第19話 親馬鹿ですが、何か?
Side:吹有
私が朝風呂から戻ると姉さん達は既に居なかった。
身体の水分を拭った私は裸のままダイニングで茶を啜る座敷童に苦言を呈す。
「姉さんはともかく、芽依は何日もお風呂に入っていないのにお出かけしたの?」
「ブッ!? う、うん。神素還元、神素還元」
「というか果菜も入りなさいね?」
「う、うん」
それはこの十二日の間、誰もが身体を洗う事なく上で待っていたからだ。
私達の霊体に近しい神体で身体を洗う事が可能なのかと思うだろうが、それは可能だ。専用の洗浄魔法で神体に発生した澱みを消し飛ばすからね。
だが、これらは憑依体に宿る事で神体に発生した澱みが垢として表出するので、洗うならそちらがマシなのよね。気持ち、清潔になったと思えるから。
「結凪もお風呂に入っていなかったけど、あの子は戻り次第、入るでしょうしね」
「結凪はいいんだ」
「職業柄、身体の清潔を意識しているもの」
「ああ、そういう事ね」
果菜はそう言うと面倒くさそうに椅子から降りて風呂場へと向かった。
(行水であろうともお風呂には入らないと)
姉さん達もこちらに戻ってきてからお風呂に入ったと聞くしね。
まぁ風結を剃毛した件に関しては良くやったと褒めたいけども。
私は下着を身につけながらリビングで寛ぐ娘を見つめる。
足を投げ出して舟を漕いでいた。
(あの子、色々と終わっているものね)
母親として心配してしまうほどに風結は誰に似たのかズボラだ。
交換可能な肉体はともかく中身は父さんと母さんの娘だから間違いなく父さんに似たのね。
(ド忘れで娘達を放置して、あわや世界崩壊を起こそうとしたのだから。本当にしっかりして欲しいわ)
パンツを穿いて黒いキャミソールを着て、肌色ストッキングと黒ジーンズを履く。
軽く化粧して剣帯を腰に巻く。鞘に入った細剣を差し込んで玄関へと銀のブーツを創って並べた。私の物と娘の物をね。
防御は全て積層結界で賄うのでこれ以上は何も身につけない。
空間を切れる者など居ないもの。
(紙防御ではなく神防御だから問題無いわね)
次は娘の装備品を創ってリビングのテーブルに一つずつ並べる。
それを見ていた若結達が呆気にとられているが気にしたら負けだ。
「風結。だらけるのはいいけど、さっさとそれに着替えてね」
「え? か、母さん? 何処か行くの?」
「何処か行くのって何処かに行くから着替えてって言っているでしょう?」
先ごろは実依が街娘風の格好をさせていたけど、あの格好だと不向きなのよね。私が向かう場所はある種の海洋国家だから。
「う、うん、分かった」
服装は色違いで私と似通った物だ。
これで並べば姉妹でも通るだろう。
(本当は姉妹なんだけどね)
一応、見た目的に金銀でやたらと目立ってしまうから〈変装〉スキルで白髪と茶髪に置き換える予定だ。
しばらくすると白の中の黄金が目立つ格好の風結が現れた。
「「おお!」」
「これ、地味じゃない?」
「何を言っているのよ。存在がド派手なのにそれ以上派手にしてどうするのよ?」
「派手? あっ、そういえば」
「本当は黒にしても良かったけど」
「「それは余計に目立つと思います!」」
若結達の言葉通り目立つのよね。
黄金髪と金瞳、グラマラスな体型とくれば。
丁度よい百六十センチの身長も相俟ってね。
髪型はお風呂へ行った座敷童にも見えるし。
それはともかく、私は風結へと示すように〈変装〉スキルで毛色を変化させた。
「目立つから〈変装〉スキルを有効化して、魔力膜に出た毛色を選択して変えてね」
「あっ! 白銀から白髪に変化した!?」
「〈変装〉スキルってそういうものなんだ」
「私もやってみよう!」
風結だけに教えたつもりが若結達も面白がってスキルを使い始めてしまった。二人も色々と目立つから元々の毛色に戻すだろうと、やらせておいた私だった。
(赤や紫に変化してるけど)
毛染め剤を使わずとも毛色の変化が可能だから帰ってからも使いそうよね。
ともあれ、風結が準備を終えると同時に剣帯と二つの短剣を手渡した。
「あとはこれを装備してね」
手渡すと同時に若結達が声をあげたけど。
「「風結の双剣だぁ!?」」
私は若結達を無視して、
「使い慣れている得物が無難でしょ?」
風結達が遊んでいたVRゲームの得物を用意した事を告げた。
「ゲ、ゲームの品が本物になってる?」
「手に馴染むまでは定期的に魔物を狩るわよ」
「あ、魔物も居るんだ」
「異世界だもの。居るに決まっているじゃない。現に姉さんが狩っていたでしょ?」
そう、この子達は既に魔物に遭遇している。
私の〈空間収納〉へ送られてきた頭と身体が引き離された大トカゲ、ワイバーン。
父さんの管理する神器ではドラゴンに見えたけど実際には大トカゲだった。
あれは練習用だから詳細が読めないのよね。
「それで狩る事が出来るから、ゲームと同じように自身の戦闘スタイルを用いればいいわ」
「う、うん。分かった」
風結は嬉しいのか何なのか分からない微妙な表情で剣帯を身につけた。
(ゲーム感覚になれないって意味かしら?)
私がそう思っていると、
「ポリゴンと実物の違いって何だと思う?」
「返り血、肉感、爽快感かな?」
「なら、実菜のように瞬殺する相手が対象だと判別が付かないけど、相手のレベルがゲームのように見えないと辛くない?」
「つ、辛いかも」
知結と若結が風結の気持ちを代弁していた。
この子達も同じゲーム仲間でもあったわね。
(なるほど、ゲームと実戦は違うと……)
ゲームでトップランカーに居るとしても姉さんのような百戦錬磨には到底及ばないものね。
(でも、危惧するような心配はないから、実戦で覚えさせないと)
一先ずの私はその件も含めて娘を鍛えようと思い、準備を終えた風結の左肩に手を置いて、笑顔で告げた。
「実戦あるのみよ」
「え?」
風結のきょとんと同時に肩へ腕を回して外へと連れて行った。
「では行ってくるわね」
「え? え? えっ?」
見送りに出てきた半裸の果菜へと一言添えて私と風結は外に出た。
「いってら〜」
「「気をつけてね、風結」」
「ビシバシ鍛えるわよ。覚悟してね」
「え? えーっ!?」
◇ ◇ ◇
目的とするレニル王国までの旅路は、
「いいわよ。その調子で狩っていきましょう」
「は、はい! でも今の魔物のレベルって」
「討伐可能レベルは70ね」
「私よりも上!! というか見えるの?」
「レベルは〈鑑定〉スキルで視界に映せるわ」
「あ、ホントだ」
ゴブリン数匹、オーガ数匹、黒狼と赤猪を数匹を狩りながら進んでいった。
少々スパルタが過ぎると思うがゲームの感覚を思い出させるように進んだから何とかなると思う。
「奴隷商よ。風結は隠れていなさい」
「は、はい!」
但し、人族だった場合は私が相対した。
それは人殺しを忌避する精神を持ったまま居てもらわないと困るからだ。
「〈隠形〉でね?」
「あ、うん、分かった」
ゲームではPKしたら相手が蘇生されてくるが、この世界は現実の世界と同じ。
死したらそのまま地に召されてしまう。
天に召されるのではなく地中に向かうの。
それは大陸核を経由し循環するって意味ね。
「ぐわぁ!?」
「こ、このエルフ強いぞ!?」
「ぜ、全員で囲め!?」
私は襲ってくる奴隷商の護衛共を紙一重で避けながら、しなる細剣を背中から刺していく。学生時代にフェンシング部に在籍していて正解だったわね。
それはかなり前の昔話だけど。
私の背後で〈隠形〉した風結は呆気にとられたままだ。
「母さんも凄い……」
あれは姉さんと比較しているのかしら?
姉さんの場合は瞬殺芸に秀でているだけよ。
ちなみに、他の姉妹達もそれなりに強い。
結依と座敷童は近接戦が得意。
芽依は大剣を振り回す戦闘を好む。
実依と結凪は魔法戦が最も得意で広範囲爆撃の魔法を連発する。実依だけは剣戟も得意だけど。
それからしばらくして奴隷商の護衛共は全て討ち取った。
奴隷商も同じく滅したので魂魄以外の遺体は全て魔力還元した。
「遺体が綺麗さっぱり消えていく……」
「魔物なら魔石を抜くか素材を回収するかだけど、こういう輩は遺体を持ち帰っても面倒だからね。こうやって跡形も無く消せばいいのよ」
「そうなんだね。で、これってNPC?」
風結は奴隷商達の反応から実在する人間だと気づいていなかったようで何故かNPCと発していた。放っておけば蘇生されて戻ってくる、そういうキャラと思ったのね。そこまでゲーム感覚になれとは言っていないが、これはこれで好都合と思った私だった。
「そういう事にしておきましょうか」
「どういう事?」
実在する人間と思うと命の危機に瀕した時に負けてしまうもの。
あくまでゲームの延長として認識してもらう方が無難かもしれないわね。
当面は私が人族相手に戦うから風結が血生臭い事にはならないと思う。




