023 - 性能追加
苦悶に顔を歪めるプルクラ。私とミモ姉は目の前に起こるその惨状に手を出せなかった。いや、プルクラに手を出すなと止められていた。
邪悪な舌に絡め取られたプルクラの左脚からは饐えた匂いが漂い、吐き気すら覚える。両眼を縦横無尽に動かすキワタリカメレオンは、勝利を確信したかのように不快な鳴き声を上げた。
「み、ミモ姉っ! ど、どうしたらいいの!? やだよプルクラが傷つくなんて嫌だよ!! ねえプルクラっ! どうしてなの! ね――」
離して! 離してよミモ姉!!
いくら叫んでも彼女の剛腕は離してくれない。
「ミア……ミアっ!! 落ち着けっ! 私だって耐えてんだ……耐えてんだよ……なぁプルクラ! ……信じていいんだよな? なあっ!?」
「グ……グルッ……ッ!」
一瞬こちらに振り向いたプルクラは、歯を食いしばりながらも小さく首肯する。口元からはとめどもなく唾液が滴り、それが苦痛の涙にも見えて堪らない。ミモ姉の拘束を解けるのなら、今すぐにでも飛びかかって家族を傷つけるコイツに、慈悲なき制裁を――。
「そろそ……ろ……ほんき、だすのー!」
「「!!」」
その刹那、プルクラのありとあらゆる体毛が一層逆立つ。全身針の山のようになった全身から閃光――テイムしたあの時のような――が迸った。
【AGYA!?】
【グルルルゥアアッ!】
【!?】
ザンッッッ!!
その風すら切り裂きそうな轟音はまさに『斬』。一瞬のうちにキワタリカメレオンの首を右脚で横薙ぎ、一切の慈悲もなく、ゆっくりと頭が身体から分かれ落ちた。
プルクラは左脚に貼り付いた舌を無造作に噛みちぎり、こちらに脚を引き摺りながら戻ってくる。
「だいじょぶだったでしょー? ウチ勝ったのー!」
「あぁ……すごいなお前。なぁミア……ミア?」
「……プルクラの……ばかああぁぁぁあ!!」
「にゃ!? どうしたの母さまー?」
正面からプルクラをきつく抱きしめ、行き場のない感情を吐き出す。
「なんて無茶するのっ!? ……怖くて堪らなかったよ! プルクラは大事な家族なんだから……お願い……お願いだからもうこんな無茶は――」
「お、おいっ! ミア!? 大丈夫か!?」
「母さま? ……母さまーっ!!」
† † † †
「……お前、脚大丈夫か? っておい、皮膚まで持ってかれてるじゃないか……」
「ちょっといたいけどだいじょぶなのー。ぺろぺろすればへいきなのー」
「あぁ、動物はそうやって傷を治すんだったな。まぁ動物は傷の治りも早いっていうし……プルクラ、ところでさ」
「にゃ?」
「あんまりミアに心配かけんなよ。お前は聞いてないかもしれないが、あいつもな、お前とは少々事情が違うんだけど……あいつ、捨て子なんだよ。捨て子って分かるか?」
「わかるのー」
「あの日、傷ついたお前を見つけてさ……『私はこの仔、助けたい。冒険者としては甘い考えかもだけど……この仔、今一人きりだから……なんか他人に思えなくて……私もじっちゃんに拾われて……拾ってもらえたから命を繋いだんだよ……』って言ったんだよ」
「うにゃぁ……」
「たぶんお前が思う以上にミアはお前のこと大切に想ってるんだ。だから後でちゃんと謝って……ってお前、傷口光ってるんだけど!?」
「うん、これでおぼえたのー」
「覚えたって何……ってお前それっ!!」
† † † †
なんだか暖かくて爽やかな香りがする。
柔らかな日差しに照らされた草原に身を投げ出し、惰眠を貪るような……。
「っ! え? ここどこ!?」
「やっと身が覚めたかミア! ここは浅部の拠点だ。お前、気絶したもんだからさ、ここまで取り急ぎ運んだんだよ」
「母さまー! ウチしんぱいしちゃった――」
心配したのは私だよ! とプルクラの頬を摘んでグニュッと引っ張る。
私は大丈夫だけど、プルクラは脚に負傷して……ってあれ?
あったはずの傷や鮮血は跡形もなく消えていて、それどころか剥がされた皮膚すら元通り。しかも毛まで生え揃い、まるで『何もなかった』かのようだった。
「脚、どうしたの!? 怪我してた……よね?」
「うん、してたのー。でもじぶんでぺろぺろしてなおったのー」
「ミア……こいつとんでもないこと覚えたみたいだぞ」
「そうなのー。母さまー、ウチの頭におてて乗せてみてー」
二人が何を言ってるのか解らないままそっとプルクラの頭に、この前と同じように乗せた。
っ! これは……!? これを私もやるの……?
「はぁはぁ……プルクラ、これって……」
「そうなのー。母さまもできるのー」
「え……私もその……ペロペロしなきゃダメなの?」
「ミア、それはしなくていいと思うぞ」
横で事を見守るミモ姉は、何かを思いついたように口をついた。その顔は『これで間違いない』、そんな確信めいた表情だ。
「動物は舐めて傷を治すだろ? で、人間はそうしない代わりに『手当て』するよな?」
怪我や病気を治療すること、確かに『手当て』って言うよね。
ふむ、そういうことか。なら自分に試してみよう。
プルクラがあんな目に遭って、無意識に流していた涙で赤く腫れた瞼。そこに手のひらを付けて、既知のように頭に浮かんだその言葉を唱えた。
「“野生の治癒”!」
そして手のひらを離せば、何事もなかったような瞼と吊り目が現れた。
† † † †
「まさか治癒……野生の治癒だったか? そんなモンまで覚えちまうなんてな」
「うーん……」
確かに冒険者にとって怪我や負傷は身につまされた問題で、場合によっては生命を落とすこともある。私も鍛治で火傷したりすることもあるから、便利と言えば便利だけど、その覚え方が腑に落ちない。プルクラがその身体を犠牲にしてまで覚えたのだから、手放しでは喜べないのだ。
「ウチ……母さまなかせちゃったの……ごめんなさいなの」
「……プルクラ? 身を挺してまで覚えてくれたっていうのは嬉しいよ。でも……でもね、だったら一言そう言って欲しかったな……」
「まぁ今回は許してやれよ。ラン婆様も言ってたろ? たぶんさ、こいつ上手く言えなかったんだと思うぞ」
身体は大きくとも中身はまだ子ども、身体に頭が追いついてないんだとバイラン様は言っていた。ならば今は全て飲み込んで、これからプルクラをより解るようになろう。
「そっか……なら仕方ないね……私、プルクラが無事ならいいよ。もう怒ってないから、ね?」
「こんどはちゃんといえるようにがんばるのー」
「……よし! じゃあこの話はこれでお終い……と言いたいところだけど。これ、どう考えてもギルド報告案件だな……」
あ、そうだった。『何か分かれば逐一報告します』って私から言ったんだった。確かに魔法系の職号もない私がヒール――ヒールって言っていい代物なのかはさておき――を使えるようになったとか、どう考えてもおかしい。「そういうテイマーですから!」って押し通しちゃえばいいか。だって私にもわからんちんだもん。
「じゃあ、採掘場の水の件は?」
「それは後回しでいいだろ。幸い期限のある依頼じゃないしな。というかミア、お前疲れただろ?」
「うん、体力は大丈夫だけど、精神的に疲れちゃった」
正直プルクラがあんな目に遭って、ただでさえ精神がガリガリ削られた上に野生の治癒だからね。疲れない方が無理だ。
「母さま……つかれちゃったのー?」
「うん、ちょっとね」
「じゃあ今日はもうアレ持って戻るか」
「アレ……? ってうわぁ……」
ミモ姉の指差した先には、プルクラが仕留めたキワタリカメレオンだった肉塊が、木に吊るされて血抜きされ、風に揺れていた。