第76話 目がチカチカする。
Side:結依
邪神に同化されていた駐在が芽依の機転と夏音姉さんの協力により魂魄の濾過が完了し、無事に救われた事を芽依から知らされた。
だが、寒空の社務所前で寝転がった事で風邪を拗らせてしまい診療所のお世話になっているという。結果、本土の警察署から臨時の駐在が訪れ昼過ぎに挨拶してきた。
「数日ですが、お世話になります」
応対を行ったのは芽依ではなく寝起きの姉さんと深愛だ。
「「こちらこそ、よろしくお願いします」」
臨時の駐在が訪れたという事で身構えてしまったが普通の警察官だった。
当初は挨拶に伺う電話を受け、邪神に染められし者が訪れるのでは?
そう思って姉さんと深愛が出張ったけど取り越し苦労だったね。
「ね、姉さん達が滅茶苦茶眩しいよぉ。目が痛い……」
「いやー、応対しながら神聖力の全開放射とか、凄まじいよね、本当に」
「「そういうものなんだから仕方ないでしょ!」」
「結依ちゃんだけサングラスとか準備がいいね?」
「二人の身体が眩しくなるのは分かっていたからね」
駐在との応対中、邪神と思って神聖力の全開放射を行った姉さん達。
目が眩む被害に遭ったのは、神社へと顔を出した親族だけだった。
全身がテカテカと真っ白に輝く女神が二人⦅⦅うっさい!⦆⦆。
お陰で神社の境内がとっても神聖な空間と成り果てた。
腰の低い駐在を見送った私達はそれぞれの行動に移った。
「冬季休暇に入ったはいいが、私達の生活は変化無しかぁ」
「変化無しでいいじゃない。騒動はもう懲り懲りよ」
「確かに」
遅い朝食を食べた姉さんは深愛と父さんの世界へ向かった。
唐突に創作意欲が湧き出したのか、またも色々創り込むつもりらしい。
危険物は創らないで欲しい⦅⦅善処します⦆⦆そこは創らないって言って!
私と由良は本土に用事があるので出かける準備を行っている。
「それでも休める内に休んでおかないとね。それで、実依は潜るの?」
「モチ! お腹とお尻のモチモチお肉を消したいしね……とほほ」
「それは暴飲暴食した実依の自業自得だから」
「うん」
実依が迷宮に潜るのは致し方ない事だが、今回は仁菜も一緒に潜るつもりで居るらしい。迷宮神が揃って迷宮に潜る、何かありそうで正直恐い。
「この際ですから、迷宮内の不具合調査を行ってきます」
「あー、そうそう。それも行わないとね?」
それと社会人組の芽依と吹有は平日でもあるため早朝から会社へと戻った。果菜だけは海外出張で一人、航空機の中に居るけども。
結凪も訴訟対応をしなければならないとして病院に残ったままだ。
「皆、それぞれの用事で一杯一杯だよね?」
「ですね。ところで妹神達の新神研修は何をするつもりなので?」
「一つは神器の基本的な使い方を教えること、かな? あとはそれぞれの世界に降りて、各種族の集落を訪れるとか」
「なるほど。自分達の管理する世界を肌で感じて実感させると」
「実地研修が主だけどね。基礎知識は姉さん達が神核へと与えていたし」
「あー、寝起きで頭痛がすると悶えていたのはそれと」
「少々強引過ぎるけど、あれが手っ取り早いから」
残りの亜衣達は管理室にて冬季休暇の課題を熟しながら若結達の新神研修を行う予定だ。本日だけは浮遊大陸も⦅自動応答です⦆お休みだしね。
似通った厚手のコートを羽織った私と由良。
社務所から外に出て港まで向かった。
「あー、寒い」
「寒いですね。真冬って感じがします」
途中の自販機でホットコーヒーを買わないとね。
それとカイロも欲しいね。これだけ寒いとお鍋が恋しくなるよ。
港まではあちらの話題が中心となった。
「そういえば実依からの報告にあった〈餌〉ってどれくらい居るの」
「詳しく調査すると、地表に五十億、地底に四十億、浮遊大陸に十億とのことです」
一応、遮音結界で覆っているけども。
「九十億は侵攻者と予備かな? 浮遊大陸にも十億ね。この場合は人族国家かな?」
「可能性は無きにしも非ずですが、動き始めてから対応に出るしかないですね」
「全員が赤子から育つもんね。いきなり大人になる者はユーカ先生くらいか?」
実依に救われて神魔体を与えられてステーションで過ごす事になった。
私の言う予備とは地表世界に降り立った五十億ね。死して地底に降り立つ的な。
その前に夏音姉さん達に捕食されて終わりそうな気がするけれど。
「地表はともかく、地底世界で五十億もの赤子って生まれるものなの?」
「姉さんも気にしていましたが、一日平均、一億くらい赤子が産まれていますから」
「連続して五十日もあれば産まれはするか? だとしても母体に宿って生まれ落ちる場合だと、普通に死産もあり得るよね?」
「医術がこちらほど進歩していませんからね。出産は危険と聞きますし」
それだけの数の魂魄が転生してきたとしても、実質半数以下になるだろう。
それでも脅威であるのは変わらないけどね。
「赤子には宿らず、死にかけの成人に成り代わるパターンも考慮しないとだね」
「その可能性もありますね。頭が痛いです」
「分かる。召喚も召喚で問題だけど、転生も転生で問題だよね。記憶保持なら特に」
他人には聞かせられない話を行いながら港の待合室に着いた私と由良。
待合室には……あら?⦅淫乱エロフ!⦆が、しょんぼりしたまま待っていた。
怪訝なまま顔を見合わせた私と由良は待合室に入りつつ声をかけた。
「「阿住先生?」」
「ふぇ?」
私達に気づいた阿住先生こと淫乱エロフ。
目を丸くしたと思ったら滝のような涙を両目から流した。
「女神様、助けてぇ!?」
「「ふぁ?」」
ちょ! ここでその名を叫ばないでよ!
余りの大声に待合室の扉を閉じて周囲を見回したよね。
誰も居ない殺風景な港だった事が救いだけども。
「その名をここで呼ばないでくださいよ」
「隠れて過ごしている意味が無くなりますから」
「ごめんなさい」
阿住先生は涙をハンカチで拭いながら謝罪した。
私達は先生の「助けて」の言葉の意味が分からないでいた。
なので詳しい事情を聞いてみると、
「「辞令?」」
「うん。来年の新学期から、本校勤務に、なるの」
「「えっ?」」
驚いた事に本校の養護教諭が卒業生の男子とできちゃった婚をしてしまい、寿退職する事になったという。本日は引き継ぎのため冬季休暇中の本校へ向かっていると。
「いや、でも、先生って赴任して、まだ数ヶ月だよね?」
そんなに早く辞令が降りるものなの?
「私は数ヶ月だけど。地域的に人手不足らしくて、養護教諭になる人が居ないらしいの。私の場合、医師免許もあるから、いざという時に役立つとの理由で」
「本校勤務に変更させられたと?」
「うん」
ホント、自分勝手というか何というか?
こちらの事情を全無視して動くあたり人族の悪いところがありありと出ているね。
ここで辞令を断ると懲戒免職処分もあり得るから始末が悪い。
それで「助けて」と私達に願い出る、か。彼女の場合、管理世界での仕事もある。
私達に出来る事は本土から関わらせるように持っていくしかない訳で。
「ところで勤務方法は島からの出勤? それとも」
「本土で家を借りるよう言われているわ。出勤だと定期便の欠航もあり得るから」
欠航か。昨日は酷い目に遭ったなぁ。
それを聞いた私は芽依に念話した。
⦅昨晩、大きな借りを作った芽依ちゃんにお願い!⦆
⦅ちょ! それを先に言われると断れないじゃないの!?⦆
断ったらダメでしょ? 私達の世界でゴミ掃除してくれているのだし。
⦅私が資金を出すから、適当な戸建てを一軒買って!⦆
⦅いきなりね? いや、まぁ……持ち家とした方が都合は良いけど⦆
今から土地を買って新しく建てるには時間が足りないし。
ここで建売を買えばどうにか出来そうな気がしたからね。
高校生の立場だと購入が難しいので社会人組に丸投げした私である。
⦅でも、独り暮らしで戸建ての管理とか出来るの?⦆
⦅そこは兄さんが居るでしょ? 活動拠点的な扱いでさ?⦆
⦅なるほどね。兄さんも実家には頻繁に帰れないものね。兄さん良い?⦆
⦅構わないぞ。本土に拠点が出来ると俺も色々と助かるし⦆
⦅兄さん、居たのぉ!?⦆
どうにか芽依を説得し、手隙となった吹有が不動産巡りをしてくれる事になった。
但し、宗教法人の神社とは関係無い神月家の資産となるから申告云々は頭の痛い問題となった⦅申告するのも私でしょ!⦆ごめんごめん。
ともあれ、彼女が本土で暮らす家は遅くとも年内には見つかるかもね。
それまでは私達が色々とバックアップしていくしかないようだ。
「ま、あちらとのやりとりが常時行えるよう、どうにかしてみるよ」
「ど、どうにか? なるのですか?」
「大丈夫なので?」
「急遽だけど家を買う事にしたから」
「「家!?」」
「管理人は兄さんだけど」
「兄さん?」
「え? 兄さんが居るので?」
「今は芽依の会社の倉庫で働いているらしいよ」
「そうなんだ!」
「兄さん?」
「「夏音姉さんの実の弟!」」
「弟!? 弟さんなんて居たのぉ!」
居るんだなぁ、これが。
「ドSではないから安心してね」
「ドMでもないですが」
「そ、そうなんだ。どんな方なんだろう?」
「「とにかく優しい兄です!」」
「へぇ〜」
この分だと姉さんとの比較で信じられないって言われそうだ。
夏音姉さんも優しい時は優しいけどね。
至音姉さんが相手の時は厳しいけども。
定期便が到着し、淫乱エロフと一緒に本土へ向かった。
一等船室に入り、遮音結界を張り、由良と段取りを進めていった。
「名目上は兄さんの活動拠点で、私達が本土に向かう際の通り道にもなるかな」
「それはつまり室内に姿見を置いて行き来するので?」
「いや、女神の庭に繋がる扉を設置するよ」
「扉? それって社務所にあるような?」
「うん。あれとは少し違うけどね」
女神の庭とは母さんの世界にある、しばらく使っていない練習用の空間だ。
そこは姉さんの神聖力が大量に詰まった場所と言えばいいかな?
誰であれ通り抜ける際に浄められるという神聖な空間でもある。
私はお試しとして壁際に庭の扉を限定展開した。
「扉を開けるね」
「ま、眩しい!」




