第13話 住み心地を優先した。
Side:結依
〈異世界時間:七月二十二日・午前十時半〉
都から離れ、双子山の麓の大森林に到着した私達はその場の光景に呆然とした。
到着した場所は大神殿の手前にある広場。
畑用の広場へと多数の魔物が居たのだ。
「「「ド? ドラ、ゴン?」」」
「なんで、こんなところに、こいつらが?」
「結界の手前だから、休息していたとか?」
「丁度良いところに寝泊まり出来る広場があるって? そんな知性がこいつにもあったのね」
それは私達から見ても呆気に取られる大きな大きなトカゲだった。
これらも普通にドラゴンと言った方がいいが、それは古代竜とか知性ある者達の事を指すのでここでは使えなかった。
若結達は呼称の意味を知らないから、そう呼んでいるけどね。
私と姉さん、実依からしたら無駄に大きなトカゲでしかない。
すると実依が鑑定したのか、
「ワイバーンだね。ドラゴンと違うよ」
怯える必要無しの態度で大トカゲに近づいた。
それを見た若結達は怯えながら木の陰に隠れて問いかけた。
「「「ど、どう、違うのよ?」」」
「だって、知性が無いもん!」
「「「は?」」」
その一言できょとんとなる三人。
今度は私と姉さんが引き継いだ。
「古代竜ならまず私達を見て頭を垂れる」
「彼らは私達の拡散神力が見えるからね」
「でも、こいつらはそれが見えないから」
「餌が来たと思い込んで、周囲を囲うの」
言った通りの行動を示していて実依を中心とした包囲網を完成させた。
これは誰が一番に食い散らかすか競争しているようだ。
そういう点では知性があるみたいだが話しかける能力自体は皆無だね。
周囲を覆う六匹、空から狙う三匹。
実依はそんな大トカゲの九匹を見上げて楽しげに笑った。
「よしよーし、上空まで覆ったね。姉さん! 今日はトカゲの蒸し焼きでいい?」
実依からすれば食材にしか見えないもの。
本当に危険なら近寄ったりはしない。
姉さんは一瞬、きょとんとしたが、
「いいよ〜。漬けダレまで用意してね〜」
意図を察してあっさりと許可を出した。
「りょーかーい!」
許可を与えられた実依は魔力を練り上げ、大トカゲの周囲に積層結界を張る。
実依を中心に大森林へと影響を与えないよう、幾重にも張っていく。
内側に加熱魔法を付与して高温の水蒸気で満たしていく。
大トカゲは突然現れた水蒸気に逃げ惑う。
だが、逃げ道が塞がれているため、その場で硬直してしまった。
姉さんと私は実依が行う調理過程を静かに眺める。
「段階的に加熱しているから変温生物には堪らないよね」
「熱を逃がそうにも高温の水蒸気で逃がせないしね。そのまま数刻と経たず蒸し上がって死亡を……確認」
その際に背後からも大トカゲが向かってきた。
姉さんは振り返りもしないまま一瞬で抜刀し、大トカゲの首を切り落としていた。
しかも刀に炎熱魔法を付与して返り血を浴びないよう焼き切っていた。
大トカゲの身体と首を〈空間収納〉へ片付けながら会話に戻った。
「表皮と臓物、神経の一部だけは焼却魔法で消し炭にしているみたいね」
「水蒸気を消した頃合いには肉汁溢れる大トカゲの肉塊だけがその場に転がると」
実況しつつそんな事をやっていたからか、
「マ、実依もそうだけど」
「ミ、実菜も凄い……」
「結依は働いていないけど」
残りの三人は呆気に取られたまま知結が余計な事を口走った。
私だってやってるんだよぉ!?
「片付いたら地表の積層結界と人払い結界を解除するね。こんな大物は他の冒険者共に奪われたくないし」
「「「え?」」」
「実依から片付けるまでは地表だけは残しておいてだって。肉と肉汁がこぼれて他の魔物が寄ってくるし、肉に土が付くからって」
「りょ〜かい。人払いだけ解除するね」
「「「仕事してた!?」」」
「失礼な!?」
実は実依と連携して気づかぬ内に結界を展開していたのだ。
引き継いだ段階で敷いて、実依を中心に移動する大トカゲを見送った。
私達姉妹しか出来ない芸当だよね、これ?
実依が肉を片付け終えて地表に残った肉汁を魔力還元させた事を確認した私は最後に積層結界を解除した。
実依はニコニコ笑顔で私達の元に戻ってくる。
「これで当面はお肉に困らないね?」
私は問いかけられて反応に困った。
「お肉は困らないけど野菜が欲しい」
いや、肉は分かるけど野菜も食べたいし。
すると姉さんが実依を一瞥する。
「野菜ならあとで創ればいいよね?」
「小麦も育ててパンも焼かないと!」
実依もニコニコと応じた。
そして私の右肩をポンポンと叩いた。
「酵母菌は結依ちゃんに任せた」
「任せたっていうか私しか出来ないでしょ」
そう、私しか出来ない。
私達の属性はこの世界の現象にもっとも作用しているからね。
〈聖:回復・浄化・除霊〉
〈闇:隷属・重力・発酵〉
〈風:清浄・対流・乾燥〉
〈水:洗浄・対流・加湿〉
〈無:空間・時間・結界〉
〈火:加熱・対流・焼却〉
〈土:生育・分解・保温〉
〈氷:冷却・対流・凍結〉
〈雷:放電・静電・麻痺〉
〈鉱:融合・放射・硬化〉
一部だけ被っているが、これだけはどうしようもない。
それぞれが発する力の作用だから。
それはともかく、片付けを終えた私達は大神殿の結界を通り抜け、神殿内に入る。
「相変わらず、変化無しだね」
「ここだけは時が止まっているもの」
「「「と、時が止まってるぅ!?」」」
「建物の時間だけね?」
驚く三人を案内しながら聖堂内を案内する。
私達の石像を眺めながら、裏側へと入る。
拝まれる主が拝むというのもおかしいし。
大神殿の裏側には母さんの庭と同じような空間が拡がっていて私達の居住区は中心にある。
何も植わっていない畑とか果樹園跡地とか。
そこは見るからに殺風景な空間だった。
これもあとで実依が耕すだろう。
そして中心にある家屋へと案内する。
造りは実家と同じだから、
「「「私達の実家!?」」」
三人の反応は驚愕どころの話では無かった。
私は苦笑しつつ鍵を取り出して開ける。
「見た目は似ているけど違うよ?」
それは憑依体の洋服に収まっていた鍵だ。
あの憑依体もあとで綺麗に洗わないとね。
自分の裸を眺めるのは微妙な心境だけど。
風呂場で寝かせて隅々まで洗う予定だが。
(中も変化なし。食材は片付けているから、あとで補充かな。実依が)
その間の実依は裏手に回って水道とかプロパンガス等の補充を行っている。素材神が一人居たらなんでも賄えるよね、ホント。
姉さんは玄関先で手を広げて自慢する。
「ここは〈女神の庭〉という亜空間の一つで……」
私と戻ってきた実依は苦笑しつつ三人を手招きする。
「私達が慣れ親しんだ見た目で創ったんだよ。姉さんが!」
「そこだけ大きな声で言う必要なくない?」
そう言いつつ慌てて玄関に入ってきた。
「だって、ねぇ? 実依」
「ツーバイフォーとか取り込む必要ある?」
「この空間は地震が起きないのにさ」
「まぁ実家も似たようなものだけど」
「ぐぬぬ」
実際に室内も同じ造りであり二階建てだ。
一階にリビング、ダイニング、キッチン。
脱衣所と風呂場、客間、仕事部屋、食料庫。
二階に姉妹の個室が十部屋だけある。
トイレは排泄の必要がないので存在しない。
裏には離れもあって、実依がゴロゴロと寝転ぶ事が多々あるだけね。
実家も似た造りで、二つある仕事部屋の中心に両親の寝室があって客間が無い。
実家の離れには何故か焼き芋が積み上がっているけども。
三人はキョロキョロと室内を見てまわる。
実依は食料庫へと移動して補充を始めた。
姉さんは風呂場に移動して憑依体を取り出していた。
多分、真っ先に洗うつもりだろう。
この家の風呂場は空間拡張しているから結構広い。
憑依体を十人分並べるくらいの広い洗い場もあるしね。
一方の私は仕事部屋に入って当面の活動資金を確認した。
「金庫の貨幣だけは問題……ない?」
この世界の通貨は硬貨が殆どでありドワーフ族謹製の代物だ。
通貨単位はリグ。枚数でしかやりとりしないので滅多に単位を使う者は居ない。
貨幣の種類と単位は、
通貨単位: リグ : 円
鉄貨: 1リグ : 10円
大鉄貨: 10リグ : 100円
銅貨: 100リグ : 1000円
大銅貨:1000リグ : 1万円
銀貨: 1万リグ : 10万円
大銀貨: 10万リグ : 100万円
金貨:100万リグ : 1千万円
大金貨: 1千万リグ : 1億円
白貨: 1億リグ : 10億円
大白貨: 10億リグ : 100億円
日本円換算しているのは私達が商品を持ち込んで世界で売っていたりしたからだ。
これくらいの価値はあるだろうって判断でね。
「問題はないけど少なすぎるよね?」
この貨幣を得るためには素材を売るか各神殿からの寄付金で賄っている。
寄付金が収まると各自の金庫へと流れてくる仕組みなのだけど、
「十六年間でこれだけしか無いって、何をしているんだろう?」
私の神殿からは滞りが起きていた。
神殿は魔界にあるから仕方ないけどね。
必要数の貨幣を〈空間収納〉へと片付けた私は風呂場へと移動して憑依体を取り出した。一体は私、一体は風結の憑依体だ。
着ていた服やら下着を脱がして裸にする。
「Bと思ったけどCだったのね。あの子、最近は測っていなかったのかな?」
裸にしたまま浮かせて風呂場の床に並べる。
姉さんは既に洗い終えたのか裸のまま脱衣所に放置していた。
自分の憑依体と知結の憑依体を。
あとで知結が見ると怒りそうだけど、今は黙っておこうか、な。
服が濡れないよう表層へと積層結界を張る。
お湯の温度を確認しつつ、シャワーを使って憑依体へとかけていく。
疑似魂魄は眠る事しか出来ないので結構手間だけどね。
立たせながら浮かせて髪を洗い、ヘアケアを行う。
髪を纏めて身体の洗浄に入る。
「自分の身体をこうやって洗うって超微妙」
当然、隅々まで念入りに洗う。
疑似魂魄がピクリと反応したが見なかった事にした。
最後に身体の水分を綺麗に拭って下着を着けて〈空間収納〉へと戻した。
次に行うのは風結の洗浄だ。
自分が先なのは仕方ないけども。
「床暖房付きで良かったよ。湯冷め確実だし」
私の憑依体と同じ手順で洗っていく。
「上だけタワシか」
何がとは言わない。
ただ、女の子としては未処理が過ぎたので私の判断で整える事にした。
すると脱衣所に若結達が現れる。
「あー!? わ、わ、わ、私のぉ!?」
「あらら、結構大きいのね、おっぱい」
「隣にあるのは実菜の身体だね」
「実菜のおっぱいも揉んでやるぅ!!」
姉さん、あとで精一杯、感じてね?
本人不在の憑依体に触れすぎると憑依した瞬間に感じてしまうのだ。
私が見なかった事にしたのも、その時を思い出したからに過ぎない。
そんな知結を苦笑で受け流した若結達は、
「この脱衣場といい隣の風呂場といい」
「実家より広く感じるのはなん……で!?」
扉を開けて洗浄中の私と御対面した。
丁度、整え中だったから風結の顔色は真っ赤っかだった。
「洗って整えてあげてるよ。女子として終わっているから」
「そ、そ、そ、そこはダメぇ!?」
風結が慌てて駆けてきて、カミソリを握る私の右手に触れてしまった。
「あ、落ちた!」
「あーん!? 少なくなってるぅ!」
「このまま全部剃っておくね!」
「やー、めー、てーぇ!?」
「このままだと整わないもん」
「そのまま、そのままでいいから!?」
最後は風結にカミソリを取られて洗浄から何からは「自分でやる!」と言って怯えながら端っこへと連れていった。
一応、洗浄は終わっているのだけど。
「感じないよう注意してね」
「はい?」
私は一人でポツンとする若結へと一言だけ伝えておいた。
「実依が洗う前に若結も返してもらっておいた方がいいよ。風結と同じ状態なら、つるりんになるから」
「!? マ、実依の元に行ってくる!」
若結はそれだけで察し、慌てて風呂場から離れ、実依の居る食料庫へと向かった。
「若結も未処理とか」
そういえば知結も剃られていた。
この子達は想像以上に残念な姪っ子だった。
私は風呂場から離れつつ、
「せめて服は脱ぎなさいね! 今は替えがないから!」
「はーい!」
風結に対して注意した。
(これは乾燥機を創っておいた方がいいかな)
返事はしたが、既にずぶ濡れだったし。
(それと共に専用の蓄電池も創らないと)
床暖房はガス給湯式のお湯を流しているけど、それ以外の電気系統だけは私達が個々に神力変換して都度使っていたからね。
今後は風結が居るからお願いする事も可能だろう。
吹有が知ると怒るけど。
「そうそう。風結! あとでスマホの充電してね!」
「はぁ?」




