第20話 せっかちが過ぎるって?
大森林を通り抜け昼を過ぎた頃合いで海岸線の見える平野が私達の前に拡がった。
そこは父さんの管理する神器で言うところの母さんの肩甲骨付近だ。
目的とする場所はそこから先、海を隔てた丸い島に存在する。
例えるならマネキンの頭から太腿の手前までの背面で横たわった姿が父さんの管理する世界の全容だ。母さんの背格好が元だとしてもね。
今は海のお陰で視認こそ出来ていないが、水中にも顔や巨乳、へそ等が存在する。
あちらでは布で隠して見えていないけどね。
私は大森林との境にある草原へと入り、
「一先ず、ここで一旦休憩ね」
「はふぃ、疲れたぁ〜」
簡単なコンロを創ったのち近くに置いた。
私は慣れているから平気だったが風結は強行軍だったためか少々お疲れ気味だ。
私は〈空間収納〉内にて解体した赤猪肉を串に刺しつつ風結に問いかける。
「今から魔物肉を焼くけど食べる?」
その肉はきちんと血抜きしたうえで外世界から持ち込んだ焼肉のタレで漬け込んでおいた物。全て〈空間収納〉に入れておけばスキル連携で願った通りの下拵えが出来るからね。但し、少ない数を串に刺す事は出来ないけれど。
すると風結は何かを思い出し、
「あ、頭の中身以外なら食べる」
顔面蒼白となりながら呟いた。
それを聞いた私は怪訝なまま問いかける。
「頭の中身? 何それ?」
「マ、実依が大トカゲの……」
何となく理解出来た私だった。
「ああ、言わなくていいわ。提供したのね」
「うん」
若干、頬が引きつったわね。
実依は素材神故か極端な無駄を嫌う。
それでも可食部位のみを選ぶので危険性は無い。
ただね、元が何か聞くと確実に詰むので誰であれ問いかける事はない。
おそらくこれも姉さんがポロッと聞いたのだろうけどね。
実家での実依は余程の事が無い限り、権能を封じたままだったから。
普段は提供物を残さず食べて、ごちそうさまと笑顔になるだけだもの。
好き嫌いはなく常に味わって食べるのが実依だ。
その分、怒らせると姉妹の中で一番恐い。
実依のゲテモノ被害にあった娘を一瞥しつつ私は静かに肉を焼く。
「……」
「……」
ジュウジュウと肉の焼ける音と香ばしい香りが周囲に立ちこめる。
煙は一応、上空へと流しているので私達の周囲に溜まる事はない。
その際に忘れ物があったので、
「じっくり焼いている間に付け合わせを」
隣に簡単な炊事設備を創ってトントントンと持ち込んだ野菜類を刻んでいく。
すると風結が私の後ろ姿を眺めて呟いた。
「か、母さんみたい」
それを聞いた私は勢いでツッコミを入れた。
「私は風結の母さんでしょうが!」
「あ、そうだった! あ、その、あの、顔が実菜だったから、つい……」
「そういう意味だったのね」
よくよく考えてみれば今の私は姉さんと同じ顔だった。
容姿も同じ。目元だけが姉さん達からしたら少し垂れ目なだけでほぼ同じだ。
風結も父さん譲りの垂れ目だ。
他の二人は母さん譲りで吊り目である。
私はバツの悪い顔になりつつ調理に戻る。
「怯えなくていいわ。今は叱らないから」
風結はしょんぼりしつつ謝った。
「う、うん。ごめんなさい、母さん」
私が悪いのに。
本当にこの子は良い子に育ったわね。
親は無くとも子は育つ、か。
進学する際に親離れが出来ていなかったけど、何だかんだと育ったようね。
私も子離れが出来ていないから仕事の合間に隠れて校内に潜入したのもいい思い出だわ。
(そういえば、校内に母さんに似た女子が居たわね? あれは何だったのだろう?)
調理しながら過去を思い出すと不可思議な既視感に囚われた。
それが誰なのか今は分からないが近い将来で知る事になろうとは、この時の私は知る由もなかった。
◇ ◇ ◇
昼食を終えた私と風結は先を急ぐ。
姉さんの言葉が確かなら今の外世界は五日だ。
こちらが午後一時過ぎなら、外世界は五日の夕方に相当するだろう。
二人揃って〈疾走〉スキルを使い、
「こんなに速く走れるなんて!?」
「走りながら喋ると危険よ」
「う、うん!」
だだっ広い草原を海岸まで駆け抜ける。
その際に魔物が居れば一括で狩っていく。
「か、回収は?」
「している暇がないから放置!」
「もったいない」
「放っておけばそこらの冒険者が拾うでしょ」
「そんなぁ」
一応、風結にはそう言ったが私は実依に念話し回収依頼しておいた。
⦅草原の魔物類の回収よろしく⦆
⦅おっけー! まかせて!⦆
それは何処の誰が狩った物なのかと騒がれても面倒だから。
魔物の中には上位種も居て、今のレベル60では狩れない代物でもあるのだ。
⦅おー! コカトリスとブラッドベアだぁ!⦆
⦅やたら石化を使う魔物が居たのはそれでか⦆
⦅状態異常無効があって大助かりだね〜⦆
⦅そうね。解体も頼むわね⦆
⦅りょーかい!⦆
石化を使う鳥と巨大な熊。
草原に居るはずのない魔物が何故か居た。
これも大陸核の不調が原因かもしれない。
何はともあれ、実依に全てを委ねた私はぶー垂れる風結に一言付け加えて先を急ぐ。
「気にするだけ損よ。それよりも帰ったら出来たてジビエが食べられるんじゃない?」
「ジビエ? そ、それって」
「私から言える事は、もったいないを良しとしない実依叔母さんを信用しなさい。だけね」
「!!?」
コカトリスは何に使えるのか知らないけど。
⦅毒抜きして唐揚げにするよ!⦆
ついに実依が調理する!?
(これは凄い楽しみね。実依の料理は絶品だから……)
素材さえ知らなければという前提は付くが。
ともあれ、その後の私達は草原を抜けて、
「海上を走ってるぅ!?」
「積層結界で道を作っただけでしょ」
「そうだったのぉ!?」
驚く風結と海上を通り抜けた。
私達は魔物を狩ってからずっと〈隠形〉したままなので周囲の船に気づかれる事も無いし。
「このまま頭島まで向かうわよ」
「頭島?」
「こっちの話」
「?」
おっと、私達しか知らない単語を口走った。
レニル王国はマネキンで言うところの後頭部に宮殿が建つ国家だ。
頭髪は流石にないわよ?
一応、島の裏。海底には母さんの顔がある。
それを思い出した私は、
(シルフェ王国の裏もそうだけど、何かにつけて精密表現したがるのはどうにか出来ないの?)
島へ上陸しつつ父さんの悪癖に辟易した。
それこそ私達の身体まで創ってしまいそうな気配がした。
娘の成長記録とか言って⦅あるわよ⦆はぁ?
(母さんから念話が届いたけど気のせいよね?)
あるわよって聞こえた気がしたけど。
崖を登って宮殿の裏手に着くと風結と共に内部へと侵入した。
「まさか崖まで疾走するとは」
「認識する向きを一時的に変えただけよ」
「魔法ってそんな事も出来るんだね」
「私達だけよ。それが許されるのは」
「そうなんだ」
目標とすべき王女の寝所へと到着すると、
「人払いと時間停止結界で覆って」
私は王女を確保する準備に入った。
風結は時の止まった空間で寝転ぶ王女を見つめる。
昼間から寝っぱなしって。
「あ、セミロングのダークエルフが居る」
「この子は亜人として産まれたのね」
私は呆れたまま状態鑑定を行うのだが、
「あら? 植物状態じゃないの」
「え? それって?」
昼間から寝ている理由を鑑定で知った。
「何らかの障害で起きられないようね」
風結は心配気に私を見つめる。
「その状態だと反応しないんじゃ?」
私はそれが杞憂だと思わせるように、
「寝間着のまま身体の向きを変えて押す!」
平面胸ではなく大きく育ったお尻を押した。
「お尻を押してどうするの!?」
「弱点だからよ。感覚が無くとも目覚めたら」
「あ! ピクリってなった!?」
植物状態のはずが身体が反応した。
これは神体が目覚めたも同然の反応だ。
もちろん肉体的な反応ではなく神体がチラッと見えただけね。
「時間停止下で動くって事は」
私は引き続き押す力を強める。
形状は変化するが気にせず押し出す。
すると、
『わぁ!?』
大声を発しながら神体が飛び出た。
強引に連携を切ったからね。
風結は驚きながらベッドの下を覗き込む。
「何か出て行った!? あら? 居ない?」
「何かって神体でしょうに。床を超えて階下まで落ちていったわね」
その間の私は呆れながら肉体の異常箇所を診察して治療した。
頭に謎の大きな傷があったからそれが原因で意識不明に陥ったのだろう。
疑似魂魄を宿した後、身体の向きを戻した。
しばらくすると、
『あれ? 私は一体?』
床下から私と同じ髪色かつ果菜っぽい瞳色を持つ女の子が顔を出した。
宮殿内を見て回り、無意識に戻ってきたと。
(目元も垂れ目だわ……)
私は母さんから事前に聞いていた名前を思い出しつつ問いかける。
「名前は言える?」
『えっと、神月優羽です』
「年齢は?」
『じゅ、十六才です』
「肉体年齢ではなくて、実年齢で」
『あ、ああ、えっと……二千八百才です』
「問題無いわね。眠った頃合いの年齢がマイナス十六才だとしても」
問いかけの返答自体は問題無かった。
風結が余計な事を口走ったけど。
「本当にそんな高齢なんだ……」
「『高齢って言わないで!?』」
「母さんまで怒鳴らなくても!」
高齢って言われたら怒鳴りたくもなるわよ。
(もしここで母さん相手に言うと、この場に焼き芋が飛んでくるでしょうね)
一先ずの私は彼女の憑依体を用意する。
風結は納得が出来ていないのか、
「でも、その歳なら、お婆さ、痛っ!?」
私が思った事を口走って標的にされた。
風結の頭に焼き芋が落ちてきたから。
「え? 焼き芋が空から!? どゆこと?」
頭を押さえた風結は天井を見上げてキョロキョロと見回した。
私は諭すように風結を叱る。
「あまり母さんの年齢に触れたらダメよ」
「そ、そうなの?」
「そうなの。私達の事も含めてね?」
「う、うん」
一方の彼女は完成した憑依体に呆然だった。
『む、む、胸がある!?』
ああ、平面胸だったものね。
そこへ姉妹の誰かが育って急成長したと。
一先ず、彼女には新しい憑依体に宿ってもらい自身の封印解除を行ってもらった。
「へ?」
行ってもらったのだが、スキル群の多さに呆気にとられていた。
(母さんってば焼き芋だけでなく複製神核にまであてがったのね。この分だと、他の子達にも様々なスキルが与えられていそうだわ……)
ただね、そのままでは埒が明かないので、
「風結も貴女も〈隠形〉して」
「「え? あ、はい」」
「このまま戻るわよ。説明はそちらで行うわ」
「「ふぇ?」」
私は人払いと時間停止結界を解除しつつ彼女と風結を伴って転移した。
ちなみに、眠っていた王女殿下はというと。
「あら? か、身体が動く! 声が出せる!?」
ベッドの上で涙を流して目覚めたのだった。




