第52話 人族って奴は。
空間を区切った私は足許にも目を向けた。
「ここも線路が縦横無尽に敷設されていると」
「分岐ポイントも複数埋め込んでいるよ」
「行き先が決まったら、それに合わせて経路選択が出来るようにしておかないとね」
「え? 今は数カ所だけなのに?」
現状、浮遊大陸の駅は三つしかない。
だが、その内の二つは亜空間封印で消えてしまったので、先ほどの国しか駅が存在しないのだ。地上駅も魔王国と南極の一部しか存在していないし。
なのに、この本数……何故?
「数カ所でも追々必要になるでしょ?」
「便が増えるなら必要だと思う。でも、地上との接続だけだと多すぎるような?」
地上の魔族国家だとそんなに数は無いからね。
残りは人族国家で虎視眈々と浮遊大陸なり亜人国家の領土を狙っている。
「それこそ浮遊大陸の亜人国家間でも使えるようになるなら……」
「「ふふっ」」
どうして二人揃って笑うのよ?
「やっぱり姉妹だねぇ」
「考える事が同じだったよ」
「何が言いたいのよ?」
「「私達もそのつもりで用意したんだよ」」
「は?」
つまり、亜人国家間でも使えるように線路の本数を増やしていると?
「……」
「「結依ちゃん?」」
全く、この姉と妹は!
私は内側から湧いて出る怒りを抑えつつ叫んだ。
「そういう事は先に言って! 罰として実依ちゃんのお尻は私が預かります!」
「ふぇぇぇぇぇぇ! なんでぇ!?」
すっぽーんと空間的に実依のお尻だけが私の元にきた。
あくまで尻肉だけね。
「ゆ、床に座れないよぉ」
「安心して。前は残したから」
「安心出来ないよぉ。こうなったら姉さんの」
「ちょ!? 私まで巻き込まないでよ!!」
実依はそう言いつつ姉さんの尻肉を回収して、クッション代わりに床へと敷いた。どうも歩き疲れたから座りたかったようだ。
「のぉぉぉぉぉ! 重しが。重しがお尻にぃ」
姉さんは突っ立ったまま身悶えた。
「私、そんなに重くないもん!」
「私も実依のお尻に座ろうかな」
「ちょっ。お、重いって!」
「私、そんなに重くないもん!」
「私の真似しないでぇぇぇぇ!」
結果的に実依は座りながらも疲れが癒やせなかったとさ。
ちなみに、それぞれの尻肉の裏面は空間的な白い膜で覆われているので血生臭い状態にはなっていない。夏音姉さんが眷属の数名を同じように助けた際には流血沙汰になりかけたらしいけどね。
「結依ちゃん、返してぇ」
「返す前に揉み込んでおくね」
「のぉ! それはやめてぇ!」
「実依ちゃんも返してぇ」
「それはそれって事で!」
「理不尽!」
休憩後、実依に尻肉を返した私はほくほく顔で車両を用意した。
「地上まではこれで向かおうか。これなら少しくらいは休めるでしょ」
形状は湖にあるようなスワン型。
大きさはトンネル内でも引っかからない高さと幅を持たせた三人乗りとした。
動力は私達の神力または魔力だけ。
「「結依ちゃん!」」
「風魔法を推進力にした車両だけど」
「それでも休めるなら助かるよ」
「お尻も戻ってきたし」
車両を線路に載せ、三人で乗り込む。
前席に私が座り、後部座席に二人が座った。
神力を込めるとスワンの加速が始まりスムーズな走り出しでトンネルへと入った。
トンネル内の灯りは目を光らせて線路を照らしておいた。
無駄に真っ暗だと気が滅入るからね。
「これはこれで楽しいね。姉さん」
「そうだね。風が気持ちいいし」
「今だから出来る楽しみ方だよね」
「「そうだね」」
だが、この加減速陣という代物は乗っかっている道具に作用するようで、
(気の所為かな? 速度がぐんぐん上がっている気がする……)
途中から推進力を切っても加速が続いた。
「ところで積層結界張ってる?」
「「い、今すぐ、張って!?」」
「あらら。二人共、変顔だよ」
加速の暴風が内部に入ってきて笑ってしまう程、顔が歪んでいた。
髪も逆立っているし。私は急ぎ積層結界を後部座席にも張った。
「結依ちゃんは平気なの?」
「正面だけ積層結界を張っているもの」
「「なんだってぇ!?」」
そんな自分だけみたいな反応しなくても。
私は呆れを滲ませながら二人に物申す。
「加減速陣の効果を知っている二人なら張っているものと思っていたのだけど?」
「「あっ」」
こういうところがポンコツなんだよ。
「現在の時速は……300キロちょっとかぁ」
スワンの頭が耐えられるか微妙なところ。
途中から不味いと思って流線型の積層結界を正面だけに張っていたのよね。
それが私の張った結界の正体だけど。
「これって何処まで速度が出るの?」
「重量が重ければ重いほど速度は出ないよ」
「……このスワンは軽いから?」
「「あっ!」」
そこそこ早めに減速しないと事故るよ?
トンネルの先。線路がまともに繋がっていなければ事故るのは私達だけだ。
私は大まかな距離を把握して逆算ののち減速を開始する。
加減速陣の効果を一時無効化してスワンの速度を抑え始めた。
「どうにか……なった、かな? 出口前で止まりそうだよ」
「か、加減速陣の改良が確定したね? 姉さん」
「そうだね。試験車両だけは無効化しようか?」
どうも姉さん達は実機でのみ試験したらしい。
まさかこんな形でバグ取りするはめになろうとは。
試験車両も存在しないからスワンではなく、真面目な乗り物を用意する必要があるかもね。休ませる意味合いで用意した車両だったが、気が休まる事は無かった。
出口が見え始める頃合いにはスワンの減速は終わり、逆噴射だけで停車出来た。
出口は案の定だが繋がっておらず、事故が回避出来た事に安堵した私達だった。
私達はトンネルを出る前にエロフから魔族の体へと〈変装〉した。
上では気にしなくても下では捕縛云々で騒ぐ脳筋共が居るからね。
こちらでもトンネルから出ると何用かと問う者達が居たので姉さんが代表して許可証を示すと無事に通過が出来た。
「ここで何やかんや言って邪魔すると開通が出来なくなるからね」
「それこそ神託が降りてそうだよね?」
「降りていると思うよ。邪魔をするなら死罪くらいは言って退けているはずだし」
「だから……妙に怯えていると」
姉さんが許可証を示している間も脳筋共は本能的な怯えをみせていた。
由良があの場に現れたのも一つの威嚇だったのかもしれない。
お前等が求めている品物を用意しているんだ。
つべこべ言わず、黙って見てろ的な?
⦅そこまで酷い口調では言ってませんよ?⦆
でも似たような文言で脅してはいると?
⦅……⦆
沈黙するってことは脅してはいると。
「結依ちゃん。由良を困らせないように」
「はいはい。分かったよ」
「はい、は一回ね」
「はいはい」
「結依ちゃんのお尻回収するよ?」
「ごめんなさい!」
それだけは勘弁して欲しいです、はい。
それはともかく。
私達は浮遊大陸と同じ作業をこの場でも淡々と行っていった。
こちらの方が規模的にも大きいので改修するのは一部分だけだった。
トンネルの出入口付近と一部だけ。
そこから先は普通の鉄道網が完成しているので積み荷の載せ替えが楽になるようホームと線路を区切るだけとした。
「右側にリニア、左側に鉄道って感じかな?」
「各ホームが六つ。規模が大きすぎるのが難点だけど、何処に配置するかが鍵だね」
「リニア側に鉄道が入れないようにしたから出発時間毎に区切るしかないだろうね」
「特急と快速と普通的な扱いで?」
「上下合わせて六本だからね」
「特急の本数だけが増えるのはあれだね」
「そこは普通を多めに取るしかないかな」
「特急は一日二本、快速は一日四本、普通は」
「一日に六本が無難だろうね。速度も三本それぞれで変える必要があるけど」
そこは由良が交渉するだろうから決めるのは追々でいいかもね。
準備を終えた姉さんは〈空間収納〉から必要数の車両を取り出して据えていく。
何処からともなく白くて長い車両が現れたから魔族達は目が点となった。
「ところで帰りはどうする?」
「お試しで乗って帰るのもありかな?」
そう、話していると何処で聞きつけたのか知らないが大勢の商人が駆けてきた。
「用意が出来たなら持って行ってくれ!」
そして偉そうに文句を垂れてきた。
私達はきょとんとしつつも首を横に振る。
「まだ正式開業ではないですよ。魔王様に確認を取ってはどうですか?」
「うるさい! いちいち口答えするな!」
魔王様に確認せよと言っているのに聞かず仕舞い。
正式開業はこの国のトップが決める事であって私達ではないのだけど?
すると何を思ったのか、
「それもこれも女神が要らん事をしたからだ」
とっても失礼な一言を呟いた。
「「「あの駄女神め!」」」
魔族にも信仰心無き者が普通に居るんだね。
「これは芽依的に許せるかな?」
商業神は芽依だけだからね。
芽依だけは地上も地底も無い。
あちらも含めて過重労働⦅つらい⦆どんまい。
「普通にダメでしょ。商人として失格だよ」
仮に由良が居たら笑顔で流しそうな⦅許しませんよ⦆流して無かった。
「とりあえず商業ギルドの登録は抹消だね」
私達が淡々と罰している間も商人の文句は続く。
自滅の道に進んでいるのに気づけないとは情けない。
そこでふと私は先の件を思い出す。
「もしかして地上でも同じかな?」
「「あっ!」」
私は遠隔ではあるが商人達へと偽装無効を発してみる。
すると案の定だが魔族の振りした人族が顔を出した。
それならば魔神に対して駄女神って言えるよね?
魔神を信奉する魔族はその呼称を使わないから。
「この場合の所属はどっち?」
「どちらかと言えば亜衣じゃない」
「駄女神だって言われたけどどうするんだろ」
実依の呟きは亜衣へと届き、
「「「ギャー!」」」
背信者達へと罰が落ちた。
それは人族共の頭上から炎の塊が落ちてきたのだ。
商人は一瞬で火だるまと化し、己が罪にようやく気づいた。
火だるまになった時点で気づいても意味は無いけども。
「本物を前にして堂々と貶すからだよ」
「「「……」」」
「返事がない。ただの屍のようだ」
「「既に屍だから!」」




