第14話 住み心地は実家と同じ。
〈異世界時間:七月二十二日・午後二時〉
家の住み心地を整えた私達はいつものジャージに着替えてリビングにて駄弁った。
ジャージ色は個々の属性を表す生地色だが。
「本当は実家でぐーたらするはずだったのに」
「どういうわけか、こちらに来てしまったと」
「実依も憑依体だけは洗いなさいね」
「うん。あとでやるぅ」
私と姉さんがソファーに座って天井を見上げ実依は床で猫のように横になる。
ノーブラの自由な胸を天井に向けてね。
時刻は昼を過ぎた辺り。
私達姉妹は早々に昼食を食べたのだけど、
「あの子達って、お昼抜きでお風呂だけどダイエットでもしているの?」
「どうだろう? 肥らない身体なのにね」
「あれじゃない? トイレに行かないから」
「まさか自発的に洗浄中?」
「姉さん達、流石にそれは無いと思う」
「「ですよね」」
風呂場の姪っ子達の様子が気がかりだった。
結局、下ネタの題材にしてしまったけれど。
私は空気が少々澱んだので話題を転換した。
「ところで、お肉は解体した?」
「もんだいないよ」
「姉さんが狩った奴はどうするの?」
「折を見て亜人の国のギルドに売ってくるよ」
「近場だと大森林の向こう側だけど?」
「それか鉱山の中のドワーフ国家だね」
「どうしようかな。近いのはドワーフだよね」
姉さんはテーブルに地図を拡げて思案する。
私は実依には悪いが否定した。
「ドワーフは止めといた方がいいよ。滝裏から人族が侵入する危険地帯だし」
実は私達が逃げてきた水上国家の裏側。
滝の裏側には未踏破の大迷宮が存在している。
大迷宮以外にはかつての遺跡の名残も、だね。
その大迷宮を正しい順路で進むとドワーフ国家のある大空間へと繋がっている。
正しい順路を知るのはドワーフと私達だけ。
人族は踏破しようと躍起になって侵入してくるだけだ。
これもいつ何時、見つかるか分からないので姉さんに警告したの。
元火山側にも出入口があり、ドワーフ達も出入りする時はそちらから行っている。
間違っても大迷宮からは出入りしないのだ。
滝裏に出て人族と鉢合わせしてしまうから。
すると姉さんは思い出しつつ、
「ああ、母さんのゲフンゲフン」
私達の反応に困る一言を吐いた。
「「それは言わないで!?」」
「あらら? 想像しちゃった?」
「「下ネタはやめて!?」」
いや、ホントにね。
思い出してしまったよ。
風呂場で母さんの現物を見た事があるから。
姉さんは苦笑しつつも受け入れてくれた。
「この姿だとドワーフの中では目立つから、純粋にダークエルフの国に向かうよ」
「そうしてくれる? 思い出しちゃった」
「うぅ、忘れられない」
「実依は自分の見て記憶を上書きしたら? どうせ、洗うでしょ?」
「そ、それはそれでどうなの?」
それを言われた実依は本格的に困惑していた。
私も自分の憑依体を洗ったあとだから微妙な心境になってしまった。
◇ ◇ ◇
〈異世界時間:七月二十二日・午後七時〉
それからしばらくして私と姉さんはキッチンに立つ。
実依が風呂場に向かったので今のうちに夕食の用意を始めたのだ。
「今ってさ、外の時間の、どの辺だと思う?」
「時間の同期が狂っているから分からないよ」
実依が事前に用意しておいた蒸し焼きトカゲ肉を私が一口サイズに切り揃えつつ姉さんが付け合わせを作る。米は実依が用意してから炊いてくれたので風呂から上がってきた時には美味しい夕食がいただけるだろう。
「なら、近いうちに深部に行って調整する必要があるかもね? 大陸核にも何らかの不調があるかもしれないし」
「結局はドワーフ国家に降りないとだめなのね。果菜達が気づいて降りてきてくれたら果菜に丸投げするのに」
「丸投げって」
「地中は果菜の領域だもん」
「そうだけどさ。でも、私達も向かわないと意味がないよ? それも全員で」
「ですよね」
私達の会話は大変意味深だが、とても重要な話でもある。
父さんが管理するこの異世界。
この大陸の核は地中深くに存在する。
それも人族の住まう中層、ドワーフ国家の地下神殿からしか出入りが出来ない場所にある。領域的には果菜の管轄だから丸投げと言ったけど、姉さんの言う通り各属性神が向かわないと触る事も出来ないので仕方ない話でもあった。
創造神である父さんが自身の世界に降りてくるわけにはいかないしね。
父さんは自由な気ままな焼き芋時空神ではないし。
しばらくすると、
「「「良いお湯でしたぁ〜」」」
整った三人が下着姿で戻ってきた。
背後では実依が薄緑の浴衣姿で苦笑していた。
私と姉さんは頬を引きつらせながら問うた。
「胸を見せびらかせたいのは分かるけど」
「上くらい着たら? 実依みたいな属性色の浴衣があったでしょ」
三人はきょとんとして目をぱちくりさせた。
「え?」
「何処に?」
「あったの?」
実依は溜息を吐きながら場所を教えた。
「結依が創った洗濯乾燥機の横にチェストがあったでしょ? 姉さんと知結の憑依体が座っていた場所だけど」
「「「えっ? あったの?」」」
これは本格的に気づいていなかったっぽい。
長風呂しすぎて思考停止していたのかもね。
実依が創った下着だけは身につけて洗濯乾燥機はともかく元々あったチェストには気づいてすらいなかったと。
この反応に姉さんと実依は困り顔になる。
「この子達も風呂上がりは天然になるのか」
「実家にはない大浴場だからじゃない?」
「それもあるかもね。母さんに言って改築してもらおうか」
「それがいいかもね?」
私仕方なく調理する手を止め、
「持ってくるのは浴衣だけでいいね。取ってくるよ」
「「いってら〜」」
手を洗ったのち脱衣所に向かった。
姉さんが残りの盛り付けなどをやってくれると思うし。
実依は食材こそ用意はするが基本的に料理はしないから見ているだけだ。出来ない事はないのだけど面倒だからしないだけね。
脱衣所に着くと実依が使ったのか洗濯乾燥機が動いていた。
中には三人の洋服やらネットに入った下着が回っていた。
「この動作音にすら気づかないとは……さて」
私はチェストから人数分の浴衣を取り出す。
姉さんと私はのちほど入浴するので今回は持たなかった。
今はジャージでもあるしね。忘れていたが今は夏場だ。
同期はズレているが、この世界も夏は暑い。
浴衣で涼んで一杯の晩酌としゃれ込むのもいいだろう。
あちらでは法律と憑依体年齢の関係で飲むことすら許されないが、こちらでは十六才が成人だから飲むことが許される。
「元々の年齢を思えば些事なんだよね」
そこらの老婆を捕まえて年寄りと名指しする事も出来ない実年齢。
母さんなんて以下略だ。
父さんは母さんよりも格段に若いから大きなお尻に毎夜敷かれっぱなしである。
(あれでも九十六センチなんだよね?)
私達より四センチ小さいお尻を持つ母さん。
「いや、微々たる大きさだったか……」
ともあれ、浴衣を取り出した私はリビングへと戻り、寛いでいた三人に手渡した。
「はい、これ着て」
「「「ありがとう」」」
ダイニングテーブルに並べられた料理を眺めて自席に座る。
いつもなら上座に母さんが座るがここでは私と姉さんが上座になる。
三人も浴衣を着て下座の自分の席に座った。
そして実依の一言で召し上がる。
「食料となってくれた大トカゲに感謝して」
「いただきます」×6
ちなみに、実依が居る前ではお残しが許されていないので無理矢理でも食べないといけない。
元が大トカゲと知っていて手をつけないようでは口内転送を喰らう事になる。
それは転送魔法での強制食事だ。
「肉汁が美味い!」×6
「この漬けダレも美味いね。元は何なの?」
「大トカゲの味噌だよ。頭の中の」
「おぅ」×5
「一皿に全て混ぜ合わせる分量しか無かったけどね。やっぱり知性なき生物だよ」
「そ、そうなんだ」
「いっぱいつけて食べないとね?」
「「「うんうん」」」
今回の調理物はゲテモノだった件。
ソースになっているから気づけないよね。
魔法を知らなかった三人も、過去に不可思議な力で口の中に入れられた経験があるから、肉の見た目に怯えつつも何とか放り込んでいた。
このソースも残さないようにしないとね。
翌朝に出てきて朝食が辛い事になるから。
◇ ◇ ◇
〈異世界時間:七月二十三日・午前八時〉
そして翌朝。
遅い目覚めと共に朝食を食べていると、
「あ、呼び鈴が鳴った」
「誰か来たかな? セールスはお断りだけど」
「配送じゃない。誰か何か頼んだ?」
玄関の呼び鈴が鳴り、三人がボケていた。
ボケていたというより実家の感覚で過ごしていたともいう。
自室の私物も実家と同じ物を揃えているから気が緩んだのかもしれない。
私はパンを頬張る姉さんと実依に代わって玄関先に繋がる電話に出る。
「どちらさまですか?」
『どちらさまとか失礼ね。開けてくれる?』
「えっと、少々お待ちを」
声の主は明らかに芽依だった。
背後からは他の三人の声も聞こえる。
『やっぱりここに居たわね』
『そのまま上に来ると思っていたけどね』
『そんな気分にはならなかったのかもね』
結凪が呆れ、果菜がケラケラと笑い、吹有が心配気に物申していた。
その際に果菜達の口から、
『十二日待っても、来なかったもんね』
『本格的な時間遡行が必要になったわね』
『ええ。休暇の延長申請までしてきたし』
耳を疑う一言が聞こえてきた。
(あちらは十二日も経っているの?)
こちらでは転移直後から一日が経っただけだ。
そうなると単純計算で二時間で一日が経った事になる。
つまりあちらの日にちは、
(八月三日!? こ、これは調整しないと!)
この瞬間、大陸核の調整予定が急遽入った。
姉さんと実依も果菜が口にした日数が聞こえたのか顔面蒼白だった。
私は頬を引きつらせながら姉さんと目配せしつつ玄関先の顔を映し出す。
「やっぱり、芽依だったのね」
『悪かったわね、私で!』
そこには機嫌の悪い私達と同じ顔があった。
唯一の違いは青銀髪のハーフアップに銀瞳だけだろう。
他は成長したのか胸も揺れていた。
しかもキッチリ憑依体に宿ってきているし。
私は姉さんからの頷きの返答を得たので遠隔で玄関扉の鍵を開けた。
「ごめんて。玄関を開けたから入っていいよ」
そう言うだけ言って電話を切る。
玄関扉が開いてガヤガヤと声が響く。
そういえば四人は初めて入るね、ここ。
「こ、ここまで造り込む必要ある?」
「姉さんも父さんの娘だわ。こだわりが強い」
「母さんの下半身を精密表現するくらいには」
「こだわりの化物よね、ホントに」
「ブッ!?」
姉さんは父さんと同列視されて珈琲を噴き出していた。
私と実依は遠い目をしただけだった。
「「ははははは」」
家を創った当初はここまでするって状態だったからね。
変えさせるところは変えさせているけど、大概が実家と大差ない造りになった。
四人の声がリビングにまで響いてきたから、
「「「え?」」」
娘達は目が点となり廊下の扉に視線が向く。
まさか母親達が訪れるとは思っても居なかったらしい。
元の世界に戻ると話してはいたけどいつになるかって話はしていないから。
しかも同じ顔が四人。母親達だと声音で気づいているが娘達は私達の顔と見比べていた。
「え? どういう事?」
「母さんが、実菜?」
「ミ、実菜が母さん?」
「なんでやねん!?」
姉さんがツッコミを入れているが、こればかりは仕方ない。
一応『覚悟して』と言ったけど当人達は忘れてしまっているらしい。
まだ一日しか経ってないのにね?
すると芽依だけは顔を出すだけ出して自分の仕事部屋に入った。
商業神だから金庫でも漁るつもりかもしれない。
一応、上以外にも金庫があるからね。
残りの三人はダイニングに入ってきて、
「あらあら、朝食中だったのね」
「娘達は食べ終えて姉さん達だけ遅い朝食と」
「私にもちょうだーい!」
自分の席にちゃっかりと座った。
どうも、三人は朝食を食べていないらしい。




