第26話 秘匿主義は迷惑よね。
Side:結凪
二つの世界の同期が完了した。
母さんの求める期日まで残り一週間というところで全て終わって安堵した私はあちらに残している仕事を思い出し……一人で戻った。
「これは時間遡行する必要が……ありそうね」
それは今から一週間前の事。
私達が地下神殿へと入った頃合いに戻る必要がある。
予定よりも長い間、島を離れていたから、いざ戻ってみたら手酷い事になっていそうな予感がした。主に副院長と理事とか諸々の面倒な案件よね。
盆前会議があるのに娘を優先したから叱られるのは目に見えて明らかだった。
「家の留守中に戻る形になるから出くわす事は無さそうね」
過去の私に出くわして何か不都合が起きる事は無いが、出会っていない記憶と出会った記憶の齟齬が発生して混乱するのは明らかだった。
これがあるから安易な遡行は出来ないのよね。
過去の出来事を思い出して最良の時期を都度選択しないといけないし。
私は父さんの世界の神界、大扉前に立つ。
そこにある大扉を通り抜け過去へと戻る。
姉さんと結依は頻繁に通っては何度か過去改変を行っているが、
「何度となく通っているけど慣れないわね」
私は過去改変を好まない。
未来は不確定故に変に弄ってゴタゴタさせたくないだけだ。
一週間前の過去に戻って様子見中の両親の背後を通り抜け──母さんが気づいてウィンクしてきたし──敷地内の診療所へと向かう。
「診療所と言っても名ばかりよね。いい加減人を雇わないと……この島には私達家族以外の住民が居ないから意味は無いけどさ」
意味は無くても必要だから置いている。
私達が怪我する事は無いが、いつ何時島外から見知らぬ役人が訪れるか分からないのだ。母さんが無人島を開拓して人が住めるようになって、私達の戸籍をこの島に固定した。その時点で国のお偉いさんもとい集落の代議士や役人が目を付けてきて、あれやこれやと文句を言ってきたのは記憶に新しい。
(役場を設けて交代で職員が常駐したりね)
私有地ですって言っても何処から資金がーってあれこれね。
神の力で創ったなんて伝えればいいが、それをした途端に異国の代弁者共が黙っていないから、面倒なことこの上ないのだ。
「母さんの世界の住人は融通が利かないわね」
それはともかく、我が医療法人の所有物でもある診療所。
その中の一室に入り遠隔手術の準備を行う。ここは手術室に似せた部屋。
中心のベッドは手術用の神器だ。これは本院の手術室と人の目には見えない神力を通じて常時やりとりが可能となっている。
一応、誤魔化しとして光ケーブルなどを海底にも通している。
それを実際に使うのは姉さんとか娘達の暇潰しくらいよね。
「では始めましょうか」
『『『よろしくおねがいします』』』
私の目前に神器経由で患者の皮膚が映し出される。
患部を神力操作だけで切り開いていく。
すると私の耳元に聞き覚えの無い声が届く。
『こ、これが遠隔……だと?』
ああ、そういえば余所の大学病院から視察が入っていたわね。
遠隔手術の機械が欲しいとか何とか言って。欲しても差し上げないけど!
(たかが人如きに使える代物ではないもの)
一通りの手術を終えると通信を切ってひと息入れる。
紅茶を淹れて結依が焼いたパンを〈空間収納〉から取り出して口に含む。
「地味に美味しいパンよね、これ」
芽依が新たな商材とか何とか口走りそうなほどに。
それはともかく、私は忘れていた懸念を思い出す。
「入札価格がどうとか言ってそうね。これはこれで悩みでしかないわ」
副院長もこれを売れば名声が高まるとか何とか言って聞かなかったっけ。
それを断固拒否して父さんの世界に移動したから忘れようとしても忘れられない話になったのだ。
「人の命で金儲けしようとは思っていないのだけど」
人々を救う。それが私個人の使命だ。
それでご飯を食べるつもりはなくても人を雇用する以上は必要だった。
「やはり適当なところで経営権の移譲かしら」
この世界で過ごすのはあと数年。
知結が高校を卒業した頃合いから本来の仕事を行わなければならない。
それはあちらに残った芽依と吹有と果菜も同じ。
必ず誰かに経営権を移譲して離れる時が訪れる。
そもそも私達に寿命と死の概念は無い。
この世界の人々には寿命の概念があるので必ずと言っていいほど死が訪れる。
死を偽装して離れるのもいいが様々なゴタゴタが勃発して島の土地問題にまで波及するから安易な離脱が出来ないのよね。
「それこそ大地主である母さんがそれらを罰して無かった事にしそうだけど」
パンを紅茶で流し込んだ私はそれらの後始末を行って診療所を出て行く。
すると神社の境内に見覚えの無い一人の女の子が立っていた。
「あら?」
銀髪碧瞳、小柄なのに胸の大きな女の子。
彼女は昔見た……母さんの幼少期の写真にあった容姿とそっくりの女の子だった。
(神装を着たまま……そういう?)
その子はキョロキョロと周囲を見回して何かを探しているようだった。
私は気になったので声をかける。
「そこの貴女。大丈夫?」
『あっ……あ? あー!?』
何故かきょとんとして叫んだ。
一体何があったのだろうか?
『え、えっと……結凪さんですか?』
「ええ、そうだけど」
何故私の名前を知っているのだろうか?
初対面のはずなのにね、不思議だわ。
『よかったぁ。外に出て困ったら貴女を頼っていいと言われて』
「それは誰からなの?」
『えっと……お婆さまから?』
「お、お婆さま?」
はて? そんな人がこの島に居たかしら?
この島でお婆さまと呼べる容姿は母さん?
本人にお婆さまと呼ぶと焼き芋が飛んできそうだけど。
私はスマホを取り出し父さんに連絡を入れる。
母さんが何か知っていそうだから。
『あ?』
「どうかした?」
『い、いえ』
おかしな反応ね?
『スマホ見てあーだこーだ聞いてきたのに? スマホに慣れている? なんで?』
この子の言っている言葉の意味は?
「父さん。母さんは? え? 出かけてる?」
連絡を入れたら外出中とあった。
私が手術している間に何かあったのかもしれない。
姉さんに連絡を入れようにも繋がらないので、私は父さんとの電話を切ってこの子に応じようと思った。
「とりあえず……肉体に宿らない?」
『にくたい? あ!』
神体のまま世界を彷徨くのはちょっとね。
世界には母さんの下で働く下級神が居て、やたらとちょっかいをかけてくるから。
私は女の子の容姿で新しい憑依体を創る。
『わ、私の身体?』
私達も余程の事がない限りこの姿で出歩く事は無い。
精々、先日母さんに押し出された芽依くらいね。
神社の境内で行う事でもないけど人気など元から無い島だ。
仮に見られたとしても当事者の記憶を消せば問題は無い。
「裸だと可哀想だから何か希望はある?」
『え、えっと……ゴスロリで』
「それが好みなのね。確か、結依の私物にそれっぽい服が載った本があったはず」
私は社務所へと入り随分前に結依が購入していた雑誌を彼女に示した。
「この中から選んでね」
『あー!? 私の知らない最新刊!』
「さ、最新刊?」
これは結依が試験休みに戻ってきて置いていった雑誌だ。
それも例の大規模失踪事件後にあった試験休みで。
(在校生には関係ないという扱いだったわね)
保護者説明会でそれを聞かされたのは記憶に新しい。
結局、学校法人は潰れ、数日後には戻ってくる事になり数日前の召喚騒ぎに発展。
彼女は最初から最後まで黙々と読むふける。
彼女の知らない最新刊だからだろうけど。
『あ、あのすみません。これで』
「その服でいいわね」
私は指で示した服を神力で編み上げる。
裸のまま横たわる憑依体に着せた。
「じゃ、宿ってね」
『は、はい……えっと』
「宿るって意識して」
『あ、はい』
重なるように横になりスウッと宿った。
スキルなど存在しない憑依体だが問題無いわね。
母さんが授けるスキル群はこの世界で生きていくには不要過ぎる物が多いから。
「違和感がまるで無い!」
「その言い草はどうなのよ。ところで何用でここに?」
「ああ、そうでした」
彼女は教えてくれた。
どうも忘れ物があるとの事だ。
「そうなると……ところで貴女、名前は」
「ああ、そうでした。えっと、私はマキナっていいます」
その名を聞き、私は思い出す。
それは以前、姉さんへの伝言を受け取った際に、母さんから聞いていた名前だ。
なんでも私達には二人の姉と姪っ子が居るという。
その時はあまりの事に思考停止して忘れていたが、
「貴女が……」
その姪っ子と出くわして思い出すとは思いも寄らなかった。
これは母さんが発した意味深な言葉の一つでもあったけれど。
「そうなると、身分証が必要になりそうね」
忘れ物がどういう代物か知らないがそれを寄越すにあたり身分証は必要不可欠だ。
所在不明な人物が安易に行き来するのは不可能に近い世界でもあるから。
「身分証?」
「戸籍、ともいうけど……今は私達しか居ないけど、島の役場に向かいますか」
「やくば?」
この子の反応は戸籍の有無を知らされていないみたい。
「役場の職員が今日は居たはずだから」
「はぁ?」
役場に着いて母親の名を記してもらう。
「ああ、名字は知らないか」
「名字?」
「代筆でもいい? 身内だし」
「ええ、構いませんが」
私は母さんから聞いていた姉の名前を記していく。
彼女は目が点となり口が何度も開いたり閉じたりしていた。
(神月夏音。長女と次女の戸籍か……)




