第98話 事情があるのよ。
それは魔物を狩り終えて次の目的地へと乗り合い馬車で向かっている最中の事。
「願いで思い出しましたが、本日の初詣でも、おかしな事がありましたね」
「ほふぇ? モグモグ、ゴクン。本日の初詣? 何かあったっけ?」
露店で買った串焼きを食べていると仁菜が不意に思い出したのだ。
「それを私に問われても」
「ティルさんに問いかけても分からないと思いますよ? 背後で右往左往でしたし」
「背後で右往左往……。ティルって何処に居たっけ? 私の記憶に無いのだけど?」
「そこからなの? 私は社務所? で、新しいお守りを持ってきていたのだけど?」
「そっち? 私は演舞中だったから、見えていなかったのね」
おそらくティルとの価値観の相違について説明していた時に思い出した事案かも。
「それで何があったの?」
「参拝客の一人が『結婚して下さい!』って叫んでいまして」
「「結婚!?」」
「「「あん?」」」
「おっと」
結婚の叫びで周囲の男性達から睨まれた件。
「騒がしくして、すみません。ほら、ティルも謝って」
「え? 世界の住民に対して何で私が?」
「今は……でも何でもないでしょ。大体、顔バレしている訳でもないのに」
「うぐぅ。す、すみませんでしたぁ」
「「「ふん」」」
感じ悪いな、この世界の住人?
監視している女神が同類だから仕方ないけども。
「同類って。失礼ね?」
「同類と思われたくないなら身分に限らず謝る事ね」
「うっ」
隣で唸るポンコツ女神は置いておく⦅ポンコツ!?⦆本当の事でしょ。
「それで?『結婚して下さい!』と言われたのは誰よ?」
「確か、由良の隣でしたから深愛の列ですね」
「さ、参拝客が深愛に求婚したんだ」
「命知らずも居たんだね? それで深愛の返答は?」
「『忙しいのでお帰り下さい』と、即答でしたね。あそこで下手に願いを聞くと」
「ああ、叶えないといけないもんね。深愛にだって選ぶ権利はあるし」
初詣で求婚か……。
いくら縁結びの力がある神社だからって相手は選べ、だよ。
神月神社の縁結びは母さんの神力で結ぶ簡単に切れない縁だからね。
それで巫女姿の女神相手に求婚して即答のごめんなさい。
「それってさ? 叶わないじゃないかって騒ぎそうだけど、どうなの?」
「どうも何も、母さんも全ての願いを叶える訳ではないからね。必ず結ばれる縁と結ばれない縁があるもの。切れる縁だってあるし。今回は結ばれない縁になっただけ」
「仮に騒がれたとしても、他の願いが叶っていますので、気にする必要は無いかと」
「初詣は分社でも行われるしね。そちらは兄さんが神主として出張っているけど」
「そもそもの話、分社の信仰心もあるので」
「騒がれたとしても痛くも痒くもないと思うよ」
「そ、そうなのね」
母さんなら仮に騒がれても騒いだ者達を罰するだけで何とも思わないだろう。
周囲を飛ぶ害虫のように騒がしいで片付けて参拝者を選ぶくらいはするかもね。
ただ、私が気になったのは何故深愛だったのか? だ。
「隣には妹の由良も居たのに……何故深愛が?」
「あの時の深愛に惚れられるような要素ってあったっけ?」
「妹として言わせてもらいますが、正直言って無いですね」
「だよね。顔立ちは個々に変えていても、内なるポンコツ臭は姉妹揃って同じだし」
「実依さん?」
「ご、ごめんなさい」
余計な一言を言った所為で仁菜の笑顔が恐いの。
思っていても口に出すのはダメだな⦅実依さん?⦆ごめんなさい!
「実依もポンコツじゃない!」
「ガチポンコツにだけは言われたくない!」
「ガッ!」
ガチポンコツはともかく、何故参拝客は深愛へと求婚したのだろうか?
「今の深愛って異性よりも同性に意識が傾いているのにね? 絶対に振られると分かっていて、深愛に求婚したなら相当なドM君だけど」
「ですね。私も寝ている隙に胸を揉まれる事が多くなりましたし」
「マ?」「そ、それって結依ちゃんみたいな状況って事?」
「おそらく?」
私の場合は寝ている隙に腰を持っていかれる事が増えている。
寝ている隙に腰周りが無い。それは空間的に切り抜かれた状態だ。
お尻と股間がぞわぞわして目覚めると、動けない事が多々あるね。
それは神体の方にも影響を及ぼしていて、本当に動けなかった。
「な、何その、猟奇的な事件は?」
「マ、実依さんも相当な被害に遭っていますね?」
「本当だよ。お陰で空間的なプロテクトをかける日々になったけど」
「わ、私は結依の方が恐い」
「結依ちゃんの場合は神託疲れだからね。どうしようもない」
「ああ。それは相当、疲れていますね」
「え? 神託で疲れる事ってあるの?」
「……はぁ〜。これだからぬる湯に浸かる新神は」
「これはもう少し経験を増やさないといけませんね」
「ふぇ?」
ちなみに、この世界での私達の格好は神官そのものである。
私と仁菜が正装を着て、ティルは見習い用の装備を着ている。
本来ならティルの方が正装なのだけど、叔母さんが用意した装備だから仕方ないよね⦅納得出来ない!⦆魔物狩りに伺うと言ったらお酒と共に送られてきた品だもの。
なので、乗り合い馬車での私達の会話は思ったよりも不都合の物では無かった。
新神と新人をかけているけど、上手く翻訳されたようだ。
◇ ◇ ◇
一通り、保管している複製肉と同一の魔物を狩り終えた私達は、
「料理は美味しかったね。お肉が新鮮だからかな?」
「そうですね。素材を活かした料理が多くて大変勉強になりましたね」
「でしょでしょ? いい世界なのよ。ここは!」
「「母親の功績を自分の功績と思わないように」」
「うぐぅ」
叔母さんの世界の宿で一泊したのち本拠地へと向かった。
本来の予定では自分達の世界へと帰るつもりだったが、討伐済み情報がルゥちゃんへと伝わっていなかったため、伺う必要の無い場所まで足を運んだ私達だった。
「こ、ここは?」
「お、王宮!?」
「はいはい。静かにね」
「転移でいきなりここ?」
「ここは何処ですか?」
「「まんま王宮」」
「それだけ?」
ティルは時々お呼ばれされているから知っているが仁菜は初めてかも?
お呼ばれという名の神会議でティルは定期的に固まるというね。
下位神だけに場違い感が⦅うっさいな!⦆パないだけね。
「何でまた、王宮に?」
「ルゥちゃんって自分の世界に居ない時はほぼ、王宮に詰めて居るからね」
「それで787番扉を覗き込んでいたのね?」
そこがルゥちゃんの世界だからね。
私達の777番扉のご近所さんである。
「ところで世界神が自分の世界から離れる事なんてあるので?」
「稀にあるよ。母さんも定期的に顔を出していたりするし、姉さんとか深愛も顔を出している時があるし」
「深愛も? 聞いた事が無い」
「言う必要が無いからでしょ。ここは私達の複製神核を預けている場所でもあるし」
「こ、この王宮に、ですか?」
「昨日も話したでしょ。伯父さんの立場を、さ」
「あっ」
この王宮は言うなれば、母さん達の実家も⦅実家!?⦆同然だ。
時々『実家に帰ります』を行って父さんを怯えさせる事も多々ある。
実際には密かに帰っている事の方が多いけどね。
主に私達の動向と日々の状況を祖父へと報告するために。
なお、私達の本拠地での屋敷は当然ながら存在している。
ほぼ無人なので以前の神界と同じく埃塗れかもしれないが。
「ちょ、ちょっと待って下さい? 王宮と屋敷? それってつまり?」
「父さんは一応、侯爵家の当主ね。貴族社会を当てはめると、だけど」
「こ、侯爵」
この新事実に仁菜がポカーンだよ。
母さんのお尻の世界を拵えた父さんが侯爵家当主。
自分のお尻の世界を拵えられた母さんは王女殿下。
両親の婚姻までの擦った揉んだはご想像にお任せします!
「で、ティルの家は伯爵家に相当するね」
「そうだったの?」
「そうだったって。屋敷に帰って無いんかい!」
「帰っているけど……そうなのね。知らなかった」
「えぇ……知識神が知らないって」
「まだ新神だもん!」
「そうそう。新神の年齢を超過してる新神だよね」
「うっ」
新神とは若結達のような生まれて百年未満の神だからね?
「早く、神力の制御が出来るようにならないとね。ポンコツ女神のティルさんや」
「い、言い返せない。これは言い返せない」
それなりにギャーギャーと言い合いながら誰も居ない王宮内を進むと、別の意味で騒々しい声音が響いてきた。
『何故ですか! 私の亡くなった子供達に対して無礼を働いたのですよ!』
『はぁ? 勝手に暴走して貴重な戦力を失わせた愚者の行いに無礼とは?』
『愚者だと!』
『先の件で二桁台の世界、その全てを封じる事になった。やっとの思いで戻ってきた中位神達も無事とは言い難い傷を残している。本来であれば貴殿は親として責任を取らねばならない立場にある。四番扉の元、世界神としてね』
『……』
はい? 数カ所だけでは無かったの?
二桁台が全て封印措置。不味くない?
ああ、だから延伸して新しい世界を増やしたのか。
世界を担うべき若手を一人でも多く育てるために。
「これ、私達が聞いてもいい話なの?」
「話の中心にあるのはどう考えても実依さんですよね?」
「うん。怒鳴っているのは議長っぽいしね。四番の主としては有名だし」
なお、この王宮内では魔法行為を行ってはいけない厳格なルールがある。
私達が魔法を使わず声を潜めているのも感知されないための措置だった。
少しでも神力を練ると衛兵ゴーレムが襲ってくるから。
『だとしても!』
『くどい!』
あら? 議長が神力を練ったね。
私達の横を素通りするように衛兵ゴーレムが駆けていったし。
「い、今のは?」
「「防衛機能」」
「防衛機能?」
入口前はともかく、王宮内へと入った場合、許可の無い者達は誰であれ素の状態で居ないといけない。
それは議長も例外ではないので、
「私を誰だと思っている!」
衛兵ゴーレムに捕まり反対の地下牢へと運ばれていった。
「だから、お二人は練っていないと?」
「うん。それよりも相当恨まれてるね、私」
「というか、他神を恨む時点で善神なのか疑わしいね?」
「「確かに」」
そうなると、神核を護った方がいいかもね?




