第66話 現実は残酷だ。
Side:実菜
その日、不可思議な出来事が起きた。
学校で文化祭の準備をしている最中、
「あら?」
私達の周囲の生徒と担任が顔面蒼白に変化して廊下やら教室の床へと座り込んだ。
その様子に気づいた周囲の一般生徒達は心配そうに声かけを行った。
「だ、大丈夫?」
「う、うん」
「どうかしたのか?」
「ちょっと気分が悪くて」
同じ症状は職員室に居た一部の教師にも現れていた。
そのどれもが夏音姉さんの眷属達だった。
例外はきょとんと佇む姪っ子と姪っ子の眷属達だけ。
「な、何が起きているの?」
「さぁ? 私にもさっぱり」
「倒れた子って、カノンさんの……だよね?」
きょとんののち心配そうな表情に変化する。
念話を飛ばせど反応が無かったのか、
「そういえばそうだね。何かあったのかな?」
焦りのままに早退届を書いて教頭先生へと提出していた姪っ子だった。
その時の私は職員室に用があって書類を担任に手渡している最中だった。
その最中に目前で顔面蒼白になったら困惑するよね。
全員が揃って調子を崩したから。
「先生? 大丈夫ですか?」
「え、ええ。少し目眩がしただけですので」
私は先生の返答を受け、
「目眩? 失礼」
神力糸を先生の下腹部めがけて突き刺した。
「え?」
「少し、感じますけど」
「え、ええ」
神力が見える者の前で使うのは躊躇するが、背に腹はかえられない。
原因が何処にあるか調べるには神力糸を使う方が手っ取り早いから。
(ん? これは)
調べると直ぐに原因が判明した。
(憑依体を神魔体に置き換えた半月後に何らかの干渉を受けたとみて間違いないか)
今の肉体は邪神の抗体を持つ肉体。
仮にその肉体に邪神の眷属、邪神の力が何らかの形で宿った場合、抗体が活動を開始して倦怠感などの症状を肉体に引き起こす。
今起きている症状は明らかにそれだった。
更に詳細を突き止めるため鑑定を併用した。
(至音姉さんの因子から邪神の力が溢れている?)
それは最初期に復活した者。
二つの因子を所持する者達だけに発生していた。
二つの因子、夏音姉さんと至音姉さんの因子所有者。
姪っ子と夏音姉さんのみの因子所有者は影響外。
(いや、魂魄に邪神の力が部分的に宿って?)
それが抗体によって滅殺され始めている。
以前も本体に宿られた事があったが、魂魄にも影響を与えていようとは。
(時間差攻撃? それとも別の要因が?)
私から分かるのは影響を受けている者が相当数居るという事だろうか。
こうなると封印中のあの二人も同じように浄めないとダメかもね。
「先生。少し、発熱しますが耐えてください」
「え、ええ。耐えます」
私は神力糸を経由して最大級の神聖力を流し込む。
流し込む間に深愛へと念話で指示を出した。
⦅目に付く眷属達に神聖力を最大で与えて!⦆
⦅ど、どういうことよぉ!?⦆
⦅神魔体の抗体を助けるの!⦆
⦅抗体? え? ま、まさか!?⦆
⦅どうも至音姉さんの因子が原因みたい。今は出来る限り、浄める事だけに専念して。それと! 由良にも管理神器経由で吸血鬼族の能力制限を与えるよう伝えて! そうしないと周囲の種族が危険だから!⦆
⦅吸血鬼族の能力……はっ! わ、分かったわ!⦆
原因は至音姉さん因子。
それがどういう訳か邪神の影響下にあった。
邪神の影響を真っ先に受けるのは吸血鬼族。
地表の吸血鬼族は私の知識から創った無関係な種族なので問題は無いが、地底の吸血鬼族は至音姉さんの眷属だ。
どのような形で影響を受けるか想定出来ないため能力制限を施すしかなかった。
それを施せば赤子並の力しか発揮出来なくなるが致し方ないだろう。
吸血行為も停止して飛ぶ事も出来なくなる。
何らかの狂化が起きていたら目も当てられないが、その時は時間遡行を実施して影響を元から根絶するしかない。面倒だけど仕方ない。
⦅神力、全解放!⦆
直後、深愛の神力糸が校内の各所に一斉に伸びていく。
照準は神魔体となった者達。校外は私が対処するしかないね。
(先生の魂魄から邪神の力が消え失せたっと)
職員室から外に向かって駆けた私はスキルを限定解除し、島内外に居るであろう眷属達を〈遠視〉しつつ照準、神力糸を縦横無尽に伸ばして腹部へと突き刺していく。
「ふぅ〜。神力、全解放!」
見える者から見たら私の身体が光輝いて見えるだろうね。
太陽光のような神々しさが全身からテカテカと出てしまっているから。
外に向かって仁王立ちしているから何をしているのか疑問視する者が多いけども。
⦅姉さんと深愛が眩しいよぉ⦆
⦅仕方ないでしょ。実依は何を?⦆
⦅吐いてる子のお腹に吐いた食物を戻してる⦆
⦅おぅ。き、きちんと浄めてから戻してる?⦆
⦅もちのろん!⦆
そんな実依の謎行動はともかく。
私が全解放して直ぐ全快したであろう母子が背後で跪いた。
「「おぉ!」」
「ちょ、は、背後で拝まないで!」
深愛達の言うナギサ臭とはこの事か。
今はジャージ姿だからいいけどスカートのままだと丸見えになりそうだよね?
担任の息子さん、あまりお尻は見ないでね!
すると由良から安堵の念話が届く。
⦅狂化直前でしたぁ。弱体化、大成功!⦆
早めに気づいて正解だったかぁ。
由良に詳しい事情を聞くと吸血鬼達は弱体化したままゾンビのように蠢いているらしい。ウロウロと壁に当たれば向きを変える的な。
本当にゾンビっぽいね、それ?
(間に合って良かった。現状は自我が眠った状態で身体だけが邪神の影響下、か)
刺激を与えなければ安全であると由良が神託を与え、深愛の代わりに人族達にも絶対に刺激するなと神託を出したそうだ。
それと魔王国も由良の管理下にあるので浮遊大陸と同じように発したらしい。
だが、こちらは巫女が吸血鬼族だった事で反応が無く、魔王国全体に対して発したそうだ。
(一体、何が起きているのやら?)
なお、好機と思って吸血鬼族を襲ったなら第零と同じ目に遭う事も伝えたそうなので、余程のバカではない限り、襲う事は無さそうだ。
(第零降下はそれだけショッキングだったと)
しばらくすると邪神の反応が神力糸の先から消失し倒れた者達も座り込んだままではあるが無事に全快した事を把握した。
全ての神力糸を消し去った私は振り返り、
「聞いてて良かった。糸スキル!」
盛大に顔が引きつった。
(ま、まだ居たの? あれから三十分くらい経っていたはず……)
その三十分間、背後で? 恐っ!?
「「流石です」」
「う、うん。それよりも、確認」
「はっ! ただいま」
「じゅ、準備に戻ってね」
「「畏まりました」」
「こ、この母子は」
私の立場が露見するのはいいが、あの母子の雰囲気が地表の狂信者のそれと同じに見えた⦅ナギサ臭、恐ろしいねぇ⦆ほんそれ。
◇ ◇ ◇
その後、本日の当番だった結依と芽依経由で何が起きたのか知った。
それは夕食後に知った事。
「え? シ、至音姉さんが邪神に取り込まれていたの?」
私はリビングで笑い合う姉さん達を眺めてきょとんとする。
今は問題が無さそうだけど?
結依はその時を思い出しつつ、
「うん。芽依が原因を探ったらね?」
ビールを飲む芽依と語り始めた。
「姉さん達を分裂させた者の残り香だったわ」
「分裂させた者……それが何らかの縁で?」
「澱みとして現世に残って喰らったみたい」
人々の憎悪やら妬み、何らかの悪意ある願望が形を成すのが邪神だ。
それが虎視眈々と隠れ潜み、自身を滅した神を狙って喰らったと聞くと、その裏にも別の邪神が居そうな気がする⦅親玉?⦆その可能性は高いね。
私は一冊の魔導書を手許に展開させる。
「その貴族の名って分かる?」
「これね」
「おけ」
芽依から示された貴族名を元に自身の権能を最大限発揮する。
私の権能は基本、自動蒐集だが特定の単語を元に検索する事など朝飯前だった。
一種の検索エンジン的な権能だけど、こういう時は本当に便利だよね。
検索した結果、貴族家当主の行動から過去を洗ってげっそりした。
専用索引、作っとこ。
「襲いかかる直前で澱みを飲んでる」
「「ふぁ? の、飲んでるって?」」
「戦場で瀕死状態になって、治療していた薬師が、澱みを治療薬と共に与えていたみたい。グツグツ煮込んだ澱みの濃縮スープね」
「「おぅ」」
それは人が口にする類いではない代物。
一見すると毒っぽく見えるそれは、人の目から見ると光り輝く綺麗な湯だった。
(煮沸しても残る毒々しい液体かぁ)
私達の目から見ると毒々しい黒い液体なんだけどね。
一体、何処の水源を用いたんだか?
憎悪溢れる水源から持ち込んでいそうだね。
「それで瀕死から回復したように見えて」
「「見えて?」」
「身体の内側から邪神に乗っ取られたみたい」
「「……」」
自我を食われ記憶を食われ魂魄を食われ。
残った肉体を我が物顔で邪神が利用した。
当時の夏音姉さんは邪神を滅する力を持っていなかったようで⦅私が与えた⦆母さんが与えた事で使えるようになったと。
時期的に⦅実菜の力が実体化した頃合いね⦆私の力が芽生えた頃合いらしい。
完全に邪神用途だもんね、私の神力って。
(薬師も検索……こちらは善意。水源は……戦場の血肉が流れ込んだ)
完全なる憎悪の湖だった件。
血肉で染まった湖水を使えば憎悪塗れになって邪神が生まれても不思議ではない。
低位でも穢れた血肉を喰らえば中位や上位に変化するくらいは頻繁に起きるから。
「結局、原因の最たるものは人々の争いか」
「そうなると海外で発生している内戦や戦争も」
「裏には戦争好きな邪神が居るかもね」
「負の連鎖で邪神の眷属が大量発生して」
「兄さんがこの国から離れるしかないと」
私達の世界も大変だけど、この世界も大変だよね。
世界を欲望のまま牛耳りたい、滅ぼしたいとする強大な悪意に満ちている。
「恒久平和とか、絶対に訪れないよね」
「人々が欲望を捨てない限り無理でしょ」
どう考えても無理に思えた私達だった。




