第48話 潜む者が上手だよね。
Side:実依
体育の授業が開始され、私と姉さんと亜衣達だけは体力測定となった。
転入生だから仕方ないとしても、授業中にやることになるとはね?
先ずは姉さんが軽い調子でボールを投げる。
女子の平均を大きく凌駕する結果となった。
「これはいつぞやの再来か?」
先生が何か呟いている。
これは過去、何処かで似たような光景を見ているのかもしれない。
「先生、何か言いました?」
「いや、何でもないぞ。次!」
「はーい」
私達は力をセーブした状態でボールを数回投げていく。
ただね? 油断して本気を出そうものなら、
「あっ」
「な、何だとぉ?!」
「良く飛んだね。もしかしてミスった?」
「ミスっていますね」
「もう見えなくなりました」
「これが油断の結果と」
「私達も気をつけないと」
ボールが遙か上空へと飛んで消えた。
音速を超えたのか『ドンッ!』という轟音が後から響いてきた。
私はあまりの事に母さんへと念話した。
⦅私が投げたボールは何処?⦆
何時も通り観測しているはずだから。
⦅成層圏を越えて宇宙空間まで抜けたわね⦆
⦅そ、そんなにぃ!?⦆
これは想定外だよ。
力を抑えていたと思っていたのに抑えが足りなかったなんて。
私が抑えた力は異世界のレベル30程度だったのに。
これだとレベル1の方が良いとさえ思えるよね?
「制限をレベル1に固定した方がいいかな?」
「私も思った。先生、やり直し、いいですか」
「あ、ああ。構わないぞ」
先生も顔面蒼白だね。
いやはや、人族の振りして体力測定するのは困難極まりないね。
すると姉さんがボソッと呟く。
「そういえば、魔法職でここまで動けるのって実依くらいだよね」
「「「「マ?」」」」
それを聞いた先生と亜衣達がポカーンとなった。
(大丈夫? 顎が外れているけど?)
唯一知っている若結だけはけろりんだけども。
「どったの? 皆? 先生も」
「職業が何なのか今一度考え直した方がいいかもしれないわね」
「うんうん。私もそれは思った」
「後衛で前衛まで出来るって遊撃では?」
「そういえばそうかも?」
「……」
先生だけは沈黙しているが私達は気にしていなかった。
とりあえず、第二投は許容範囲に収まったけどね。
第一投は無かった事にして。
「さて、次は私の番ね」
「胸にとても大きな錘抱えての第一投!」
「そういうことを言わないでよ! あっ」
あーあ、亜衣もやらかした。
姉さんの一言が原因で力んでしまった。
幸い、ボールは直進してフェンスに直撃して止まった。
「こ、高校球児を超える球速って……」
「先生。見なかった事にしたらダメなのでは?」
「そ、そうだな。保健委員、担架だ!」
「「は、はい!」」
ボールとフェンスの間には一人の男子が挟まれていて白目を剥いていた。
どうも亜衣の投げたボールが男子の下腹に直撃して、
「あれって、生きてるの?」
「ピクピクしているから生きてはいると思う」
「骨盤骨折してそうね」
「粉砕骨折でしょ。明らかに」
勢いのままフェンスに運ばれていったのだ。
(フェンスまで運ぶ勢いって?)
姉さんは実にあっけらかんと物申す。
「あと少し下なら股抜けしたのにね?」
「でも、それって不能になってない?」
「大丈夫でしょ。あの程度の衝撃波では破裂しないし」
「いやいや、直撃してすり抜ける方だよ」
「それはチンだったかも?」
「そこはパンでは? 弾け飛ぶって意味で」
私がそう返すと男子達は総じて股間に両手を添えた。
それは保健委員に指示を出していた先生も含む。
仁菜達が投げる際には姉さんも沈黙を選んだ。
某君と同じような被害者が出ないとも限らないから。
「一先ず、平均的な距離かな」
「私と亜衣が例外なだけで」
「若結の胸は軽そうだね?」
「うっさいわね! これでもDはあるわよ」
「自分で宣言してるし」
若結は文句を垂れつつも軽い調子で投げた。
結果は姉さんと同じ飛距離だった。
事前に失敗と成功を何度も示されたから力加減を覚えたかな?
体育改め、体力測定はつつがなく終わり私達は女子更衣室を経て教室に戻った。
私は途中まで姉さん達と同道したけどね。
「あら? あの男子君が復活してる」
「保健医の先生の腕が良いんでしょ」
「でも彼って目潰しも喰らっていたような?」
「そうだっけ?」
「亜衣のラブコールを下腹に喰らったから元気になったとか?」
「はぁ?」
「何でもないよ」
そういうおちょくりはダメだよ、姉さん?
亜衣は純粋な乙女なんだから。
姉さんの下ネタが通用するのは私達三姉妹か若結達だけなんだしさ。
私は姉さん達と別れて自分の教室に戻った。
「あ! 神月さん達だ!」
「さっきの見たよ! あれ、凄いね!」
「ふぁ?」
「あらら。実依が前の学校みたいな時の人になってる」
「時の人って。今、達って言ってたけど?」
「達? もしかして私も含む?」
「あれだけ走れるなら陸上部来ない?」
「そうそう。肩も強そうだし」
この場に居る神月さんって私だけではないと思うな。
淡々と熟してきた美加と若結も含まれると思う。
「隠れ巨乳のDカップ」
「まさか、それで?」
「人気が出たんじゃないかな?」
「Dカップって本当だったのぉ!」
「大きくするコツは何? 教えてよぉ!」
「ちょ、ちょっと。ま、待って!?」
私は隠れ巨乳でも大っぴらにはしてないからね。
お尻がどうとか言った男子は姉さんのクラスメイトだからこの場には居ないけど。
◇ ◇ ◇
そうして放課後。
クラスメイト達の勧誘をどうにか断り、私は姉さん達と無事に合流した。
校門を抜け通学路を進みつつ実家に向かう。
「運動での活躍は様々なしがらみを呼び寄せるから出来ないって言っても、聞かないクラスメイトが多くて困るよね」
「あー。もしかしてやらかしたの?」
「もしかしなくてもやらかしたよ。亜衣と実依が」
「亜衣の場合は姉さんの余計な一言が原因な気もするけど?」
「うっ」
都合悪いと直ぐに忘れようとするんだから。
「原因って?」
「結依ちゃん聞かないで」
「亜衣の胸見て『胸にとても大きな錘抱えての第一投!』って言ったんだよ」
「あー。それは何というか」
「言っちゃったぁ」
誤魔化そうとしたから教えただけだよ。
「お陰で被害者が出ていたんだし」
姉さんは目を泳がせて視線をそらす。
「それはまぁ、そうなんだけどさ」
「「姉さん?」」
私と結依は姉さんの不可解な反応を見てきょとんとした。
いつもなら何らかの言い訳が出ているはずなのに今日はしおらしい。
すると姉さんが、
「え? 遮音した?」
「何で、急に?」
人目に付く場所で周囲の音をかき消した。
「ここだけの話だから良く聞いて。実は分校生徒の半数近くが汚染されていたの」
「「ふぁ?」」
お、汚染? それってどういう?
「魂魄が疑似に置き換わってる」
「え? え? そ、それって?」
一体、どういう事なの?
私と結依は何事と思い姉さんを問い詰める。
「最初から話して! 中途半端な報告はダメ」
「そうそう。そういうことは先に言って!」
「ごめんて」
姉さんは渋々と語り始める。
本日の授業から校内で起きた各種イベント中に調査した結果を。
「先ず、亜衣と深愛に告白してきた先輩達。所持品のスマホを権能で洗ったら該当するゲームが出てきたの。それに合わせて魂魄を調べたら疑似だったんだよ」
「「なっ!?」」
「で、昼食時に並んだ子達。彼等も同様に」
「そ、それって……女神だって気づいてる?」
「いや、誘導されて動いているみたいだね」
誘導かぁ。邪神の眷属は油断ならないね。
「だから亜衣達には結界を張ったうえで応対してと事前に伝えておいたんだ。教室から出る前にね」
「姉さんは知ってて?」
「ごめんて。これには美加も気づいていたから、素直に聞いてくれたけどね」
「「ここで未来視かぁ」」
未来視で起こりうる事象を把握したと。
「最後に体力測定で下品な視線を向けてきた男子達。実依が目潰しした男子達でもあるけど」
「あっ」
もしかして彼等の言動って眷属が誘導した?
すると結依から怪訝な視線を向けられた。
「実依?」
私は当時を思い出しつつ言い訳した。
「だ、だってぇ。お尻でご飯三杯はいけるって言われたら気色悪いじゃん」
「そ、そんなことを言っていたの?」
「「うん」」
結依は怖気がしたのか、お尻をスカート越しに両手で隠した。
芯から寒くなるよね? 私達のお尻は美味しいオカズじゃないよ!
それはともかく。
「で、その後が問題でね」
「「問題?」」
「私がボールを投げている頃から、周囲を嗅ぎ回るように目潰し男子達が動き回っていたの。目潰し後なのに機敏に動くのはおかしいでしょ」
「「確かに」」
「動き回って私達を囲むように待機したからおかしいと思ってね。三方向で待機だよ?」
「それは何か結界的な?」
「その可能性は高いかも。封じを行うには丁度良いもんね」
女神がグラウンドの中心に六人居る。
封じてしまえば何も出来ないと動いていても不思議ではない。
残りも同じように封じればやりたい放題になるとか考えていそうだね。
私達は揃ってレベル制限をしていたし。
「だから、亜衣が力んで投げるように誘導して、投げたボールが一人に飛ぶよう」
「まさか空間を歪曲させたの?」
「大当たり! 本当は直撃コースを狙っていたけどね。何故か気づかれて、屈んだんだよね」
「ああ、子種消滅コースが消え去ったかぁ」
この姉さん達は……。
まぁ助かったけど。
「お陰で、この島だけでも早急に掃除しないと面倒になる事だけは判明したけどね」
「あー。そうか、半数が汚染なら」
「今後も増える可能性があるね」
そうなると疑似となっている魂魄。
それを取っ払って置き換えないといけない。
人格をサルベージして付与する手間もある。
これは大仕事になりそうな予感がするよ。
「まっさらな魂魄ってあったかな?」
「神界まで行けばあるとは思うけど」
「採取が困難な代物だよね。あれ?」
「それを一クラス二十人、四クラスで三学年分を寄越すとなると、労力が半端ない事になるね」
「島民全員ともなれば更に必要だしね」
「但し、眷属達は除く!」
こうなると専門家にお願いするしかないね。
兄さんが近くに居れば相談するのだけど。




