第73話 とんでもな拾い物。
Side:実依
結依との将棋三本勝負に連敗した私は渦の本体がある祠の更新後、
「今日も特に変化無しっと……焼き芋、うまうま」
一人で管理世界の監視に勤しんだ。
本当なら本日の担当は結依だったのだけど、私が満腹刑に処した学年主任が末期の胃ガンで亡くなったため、学校をあげた葬儀となり……流れたのだ。
先生の死に私も間接的ながら関わっているから悪くは言えないのだけど。
「神罰の対象者だから何とも言えない。直前で犯していた贈収賄もあるしね」
仮にその罪を明るみにしたとしても書類送検で終わるだけだ。
死人に口無し。遺族は真相を知らぬまま妨害者の口車に乗せられて結凪を追い詰める準備に勤しんでいるという。病院側も徹底抗戦のつもりでいるみたい。
「本来なら訴えるべき相手は教育委員会だと思うけどね。一人で賄える職務ではないと思うけど? 大人しく先生の言う事を聞く学生は生徒会長くらいだったし」
それに分校といえど学生数は相当居るからね。
別の公立高校として管理した方が良いとさえ思えるよ。
その高校の一学年。学年主任として赴任してからずっと尽力してきた。
だが、お節介な性格が災いしてか、生徒達から好かれていなかった。
誰かれ構わず、家庭の事情まで口出しすればね。
唯一、生徒会長だけは尊敬していたようだけど。
「その先生も死して、今や遺骨と成り果てた。中身は流石に魂魄保管庫に居ると思うけど、どうなんだろう?」
不意に気になった私は管理神器の魂魄一覧を開き、該当人物の魂魄を探してみた。
閲覧先は母さんの世界の魂魄保管庫だけど、こちらからでも探せるのだ。
例えるならお気に入りが居れば掠ってきて意図的な神使にする事も出来る。
私は滅多に行わないけど、姉さんは結構な頻度で行っていたりする。
お陰で狂信者がやたらと増えたけど⦅自業自得?⦆そうともいう。
「生前の名前は何だっけ? ああ、査石優果だったか。保健医の先生と名前被りしていたから、老けた方のユウカと呼ばれていたよね」
享年、二十七才の結婚適齢期だった査石女史。
男運の悪さか、見る目が無かったか知らないが、実際に失恋する頻度が多かった。
最近だと、既婚者のトサカに惚れ込んで、とても綺麗な嫁が居ると知って以下略。
本土の出身者だと知り得ない情報だよね。
「筋骨隆々な男性が好みと。でもそういう人って脳筋が多いからどうなんだろう?」
ブツブツと一人で呟きつつ調査すると居なかった。
「あら? もう流れてる? まさか転生した?」
そんなに早く転生する仕様では無かった……あっ!
「そうだよ! 渦を利用されていたから!」
利用されていたから大規模侵攻の余波に巻き込まれて管理世界へ転生したと。
「そうなると、調べるべきは、転生先か……」
管理神器で直近の転生者を検索した私はゲッソリした。
「おぅ……こ、こんなの、どうやって送り込んでいるの? 千人未満だよ?」
渦の上限は千人未満。なのに転生した者は百億人だった⦅ふぁ!?⦆マジで。
魂魄を細切れにした事で、その人数に膨れ上がっているのだろうが、
「こ、この中から探すの?」
転生一覧を眺めて目が痛くなった私であった。
「この分だと転生口も再調査した方がいいかもね」
上限以上の人数が送り込まれているからね。
幸い、姉さんのお陰で条件指定の検索が出来たから助かったけど。
「残りは〈餌〉の称号を与えておこうか。それで探索も楽になると思うし」
称号偽装しようにも偽装が出来ない絶対的な制限を与えてね。
転生してギルド登録時の鑑定で見える〈餌〉の一文字。
ギルド職員は疑問視するだろうが知ったことではない。
⦅⦅称号が〈餌〉って⦆⦆
いや、餌には変わりないしね?
至音姉さんなら喜んでいただくと思うし。
総数は百億、地底に五十億、地表に五十億が分散していた。
「本当にとんでもない人数が送られてきたね」
百億の餌。経験値が膨大なら眷属達も狂喜乱舞するかもね。
で、肝心の査石女史の居所は……。
「うわぁ……エグい事をする。状況的に仕方ないとしても、これは無い」
地表の寒村に転生した査石女史。
産まれて直ぐ、口減らしに巻き込まれ、近隣にある迷宮へと捨てられた。
赤子を捨てた主は父親だ。自身が贅沢三昧したいがため赤子を……神罰!
私の神罰を喰らった父親は迷宮内で樹木の魔物となった。
トレントとして半永久的に倒されたらいいよ。
神罰後、赤子を鑑定すると厄介な状態が判明した。
「え? 記憶保持状態? つ、つまり、前世の人格が残って?」
本来なら魂魄が綺麗に洗浄されて記憶の一切は消されてしまう。
稀に記憶保持魔術を使っていれば残る事もあるが、
「そうか。探索者共の記憶を残すから……」
記憶消去陣を通さずに転生させたようだ。
大規模侵攻の余波で記憶を保持したまま転生。
「何の因果か……私が管理する迷宮に捨てられるとは」
私は魔物達へと命令して魔物保管庫まで連れ帰ってもらった。
査石女史は魔物に抱きかかえられて気絶したようだ。
「気絶するなって方が無理だよね。醜悪な見た目のゴブリンだもんね」
◇ ◇ ◇
結依がケーキの箱を持って管理室を訪れた。
「実依、お疲れ……その赤子、どうしたの?」
私がベッドを創って赤子を寝かせているときょとんとしたけども。
「この子? 地表の寒村に転生した査石女史だよ」
「シ、査石女史? え? 今日、葬儀した? あの変顔遺影の?」
「そうそう。変顔遺影を街中で晒されまくった、あの査石女史」
「……」
一方、名前の無い赤子は目を丸くさせている。
それはそうだろう。気絶から目覚めて私を見た瞬間もポカンだったし、同じように結依を見た瞬間もポカンだもの。会話も日本語なので聞き取れるしね?
顔立ちはともかく、髪色が異なるから不良になったと勘違いしているが。
「変顔遺影しか記憶の残っていないあの先生が、赤子かぁ」
査石女史は「変顔遺影」と聞いて何事って感じだけど。
「うん。今世も女の子でね。生後数時間で捨てられて」
「生後数時間? どうしてその赤子を実依が面倒見ているの?」
「寒村に特有の口減らしだよ。口減らしで迷宮に捨てて魔物の餌にしたみたい」
「あー、あれか。で、実依が管理する迷宮だったから?」
「うん。回収依頼をゴブリン達に出したの」
「いきなりゴブリン? 酷な事を」
「一層だよ? スライムかゴブリン、狼の魔物しか居ないでしょ?」
「確かに」
その中で手足の自由が利いて、知性があるのはゴブリンだけだしね。
「で、魔物保管庫に出向いてゴブリンから受け取って」
「先ほど戻って直ぐと?」
「そういうこと! ベッドの用意を終えて寝かせていたのよ」
「寝かせて、これから実依の母乳を与えると?」
「いくらおっぱいが大きくても母乳は出ないよ」
「だよね。なら、どうするの? 育てるの?」
「赤子から育てるのはちょっと。時間も有限だしね」
「ということは?」
赤子の肉体の時を止め、魂魄をひょいっと回収した私は、
「年相応の肉体の方がいいかなって」
人族の容姿で固定した神魔体へと宿した。
年齢は生前の年齢で止め、容姿も前世に合わせた。
胸部装甲は前世より豊満なおっぱいとなったけど。
外見は金髪紫瞳で貴族っぽい容姿となった。
属性は十属性、魔色は緑色で固定した。
魔術等は姉さんが教えるだろう。
⦅⦅いいなぁ〜⦆⦆
隣の深愛達が何か言ってる。
名前は〈淫乱エロフ〉と被ると面倒なのでユーカで設定して記憶に定着させた。
安直だけど呼んで反応する名前の方が安心だしね。
「ここで神魔体へと宿したかぁ」
「育てる時間も惜しいしね。精神だけなら十分大人だし」
「確かに。それで、この赤子はどうするの?」
「普通に死亡でしょ。迷宮で捨てられた以上はね」
用意したばかりのベッドと赤子の肉体を神素還元で消し去った。
神罰を介した不可解な縁だが今後はこちらで働いてくれるだろう。
「それにさ。眷属達の子供向けの教育の場を用意しないとって思ったし」
「ああ、ね。ナギサ先生だけだと賄えないもんね。あちらの仕事もあるし」
「ナギサ先生?」
裸のままきょとんとする元査石女史ことユーカ。
ここが無重力下だから、ポカンとしつつ、アタフタした。
「わわわわわ!?」
「あらら。先生の見えてはならない部位が見えてしまったよ」
「それは仕方ない。百合な結依としてはご褒美かもだけど」
「ノーコメント!」
「いい加減、認めなよ?」
「ケーキ、あげないよ?」
「ごめんなさい!」
その後、ブラとパンツ、動きやすい洋服をユーカ先生に着せた私と結依は事情説明を行った。
それは当然、私達の正体とか諸々ね?
「め?」
「固まった?」
「いきなり女神って言われても混乱するよね?」
「教え子達が人外でしたって聞かされたも同然だもんね」
赤子だったのに急に大人になった。
その時点であり得ない事だもんね。
すると件のイベントを終わらせた深愛達が顔を出した。
「お節介で苦手だったユーカ先生が現れたと聞いて!」
「うわぁ! 本当に転生してきてるぅ!」
「!?」
ガチの教え子が二人。
髪色から何からが異なるが、聞き覚えのある声だから驚いている。
そして湯治に行っていた風結と知結までも顔を出した。
「「胃ガンで死んだユーカ先生が生き返ってるぅ!?」」
二人の背後には顔を赤くした若結も居た。
湯あたりしてない?⦅だ、大丈夫だと、思う⦆水分、飲みなよ?
「い、胃ガン?」
ユーカ先生は胃ガンと聞いてきょとんとした。
私は疑問に思いつつ問いかけてみた。
「もしかして、病名、知らなかったの?」
「いいえ。私は胃潰瘍とだけ聞いてて」
え? 胃潰瘍?
「死因は末期ガンだったんだけど?」
「ま、末期? あの劇痛は、末期? 毎回、痛み止めを飲んで耐えて……」
「まさか、末期だと知らなかった?」
先生の記憶を読むと結凪から聞いた女医の名前が出てきた。
遺族に対して医療ミスと吹き込んだ女医だね。
記憶には検査結果を見ず、笑いながら胃潰瘍と診断していた。
つまり誤診。誤診した女医が結凪に罪を?
「これ、神罰案件じゃ?」
「今回は私が罰するよ。結凪だと私怨になるし」
女医への罰は結依が行う事になった。




