第95話 TPOは大事だね。
「さーて、姉さん。お約束のおっぱい揉み揉みするよ〜」
「ユ、結依ちゃん。て、手が、手が、エロいから!」
「気にしない気にしない。ささっ! 私の部屋のベッドへ向かうよ〜」
「お、お手柔らか……にぃぃぃぃぃい?!」
胸元を隠したまま怯えた姉さんが結依ちゃんに引っ張られて行った。
それを一瞥した私は見なかった事にして呆然とするティルの右腕を引っ張った。
「あ、あれは?」
「姉妹のスキンシップだから気にしなくていいよ」
「ちょっとは気にしてよぉ!」
「気にしない気にしない。はい、遮音……」
「え? 聞こえなくなった?」
「あれでも魔神だからね。結依ちゃん」
周囲に姉さんの嬌声が響かぬよう配慮して遮音結界で覆った結依。
その時点で何を行うのか察した妹達は見なかった事にして行動を始めたのだった。
「私も由良のおっぱい、揉み直さないとね」
「何でですか!? 今日はこのまま世界監視に向かう……」
「新年早々、無粋ね。今日の世界監視はしないわよ。全て自動応答で!」
「そんなぁ!?」
笑顔の深愛は怯える由良を連れて自分達の部屋へと拐かした。
「あの妹達は……優羽はどうする? 監視する?」
「そうね。今日の玲奈は使いものにならないから私が向かうわ」
「玲奈が……そうね。今の玲奈は使いものにならないわね」
「私、綺麗……」
「「どうしてこうなった?」」
自身の神魔体が収まった琥珀を恍惚と眺める玲奈。
亜衣と優羽は呆れ気味に顔を見合わせている。
(本日はあの二人だけが地底の監視に向かうのね)
こちらは新年でも管理世界は違うから仕方ないか。
地表の方は今まで任せきりとなっていた結凪が、ブツブツと文句を垂れる座敷⦅言うなぁ!⦆果菜を連れて、苦笑しつつ監視に向かった。
「奥様方にどう言い訳したらいいのよぉ」
「私からはドンマイとだけ言っておくわ」
「結凪はいいよ。辞める側だから」
「辞める側だけど、今は絶賛……引き留めにも遭っているのよね」
「ひ、引き留め? 何で?」
「手術中に胸が大きくなったから、私の身体が気になるマッドな医師が増えたのよ」
「うへぇ……何? 解剖したいって?」
「単純に検査したいって事でしょ。やらせないけどね」
とんでもない医師も居たものだ。
(神魔体は神体に即した肉体だから、直ぐに反映されるもんな)
今までなら窮屈だっただけで済んだけど、今はそうはいかない。
事前に制限を与えている神魔体なら気にしなくてもいいけどね。
深愛達の平面おっぱいもCカップまで引き上げる予定らしい。
宿っている間はどうあっても窮屈になってしまうからね。
(私達もEカップくらいには引き上げないと……辛いかもね)
男子達の視線もあるから正直うんざりしているけども。
対して芽依と吹有は母さんと神社の境内に居る。
深夜は妹達が出張ったが、昼間はアルバイトの指導と共に二人が母さんとお札等を売る事になっているのだ。現在の神月神社はそこらの神社と違って境内がパワースポットと化しておりそれなりに御利益も出ている。それなりで抑えているともいうけど、そういった御利益のみを目当てとして訪れる参拝客の相手。
それが母さん達の本日の仕事であった⦅お客様は大切だもの⦆そうですか。
(感謝ではなくお願いだもんな。初詣は昨年のお礼のために行うものでしょ?)
神の立場として見ると、何だかなぁって感じがした私であった。
一方、私はきょとん顔のティルを連れ、仁菜と狩りに向かう予定だ。
「確か、姉さん達は他世界に出かける予定でしたっけ?」
「ええ。実依さんと一緒に他世界の魔物狩りを」
「気をつけて下さいね? 他世界なので何が起きるか分かりませんから」
「気をつけるわ。ありがとう美加」
「ところで美加はどうするの?」
「私も本日は監視に向かいます」
「「頑張ってね」」
「姉さん達もお気をつけて」
ちなみに、晴れ着姿の若結達は、というと。
早速だが夏音姉さん達に連れられて私の世界の迷宮へと潜っている。
おそらく実戦経験を積んで制御を学ばせるつもりだろう。
亜衣達が兄さんの元で学んだように末の妹達は長女の元で学ぶと。
(若結、風結、知結、生きて……神は死なないから大丈夫!)
危なかったら神魔体から出ればいいし。
⦅⦅⦅実依の鬼!⦆⦆⦆
遺体処理は夏音姉さんがどうにかしてくれると思うよ?
最後に兄さんは父さんと酒を飲み交わしていた。
ここだけは男達の空間だよね。
「こうやって飲むのは何年ぶりだ?」
「確か、亜衣達が産まれる前だな。母さんに呼び出されて訪れて」
「そんなに前か。既に二千年以上も経つのだな。年が巡るのは本当に早いものだ」
「そうだね」
本日の邪神討伐はお休みと。
「ところで討伐はいいのか?」
「三箇日の討伐は暇そうな至音姉さんに任せたよ」
「そうか。まぁ……遊んでいた期間も長いし、復活後だから慣熟には丁度良いか」
「だね」
違った。至音姉さんに丸投げして⦅弟が酷い!⦆喜んでいるし。
(今は以前のような味噌っかすではないから、邪神に後れを取る事は無いかな?)
そんなこんなで、本日の家族の勢揃いも午後には三々五々と分散したのであった。
◇ ◇ ◇
仁菜とティルを連れて本拠地へと移動した私は、
「え、延伸してる? お、奥が全然見えないよ? 何これ?」
「実依は何年くらい訪れていないの? こちらに」
「えっとね。百年くらいかな? ほぼ地上に居たから」
「そうなのね」
久しぶりに見た扉街道に驚愕した。
私達の管理世界。777番扉から出て奥を覗き込むと伸びているのだもの。
本当にびっくりしたよ。以前は800番扉が最新だったのにね?
「ここが伸びたのは三十年前ね。神会議の決議で伸ばす事になって」
今は1万を軽く超えているらしい。そんなにぃ!?
(777番扉もそこそこ新しい世界だけど、もう古くなったのね?)
私達は扉から出て800番扉まで徒歩で向かった。
道中での話題は延伸についてだったが。
「そんな最近、延伸が決まったとか。時々でも見に来る必要がありそうだね」
「実依さんはあまり訪れていないので?」
「さっきも言ったけど地上に居たからね。父さんの世界の方だけど」
「なるほど。それって私が降りる前ですか?」
「まだ惑星だった頃にね……懐かしいな。というか、伸ばすきっかけって?」
「必要以上に崩壊世界が増えたからよ」
「それでか。今は一桁台だけではないの?」
「母さんが言うには二桁台も数カ所だけ増えているそうよ」
「それを聞くと……三桁台も油断出来ないね」
崩壊世界が増えた。
それはつまり邪神の親玉の勢力圏が増えている事と同義だ。
「それならそれで、封印地を完全に消す事とか出来ないの? これ以上増え続けると正邪のバランスが崩れると思うのだけど?」
「残念ながら今は無理ね。実は五十年前に一度だけ討伐隊が組まれたのだけど」
「「討伐隊?」」
「ええ。神聖力の多い者達だけで組んだ討伐隊が四番扉から敗走してきたのよ」
「「は? はいそう?」」
四番扉? それってとんでもなく厄介な邪神災害が起きた世界だよね?
い、いきなり厄介な封印地から片付けようとしたの?
四番扉以外はそれ程でも無いから?
「つまり、負けたって事?」
「うん」
邪神共に負けて、力のある者達が半分以上も減ってしまったらしい。
それもあって少しでも多く世界を創って信仰心を得ようと躍起になっていると。
「こちらの世界も世知辛いね」
「世知辛いですね」
「上も若手の育成に尽力しているしね。消滅したのは年寄りばかりだから」
「「おぅ」」
年寄りって、それ相応に力のある神ばかりじゃん。
(そこまで邪神の力が増しているの? これは困ったね)
私達には姉さんと深愛という潜在能力が馬鹿高い姉妹が居るから、
(姉さん達が討伐する? いや、流石にどうかな?)
どうにかなりそうだけど、それでも二人は中位神止まりだ。
上位神である母さんほどの経験を積まねば打ち勝つのは難しいだろう。
(あれ? 今、ティルは多いって言った?)
私は不意に気になってしまい、ティルに再度問いかけた。
「確か、神聖力が多い者達が消えたんだよね?」
「そうね。私はそう聞いているけど?」
「何か気になる事でもあるのですか?」
気になると言えば気になるが、口にしていいか迷う内容だった。
「不敬になるからあまり言いたくないけど、多いだけ、だよね?」
「「多い、だけ?」」
「うん。つまり神聖力の量はあるけど、質はどうなのって事」
「「質?」」
私達は無自覚に神聖力を邪神相手に放っている。
改めて思うと少量の放出でも邪神は消えたのだ。
「実は指先に集めた神力を上位邪神に放つとシュパッて消えた事があるの」
「え? そ、それだけ? 指先だけで消えたの?」
「私達姉妹は神力の品質向上を無意識下で行っているからね」
「私が放った時も小指でしたけど消えましたね」
「小指ぃ!」
「本当に少量。この少量だけで邪神が消えてしまってさ? 父さんの世界で相対した時も、いざ戦うぞってなった後、拍子抜けしたんだよね。姉さんが!」
あの時のポカーンは今でも忘れる事が出来ない。
当時「邪神何処よ?」ってキョロキョロすれど私達の「倒したよ?」を聞くまでポカンだったもの。ほんの少しの量で消えてしまって途端に力が抜けた姉さんだった。
「ミ、実菜と、私との、力の差を感じるわ」
「差って。三千年以上も経験差があるのだし……何処かで言ったね。これ?」
「結依さんでは?」
「結依ちゃんが言ったのか」
そもそもの話、千年未満の女神が私達と同列だったら逆に恐いよ!
「私の最大が実菜達の小指に相当すると」
「ティルも神力の品質向上を意識して実施した方がいいかもね」
「ですね。少ない量でも簡単に倒せますから」
「どうやって? 術が無いのだけど?」
「そこは」
なんて話し合っていたら周囲から妙な視線を複数感じた。
「「「あっ!」」」
世界扉の渋滞先で要らん事を語っていたからか、ぎょっとした表情で見つめられていた私達であった。下位神の訝しげな視線と上位神の興味深げな視線。
親友の呆れ顔までも目に入った⦅またやってるし⦆ひ、久しぶり?
(やらかしたぁ!?)




