第22話 不調の原因は愛娘?
〈八月三日・午後六時〉
それからしばらくして結凪が戻ってきて風呂に入ったのち自室で眠った。
今は休めない状況だからか戻ってくるなり、
『内部時間のズレは早々に解明してよね?』
栄一さんに文句を垂れていた。
それを聞いた栄一さんは娘に対して土下座で謝っていたが、内部時間のズレが起きていた事だけは私も彼も寝耳に水だった。
「だから、合流までに十二日もかかったと?」
「内部時間との差はどれくらいなのかしら?」
「結凪が目覚めたら聞いてみるか」
「それがいいわね。あの子も仮眠が済めば深夜勤務に向かわないといけないし」
もし、相当なズレが発生していたなら、あの子達の動きの機敏さから、おおよその状況が理解出来ると思う。私達は世界の外側から監視する事しか出来ないけれど。
◇ ◇ ◇
〈八月三日・午後十一時〉
日付変更前に目覚めた結凪に対してズレ度合いを問いかけると私と栄一さんは自身の耳を疑った。
『内部の五分が外の一時間に相当して、内部の二時間で外は一日が経過するわ。現時点での内部は午前十時前でしょうね。午前九時過ぎに戻ったら午後七時前だったし』
問いかけてズレ具合が判明したのだ。
しかもとんでもないズレが起きていた。
「内部の十時と十一時が八月四日って事よね?」
「ああ、これは相当不味いぞ……」
通常なら同期していてズレなんて無かった。
私達が調査に乗り出した当初は同期からズレて八時間くらい進んでいたけれど。
あの子達が召喚された時間が午前零時丁度。
これは私の管理神器から得られた記録だ。
対してこちらの記録は午前八時と出ていた。
調査の際にログを拾うと、そういう風に記録が残っていたから。
私が芽依と見た時は遅延中だったのに、元々は進みすぎていたのだから何が起きたのか定かではなかった。
「それこそ大陸核に負荷が掛かったとしか」
「一体どのタイミングで掛かったのか?」
厄介な事に負荷が掛かった時点でログも消えており、こちらからの調査はそれで終わってしまった。
一体、何が起きてそうなったのか流石の私達もこればかりはお手上げだった。
私は自身の管理神器から不可思議なログが残っていた事を思い出す。
(そういえば、出発地点に出現していたわね)
それは召喚されていた者達の内、三匹とあの子達を除く乗員乗客の行方だった。
時刻は深夜、召喚時間より少し経った頃合いだ。
(もしかして、それがズレの原因になった?)
戻せるか戻せないかで言えば、戻せる。
戻すには魔導神の力が必要になってくる。
(となると、結依なら可能よね?)
曲がりなりにも魔導神だからね、あの子は。
ただこれも、大陸核の不調に繋がっているのかは定かではない。
やっぱり地底に降りて調査してもらうしか手はないだろう。
私達は出勤する結凪を見送り、
「あの子達も調査する気満々だし、残りの確保が叶ったら向かうよう結凪に言付けしておきましょうか」
「見ているだけしか出来ないが」
玄関先から自身の仕事部屋に戻った。
栄一さんのぼやきだけは何が何でも叱らねばと思ってしまったが。
「何を言っているの? 見ているだけでも出来る事はあるわよ? 大陸の各所を私の身体に似せる暇があるなら異常にも気づけたはずよ?」
「うっ。す、すまん」
「詫びるくらいなら普段から気をつけてよね」
「き、気をつける」
本当に気をつけるかどうかは今後に期待かもね。
別れるなんて真似は流石に出来ないけど。
数万年以上も一緒に居るのだし、私のような年寄りを娶る男神も居ないだろう。
(自分で年寄りと認めたら負けね。まだ私は現役よ。お腹から子を産む事も可能よ)
可能といえど無駄に増やし過ぎると怒られるので一定間隔で産む事にしているが。
調査がひと段落したので、
「時間もあれだし私は回収していたカノちゃんのスキルをあてがいに向かいますか」
こちらでは出来ない対応に乗る事にした。
それは実菜達に教えていない長女への対応だった。
長男はそれを十全に使ってこちらの世界の掃除に勤しんでいるけれど。
私が出掛ける準備をしていると栄一さんが隣室から声をかけてきた。
「確か、夏音があちらに居るんだったか?」
「そろそろ必要な頃合いだったからね」
「やはり、あちらで過ごさせるのか?」
「寂しいの? 長女が居なくなって?」
「寂しくないと言えば嘘になる」
私と愛し合って産んだ子でもあるものね。
長男は栄一さんに似ている。
長女は私に似ていて神格からしても同じだ。
「いずれ実家に顔を出す日が訪れるわよ」
「明日華さんの言う事なら間違いはないか」
「私の二代目ですからね? この世界を任せる事は出来ないけど。ただこれもポンコツ率の高い、あの子達の監視役にでもなればと思っての対応よ。だから仕方ないの」
「な、なるほど」
本人は自由奔放だから縛られる事を好まない性格をしているけどね。
私が自由奔放なら夏音は私を模しているようなものだ。
◇ ◇ ◇
〈八月四日・午後十一時〉
その後の私は長女達が過ごす世界に移動して、そこに置いてある複製神核よりスキル再付与を行った。そして本人が気づく頃合いまで封じて私の世界へと戻ってきた。
「あの子達に焼き芋を届けたら喜んでいたわ」
「だがそれも、しばらくしたら文句を垂れそうだな。今は従順でも統合されるから」
「それはそれで仕方ないわ。それで、あれから変化はあった?」
「吹有が奴隷商を滅していたな」
「そう」
およそ一日家を空けていたが想定通り内部時間は進んでいなかった。
(やはり時間の遅れが目立つわね……)
ちなみに、結凪も家に帰っていたようで、今はあちらに降りている。
今回は休みを得たのか、対応策でも考えたのか、それだけは定かではなかった。
私は冷蔵庫より焼酎を取り出して晩酌の用意を始めた。
合間に吹有が良からぬ事を考えていた事に気づいたので栄一さんが隠している代物の存在を念話して身悶えさせた。
用意を終えて結凪の選択を問うと、
「それで結凪はからはなんて?」
「島内から遠隔対応するそうだ」
実にあっけらかんとした返答をいただいた。
しょんぼりしている風にも見えるけどね。
「こちらを最優先したのね」
「それもあるが、娘と一緒の時間を、な?」
「子離れが出来ていないのね」
「私達に言う権利があるのか?」
「無いわね」
かく言う私達も子離れが出来ていない。
出来る限り近くで様子を見ていたいって思うのが本音だもの。
私の世界に居れば神器で様子見が出来たから良かったが、今は長男以外は居ないのよね、全員が。
(そう思うと少し寂しいわね……)
だけど、それは娘達には言えないでいた。
言うと親の威厳が損なわれてしまうから。
私と栄一さんは引き続き、
「吹有達が魔物と戦っているわね」
「こんな草原に迷宮の魔物が居るだと!?」
晩酌を楽しみつつ様子見を続行した。
大陸核の不調が迷宮にまで及んでいる事に絶句してしまったが。
「これは本格的に調査してもらわないとダメかもね。それで言付けはした?」
「大丈夫だ、問題無い」
「それは死亡フラグよね」
「本当に大丈夫だぞ?」
「創造神が死亡フラグをおっ立てた事だけは分かったわ。それは世界の死か、内部に居る者達の死か分からないけど」
「うっ」
その間も吹有達の救出は続き、回収すべき娘は残り一人となった。
「果菜は玲奈を後回しにしたか」
「大陸核の調査もあるから同時に拾うつもりでしょうね。それが吉と出るか凶と出るかは不明だけど。現に創造神が死亡フラグを立てたから悪い方に進みそうで恐いわ」
「うっ」
「一応でも神なんだから言葉は選ぶ事ね?」
「あ、ああ。そうだな、反省だな」
栄一さんは自分の神格を忘れている気がするわ。
私に次いで世界創造を可能にする者なのに。




