第4話 空気は読む物らしい。
一通りの説明を終えた私達は遅い朝食を終えたまま、その場で緩りと寛いだ。
「美味しかったぁ〜」
「生き返った気分だよ」
「ふふっ。ここだけ元の世界みたい」
「実依、また作ってね」
「気が向いたらね〜」
「朝食班は実依ちゃん、君だ!」
「姉さんは何を言ってるの?」
本当なら外に出ていってもいいのだけど、まだ数時間しか経っておらず、外の時間は一切変化していないと思うんだよね。一日でも時が過ぎたら、一秒が過ぎた事になるのだけど。
すると姉さんが思い出したように私に問う。
「ところでさ? さっき投げた聖剣、あちらでは一瞬の出来事になるんじゃない?」
「ああ、そっか。私達が入ったと思ったら」
「ガーベラが誰かの頭蓋骨に刺さって、聖剣が床に刺さったって事だからね。外側から結界内を見たら銀色の膜で覆われているけど」
「私が積層結界を解除した途端、血飛沫をあげて肉塊を大量に拵えるというオマケ付きだね」
「解除したらダメだよ? 結依」
「そんな真似はしないよぉ。いくらなんでも」
「とはいえ、そろそろ等速化したら?」
「あ〜。うん、そうしようか?」
私は姉さんに言われるがまま速度を緩める事にした。
その際に時間加速結界の仕様を知らない、
「え? この銀膜ってそういう代物?」
「ふ、触れたら私達も肉塊?」
「恐っ! めっちゃ恐!」
若結達が怯えながら反応した。
私は苦笑しつつ立ち上がり、銀膜に触れて問題が無い事を明かす。
「ないない。外側との差違で吹き飛ぶだけだから、内側から触っても影響はしないよ。ほら」
「「「なんだぁ〜。びっくりしたぁ!」」」
これは腰が抜けちゃったかな?
私はそんな三人を眺めながら、結界の等速化を行う。緩く速度を落としていき銀膜が薄くなって外の景色が見えるようになった。
「スローモーションのように動いてる」
「凄い・・・こ、これが魔法なんだね?」
「使い方次第で色んな事が出来そう」
等速と化すと止まっていた者達が動きだす。
「叫びが聞こえたのは気のせいだったのね」
「というか未来から聞こえただけかもね?」
未来の声か。姉さんが言った通り外では、
「ハゲの頭頂部にガーベラが刺さってる」
「か、海馬まで突き抜けちゃったかな?」
「私達を売ろうとした罰でいいでしょ?」
「ああ、そうだね。気にするだけ損かな」
私がやらかした件で騒ぎが起きていた。
花咲ハゲはともかく問題は聖剣の行方だ。
私は聖剣の行方を探して、
「あ、女魔導士の股の間に聖剣が収まってる」
泡を吹いた気絶者の付近で見つけた。
先に見つけた結依はケラケラと笑いつつ指をさし、私に状況を教えてくれた。
「男でなくて良かったね。間一髪みたいだよ」
「不幸中の幸いだったね。ローブとスカートが破けて見えてはならない代物が見えてるけど」
「あれも命が救われただけまだマシでしょ?」
私はやらかしもあって苦笑しか出来ないよ。
「それも、そうだね」
すると結依は急に真顔になって女魔導士を見るのを止め、紅茶の残りを飲んだ。
「召喚陣は二度と使えなくなったけど」
まぁ、うん、不幸中の幸いだね。
これで二度と召喚は出来なくなった。
肝心の箇所に女魔導士が立っていて、その部分に認証系の魔法陣が描かれてあったから。
どうもあれだけは遺跡から移設してきた代物みたい。床の色がそこだけ極端に違うからね。
周囲は白磁なのにそこだけ黒曜石だもの。
私も見るのを止めて、残りの菓子を食べる。
「時空を切り裂く聖剣か」
「所有条件は無属性・全属性を持つ者だね」
「そうなると実依が使ったから、本来の力を発揮したと。他の有象無象だと?」
「持ちうる魔力を吸い尽くされて最後は干からびるだけだね。例外は聖剣が認めた勇者だけ」
そう言ったけど、そんな者は居ないと思う。
檻から運ばれてきた勇者達を鑑定したら無属性の字は一切無く、悲しいかな結依の闇属性のみが与えられていた。
そんな大広間でのやりとりは大騒ぎする者達の中で行われた。
私は周囲からの視線に居たたまれなくなり、
「あ、改めて思ったけど」
「ああ、うん。分かるよ」
姉さんに問いかけたけどそっぽを向かれた。
結依も気づいていたのか身体毎、壁際に向いた。あの真顔はこういう事かもね。
「ちょっと空気を読まな過ぎたかな」
若結達も同じく視線をそらす。
「うん。何でここで茶を飲んでんだって」
「睨まれてるね。何処から持ってきた的な」
「何も無いところに豪勢な椅子と机だもんね」
「加速結界解除前に片付ければ良かったかも」
「後悔は先に・・・だよ。実依」
「だ、だよね、うん」
その際に彼らの怒りが伝わってきたので、
「勝手に呼んでおいて怒る方もおかしいけど」
「自由にしすぎた私達にも非があるもんね?」
「それなら、ここらでドロンといきますか?」
周囲へと追加の積層結界を張り巡らせた。
姉さんの白一色で染まった結界内。
表情を改めた私は姉さん達へと提案する。
「この際だから、この姿からおさらばする?」
「それしかないかな? 覚えられたかもだし」
「うん。愛着はあったけど、しばらくは見納めって事で」
「「「それって、どういう意味?」」」
姉さん達もそれには同意だったらしい。
若結達は理解不能だったけど。
私は率先して若結の正面に移動し、
「少しの間、待っててね?」
「ふぇ?」
笑顔で両胸を掴んでグイッと押した。
胸を押された若結はポカーンとしたと思ったら、人形のように力が抜けた。
私は抜け殻となった若結の身体を〈空間収納〉へと片付ける。
すると風結が驚きながら叫ぶ。
「実依って百合の気があったのぉ!」
「無いよ!? そもそもBカップの小ぶり過ぎるおっぱいに揉む価値なんてあると思うの?」
「あ、無いかも」
若結が聞いているかもしれないが今は気にしない事にした。
「はいはい。それどころじゃないよ」
「あ! ちょ、ちょっと! 何処を」
姉さんも苦笑しつつ知結のDカップを背後から揉んで押し潰した。
こちらも同じく人形のように力が抜けた。
別にスイッチが胸にあるってわけではない。
姉さんも〈空間収納〉へと身体を片付けた。
最後に残る風結は状況が読めないまま迫りくる結依から逃げ出した。
「ま、待って! わ、私も、私もBカップの小ぶり過ぎるおっぱいだから! 揉む価値はないから!」
「それ、自分で言ってて悲しくならない?」
「うっ。なるかも」
すると観念した風結はTシャツを捲ってピンクのブラを私達に晒した。
「や、やさしくしてね?」
それを見た結依は呆れ顔になり、
「そんなつもりは毛頭無い!」
「ぎゃん!」
胸に手を伸ばさず右足で風結の股間を蹴り上げた。こちらの方が一番酷いよ。
「ユ、結依ちゃん、方法が・・・」
「違う方法は無かったの? 結依」
「私はノンケです! 分かった?」
結依はそう叫びながら身体を〈空間収納〉へと片付け、明後日に声をかけた。
ああ、今は何を言っても無意味と。
すると姉さんは溜息と共へ私達に問うた。
「しかしまぁ、自発的に出られない者が相手だと手間だね?」
「あー、うん。ちょーっと、硬かったね?」
別におっぱいが硬いとかではないよ?
おっぱいは小ぶりでも柔らかかったし。
「長いこと繋がっていたからでしょ?」
「生まれてからずっとだもんね」
「ともあれ、私達も」
「「だね」」
私と結依は姉さんに応じつつソファーへと座り、自意識を内側に向けて、出た。
それは十六年も宿っていた憑依体からの放出だ。久方ぶりの虚脱感と浮遊感が身体を襲う。
『おっと! あ、若結、ごめんね』
私の隣に素っ裸の若結達が居た。
『『『こういう事なら先に説明してよぉ』』』
どうも、私達の行動を見て、察したらしい。
この反応はおそらくだが定期的に母親が無気力になる瞬間を目撃していたのかもしれない。
その時は外に出ていたもんね、あの子達も。
姉さんは仁王立ちで自身の身体を見つめる。
『久しぶりの開放感!』
結依はそんな姉さんを呆れた顔で見つめて自身の身体を〈空間収納〉へと片付ける。
『姉さん、見えてるよ』
私も身体を〈空間収納〉へと片付けたのちソファーやらテーブル類を片付けた。
『つんつるりんが丸見えだよ』
『こちらの身体だとデフォでこうだよね?』
姉さんは身体を〈空間収納〉へと片付けて周囲に張っていた積層結界を完全に霧散させた。
一方の私は白い僧衣を羽織って答えた。
『そういうものなんだと思う』
こればかりは私達も分からないしね。
成長しても無かったからね。憑依体にはあったのにね。不思議だよね、ホント。
ちなみに、この姿の時の私達の姿は髪と瞳の色が異なっていた。魔力色と言えばいいかな?
姉さんと若結は、
『実菜がプラチナブロンドだぁ!』
『何? 似合わないって言いたいわけ? 若結だって空色がかった銀髪だよ?』
『ふぇ? あ、ホントだぁ! ショートヘアだと分かり辛いけど・・・』
『あとで鏡を使って見せてあげるよ』
『う、うん』
どちらも黒髪だった頃の印象が強すぎて変化が半端なかった。瞳も碧瞳と空瞳だしね。
結依と風結は、
『結依は銀髪? 紫がかった?』
『そういう風結は目が痛くなるような金髪だけど?』
『え? ショートボブだから分からないよぉ』
『あとで鏡で見せてあげるよ。光らせながら』
『ふぇ?』
うん、見慣れた結依はともかく風結は目が痛くなるような金髪だね。
艶の無い金髪ではなく艶のある金髪だ。
元が茶髪だから変化が目にくるね。
瞳は紫瞳と金瞳だ。眩しいのは瞳もあるね。
最後に私と知結は、
『実依は緑がかった金髪だ!』
『そういう知結は茶金髪だよ』
『え? あ、本当だ!』
『ハーフツインだった事が幸いかな』
『あれ? 瞳も赤いよ?』
『そういうものなの。知結だって茶瞳だからね』
『そうなんだ。瞳だけは見えないよ。あとで』
『鏡だね。三人同時で見せたらいいでしょ』
会話にあるとおりの変化が見えた。
黒髪黒瞳からの変化だけは慣れないけどね。
なお、僧衣を着ているのは私だけで、五人は素っ裸のままだ。私だけ恥ずかしいのだけど?
『それよりも、姉さん達、神装着たら?』
『『あっ!』』
どうも、忘れていたらしい。
それか開放感に浸りたかったのかな。
姉さん達は慌てて神装を羽織って知結達に着方を教えていた。
『先ずはイメージね』
『そうそう。あとは』
『『『形を作る』』』
全員が羽織り終えると私達の意識は宮殿内へと向かう。
姉さんは自由に飛び回り、
『おぉ! 大騒ぎだぁ!』
ハゲ頭のガーベラを更に奥へと押し込んだ。
抜けない状態へと永久固定したともいう。
私は一人でひな壇に立ちお辞儀した。
『乗客の皆様、ごめんなさい』
一応、しておかないといけないと思って。
周囲には心配そうな風精霊達が居るしね?
一方の知結達はごそごそと何かの準備を行う結依に問いかけていた。
『あの人達ってこのあとどうなるの?』
『お供として戦いに向かうんじゃない?』
『そうなんだ。子供連れも居るけど?』
『これも巻き込まれた結果と思うしかないね』
『なんか酷な話だね?』
『冷たいようだけど、これが現実だから』
そう、これが現実だ。
逃げる事も戻る事も出来ない。
強制的に異世界渡航が行われ帰還すらさせて貰えない死地の旅が始まるのだから。
いくら私達が神であっても彼らを戻す事は出来ない。担当する部署的な話があるからね。
それこそ魔導神の気まぐれにかけるしかないだろう。魔導神の結依ちゃんに。
すると結依が手元へと何かを創りだす。
『出来た!』
それは辞書のような分厚い書物だった。
あれは何らかの魔導書か何かかな?
魔導神の権能を使って創ったぽいけど。
『とりあえず、子供連れの親子と老婆、腰を悪くしたバスの運転手だけを照準!』
『結依は何をしてるの?』
『ん? 照準した相手を送還させるの』
『『『は?』』』
ああ、送還陣を用いたのか。
気まぐれが作用して戻される者が決まった。
魔法陣が失伝していても結依には片手間で出来るから。照準後は付与の除去と記憶消去が行われ、輝きながら世界から消えた。
『四十人中、三十七人の強制送還完了! 送還地点は深夜の駅前ロータリーね。今回は夢と思わせておいたよ。まぁ事故の記録があるから神隠しとかいう大騒ぎが起きると思うけど』
私と姉さんは結依の元に戻り、
『あらら、殆どが戻ったね』
『それで、ナンパ男達を残した理由は?』
理由を問いかけた。
すると結依は困り顔で答えた。
『闇精霊達に惚れられているから』
『ああ、眷属の願いを聞いたのね』
『あんなのが好みなんでしょ? 知らんけど』
最後に宮殿内では私達以外にも勇者のお供が消えた事で、大騒ぎなまま捜索が行われた。
一体全体どのような思惑で召喚したんだか?
私達は呆れのあるまま宮殿内を見て回る。
すると若結が心配気に、
『ところで肝心の魔族は攻めてきてるの?』
のほほんと宮殿観光する私達に問いかける。
『全然。平穏な生活をしてるみたいだよ?』
『魔王だけ強者を求めて剣を振ってるけど』
『あとで挨拶に行こうかな? 戦いたいなら』
『姉さんの一人勝ちじゃないの? それ』
『互角だと思いたい。前は引き分けだったし』
姉さんと魔王って顔見知りだもんね。
脳筋仲間かと思うような関係だけど。
そんなやりとりに知結は愕然とした。
『は? それなら勇者召喚する意味あるの?』
『この国の為政者次第じゃない? 知らんけど』
『それなら私達って』
『巻き込まれ損?』
風結の言う通り巻き込まれ損かもね。
私達はまぁ、戻ろうと思えば戻れるけど。