第46話 隠した方がいいよね。
Side:由良
おバカ眷属達に神罰を落とした後の私は芽依さんに呼び出された。
「戻りました」
「ごめんなさいね。急に呼び出して」
芽依さんは実家では見た事の無い黒服の下に白ブラウス、黒スカートを履いていて母さんが淹れたであろう緑茶を、リビングでのんびりと飲んでいた。
私は家へ帰る前に管理世界の神器に呼び出されていたので制服姿のままだけど。
この制服はセーラー服という代物らしい。
「本当なら私服に着替えてきてほしいけど、今回は仕方ないか」
「はぁ?」
私服というと妙にヒラヒラとした紫色したワンピースの事かな?
それか太ももがキッチリ見えるズボンとTシャツの事なのかも。
私はどちらかといえばピッチリした長ズボンの方が好みだけどね。
身体の線は出るがパンツが見える危うい服装は好みではないから。
芽依さんは緑茶を飲み干すとソファから立ち上がりつつ私に近づいてきた。
「じゃあ、母さん行ってくるわね」
私の背を押して玄関に向かいキッチンにて下拵え中の母さんへと手を振っていた。
「気をつけてね。今日の晩ご飯は芋の天ぷらだから」
「母さん。そろそろ芋以外の料理をしなさいよ!」
「別にいいでしょ? 芋が好きなのだから」
「だとしてもよ!」
「それなら帰りに魚でも買ってきて!」
「それこそ漁船で獲ってくればいいのに」
「漁協の許可無しで獲れないわよ」
「分かったわよ。活きの良い魚介を中心に買ってくるわね」
「お願いね」
その会話は親子のそれだった。
親子なんだけどね。私もだけど。
私は芽依さんと玄関を出て社務所を経由して神社の境内に向かった。
だが、境内へと出る前に待ったがかかる。
「ちょっと待って」
「どうかしたので?」
「境内に出なくていいわ」
「え? でも、外に出かけるのでは?」
「出かけるわよ。でも、時間が時間だから」
今は夕刻、出かけるとなると集落かと思ったのだけど、どうも違うらしい。
「こちらから行くわよ」
「こちら?」
芽依さんの指の先には鏡がある。
それも人一人がはっきり映り込む姿見だ。
これって……あれだよね? 何でこれが?
「神月商事。鏡に触れてね」
「は、はい」
私は芽依さんに言われるがまま鏡に触れる。
瞬きと同時に見知らぬ建物の中へと到着している事に気がついた。
転移門じゃん!
「は? ま、まじゅ」
「それを口にしないように」
「ふがふが」
言ったらダメな単語だったのね。
口元を抑えられたまま頷いた。
この時の芽依さんは……、
(あ、この香り好きかも)
両手首に香水を付けているのか妙な色香を発しているように思えた。
これって大人の魅力だよね?
「帰りは船で帰るけどね」
「そうなんですか?」
「これも急用がある時しか使わないから」
「じゃ、じゃあ?」
「急用で貴女を呼びに来たのよ。他の子達も来ているから、付いてきて」
「はぁ?」
私はきょとんとしたまま芽依さんの背後から付いていく。
(大きなお尻がプリプリだよ)
途中ですれ違う男性達も芽依さんに振り返りお尻に視線を送っていた。
「よろしいので?」
「気にするだけ損よ」
「慣れているのですね」
「やる気が向上するなら好きなだけ見ればいいわ。襲ってきたら返り討ちだけど」
「そ、そうですね」
返り討ちって普通に男性が死ぬのでは?
普段から力をセーブしていても瀕死にする程度の力は持ち得ているだろうから。
実菜姉さんが不死者だからと股間蹴りした時もセーブ状態での蹴りだったし。パキュパキュという物音がまだ耳の中に残っているもの。
「お待たせ」
芽依さんは大扉の片方だけを開き中に居るであろう人達に声をかける。
私が怖ず怖ずと中に入ると、
「「「あっ! 由良!」」」
何故か優羽と仁菜と美加が果菜さんと椅子に座って待っていた。三人の服装は制服ではなく部屋着としているジャージ姿のままだけど。灰色と緑と青いジャージを着た姉と妹達。
侵入者対応と神罰の後、実家に帰ったはずの姉妹達が何故か居た。
「な、何で、三人が?」
「由良こそ、何で?」
「私? 芽依さんに呼び出されて」
「私達は果菜さんに呼び出されて」
「「「「ふぁ?」」」」
実に不可解なお呼び出し。
呼び出した理由は互いに聞かされていないようだった。
すると芽依さんが苦笑しつつ白道具に触れて耳にあてがった。
あれは? 電話?
「持ってきて頂戴」
その一言だけ発すると電話を切った。
しばらくすると白衣を着た男性と女性が私達の待つ大部屋へと入ってきた。
その前には銀色をした台車があった。
「下がっていいわよ」
「「失礼いたします」」
一体、これから何が行われるのだろう。
すると果菜さんが居住まいを正して真面目な表情で語りかけてきた。
「さて。呼び出した理由は他でもない」
「「「「ごくり」」」」
私達の唾を飲み込む音の後、果菜さんがプッと噴き出した。
「ぷぷぷっ。ここで生唾ゴックンって」
「果菜が真顔になるからでしょ?」
「一度やってみたかったの!」
「はいはい。さっさと告げてよ。彼等も帰るに帰れないのだから」
「はーい」
途端に空気は弛緩したが、これから本題が語られるのは変わらないらしい。
「楽にしていいよ。実は四人にはちょっとしたモニターになって貰おうと思ってさ」
「「「「モニター?」」」」
「近々、我が社から発売するスイーツの試食とでも言えばいいかな。率直な感想を聞かせて欲しいんだよ。本当なら実依に頼もうかと思ったのだけど」
「実依も今は色々と忙しいからね」
忙しい……ああ、例の件かぁ。
「今から三種のスイーツを食べ比べして欲しいの。これの発売時期は冬場だからしばらく先なんだけどね。これが決定となるか否かは四人の味覚にかかっているんだよ」
「「「「……」」」」
「重く考えないで。普通に食べて美味しいか不味いかだけ言ってくれていいから」
「ま、不味い物があるので?」
「仁菜ちゃんは分かっていて言っているでしょ?」
「……」
仁菜は沈黙して俯いた。
先に味見して何故それを言うのかって気持ちが口に出ただけなのかもしれない。
「気にしなくていいよ。実依も同じ質問をしてくるからね」
「そうなのですか!?」
「それはもう手酷い一言付きでね」
「手酷い一言?」
「作ってくれた人に失礼とか、不味い物など食材を無駄にする料理下手な人しかいないとか、そんな人物を雇うわけないよねとか、捲し立てるように言ってくるからね」
「そ、そうなのですか!?」
「まだ仁菜ちゃんの方が可愛げがあるわね。実依は食物に関しては真剣過ぎるくらい真剣だから仕方ない話ではあるのだけど」
意外な一面があるんだね。
それは先日不可解菓子をコンビニで見つけて、本気で不味いと言っていたけど。
その日は珍しく権能を封じていたとか結依さんから聞いたのだが、肝心の理由を聞けば、店内にナギサ親子が居たためだそうな。
神力が見えるもんね、あの親子。
その時はお金返せと叫んでいた。
本気で罰してやるとまで叫んでいたのは記憶に新しい。
流石に製造メーカーを破綻させるような罰は行っていないと思うけど。
そんな実依さんが失礼なんて言葉を吐く。
正直言って信じられなかった。
ともあれ、私が思案気になっている間も話は進みスイーツを食べてから感想を一枚の用紙に記して欲しいと言われた私達だった。
あとは黙々と食べるよね。
(これ美味しい。口の中で香りが拡がって控えめな甘さを引き立てて、この苦みも)
意外と好みかもしれない。
逆に優羽は苦みが苦手だから渋い顔になっているけどね。
美加は幸せそうな表情でハムスターのように食していた。
仁菜は真剣な表情で味わっては記していたね。
実依さんの話を聞いて負けられないって思ったのかも。
(とろみが凄い。口の中で消えてった!?)
これなんて絶対売れるでしょ?
後を引く味ってこういう物の事を言うのね。
同じ物なら何度でも食べたいかも。
飽きるまで食べたくなるスイーツ。
女子高校生に受けそうな気がする。
(幸せだぁ。姉さん達が知ると怒りそうだ)
これは言えないね。言ったら後が恐い。
私達が真面目に仕事してるのに何してるのよって姉さん達なら言ってくるだろう。
(それがあるから優羽を呼んだのかな? 当番で抜け出せない亜衣達に代わって妹達だけズルいとならないように……)
果菜さんの顔を見れば満足気な様子が見てとれた。
芽依さんは真剣に何かに記しているようだけど。
一通り食べ終えると、
「ありがとう。結果は上々だと判明したよ」
果菜さんが微笑む芽依さんに視線を送りながら頭を下げた。
(結果は上々? 一体何が?)
直後、芽依さんの瞳が輝き美加を見つめてウィンクした。
(未来視! まさか、未来に起きるであろう事象を記していたの? 女神の舌は絶対だから外れることはないと知って?)
女神を魅了するスイーツが人の舌を満足させるのは当然の話だ。
おそらくこのスイーツも何千個もの試作の果てに作り出された物に違いない。
芽依さんは電話を手に取ると職員に「ゴー」判定を伝えていた。
その後、お礼と称する試作品の数々を受け取った私達は最初に入った鏡を通って実家まで戻った。
「これ、普通にコンビニの新作でいいよね」
「買ってきた風に見せないと怒るものね」
「芋はイヤって言ってる亜衣とか」
「「うん。亜衣とか」」
芽依さん達はまだ仕事があるとして後ほど船で帰ってくるそうだ。
「私は姉さん達にも届けようかな」
「ああ、まだ残っているんだっけ?」
「そそ。例の件が控えているからね」
鉄道網の復活とか諸々がね。
引き続き、やることが山積みだよぉ。
山のようなゴミ掃除もあるっていうのにね。
(あれの掃除は長引きそうだけどね)




