第11話 回想は反省の始まり。
〈異世界時間:七月二十二日・午前十一時〉
私の名前は神月由良。
私は今朝を境に目が覚めて、絶賛混乱中だ。
きっかけは紫銀髪の女性に胸とお尻を揉まれた事。
あの時は何事と驚いて振り返ったけど。
(今の私はイリス・ティ・ア・シルフェ。シルフェ王国の第二王女として産まれて)
この国で育ってきた。
育ってくるまでの間の記憶が悶絶に値する、例えようのない我が儘娘だった。
そのうえ、
(魔力量がこれだけぇ。レベル40なのは仕方ないとしても属性が三個って)
今の肉体状態がすこぶる悪かった。
自室で横になって調べると胸とお尻はともかくお腹が……ブヨブヨ。
コルセットすら着けられない悲しい現実を示されてしまった。
その点で言えば姉上は運動しているのかキュッと引き締まったお腹だった。
本日も破損と聞いて滝裏の遺跡に向かった。
そして途方に暮れた顔で王宮へ戻ってきた。
(部屋を覗きに行ったら居なくて、勇者の寝所に行ったら言葉に困る有様だったね。あれが俗に言う姉上の黒歴史になるんだろうな……)
姉上。それは今の私の双子の姉だ。
ユリス・ティ・ア・シルフェ第一王女。
年は私と同じ十六才で成人を迎えたばかり。
中身はまぁ、うん。本当の姉上なんだよね。
目覚めていないけど何故か姉上だと分かる。
今は魔導士隊の臨時隊長として活躍する自慢の姉だ。
いや、自慢ではないかな?
嫌悪の象徴の姉が正しいかもしれない。
(自分だけ良い思いしている姉。意見が通って自身の願い通りに国王を動かしている。その国王も豚だよね。あれが私の……父親とか嫌だな)
嫌なんだけど、この肉体の父親なんだよね。
そう考えると身体から出たいと思うけど、そうは問屋がなんとやらなんだよね。
「先ずは痩せないとな」
「殿下、どうかなさいましたか?」
「な、なんでもないわ」
つい、呟いたら侍女に聞かれてしまった。
口調は王女殿下でいないと疑われてしまう。
(どのように疑われるのか不明だけど)
ただ、そんな気がしただけだ。
この国は人族至上主義を掲げる風潮がある。
王族は旗頭として気品溢れる姿を示さないといけない。
私のお腹が豪勢なドレスで隠されているのも、その気品を維持するためなのだろう。知っている者は知っているけれど。
(豚な父なんて顔立ちからしてモザイクものだよね。そんな豚が気品を語るとか)
反吐が出るって言葉に出しそうになった。
(おっと、ダメダメ。とりあえず今は起きてエリスのお茶会に向かわないと!)
私はベッドからのそのそと起き上がり輿に乗る事はせず自分の足で歩みを進めた。
ちょっと歩くだけで息が上がるのは何とかしたいけど。
(侍女が驚いてる。やっぱり輿が要ると?)
ダメだ、ダメだ。
お腹のダイエットのためには歩かないと!
このお腹を大きなお尻よりも引っ込めないと王女の風格どころの話ではないもの。
「驚いて報告に向かわれてしまった」
おそらくこの変化も私の中に居た〈イリス〉という子豚が掻き消えたせいだろう。
だが、こればかりは仕方ない。これも必要な事として諦めてもらうしかないのだ。
私はタプタプのお腹を自身の両腕で抱えつつ腹違いの妹達が待つ庭園を目指した。
「お、重い。妊婦ではないのに……」
慣れない階段を上りスカートで転けないよう気をつけながら目的地へ向かう。
その際に首輪を付けた侍女達とすれ違う。
(え? エルフ? こっちはドワーフ?)
侍女達とすれ違った私は不意に思い出す。
(ん? 待って? 私、何を創っているの!)
どうも我が儘子豚少女だった頃にとんでもない物を創っていたらしい。
それは奴隷の首輪、亜人族を捕まえて人族の奴隷とする代物。
(こ、これ、凄い不味くない……?)
いくら封印されて眠っていても権能に近しい事だけは可能だ。
出来るからやってしまったのでは、その罪は相当な物となってしまう。
庭園を目前とした私は離れ行く亜人達を眺めながら廊下へと座り込んでしまった。
◇ ◇ ◇
〈異世界時間:七月二十二日・午前十一時〉
私の名前は神月仁菜。
私は今朝を境に目が覚めて、絶賛混乱中だ。
きっかけは緑金髪の女性に胸とお尻を揉まれた事。
あの時は透けている事に驚いたけども。
(今の私はエリス・ティ・エ・シルフェ。シルフェ王国の第三王女として産まれて)
我が儘娘として育てられてきた。
そのうえ、
(魔力量がこれだけ? レベル30なのは仕方ないとしても属性が三個って……)
今の肉体状態がすこぶる悪かった。
ベッドで横になって調べると胸とお尻はともかくお腹が……うん、妊婦かと思うほどのお腹なんだよね。コルセットすら着けられない悲しい現実を示されてしまった。
(や、痩せないと! でも、断食辛い……)
しかも本日は私がホストのお茶会を開く予定だ。
相手は異世界から召喚されてきた勇者様。
遺跡から一日で戻ってきたユリス姉上。
私と同じように誰かに揉まれたイリス姉上。
私達の状況に首を傾げた腹違いの妹・アリスも参加する事になっている。
まぁアリスはね。目覚めていないから特定は出来ないが、
(明らかにあの子じゃないかと思っているけど)
私と同類だと……思えてしまう。
水晶を常に持ち歩き予言にも似た事を行うから。
それもあって国内外から道筋を示して欲しいと依頼を受ける事が多々ある。
そんな同類かもしれないアリスはともかく。
私は自身の現状を把握する事にした。
(今は部分封印のみ。過去の記憶・今の状態に至った経緯・目的は思い出せるね。鍵言は)
メモ書きは危険なのでステータスを視界に表示して考えながら状態を把握する。
鍵言を思い出して自身の封印を解除する。
(【リ・メインス・ユーラ・エナミーア】)
部分封印もこれで無事に解除された。
ここで解除しないと異世界人を相手に何をしでかすか分からないから。
記憶がある状態でついつい反応してしまうかもしれないし。
母さんが適用した追加の異世界知識等もね。
(え? 何これ、なんで三十二種も増えて?)
スキル群が一括で有効化されて少々驚いた。
知らないスキルが何故か増えていたから。
おそらくこれは母さんが神核に追加したスキルなのだろう。
本拠地に置いている複製神核は私達の神体内にある神核と連動しているから。
封印解除と同時に適用されて今に至ると。
(ま、まぁ、無効状態のスキルを有効化して)
お腹に溜まった駄肉と伸びた皮膚を神力変換で元の状態に戻す。
これで少しは動きやすくなっただろう。歩かない事で落ちた筋肉は補填出来ないので〈権能操作〉で創造した白色の強化ニーソックスをドレスの下に履く事にした。
幸い、コルセットが不要なほど肥っていたのでドレスを脱ぐだけで裸になった。
ノーブラとノーパン。あちらの常識からすると辛い現実を思い知らされてしまう。
(これは、この世界の水準だから、ね)
ニップレスだけ創って胸に貼った。
パンツを創って下も穿いた。
ニーソックスを履いてドレスも着直した。
とってもぶかぶかだからウエストも詰めた。
パンプスも少しぶかぶかだったので同色のブーツを創って履いた。
いつもなら鈴を鳴らして侍女と輿を呼ぶが、
(自力で動かないと意味無いでしょ?)
私は自身のレベルを60に引き上げたうえで室内を歩き回った。
ただ、今まで運動をしていなかった分、簡単に息が切れた。
運動の重要性を思い知ったわ。
私はその際に周囲の異常性に気づく。
(というか、風精霊が少ない? この国が水上にあるとしても、ここまで少ない事はないはずだけど……一体、何が起きているの?)
私が神力を解放した瞬間に風精霊が寄ってきたのは気づいたが極端に少ないのだ。
(え? 神素を頂戴? そ、それはいいけど)
下位精霊が願うって相当な状態だと思う。
それは当初の目的が関係する。
『世界に危険が差し迫った時。精霊達が位階を無視して話しかけてくるから、その時は与えてやってくれ。それがお前達の最初の仕事だ』
父さんが封印前の私達相手に命じた事だ。
私はある理由で産まれてきた神姉妹の六女。
母さんの過ごす庭で育つ事なく、二千八百年もの間、兄さんの隣で育ってきた。
昔は欧米で仕事をしていた兄さんの手伝いが主だった。
必要悪を除く悪人を消し善人を残す大掃除。
年齢は十六才で固定化されていたけれど。
そして急遽、父さんに呼び戻されて与えられた仕事がそれだった。
(その目的を完遂しないといけない状態に世界が変化していると? それだと暢気にお茶会なんて開いている場合では……)
そこで私は思い出す、この肉体の持ち主。
私の中から消えてしまった〈エリス〉の人格が進めようとしていた事。
『資源が無いなら徹底的に採掘すればいい。無理なら魔界から奪えばいい。国軍を再編して向かえばいい』
そう、国王である豚父に進言した。
(やらかしてない? 素材神が素材の有限性を無視してどうするのよ。私のバカァ)
それを思い出した時、私は〈エリス〉の馬鹿げた行動を呪った。
これも結局は豚父と牛母の教育が悪かったせいとしか思えない。
(合い挽き肉として滅ぼしてあげたい気分!)
仮に願っても行動に移すと謀反を疑われ魔界へと永久追放させられてしまうけど。




