ出したいという気持ち以外に何も生まれなかった。一体私が何をしたと言うのだ。


 やたらめったらと怒鳴りつけてくるシワの深い男性。たいそう偉そうな雰囲気を醸し出しているが、私には関係のないことだ……、そのように割り切ることができるのであれば楽なのだが、ここではそうはいかないようだ。


 何が問題だったのか全くもって理解できないまま、平身低頭謝罪し、なんとかご機嫌を取りかろうじて事なきを得る。


 そんな苦労をしても、私の周囲の人びとは、それを慰めるでも、労うでもなく、淡々と過ごしているようにも見える。


 私以外はロボットだか、プログラムされた仮想世界のものなのだろうか?


 そんな事を考てもみるが、目の前にあるのは、実際にこの苦しい現実だけなのだ。


 感情を捨てられれば良いのにと、何度ほど考えたことか。


 この繰り返しが、いつまで続くのか想像するだけで気が遠くなり目眩がする。そこそこ丈夫な心を持っていたつもりではあったが、こうも参ってしまうとは、自分でも誤算であった。


「そろそろじゃないか。早く決断しなさい」


 見ず知らずの誰かもわからない人物を目の前に連れてこられ、私をずっと私を監視してきた者が、このような言葉を口にした。


 他の監視役に交替するのだろう。この人たちも、他人事とはいえ、随分と長い間、私などのために仕事をしてきたのだから。


 なんの権限があってこのように命令してくるのか、それは分からなかったが、従う以外の選択肢はなかった。


 この空間では、それが正義であり、そうすることで精神的なストレスに苛まされること無く過ごせる可能性が高まるのだともいう。


 抵抗しようにも、私の力では難しそうだと感じ、無理矢理にも自分の気持を奮い立たせ言われるがままに全てを進めた。


 極度の圧力による解放からくる興奮もあったのか、最初こそ少しだけ気持ちが和らいだ感覚を覚えたが、時間が経過するにつれ、それも薄れる。そして、それ以前と同じ、いや、それ以上に苦痛を感じる日々が繰り返される。


《騙されたのだろうか》


 そんな疑問が脳裏をよぎる、いや、駆け巡り続けるのだが、私には正解がなんなのかを知りようもないし、すでにそういったことに頭を使うのにも疲れてもいた。


 それでも、この空間においては、取り乱すようなことはしてはならないし、できる限り、自分が他と違わないことを取り繕う必要がある。


 なぜだか分からないが、そのように義務付けられているようにも感じるし、それが自分の宿命のようでもあった。


 当たり前になっていた日常だが、苦しみは常に続いていた。


 なぜ、ここにいるのか。どうして、このような境遇に放り込まれたのか。


 納得がいくことはなく落ち着かない気持ちは続き、無情にも長い日々を経ても答えはでないまま、なぜか自分自身を責める時間が増えた。責めたところで何が変わるわけでもない。自分は、自分であり、この空間で生を全うすることが努めである。それだけは、感覚的に理解していた。


 それでも、新しく私の監視役となった者が亡くなったときには、言葉に言い表せないぐらいの悲しみを覚えた。


 神という存在があるのであれば、なぜ、私のようなものに、こんな試練を与えるのだろうか。


 仮に前世というものがあり、そこでの罪によって、私がこのように苦しめられているのであれば、その世界で、何かしらをしでかしてしまったであろうそいつを、自分の手で裁いてやりたい気持ちでもある。


 考えれば考えるほどに、不条理な現実と、不可解な現状を嘆きながらも、明日がまた来るのかと、ため息にもならない何かを吐き出しながら眠りについた。


「お勤めご苦労さま」


 気がつくと、目の前には見知らぬ人物が立っていた。


「少し痛むよ」


 そう言うと、その人物が何やらたいそう物騒で複雑そうな機械を操作し、それにより、私は電気が走ったような感覚を覚えた。


 あまりの衝撃に一瞬意識が飛んだが、それが戻った瞬間に、なぜ自分がここにこうしているのかを理解した。


「君の刑期はこれで終わりだ。これからは自由だよ」


「ありがとうございます。二度とあのときのような犯罪は犯さないよう誓います。なにせ、地球での人生とかいう犯罪者更生プログラムは、本当に苦痛の連続で、生きている心地がしませんでしたから」 

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