第68話 素人は黙って。
Side:結凪
そうして翌日の午前中、本土から保健所の職員が島へと訪れた。
私は昨日、実依から事情を聞いていたので、診療所の所長として役場の職員と分校まで同道した。保健所の職員とは途中で合流して通学路を進んで行った。
「分校はこちらです」
「人が居ませんね。本日は休校で?」
「早急に検査が必要との事で、昨日お休みだった非常勤を除く全員を休ませました」
「私が学校長に代わって学食前まで案内する非常勤講師です。学食は昨日の内に全面封鎖しております」
「分かりました」
分校は文化祭準備の真っ只中だった。
あちこちに備品が置かれ外にはビニールシートで覆われた露店もあった。
本当なら明日から二日間開催される予定だったのだが、先の騒ぎによって二週間の延期となってしまった。あれも元を辿れば結依と芽依の気づきと邪神の反発だったのよね。探索の女神と名乗った厄介な邪神の。
保健所の職員を連れた私達は応接室に立ち寄った。
そこで詳しい段取りを伝える。
「では関係者の検査はどちらで?」
「神月診療所の協力の下、臨時検査場を公民館前に設けて関係者を集めております」
「では学食の後はそちらに向かえば良いと」
「そうなりますね。それと、こちらが」
ようやく私の自己紹介となった。
先に行えば良いのに後回しにされたから。
「初めまして。診療所の所長をしております神月結凪と申します」
「ほほう。お若いのに診療所の所長ですか?」
「こう見えて経験だけは無駄にありますから」
ちなみに、保健所に検査依頼を出したのは騒ぎを聞きつけた役場の職員だった。
それも過去改変前に私達を相手に鼻で笑って若ハゲになった女性職員ね。
「彼女は元々、本土の神月病院に勤務されていたそうですよ」
「あ、あの……有名な院長が居たとされる?」
保健所の職員は私の噂を知っているのね。
「え? 院長が有名なのですか?」
対する役場の職員は知らないままと。
「正確には元、院長ですね。手術の技量は相当だと聞き及んでおります。それと本来は救急医との事で、彼女が勤務している時の死亡率は激減していたのだとか」
「そのような院長がいらっしゃったのですね。所長も御存知で?」
「ええ、存じております」
「でしょうね。今でこそ所長という閑職に追いやられていても同じ病院に勤務して」
「所長は閑職ではないですよ」
「食い気味に……そうなので?」
相変わらず、イラッとする物言いよね。
実は今回の検査、本来は保健所の前に診療所へと診断を仰ぐ必要があった。
なのに現実は頭越しに検査が入ると姉と娘達から聞いた。
診断した医師が誰なのか役場に問い合わせると、この女性が電話で『医師の診断は必要ない』と返された。それを聞いた瞬間、途轍もなく頭痛がした。
(田舎の診療所の診断はあてにならない的な考えで検査依頼を出したのでしょうね)
保健所の職員が「お若い」と言った通り、容姿から判断して頼りないと思ったか。
それに加え、何処から聞きつけたのか知らないが変な噂に踊らされる始末である。
それもあって知らないままでは済まされないので診療所として関わる事に決めた。
「そういえば病院名と所長の名字が同じですね?」
「たまたまではないですか?」
「神月病院は私が立ち上げた病院ですから」
「はい?」
「も、もしや? 元、院長、御本人ですか?」
「閑職だの何だの言われてますが、本人です」
「え? しょ、所長って……」
「私が元院長なのは確かです。今回の件も他人事ではありませんしね」
「か、神の手を持つ外科医が勤める診療所……」
神の手ではなく⦅医術神!⦆です。
保健所の職員は何処かの誰かを彷彿させる敬虔な信徒に⦅ナギサ臭⦆それか。
私が腕のある救急医と知った職員は顔面蒼白と成り果てた。
「さ、先に診断を願えば良かったのでしょうか?」
「究明には尽力しますが診断を下すのは後にも先にも医師である所長ですので」
素人判断で先走ったからこうなったと。
(あら? 女性の母が元副院長の姉? だから今回はおかしな手順に?)
またも暗躍していた元副院長。
飛ばした所から邪魔するとはね。
保健所の職員は準備を開始したのち問題の調理場へと入っていく。
私は背後から見送って、役場の職員と非常勤講師を一瞥した。
問題が起きていたらどうなるかという不安がありありと分かる表情ね。
(そういえば実依が『神域化しておいたから細菌は残ってないよ』とか言っていたわね。そうなると、この検査が無意味に思えるわ)
検体を採取している職員も調理場がそのような事になっているとは到底思うまい。
(元々は食中毒とは無縁の症状だものね)
それは魂魄から発せられた邪神の力に対する嫌悪からきた吐き気と倦怠感だから。
(この集団昏倒を改めて診断するなら?)
文化祭の準備で疲弊した事による過労と断定するしかないだろう。
倒れた子達がそんなに弱いのかと問われたら全員が全員、前日に公民館で行われた徹夜ありきの詰め込み勉強会に参加していたと返すしかない。
(勉強会の件はプライベートの事案だから誰もが口にしないのよね。私も彼女に戸締まりを任せていたから会があった事は知っていても……)
何をどう勉強したかまでは知らないのだ。
勉強会は実菜達が参加していない夏音姉さん主催の異世界勉強会だった。単純に擬似精霊界の周知と情報共有のような気もするけどね。
(その時の疲れと準備がある理由で昨日の探索は休みとなった。何かの拍子に一人が倒れて気が抜けた者達が溢れたって事なのかも……)
眷属達は魔力経路で横の繋がりがあるから。
それは人の目には見えない特殊な繋がりだ。
それがきっかけで弱体化して、ドミノ倒しのように邪神の力が加わったのなら耐えられる者など居ないだろう。全員が神魔体になったお陰でそれで済んだようなものだが、これが神魔体になっていなかったら、どうなっていたのだろうか?
(学校、果ては校外に至る場所で流血沙汰が起きていても不思議ではなかったわね)
仮に狂化したら親が与えた制限すらも取っ払って暴れ回っていた。
この世界にはレベルなんて代物は存在しないが、化物と呼称されても不思議ではない力を発現出来る事は実菜達のやらかしで明らかになっている。
地底世界の吸血鬼も実菜の対策で能力制限を喰らって赤子程度になったと聞く。
そのどれもが、女神への不信感を与えるために行ったとするなら今回裏で暗躍した探索の女神という輩は搦め手が大好きなのだろう。
(探索の女神も居ないと思いたいけど。口にするとフラグになりそうだわ)
私が物憂げに思案していると保健所の職員が戻ってきた。
「終わりました」
「では公民館前に向かいましょうか」
そうして私は役場の職員、非常勤講師と保健所の職員を連れ、臨時検査場へと向かうのだった。職員の表情と思考を読む限り、綺麗過ぎて本当に食中毒が起きたのか疑問視しているわ。簡易検査で行っても白と断定出来る検体が多数だものね。
戻って詳細検査したとしても同じ結果になる事だけは確定しているだろう。
◇ ◇ ◇
⦅前日に機能停止して久しぶりに頑張った!⦆
それは臨時検査場へと到着した直後に送られてきた実依からの謎念話。
(何を頑張ったのか聞かない方がいいわね)
今回の検査は全単位を取得して休学中の結依と由良を除く高校生組の全員が行う事になっている。
私は本土から訪れた応援要員こと看護師へと声をかけた。
「お疲れさま」
「あ。所長」
「どうなってる?」
「一年生と二年生は済みました。次は三年生から検体を集める番です」
「教職員は?」
「そちらに」
「既に終わっているのね」
この診療所に看護師は居ない。
今回は事が事だけに早朝から本院へ要請して応援要員として訪れてもらったのだ。
「今回の検査。相当な人数ですね?」
「本来なら調べる必要のない生徒も含まれる分、そうなっているのでしょうね」
倒れたのは教員も含め数名のみ。
だが、吐いた子が居た事で食中毒を疑う声が出た。
それならば全員休ませて検査しようとなった。
そこに役場の職員がたまたま居て以下略。
「そうなので?」
「昏倒した人数はそこまで居ないの。吐いた子は二人だけ。後は疲れたように倒れた子が多かったそうよ」
それが真実の一つ。
夜間に行われた勉強会の疲弊だ。
「それだけを聞くと」
「安易な診断は出来ないけど、過労が妥当でしょうね」
「やっぱり」
看護師は断定出来ない。私が判断して納得した。
「結果が届けられたら再診断ね」
「今回は手順がおかしいですね」
「素人と又聞きの揉栗が判断した結果よ」
「元副院長ですか」
私は遠い目をしつつ役場を〈遠視〉した。
あの職員は詫びの一つくらい入れたらいいのに急な仕事が入ったと言って移動中に役場へと戻った。
(応接室で茶を飲んで寛いでいるわ。この際だから親子共々、根絶やしに?)
最終的に暗躍した者達へと神罰を与えてあげた私だった。
(揃って毛が無いって叫んでいるわね。そのまま引退して出家でもすることね)
尼として剃らなくていい分、困る事は無いでしょうから。




