第82話 簡単には壊れないか。
フウコを連れて島に戻った私達。
島の東側から母さんの庭へと〈隠形〉しつつ向かった。
「人の流れが……これは一体?」
「ちょっとした裏技かな? フウコにも近いうちに使い方を教えるよ」
「使い方?」
「「使い方」」
なお、この時間の私は管理世界に居て、
「私も島の裏側に居る頃合いだけど、下手に目撃されると面倒だからね」
実菜も渦の更新で裏に居たという。
表向き、この時間の私達は島に居ない事になっているし隠れるのは仕方なかった。
「その面倒って?」
「大通りに居る駐在さん。それが……いわく付きでね」
「いわく付き?」
「詳しい話は後日するけど、今は出くわしたくないの」
「それで、ですか」
私も帰ってから聞かされたけど、邪神に染められし者だったものね。
しかも時空神の権能持ちが宿っていて関わるのは危険に思えたのだ。
一応、私達が近くに居るだけで、邪神は本能的な忌避感から離れて行くが、私達の知らない監視者が他にも居るかもしれないから今回だけは注意しながら隠れていた。
島の東側に向かう時も豪雨の中、こそこそと移動したけども。
「あれ? 足跡が無い?」
「これは必要な対応なのよ」
「科学的に証明出来ないけどね」
「そ、そうなのですか? もしかして浮いている?」
「そんな感じ」
「地面に直接触れていないのは確かだよ」
「凄い!!」
この時の私達はブーツ裏に積層結界を張り雨で泥濘んだ道路へ触れないよう歩いていた。〈隠形〉していても足跡は残り水たまりを歩いて感づかれる事もあるからね。
数ミリ単位で浮いていると知ってフウコは驚きと興味を持ってしまった。
それを見た私達は妙な既視感というかフウコの雰囲気に覚えがあった。
⦅これって……私達の気質、感染してない?⦆
⦅いや、元々の気質かも? 結構、好奇心が旺盛なのかもね?⦆
⦅同類ってこと?⦆
⦅おそらく⦆
知神の気質。
おそらく知識を欲する気質が彼女には元々存在し、異空間を彷徨っている間、父さんの世界の神界に居た、私達の性質に引き寄せられてきたとしか思えなかった。
⦅もしかすると神使から亜神になるんじゃない?⦆
⦅……なるかもね。神界へ当然のように入れたし⦆
⦅実菜にとっては良い拾い物ね?⦆
⦅願うなら狂信者にならないことを祈るよ⦆
⦅ああ⦆
地表。管理世界では結構な狂信者が居るとの事だもんね。
神使としたのに狂信者となり、位を自ら捨て去った者達が後を絶たなかった。
フウコが同じような狂信者になるかどうかは今後の教育次第かもね、きっと。
「教育か。ユーカ先生の異世界教育も必要だったね」
「そちらも必要ね。というか、顔合わせも必要かも?」
「そういえば慕っていたもんね。フウコ」
「え? ユーカ先生?」
「「末期ガンでお亡くなりになった恩師」」
「!?」
驚きから呆然となり玉のような涙が溢れてきた。
「ま、まさか、生きて?」
「いや、フウコと同じように一度死んで、生き返ったのよ」
「転生と言えば理解は容易いかもね。魂から肉体を得たし」
「転生……これが、そうなのですね」
「転生については科学的に証明が出来ない事柄だけどね」
「人の目には見えない不可解な事象だから」
「なるほど」
説明しろと言われて説明しても、理解出来る頭を持つ者など居ないと思う。
物質至上主義の者達は頭でっかちで見えない物は存在しないと認識するから。
そもそも世界の素である神素は機械的に観測しようにも観測出来ない代物だ。
神素は超高次元物質だ。目に見える状態に変化させるには結晶化しかない。
「同じような事柄で言えば、こんな事も含まれるかな?」
「な、何も無い壁に穴? え? 向こう側が見える?」
「空間を繋げたの。ワープと言えば理解出来ると思う」
「!? こ、これが?」
「ただの転移門だけどね。というか眩しい」
「ただの?」
私達にとってはいつもの事でもフウコにとっては刺激的な事象だろうね。
これも追々したら思考停止を選んで受け流すと思う⦅定番のパターンね⦆。
驚き過ぎて慣れるともいう。
「ここを通って、庭へ帰るよ」
「行きも同じ経路だったけど」
「そう、なので? 気づかなかったぁ!」
「「惜しい顔してる」」
本当に同類だわ⦅知識神が増えてる!?⦆増えてない増えてない。
念話してくる暇があるなら地底の監視しなさいよ!
Iカップではない亜衣ちゃん!
⦅というか亜衣がIカップになったら深愛もIだけど?⦆
⦅あっ……他人のおっぱいを揉むのはいいけど肩凝りはイヤ!⦆
⦅人族の肉体は断崖絶壁だけどね?⦆
⦅それを言わないで?!⦆
と、ともあれ、人気の無い場所で転移門を開いた実菜は、とっても眩しい空間を通り抜けた⦅私達の所為じゃん!⦆それは仕方ないでしょ!?
「ここは往路でも普通に通った白い空間です!」
「白い空間! 気づかなかったぁ!」
「何も存在しない空間ってあり得ないものね」
「神聖力で満たされてはいるけどね。私達の思い出の場所でもあるかな」
「そうね」
私の場合は目覚めたら白い空間だっただけだけど。
「次は床が光っている所を通って」
「は、畑がある!?」
「芋畑へようこそ!」
「「母さん」」
「母さん?」
転移門を抜けたら芋を抱えた母さんが居たし。
今日も収穫していたのね。あれ? 裏から戻って⦅直ぐよ⦆それで。
「それはそうと、こちらの実菜に出くわす前に戻りなさいね」
「「はーい」」
私達は母さんの注意を受けたのち、神界へと上がった。
「今、こちらのって言っていましたが?」
「ああ。ここは過去の世界だからね」
「そういう……過去?」
「今更気づいたの? 遺体回収したじゃん」
「あっ!」
この感じ、時間移動しているとは思ってもいなかった?
これって遺体回収するまでは混乱が酷かっただけ?
周囲の変化に付いて行けなかった的な?
「遺体にあった忘れ物の回収が叶って自我が定着したかな?」
「それか。それまでは定着していなくて夢見心地だったと?」
「忘れ物? 夢見心地?」
「忘れ物というか生前の肉体を見て後悔の念を意識した的な」
「た、確かに、お詫びした後……すっきりした、気がします」
これはおそらく仏教的に言う成仏しきれなかった未練が消えたからだろうか?
未練という後悔の念が消えてフウコとして自覚したのかも。
何はともあれ、新たな門出という事で元の時間軸に戻った実菜は、
「思い出の場所にマンション建てるよ!」
念話も含めて盛大に宣言したのであった。結依さんが困惑してそう。
「「マンション?」」
「うん。フウコの住まう家を用意しないとって思ってさ」
「私の家?」
「単純に言うと今のフウコには戸籍が無いの」
今のフウコには戸籍が無い?
そうよ、父さんの世界の神界で転生したばかりだから。
「本来なら赤子の時点で出生届を提出して用意するのだけど、いきなり十八才の肉体で転生したから戸籍が用意出来なくてね。一応、過去に戻ってそれっぽく作る事も出来るけど、この島で暮らす事、地元で暮らす事はどうあっても出来ないから」
「そうか。両親が健在だから?」
「亡くなった娘と似た顔の女性に会って混乱する?」
「うん。遺体発見と司法解剖後に両親の元に返されて、葬儀と火葬、墓に納められる流れだから、その間にかつての娘が家探しで島を彷徨くと、大騒ぎでしょ?」
「「確かに」」
「それに柳楓子としての戸籍は死亡届けが提出されたら最後使えなくなるから、同姓同名で用意するわけにもいかないしね?」
だからこの空間にマンションを建てて生活させると。
「それもあって、相応の過去改変が必要になるから、それまでの間はこちらに住んで貰おうかなって。まぁ両親が島から出るか、死ぬかすれば、どうとでもなるけどね」
「それほどの騒ぎにならないからか」
「騒ぐのは後にも先にも娘を知る両親だけだもの」
なるほどね。戸籍無しのフウコ。
慣れた世界からの放逐はしないと。
私達の活動拠点でもある母さんの世界。
神使だからといって、あちらに住まわせ続けるつもりはないと。
下手すると⦅狂信者になるもの⦆それを避けるためかぁ。
最終的に配達員達とユーカ先生も連れてくるつもりなのね。
「不慣れな異世界生活よりはいいか。電気も無いしね」
「電気については、今はまだ……としか言えないけど」
「早く認めてあげて!」
「善処します」
それは認証を終えるだけでいいと思うけど?
「認証は三人の若葉マークが取れるまで待って」
「どゆこと?」
「今の若結達は力の制御が出来ないからね。今は垂れ流しだし」
「制御。なるほど」
私と実菜が意味深な会話を行っていると疑問気なフウコから質問が入った。
「それよりも私の戸籍……用意とか出来るので?」
「出来るよ。結構、作ってきたからね……」
「そうね。あれは大変だったわね……」
「?」
夏音姉さんが掻き集めてきた眷属達の新しい戸籍。
それを最初から用意するのは本当に大変だった。
私達が遠い目をするくらい大変だったわ。
人数が人数だったしね⦅ご苦労様?⦆いえいえ。
「マンションの建築後に犯人共の罰と戸籍の用意だね」
「建築後? そんなに時間をかけるので?」
「「そうでもない」」
「はい?」
実菜が無駄な時間をかける訳が無いわ。
放置し過ぎると犯人共の記憶が風化してしまうし。
少ない罪悪感がある内に裁かねば意味が無いから。
「建てるのはあっという間だよ。イメージも出来ているし」
「何処をイメージしたの?」
「私学で暮らしていた女子寮かな」
「「女子寮?」」
「1LDKの個室が八部屋、三階建ての建物ね。私達姉妹は同室だったけど」
実菜はそう言って、転移門の近くに驚くほど大きな建物を一瞬で用意した。
創造特化の女神が本気を出すとあっという間なのね?
「あ、あの? 建築工程は?」
「工程は考えない方がいいわ。ところでこの建築資材って?」
「先ほど作った建築資材を利用したよ。何処よりも強固な建物になったね」
「そうなのね。真っ白な空間に真っ白な建物だから」
「例えるなら眷属達が魔法を撃ち合っても壊れない建物だよ」
「なるほど。この空間での魔法戦を想定して使ったのね」
「魔法、戦?」
魔法と聞いたフウコはきょとんだけど。




