第84話 御案内は粛々と。
借りてきた車を倉庫へ返しに向かった兄さんを見送った私は、
「駐車場、広っ!」
「ここは姉達の会社の車を止める事もあるので、この広さらしいです」
「か、会社の車?」
「ええ。ここら辺ではそこそこ名の知れた商社ですからね」
「そう、なのね」
淫乱エロフこと保健医の先生を連れ、買ったばかりの豪邸へと入った。
兄さんが居た時は素の口調だったのに、二人きりになって丁寧になってしまった。
これは先生だからって意識が作用した結果かもね。親しき仲にも礼儀ありだし。
それでも先生は私の口調には気にも留めていなかった、驚き過ぎて。
入った途端にあり得ないくらい広い駐車場、門扉の大きさに目が点だったから。
脇にある駐輪場には私や兄さんのバイクも停まっているけど気づいていないし。
「では、今から家の中に入りまーす!」
「あ、あれは……プール?」
家に入ろうとして庭のプールに気づくとはね。
キョロキョロしているから仕方ないのだけど。
「プールですね。今の季節だと池同然ですが、夏場には楽しめるかもしれません」
「それって、水着を着て、涼む事も出来ると?」
「出来るとは思いますが、今のところ校舎の屋上から丸見えなので……」
「ああ。屋上……見えるね。ここは」
プールを見て驚かれたが、ここは校舎から丸見えなんだよね。
いざ過ごすようになれば休憩中の男共の視線を感じる日々になってしまうかも。
(それも今のところは……だけど)
いつの間にか姉さんと深愛が生け垣を周囲に植えていたからね。
それこそ「屋上から見えるじゃん!」って気づいて慌てて植えたのかも。
お股が緩いだけに深愛はそういうところが目敏いしね?
「まぁでも、その頃には周囲の生け垣も育つと思うので、隠せるかと」
「ああ。生け垣で隠すと」
「だとしても思春期の男共はそれでも見ようと躍起になると思いますが」
「その時は拳骨を入れたいわね」
「ですね」
緑色の池と化したプールを一瞥した私は玄関扉を開けて室内に案内した。
ここら辺は割愛します。結構説明が長いから⦅そんなメタな⦆迷宮から戻った?
一通りの内覧を済ませ、時間も時間だからダイニングで夕食を振る舞った。
「ら、来年からここで過ごすの? 私」
「そうなりますね。兄さんも同居しますから、食事面で気にする必要は無いですよ」
「え? 夏音さんの弟さんも同居するの?」
「ここの管理人ですから。ここは一種の下宿みたいなものですし」
「なるほど。そういう扱いなのね」
「それと兄さんが出かけている時は商社勤務の姉達が交代で料理を用意しますよ」
「至れり尽くせりなのね」
「私の親族も教員の仕事は楽ではないと存じていますから」
「それは助かるわ」
夕食後は大きなお風呂に入ってもらい……でっか! しかもノーブラぁ!
とっても色っぽい姿を横目に見ながら、島へと繋がった通路に案内した。
「ま、真っ白空間? こちらは神棚がある和室……」
「ですね。今後、帰省しようと思えばいつでも出来ますよ。ここを通れば、ですが」
「そう、なのね? ところで何故、サングラス?」
「この中は神力の見える者にとって、とっても明るい空間ですので。ナギサ先生が入ったら、目が痛いと言うかもしれませんね」
「それでサングラスなのね。私は普通に白い空間が見えるけど」
「神力が使えるようになると、自ずと分かるようになりますよ」
「一種の試金石みたいな場所なのね」
「そうですね」
先生も本来なら定期便で島へと帰る必要があるのだけど、翌日も学校での引き継ぎが残っているとの事で、年末まで本土の宿に泊まらないといけなかったらしい。
それを今回、私が無理を言って宿を取らないようお願いしていたから、ギリギリまで残業した先生だった。残業しても簡単には引き継げない仕事量にも驚きだけどね。
ただね、着替えが一着しか無いとの事で色々困っていたので、急遽だがアパートへ取りに帰る事になった。お風呂に入れなければ困る事は無かったのだが、ごめんね。
女神の庭へ入り、スリッパを創って履いてもらった私はサングラスを取って、
「で、あちらに見える床の光が、アパートのある空間に続く、転移門です」
「あの光が転移……門?」
転移門を指さしたのだけど、先生の視線は転移門から隣の建物に向かっていた。
「何故ここに女子寮が!?」
そういえば私学の先輩でもあったっけ?
それなら知っていても不思議ではないか?
「あれは女子寮を模した神使達の住居です」
「神使達の住居?」
「神使とはご存じの通り、ステーションの配達員を指します」
「あっ。あの子達の?」
そうそう。神使の四人とも面識があったね。
再会するまでは誰なのかとなったけど過去の話で発覚したのだ。
バイセクシャルな眷属達がきっかけだったけど。
「今は出来たてなので、一名のみ中に居るようですが、今後はこちらに居を移す事になると思います」
「そうなのね。勝手知ったる建物だから、混乱はしないかぁ」
「一名は元男子ですけども」
「男子寮も似たような造りだったから大丈夫だと思う」
「そうなのですね」
そう、会話しながら元女子寮の建物脇を通り、芋畑へと抜けた。
「あの噴水の近く?」
「本土の家に向かうならここからが一番近いですね。もう、島の中ですし」
「きょ、距離感が狂うわね」
「そういう空間ですから」
ちなみに、先生の住居は元々公民館にあったが、婚姻を機に庭のアパートへと移っている。そこで新婚生活を送っていたのだけど、要らぬ辞令で単身赴任となるのだ。
そんな単身赴任だが、女神の庭を通れば、無かった事に出来るから安心だよね?
それでも極限まで疲れている時は、本土の家でゴロンなんだろうな。
Iカップのおっぱいも重たそうだしね?
◇ ◇ ◇
芋畑を抜けアパートに近づくと誰かが通りで魚の仕分けをしていた。
「おーい。カナブン!」
「カナブン呼ぶな!」
あれって……猫さんかな?⦅猫さんだね⦆猫さんだよね?
「ところでユウカ……昼間、本土へ渡ったんじゃ? 何で島に居るの?」
「ん? あー、今帰ってきたの。あの子に案内されて」
「あの子……アンタ、女神様を顎で使ったの?」
「そんな事はしないよぉ。フーコじゃあるまいし!」
顎で使われた覚えは無いよ。
願われたのは確かだけども。
「でも、願ったと言えばいいかな。それで叶えてくださったから」
「ね、願った?」
「うん。本校からの辞令をどうにか出来ないかなって。それだけは覆らなかったけど、仕事に支障が出ない状態にしてくれたから」
この仕事とは地表の仕事ね。
私としても滞ると困るから叶えただけだが。
「何をしてもらったの?」
「びっくりしたけど、本土に家を買ったの」
「家?」
家と聞き目を丸くする猫さん。
本物の猫のようにきょとんが似合うね?
「そこが今後、私の下宿先になるみたいでね」
「下宿先? それを用意してくださったの?」
下宿と聞いて隣に黙って立つ私に問いかけてきた猫さん。
同類が迷惑をおかけします……的な心情が見てとれた。
「いえ、正確には私達の母が用意していましたが……下宿であってます」
「「母?」」
「普段からここで芋掘りしている女性です」
「「老けた夏音さん!」」
それを言ったらダメ! 芋が飛んでくる⦅それくらいで怒らないわよ⦆そうなの?
私達が同じ言葉を発したら飛んでくるのに……解せぬ。
「でさ? 管理人さんが夏音さんの弟さんだったのだけど……」
「お、弟さん? 弟さんが居たの?」
「うん。すっごいそっくりだったよ。ドSなところも」
前も思ったけど兄さんって言うほどドSではないよ?
放置していいと言ったのは姉が面倒だからって意味だし。
「姉さんと兄さんは双子ですし。似ていても不思議ではないですよ?」
「「双子ぉ!?」」
但し、至音姉さんは分割後の存在だから含まれない⦅酷い⦆。
「そ、それは見てみたいかも」
「本土に来れば会えるかもね?」
「本土かぁ。漁が無い時に伺ってみようかしら?」
この猫さん、漁師なのね。
だから魚を仕分けていると。
もしかするとアパートの面々へ届けに来たのかも。
「それはそうとカナブンは何しているの?」
「カナブン言うな。夕方に獲れた魚のお裾分けにね。夏音さんはお出かけ中だから、どれを残そうかなって選んでいたのよ」
「それでここに居たのね」
なるほど、お裾分けか。
(夏音姉さんって今どこかな?)
不意に気になった私は探索魔術を行使してみた。
調べると実家に居た。例の新種芋を受け取りに行ったと。
「夏音姉さんなら実家に居ますよ?」
「そうなの? なら、そちらに伺おうかしら?」
「それがいいかもね。何なら、ご家族にお裾分けしてもいいんじゃない?」
「そうね。普段からお世話になりっぱなしだし。お歳暮として」
それは助かるよ。ここのところ芋しか食卓に並ばないしね。
実依も芋ばかりでお腹とお尻が太ったし⦅痩せたよぉ!⦆一日で?
猫さんとの会話後、私はアパートへと着替えを取りに帰った先生を待ちつつ翌日の朝食を楽しみにした。芋から⦅久しぶりの刺身よ!⦆母さんも飽きてるじゃん……。
そこでふと、私は妙な違和感に囚われた。
「あれ? そういえば……姉さんとの念話が繋がらない? 何かあったのかな?」
夕方、フウコを海に落とした男子達を罰しに向かった姉さんと深愛。
私が本土の家であれこれしている間に進展したと思っていたが。
「た、探索してみるかな?」
夏音姉さんを探した時と同じく探索魔術で姉さん達の居所を探した私は探索しても島内での反応が無い事に焦りを浮かべた。
「ど、ど、どういう? どういう事?」
なので管理世界に向かった由良に念話すると見ていないという。
⦅いくら呼べど反応が無いんですよ。仕方ないから姉さんの代わりに神託を……⦆
見ていないだけではなく呼び出しに応じなかったらしい。
島内に居るはずなのに? 一体、二人の身に何があったというのか?
「女神が二人、消失? いや、それは……」
気になった私は神界よりも上、本拠地にある複製神核を〈遠視〉で見てみた。
「え? 神聖力の発揮が弱い? どゆこと?」
いつもなら煌々と輝く光が弱かった、何故?




