第72話 穴埋めは大変だ。
Side:結依
学年主任の葬儀から、どうにかして島まで戻ってきた私達。
ポンコツと化した母さんに事情を語ると即座に反撃を開始した。
「いい度胸じゃないの。そんなに世界から消されたいなら今すぐ消してあげるわ!」
本気で怒った母さんの姿は夏音姉さんを彷彿とさせる姿だった。
母子だから似ていても不思議ではないのだけど⦅当たり前でしょ?⦆うん。
母さんは全身から神力糸を多方面に放出して周囲の妨害結界を消し去っていく。
その神力糸は姉さんの神聖力を極限まで濃縮したような輝きを持っていた。
この光景を初めて見た亜衣は呆然となっていた。
「こ、これが、母さんの、本気?」
姉さんは真面目な表情で呆然とする亜衣に応じる。
「いや、まだ十分の一も使っていないよ」
「ふぁ?」
そうね。母さんが本気を出せば世界が壊れるから。
誰が好き好んで自分の管理する世界を自分で壊すというのか?
本気を出す時は惑星外、宇宙空間に出た時だけだろう。
「母さんが神力の全解放をすると空間が歪みまくると思う」
「ゆ、歪み、まくる?」
「最悪、惑星そのものが壊れる的な」
「そ、そんな、なの?」
「宇宙空間ならブラックホールが周囲に出来まくるかもね」
「おぅ」
真剣な表情で真面目に答える姉さん。
怯えながらも問いかける亜衣。
「ところで、この茶番。いつまでするの?」
「う〜ん? 二人が飽きるまで?」
私達は私達で二人の茶番と母さんの蹂躙戦を眺めつつ当番決めを行った。
一緒に戻ってきた若結達は木桶と着替えを持って湯治に向かったが。
本日はクリスマスイブ。芽依達がケーキを持って帰る日でもあった。
当初は私が世界監視に向かう予定だったのだけど葬儀のお陰で流れたからね。
それもあって当番決めのやり直しとなったのだ。
「それよりも、王手!」
「ま、待った! それはダメぇ!?」
「待ったは無いよ。本日の当番は実依だけでよろしく!」
「そんなぁ! クリスマスイブの手羽先、食べたかったぁ!」
「手羽先はともかく切り分けたケーキなら持って行ってあげるよ」
当然ながら深愛と由良は早々に管理世界へと向かった。
深愛が「迎撃するわよ」と言って由良を引っ張って行った。
他の妹達はのほほんとした様子で管理世界へと向かったね。
地底世界の地上の方は比較的落ち着いているみたいだから。
大規模イベントの標的は後にも先にも浮遊大陸だったから。
当番ではない亜衣と仁菜だけはこの場に残った。
今朝方までは二人が監視に就いていたからね。連続は良くないとの話となった。
一方の私と実依は消え去る妨害結界を眺めながら将棋を指していた。
賽銭箱の隣に座り実依が用意した焼き芋を食べながら。
「絶対だよ? 忘れたら?」
「分かっているよ。忘れたら姉さんのお尻を持って行くよ」
「ちょ! そこ! 何でそんな話になっているの!?」
「絶対だよ? 姉さんのお尻に生クリーム塗って持って来てよ?」
「うん。姉さんのお尻に生クリーム塗って持って行くよ」
「蝋燭も一本「私のお尻はケーキじゃないよ!」」
これは実依の冗談だと思うよ?
私も実依の冗談に乗っただけだしね。
流石に生クリームを塗ると肌がべたついてしまうし。
下手すると私のお尻を姉さんに取られてしまうし。
「私が片付けている間に何をしているのよ? この子達は」
「「当番決めの将棋!」」
「えっと、重要局面でしたし」
「シリアスで攻めてみたの!」
「私は見ていただけです」
姉さんと亜衣は雰囲気を大事にしただけなのね。
オチは姉さんのお尻ケーキ⦅ケーキと違う!⦆だったけど。
それはともかく、居住まいを正した姉さんは改めて母さんへと報告する。
「それはそうと、お疲れさま。母さん」
「言うほど疲れていないけどね。呆れの方が大きかったし」
先ほどは緊急案件を優先しただけなんだよね。
島外への妨害結界。あれがあると芽依達も戻ってこられない。
折角のクリスマスケーキが食べられなくなってしまうもの。
結凪は訴訟問題が起きそうだから病院に残るみたいだけど。
「ここからが問題なんだけど、渦の再調査した方がいいよ」
「「「「渦の再調査?」」」」
「ど、どういう事よ? 渦に問題があるって言うの?」
「更新したゲームを検証したら、母さんが意図的に開けている世界の穴。渦を利用している事が判明したの」
「な、何ですってぇ!?」
マジか。転生処理に必要な世界の大穴。
生死神は兄さんしか居ないけど、兄さんが管理している大穴が利用されていた?
(一体、どうやって? あれは自動的に選別する仕様だったはず)
自殺と大量虐殺者を除く、死者の魂魄を自動回収して保管庫に収める。
自殺者は直後の劇痛を味わいながらその場に留まり続けるから放置でいいが、大量虐殺で死んだ者達は憎悪の塊みたいなもので、邪神の餌に成りやすいから受け入れないのだ。受け入れると浄めに時間を取られ、兄さんの仕事も滞る。
夏音姉さん達が手伝ってくれるなら話は変わるが無理な相談だろう。
仮にゲームから吸収されて細切れにされたとしても分類上は大量虐殺者と同じ枠。
それに一日に送り込める魂魄量は世界全体で千人にも満たない。
戦時中だけは限定的に拡張していたけど今は制限されている。
それこそ姉さんが神器更新して⦅渦の更新はしてないよ!⦆マ?
「更新していないの?」
「夏南の定期検査でも問題が起きていないし。不要と思っていたし。でも、まさか」
「利用されているとは思えないよね?」
「「あらら」」
「「母娘揃ってポンコツだぁ!」」
「「こ、これは言い返せない」」
今回の問題は母さんと姉さんの隙が原因だろうね。
兄さんの定期検査で問題は無くとも調査は必要だったと。
その後の母さんは島の裏側にある洞穴へと私達を連れて行った。
実依も監視当番に行くはずが気になったのか付いてきた。
「こんな所にあったんだ」
「獣道を進むから何事と思ったけど」
「祠までの道の整備、した方が良くない?」
「そういえば島外から訪れた猟友会からもそんな話が出ていた気がする」
「そんな事をしたら島内の子供が祠に悪戯するからダメよ。猟友会の言葉は無視で」
「「「悪戯対策か!」」」
「でも、猟友会の言葉を無視する理由は何なの?」
「島には彼らの言う害獣は居ないわ。彼らのお陰で国有化された事も要因だけどね」
「そういう理由なのね。納得だぁ」
過去改変して国有化を無かった事にしたが発見者は猟友会の面々だったのね。
島内の各地を好き勝手に巡っていれば何処かしらで出くわすのは当然か。
母さんが一方的に猟友会を毛嫌いする理由はそれと。
「昔、若結達もやらかしたしね。祠は無事だったけど」
「そんな事もあったね。森の中で迷子になって」
「ギャン泣きしたまま芽依達に助けられてね」
「「見てみたかった」」
「あの三人にとっての黒歴史だから見せられないよ」
「「うんうん」」
洞穴にあったのは小さな祠とぽっかり開いた空間の穴だった。
私達しか見えない穴だから島内の住民が見たとしてもただの洞穴だ。
小さな祠がある時点で神月神社の管理下だと分かると思う。
母さんは祠の背後にある穴へと手をかざす。
「異常は無いわね。数値的にも千人未満のまま」
「「「「異常無し?」」」」
結果は異常無しだった。
すると母さんは渦の本体を収めている祠にも手をかざす。
「各地に展開する穴も……異常無し。どういう事なのかしら?」
「この際だからこちらも更新しておこうか?」
「それが良いわね。利用されっぱなしも気持ち悪いし」
姉さんは洞穴の周囲に時間停止結界を張り、
「先ずは古い祠を取っ払って……」
「そんな雑に取り扱って大丈夫なの?」
「雑に扱うから時間停止なのよ。本当は祭事を長時間行わないと交換出来ないけど」
「「「「それで」」」」
ガコッと音を響かせながら新しい祠へと交換した。
それだけで更新される渦の本体。姉さんは古い祠を浄めつつ解析していた。
「転生を一手に引き受ける神器だからね。今までありがとうの気持ちを込めて」
「え? 私が持つの?」
「いやいや、私達の中で火属性は結凪と亜衣だけだから」
「炎で焼き浄めてほしいだけよ。実菜の神聖力が残っている内にね」
「そういうこと?」
古い祠は亜衣の炎で綺麗さっぱり焼き尽くした。
姉さんの神聖力も加わっているから聖なる炎になったけども。
クリスマスイブに聖なる炎。神秘的だなぁ⦅女神が何を⦆うっさいな。
一方、詳細解析を終えた姉さんは母さんへと報告した。
「母さん。本体に邪神との繫がりがあったよ」
「はぁ? い、一体、いつの間に?」
「もしかすると猟友会の誰かが汚染されていたのかもね」
「あー、あいつらか」
解析結果は汚染有りだった。
どうも母さんの目を誤魔化す偽装が本体へと与えられていたようだ。
姉さんが触れたことで表層の偽装が剥がれ解析したら現れたと。
「詳しくは芽依を洞穴に連れて来る事で分かるかもね?」
「過去視ね。そうね。芽依が帰って来たら改めて訪れるか」
新しい本体は例の如く未知の魔術陣が刻まれている代物だった。
姉さんは祭事の作法を行った後、時間停止結界を解除した。
作法を行うのは⦅宜しくの意だよ⦆神が祠で祈るとか不思議な光景だけど。
年末年始、父さんが神社で祝詞を捧げるから、それと同じ事かもね。
祈られるのは父さんの代わりに世界を監視する母さんだけど。
そうして洞穴から神社への帰り道、
「ところで私達の世界の渦の本体は何処に?」
亜衣が疑問気に姉さんへと問いかけた。
(渦の本体か。それは気になるかな?)
姉さんは周囲を見回しながら神聖力たっぷりの遮音結界を張り巡らせて答えた。
これは誰かに聞かれると不味いと思ったの?⦅邪神の眷属対策だよ⦆それで。
「本体は擬似精霊界の反対側だよ」
「「「「反対側?」」」」
「地表世界の管理室、その頂点にあるの」
頂点? 宇宙ステーションの端っこか。
三色団子を貫く串の頂点に置いていると。
「保守は誰がするの? 宇宙遊泳?」
「流石にそれは無いよ。転移門で祠前に飛ぶだけだし」
「そういう仕様なのね」
「管理者は夏音姉さんだし」
「「「「そうだった!」」」」




