第9話 記録された黒歴史。
〈七月二十二日・午後十一時〉
姉さん達が父さんの保有する管理物の世界に召喚されて、丸一日が過ぎた。
私は父さんの部屋にて母さんと入り浸り、
「姉さん達は宮殿を出て何処に居るかしら?」
「あの子達は・・・〈転移禁止区域〉の端ね」
「ああ、こんなところに居た。まぁた、懐かしい格好をしているわね。若結達は外套を着た街娘っと」
「割と似合うわね。今度、この手の服も?」
「着せてもいいかもね」
焼き芋と牛乳片手に状況を注視していた。
一応、事の経緯を隅から隅まで見て、部分的に神素の枯渇問題が解消された事も把握した。
聖と闇と風、氷と雷と鉱だけが局所拡散しただけだけど。残りの属性は私達が降りない事には話にならず、今は待つ事しか出来なかった。
「ところで父さんは?」
「今は一人反省会よ」
「ああ、結凪に怒られて」
「相当へこんだみたいね」
「監視だけ行うとああなると」
父さんを怒鳴った結凪も夜勤明けだったが、今は緊急で呼び出されて島の外だ。
こちらも緊急ではあるが、私達の住まう場所はあくまで母さんの世界だから優先順位はどうあっても、こちらの世界になってしまうのだ。
すると母さんは自身の管理物を、
「私も、っと。他人事ではないわね〜」
隣の自室から持ってくる。
私が問う前提でわざわざ台車に載せてね。
「でもこの世界の場合は?」
「地下資源の問題やら気候変動が出てるわね」
「ああ、物理方面で大変ではあると」
よく見ると紛争やらも起きているわね。
そこに天変地異の罰を喰らわせていた。
「一応、神罰めいた天災を与えているけどね」
「数十年に一度とか、数百年に一度とか、それくらい危険であると限定を設けたがるアレ?」
「そう、ソレ。限定を設けても、同じ事が何度も繰り返されたら、限定もクソも無いけどね」
それであっても人の欲望に変化はない。
平気で奪い合いと殺し合いを行い、戦争大好きっ子共の溢れる、大変世知辛い世界だった。
「母さん、言葉遣い」
「いいのいいの。聞いているのは芽依ちゃんだけだし!」
「は、反応に困る信頼ね」
ああ、今度は雨乞いしているわ。
そんなことしても意味無いのに。
母さんも無視の一択だった。
「で、困った時だけ神頼み」
「応える気など毛頭無い?」
「当たり前よ。ご都合主義しか居ないもの」
「なるほどね」
平和と声高に叫んでも流血事件などには耳を貸さない平和主義とかね。本当の平和を望むなら殺傷兵器を全廃絶しろと動けばいいのにね。
それだけは、どうあっても、行わないのだから人々が望む平和とは何ぞやと思えてしまう。
「芽依の思う事は分かるわよ。だから一応、近い将来、殺傷兵器の全消滅を行う予定だから安心していいわ。野蛮な人の身では過ぎたる代物だもの。身を守るために持たせても結局は国同士の争いでしか使わないからね?」
「そ、その時だけ文明が一時後退すると」
「自業自得よ。本気で戦いたいなら刃の無い棍棒でも振り回す事ね。安全圏に居て部下に命令を下すような輩も前線で指揮すればいいのよ」
母さんも結構過激よね。
ドSが服を着て歩いているようなものね。
「それは褒め言葉として受け取っておくわ」
「思考を読まないでよ」
ともあれ、その間の姉さん達は〈空間転移〉して双子山の間ではなく腰骨辺りに位置する大森林に到着していた。
「今から大神殿に向かうみたいね」
「そこが唯一の安全地帯だもの」
「それなら私達も合流が容易いかしら」
「もしかすると戻ってくるかもだけど」
「戻れるの? 状況が分からないのに」
私がそう訝しげに母さんを見ると、
「ああ、一人だけ残すような制限があるわ」
母さんは管理物に触れて困り顔になった。
あらあら、うふふって口元を押さえてね。
似合い過ぎているから、怒るに怒れない。
「やっぱり。枯渇状態を解決しない事には」
「全員で戻るのは不可能に近いわね」
「なんてことなの」
このままあちらに拘束され続けると、あの子達の単位が酷い事になりそうよね。
いくら編入試験が免除されていても、出席日数が足りなくなっては留年もあり得るもの。
すると母さんは私が見たことのない、
「あの子みたいに軽々とリセットする訳にはいかないものね。卒業出来る単位があるのに卒業しようとしない大変困った子だけど」
優しい表情で自身の管理物を見ていた。
場所的には北欧付近だろうか?
そこに何があるのか定かでは無かった。
「また思考を読んで。って、あの子?」
「何でもないわ」
私が問うと無表情に変わったけど。
母さんって時々、意味深な事を言うよね。
兄さんにそれを問えば苦笑で返されるけど。
『あー、うん。それは仕方ない。メイにもいつか分かる時が来るさ。いつか、な?』
毎度の台詞の如く、そう応えるのだ。
私達がその事実を知る事になるのは近い将来なのだけど、今だけは知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
〈七月二十三日・午前五時〉
それからしばらくして結凪と共に吹有と座敷童が戻ってきた。
否、座敷童の果菜が戻ってきた。
「「ただいま〜」」
「戻ったわよ〜。ふぃ〜。海が荒れた荒れた」
結凪はポニーテールに張り付いた海水をタオルで拭いつつ、風呂場へと向かう。
座敷童の果菜と、私にそっくりなショートヘアの吹有はスーツを脱ぎながら冷蔵庫よりビールを取り出して飲んでいた。
いや、吹有とは双子として降りてきているから、そっくりなだけなんだけど。
「「かんぱーい!」」
『私にも残しておいてよ!』
「「うぃー!」」
『休暇を取ってきた途端に嵐に遭遇するとは』
こちらの気も知らないで、この社会人共は。
私は父さんの保有する管理物の元から離れて、二人の寛ぐリビングに向かう。
そしていつも通りの揶揄いを行う。
「おかえりなさ〜い。吹有はともかく座敷童が、お酒を飲んだらダメじゃないの!」
「とうの昔に成人してるよ!?」
「そうだっけ?」
「そうだよ!?」
それくらいしないと溜飲が下がらないもの。
これも分かっていて揶揄っただけね。
こちらの世界では果菜が長女で姉さんが五女扱いなのだ。私が三女扱いだ。
先んじて降りて私達が暮らす下準備を母さん達と行っていたともいう。なので御年五十才という見た目にそぐわない実年齢でもあるのだ。
これは実年齢というより憑依体の年齢ね。
母さん達の憑依体年齢が七十代後半であるのも果菜に合わせたに過ぎない。
母さんの憑依体年齢は三十代でも通るわね。
実年齢はゲフンゲフンゲフンゲフンだから途轍もない若作りともいう。
「私の年齢の事は言わないように!」
おっと、母さんが釘を刺してきた。
「果菜が若いって言ってるだけよ」
「はいはい。そういう事にしておくわ。私にもビールとつまみを持ってきて!」
「分かったわよ、もう!」
ちなみに普段の果菜は世界を飛び回る可愛い末っ子だ。吹有も私の妹だけど、こちらは国内を飛び回っている。
そんな可愛い末っ子でも私と吹有とで共同経営する商社の代表取締役でもある。
私が本社勤務で営業が二人の仕事なだけね。
商社といっても公開株を持たない家族経営の商社で地元店舗へ食品を卸す問屋でしかない。
時々、私が商品開発をしていたりするが。
それもあって私は果菜の姿を久しぶりに見るのよね。吹有は時々帰ってきているけれど。
「はい、ビールとササミのフライ」
「分かってるわね〜。あ、実菜が」
「姉さんが何したの?」
「大森林に居座っていたドラゴンの首を一刀両断していたわ。あの子も腕を上げたわね〜」
「ああ、そういう意味ね」
「あれ? 姉さん達、帰ってきてないの?」
「メッセージを読んでないの?」
「詳細を読む暇が無かった!」
「この座敷童は・・・」
次いでに結凪は大病院を経営する女医兼院長である。未婚で一人の子持ち・外科医としての腕が立つ事で有名で地元では医師会のトップに君臨しているそうだ。
今回は例の件で臨時休暇を取ったようだが、
『副院長を宥めるのに苦労したわ〜。あまり滞在が長期になるようなら、時間遡行してでも戻らないといけないわね』
取るために色々とゴタゴタがあったようだ。
経営側が安易に職場を離れるわけにはいかないという事だろう。それでも海上での嵐が起きたら欠勤扱いになってしまうけどね。
その時は遠隔で手術する事になるが。
その後は風呂上がりの結凪を含めて、何が起きたのか母さんが説明していた。
中に隠れ潜む、隠し子の事も含めて、ね。
「「「はぁ!?」」」
案の定、三人も驚いたわね。
これを聞いて驚かない者は居ないだろう。
現状では結依と実依が干渉していて、宮殿にて揉まれた子達が記憶の齟齬やら何やらで、大混乱しているようだ。
私は管理物の中身を覗き見て、
「蘇る頃合いはしばらく先でしょうね」
最初に干渉された者達を憐れむ。
ビール片手に覗き込む三人も憐れんだ。
「既存の人格やら記憶が悪さしていると」
「育て方もあるわね。善神でもあるから」
「悪しき行いに対して苦悶中っと」
「自身が正しいと思っていた事が悪行だもの。困惑するのは当然だと思うわ」
驚いた時は何故って感じだが、年の功で受け入れてしまっているわね。それは私もだけど。
「未干渉の子は水晶を一人で磨いていると」
「予言魔法を素の状態で使えるのね」
「まだまだ当たり外れがありそうだけど」
「その点は芽依と大差ないわね」
「うるさいわね」
私の対だけは何が何やらの表情のまま一人で天然を炸裂させているみたいだ。
自身の権能は使えないが似た事は出来ると。
最後に姉さんの対が何処に居るかと言えば、
「遺跡から戻ってきたはいいけど」
「勇者達の寝所に一人で突入して」
「三人から取っ替え引っ替えで犯され中と」
「勇者かどうか疑わしい者達よね」
「あの子は既成事実より、知識欲しさで動いたようなものね。男はどのような者なのかって」
「ああ、姉さんの悪い面が表に出ているのね」
少々目を背けたくなる事案に遭遇していた。
すると母さんが何を思ったのか、別の管理神器を取り出して、ゴソゴソしていた。
「とりあえず、あの子の神核にこれを記録して時間遡行と同時に一時統合ね。突然の事で身悶えているけど、これは仕方のない話ね」
それは私達の複製神核を収めた神器だった。
(何か有った時のために回復させる道具よね)
神体が何らかの理由で損傷した時に使う物。
中へと収まった神核の数は全部で二十七個。
一応、これの予備具も本拠地にあるけれど。
ただ、時空系がやたらと多い事が謎だった。
(三個ほど多すぎる件はどう問いかけたら?)
私達と隠し子達を合わせた十四個。
私達の娘達の三個と兄さんの一個。
両親は予備も含めて三個の計六個。
両親と兄さんは時空系なので銀色だ。
私達は個々の属性色が表に出ている。
残り三個の銀色/時空系統が不明だった。
母さんは私の思考を読みながらも、ニコニコと笑顔のまま、無視を決め込んでいる。
だからあえて問いかけると、
「母さんは何してるの?」
「う〜ん。今は内緒!」
何故か答えを濁された。
これも後々知る事になるが、今の私では知る由もなかった。