第28話 統合には準備が必要。
Side:芽依
結凪と共に嬉々とした姪っ子を門前で見送った私は先ほどの話を口走る。
「あの子の母親ってどんな人物かしら?」
「兄さんが怯えるドSっぷりよね?」
母さんの全盛期もドSが酷かったと聞く。
現状は鳴りを潜めているがドSには変わりない母さん。
そのドSを色濃く受け継いでいるのが彼女……幹菜の母親らしい。
実菜もドSな一面があるけどね。
「兄さん曰く、近いうちに会うとかなんとか」
「それを聞くと会いたいとは思えないわね?」
「思えなくても別人格との統合後は会うしかないと思うけど?」
結凪からそう言われた私は微妙な気分になった。
「それがあったか……」
私達の個を成している人格は生来のもの。
そこに別の経験を得た別人格を統合する。
別神を自分自身と統合する行為は正直気分の良いものではない。
これが実菜ならば嬉々として体験したがるけどね。
「そもそもの話、神核統合は何度もやっているでしょ?」
「そうなんだけどね。あのジワジワと記憶が置き換わる感覚は慣れないっていうか」
「まぁ分かるけどね」
「……」
自分の事なのにドライな結凪。
(これも医者としての価値観故かしら?)
私達は父さんの世界の門を潜り、神界から未来の世界へ向かう。
過去の世界に移動しても意味が無いからね。
過去の私達が居るのは地底だし。
娘達の待つ家へと戻り、
「「風結で力で急速充電開始!」」
「ちょ!? 私は発電機と違うから!」
「落ち着きなさい。力に慣れるためには必要な事だからね? 風結」
「母さんまでぇ!?」
何とも言えない空気感にポカーンとした。
片方は風結にコードを巻き付けてスマホの充電を行っていた。
吹有の監視下で結依と実依が。
片方は充電後のスマホ片手に実菜と果菜が若結達の相談に応じていた。
「充電が叶ってもメッセージの受信は出来ないよね。行方不明のままになってそう」
「あちらの友達との連絡が出来ないね。なら、あちらと繋げるしかないかな?」
「「どうやって?」」
「空間的な何かを足すとか?」
「母さんに言えば何とかなりそうだけど」
残りの妹達はそんな姉達と妹達の様子を眺めつつ興味津々な様子で沈黙していた。
「「「「「「「……」」」」」」」
見知らぬ道具を持って騒いでいるものね。
「全員がスマホに集中しているわね」
「薄い画面でどうやってって感じか」
「ある意味での浦島太郎状態よね」
「そうね。非常識の塊みたいな?」
「あっ」
私は結凪の発した非常識の塊を聞き不意に不安になった。
母さんの世界の常識、それを部分的でしか知らない七姉妹。
私は不安気なまま結凪に問う。
「この子達の学歴とかどうする?」
「義務教育まではなんとかなるでしょうけど」
「高校に入学させないと詰むわよね?」
「あの国で過ごすなら……だけどね?」
「仮に完全統合して、あちらの世界で過ごさせるだけなら、要らない常識になりそうだけど」
「でも、異世界人を召喚している以上は必要じゃない?」
「あー、多少なりに必要かぁ」
実菜を含む義務教育終了勢ならともかく、父さんに命じられてこの世界で転生した七人には酷な話に思えた。
それ以前の話を聞いても兄さんとあちこち飛び回ったという。
平和を享受してきた実菜達と違い、兄さんの神罰を常に見てきたあの子達は少々異質に思えてならなかった。
神としては正しくとも人の世界で生きるならば物足りないのよね。
「先ほど兄さんが言っていたでしょ?」
「買い出しは兄さんがやっていたって話ね。この子達は本当の意味で」
「神罰の手伝いとして共に居ただけ」
「準備の出来ない手駒でしかないと」
中途半端に力があるだけの女神。
「駄女神と呼ばれても不思議ではないわね」
「その駄女神が発端であれこれあったしね」
お陰で実菜達の高校生活も破綻した。
数日後には転校手続きのすべてを終えないといけないのよね。
面倒だけど。
「そうなると役所に願い出るしかない?」
「公立だから叶うか分からないけどね」
私の言う願い出るは島内に分校を拵えて良いかどうかの話ね。
実菜を含む六人のために設置が叶えばいいが、移動の足がある状況で許されるとは到底思えなかった。
小学校ですら私達が交代して送迎したもの。
定期便に乗って行き来した事もあるわね。
「果菜に相談して私立でも立ち上げる?」
「それは学校法人として?」
「それが手っ取り早いわよね」
公立は役人共が偉そうにしそうだもの。
私立の資金源が果菜か結凪ならばとやかく言われる事はないはずだ。
すると結凪は微妙な表情になる。
「経営ノウハウが無いのに出来るかしら?」
「そこは実菜に丸投げで」
「知神故、か。あるかしら経営学?」
私達の会話を聞いた実菜が、
「あるよ!」
と言って果菜との会話に戻った。
「そこだけ聞き取れるって相当だね。姉さん」
「そう?」
「「実菜がハンパない!」」
自分の話だから耳に入っただけだろうけど。
「あるみたいね」
「伊達に無駄知識を蓄えているだけはあると」
「無駄とか言うな!」
「聞こえたみたいね」
ともあれ、学校法人の件は後ほど母さんにも相談する事にした。
大地主にも話を通さねば勝手な事は出来ないからね。
というか⦅いいわよ!⦆なんて念話がきた。
母さんとしても何らかの思惑があるようだ。
「統合前に義務教育レベルの授業と一般常識の授業を行うしかないようね」
「それで、誰がするの?」
「言い出しっぺの芽依でしょ?」
「やっぱり?」
「芽依以外に誰がやるのよ?」
「そこは結依とか?」
この中で一番知恵が回る者だし。
単位を簡単に取得してお休みを頂きそうなほど頭が良いのが結依だ。
「結依は言わずともやりそうだけどね。ほら? 頷いているし」
「なるほど。おバカな妹達を締め上げると」
「なんでよ!?」
「そうなると私と結依で教えるしかないわね。お股の緩い子は実菜に丸投げだけど」
「ゆっ!?」
緩いと聞いて顔が真っ赤に染まったわ。
「実菜と同一系統だものね。質問に質問で返しそうだわ」
「それ以前にスポンジの如く吸収すると思う」
「知神の権能か」
「活かせばいいけど今は活かせていないもの」
今のところは、ね。
「ぐっ」
「ぷぷっ。姉上言われてる」
「うっさいわね!」
下の妹に揶揄われているし。
こういう面は実菜と結依の関係と似ているかもね。
◇ ◇ ◇
Side:吹有
昼食後、小学校と中学の教科書等を実家から持ってきて七人の授業を開始した。
高校の授業は下地が出来てからね。
「三人に対して一人が教える、か」
芽依は由良、仁菜、美加の三人。
結依は亜衣、優羽、玲奈の三人。
一人に三人、個別指導にも似た授業方針ね。
片方の教室は結依の個室となった。
「「広い!?」」
「私達の部屋よりも大きい?」
「単に空間を拡張しただけよ」
「「「……」」」
結依の部屋に関してはそうなっただけよね。
芽依の部屋は品物が多いからリビングで行う事になったけど。
「はいはい。そわそわしない」
「「「はーい」」」
「今から一般常識の授業を行います」
「「「……」」」
「基礎教養はあとでね」
「「「はーい!」」」
「現金な」
例外は知神の特性を示す深愛だけだ。
「お股の緩い深愛は姉さんね」
深愛は同系統の実菜が教える事になった。
「お股の緩い子は懇切丁寧に教えるよ」
「それは折檻付きで?」
「もち、折檻付きで」
「ひぃ!?」
折檻されているからか怯えが見えるわね。
「はいはい。行くよ〜」
「待って! 見えちゃう、見えちゃうからぁ!」
「見えてもパンツだけだよ」
「それでも、嫌ぁ〜!」
「はいはい。静かにね」
実菜は深愛の両脚を持って外へと出ていった。
(あれは課外授業かしら?)
この二人はやられたり、やり返したりしていると母さんからの念話で知ったけど。
同族嫌悪というより類友みたいな関係だ。
「統合前と統合後でどうなることやら?」
「キャラが変化するのは確かでしょうね」
「良い意味でも悪い意味でも、か」
「姉さんの知欲は落ち着くかな?」
「「「……」」」
「なんで無言?」
残りの三人……娘達の面倒は私が行うけどね。
実菜から三バカ女子と呼ばれていたと聞いたから。
成績を知ったら少々頭痛がしたもの。
このタイミングで再教育が叶ったのなら時間遡行する事になっても教えようと思った次第である。三人は夏季休暇の課題が無いからね。
最後に実依と結凪と果菜は母さんの元に向かう事になった。
「さて、私達は戻りましょうか」
「あー。私立の件ね。りょうかい」
「ところで私って必要?」
「学食の件で相談があるのだけど」
「学食! 行く! 行くよぉ!」
「「現金な」」
生徒である前に理事になりそうな実依は元気一杯、門を潜って行った。
「「じゃ、行ってくる(わ)ね」」
「行ってらっしゃい」
◇ ◇ ◇
Side:実依
私達は門を通り抜け神界に上がった。
学食の相談と聞いて付いてきたけど、
「やっぱり慣れないね。この感覚は」
「時間遡行はあまり使いたくないよ」
「今は留守中だからいいけどさ」
時間遡行は色んな意味で酔うね。
「母さんは居るかな?」
「もう戻っている頃合いだと思うけど」
「戻っているって?」
「今の私達では通り抜けが出来ない門ね」
結凪はそう言ってもう一つの門の看板を眺める。
理解は出来るが読めないね。
「統合後じゃないと許可が下りないみたい」
「扉に触れても跳べないもんね」
「結凪が言ってた女の子は通ったと」
「許可が下りていたみたい。流石に憑依体は置いていったけど」
結凪は小柄な女の子の憑依体を〈空間収納〉から取り出して示した。
その憑依体は銀髪ツインテールで大変可愛らしかった。
服の趣味は結依っぽいけどね。
結依とは意見が合いそうだね。
羨ましいよ、本当に。
「この憑依体はどうするの?」
「再利用するそうよ」
「「再利用?」」
再利用が理解出来なかった私は果菜と共に結凪に付いて行った。




