第105話 親の思惑を子は知らず。
その後、練習世界の初期値を記録する魔導書を創った私は、それを元に各練習世界の管理神器を一括更新した⦅世界巡りの手間も減った?⦆そういえば、そうかも?
「世界毎に生成する必要があるけど、今後の神器更新はこの魔導書を使うか」
「ところでその生成後の魔導書はどうなるの? 神素となって消えるの?」
「これはそのまま残ってしまうから、管理者達が保管すればいいと思うよ」
私はそう言いつつ近くでポカンとする管理者達へと初期値の魔導書を手渡した。
「「「ど、どうも」」」
「大切に扱ってね」
「「「はっ!」」」
私達が母さんの娘だと露見したからこの反応なのね。
腐っ⦅何よ?⦆永久的に美しい母さんも王家の姫と。
するとルゥちゃんが管理者達を一瞥しながら問いかけてきた。
「そうなると……神器に問題が起きても、直ぐに巻き戻せると?」
「いや、これは初期値だから、問題が起きて巻き戻すと後付け設定が全て消えるよ」
「ああ、消えるのね。巻き戻しも良し悪しか」
「上書きするようなものだからね」
問題の起きている設定を従来の初期値で上書きする。
上書き後に再起動して問題そのものを無かった事にする。
それはそれで元に戻すという時間の無駄が生じるから、
「後付け設定のバックアップを行う魔導書も追加で作っておこうか?」
初期値は初期値で残すが、書き換え前の設定を遡行して読み込んで、新規保存する魔導書を用意する方が無難だろうね。戻す作業に集中すると他の作業が止まるから。
生成する度に本数が増えるけど、見出しを付ければどうにかなるかな?
「本数が増える、か。でも、保守は必要だし。これは御父様と相談すべきかしら?」
「練習世界については伯父様の管轄だからね。それは相談した方がいいかも」
「そうね。でも、今は……それどころでは、無さそうだけど……」
私の提案を聞いたルゥちゃんは思案するも実依達からの好評は得た。
「それいいね? 私達の場合、頻繁に使う機会がありそうだし」
「ですね。迷宮関係だと、元に戻せという願いが稀に届くので」
「「「「届くんだ」」」」
「届きますね。前の階層が良かったとか」
「無視も出来ないから、一昼夜かけて元の状態に戻したりするよ」
迷宮神も大変なのね⦅⦅大変なのよ⦆⦆ご苦労様。
更新後の管理神器を覗き込むと邪神の流入は完全に消え去った。
当然、入り込んだ邪神は更新後に深愛とティルが神聖力で消し去った。
更新中の出入りが出来ないから何が起きた的な問い合わせが殺到しているけども。
「知らぬは現地で研修を行う教官だけと。問題無いわ、気にせず続けなさい」
『『『はっ!? はいぃぃぃぃぃい!』』』
殺到に対してルゥちゃんが応じると愕然としているよ。
まさか管理室にルゥ王女殿下が⦅カヅキ侯爵令嬢も⦆居るとは思うまい。
私達は後片付けを行いながら、戦々恐々となる教官達を哀れんだ。
「近くに邪神の下っ端が現れたなんて誰も思わないでしょうね」
「あの下っ端、背後から近づいて暴れるつもりだったのかな?」
「おそらくそうかもね。その前に私達が居たのだけど」
「そこが邪神の運の尽き、報告に戻る事も叶わなくなったしね」
「とんでもない劇薬達が正面で手を振っていたもんね」
「「「「とんでもない劇薬達の一人が何か言ってるね」」」」
「私はまだ下位神だもん! 自分で言ってて悲しいけど」
この中では下っ端も下っ端だものね。
上位のルゥちゃんと中位の私達、下位のティル。
そんな立場違いの令嬢達がこの場に揃っている。
管理者達から見れば不思議に思える光景かもね。
◇ ◇ ◇
練習世界の管理室から王宮内を移動した私達。
目的地はルゥちゃんの執務室だったのだけど、
「おぉ! そこに居るのは、先日の!」
執務室までの道中、ド派手な衣装を身につけた王子殿下が駆けてきた。
王子殿下というか⦅ああ、愚弟の夜会が終わったのね⦆愚弟だったよ。
「やはり私の求婚を受け入れ「はいはい……うっさい、なっ!」ぐぉ!?」
駆けてきて私が未来視していた光景をルゥちゃんが披露した。
それは隣に居たルゥちゃんが転移で愚弟の背後に瞬間移動。
深愛の二メートル手前で立ち止まった愚弟の尻を文句を垂れつつ回し蹴りで飛ばした。蹴られた勢いで私達の頭上を通り抜け、廊下端まで飛んで行った。
これは廊下の突き当たりにめり込むかな?
「これって、たまやー、ですかね?」
「どちらかと言えば、かぎやー、かもね?」
「それってどういった意味の言葉なの?」
「「ただの掛け声」」
「ふぁ?」
ルゥちゃんの神装の中身がバッチリ見えたのは⦅想定外!?⦆だったが。
「うぎゃー!」
やはり、壁へとめり込んだようだ。
遙か遠くから叫び声だけが響いてきたから。
「「「い、痛そう……」」」
「「いやー、綺麗な中身が見えたわ」」
「中身の事は今すぐ忘れなさい!?」
それは無理な相談だ⦅私が見られていいのは果菜ちゃんだけよ⦆相変わらず、座敷童愛だけは相当だね。問われた深愛は中身に目を奪われてしまったからか愚弟の言動など完全忘却していた⦅即刻、忘れなさい!⦆綺麗だったよ?
「流石は王女殿下ね。腰周りが神々しかったわ……神だけに」
「どうやっても忘れないなら、私が忘れましょうか。はぁ〜」
そんな一幕はともかく、ルゥちゃんの執務室へ戻ると御爺様達が話し合っていた。
「今の今まで誰もが気づく事なく、彼奴の提供した神器を利用していたとはな」
「これは由々しき事態です。早急に対処しないと折角延伸して増やした世界までも邪神共の手中に収められてしまいますよ」
あー、それもあったか。
他世界の更新は一応、予定しているけどさ。
「うむ。だが、早急に更新通知を出そうにも、それぞれの予定がある故な」
「如何ともしがたい状況ですね」
通信網構築は通信神器を用意するだけなので大した手間は無いが、問題は管理神器の利用者にあるのだ⦅議長派のバカ共?⦆そうそう、受け入れない可能性が高いの。
中位神如きが用意した神器と言って軽々しく貶し、議長を神聖視する輩が拒絶反応を引き起こす⦅神が神を神聖視?⦆意味不明な状況に思えるが、やりかねないから。
「その時点で派閥の連中が善神なのか疑いたくなるよ」
「染められて消えてしまった神が数名ほど居たばかりだし」
「実菜と深愛とティルの強烈な神聖結界でね」
「あの神々しさは潜在能力の高さを思い知りましたね」
私からすれば深愛とティルが持つ潜在能力を実感したね。
すると実依が苦笑しつつ要らん事を口走る。
「ま、姉さんの場合はあれで一割の放出なんだけどね。本当はもっと眩しいもの」
「「「「一割!?」」」」
言わなくてもいいじゃん⦅あれが全開と勘違いさせたらダメ!⦆そうかな?
いや、まぁ、最大とは言ったけど、あれは配慮した最大で⦅そうなのぉ!⦆うん。
「あれで一割。しかも配慮した状態で? 一体、その身に宿す神聖力はどれくらいあるのよ? 明らかにそこらの上位神より上なんだけど? あれで一割なら……」
問われても、数値化だけは出来ないからな⦅出来ないくらい!?⦆う、うん。
「あー、ほら? 私と結依と実依って、部分的に時空神の権能が使えるじゃない? だから、時間加速下で数千年とか平気で過ごしてきたからさ」
「時間加速下で数千年……だから、それ相応の神聖力を宿していると?」
私達の神力は時間経過と各種経験値で一日平均、ティル五人分の神力が増える。
ティルの神力を数値化すると⦅言わないで!⦆時給八百円で八時間勤務した給金と同等だ⦅三万二千か⦆あくまで平均だけどね。これも状況次第で変化するけれど。
ステータスに載る各種数値は七桁が上限なので、普通に載らないというね。
母さんなんて全て数値化不可だったし⦅言わなくても分かるわ⦆ですよね。
「そんな感じ。今や結依ちゃんの神闇力も同じ状態だよ」
「ここで訂正を入れるよ。正確には累計九千億年だよ。姉さん?」
「そ、そうそう。それくらい過ごしていた、ね」
「「「「「累計九千億年!?」」」」」
「「累計、九千億年?」」
実年齢はそのままだけど、時間加速下で過ごした時間だけは相当だから。
「そんな年数過ごしていたら普通に上位神じゃない。何でまだ、中位神なの?」
「私達は七人で一人の扱いなのよ。それは深愛の姉妹も同じなのだけど」
「「「「「「七人で一人の扱い!?」」」」」」
あれ? 御爺様達まで?
既に知っていそうな気がしたけど⦅報告してなかった!⦆母さん?!
「私と実依を含む姉妹なら単体で上位神に匹敵する力を有しているけど」
「座敷童を含む下の四人は地表で生活していたから、私達よりも経験が乏しくてね」
「これも、それぞれの役割があって別行動していたから、こうなったのよ」
私達もそれぞれが別行動をとっていた時もあったしね。
それもあって経験面で姉妹間の差違が出てしまうのだ。
「深愛の姉妹も同じだけど、神体的に一人が育てば全員に連動するの。そこが七人で一人としている部分なんだよ」
「それで私達も成長したら」
「姉妹に反映されていると」
「だから数の多い方で位階が適用されるってね」
上位神三に中位神四。
結果、私達の位階は中位神のままだ。
能力は上位神だからバカにすると痛い目に遭うという。
「今の果菜ちゃんは?」
「「同じ体型だよ!」」
「ど、童女体型では無くなったのぉ!」
その嘆き、果菜が知ったら怒られるよ?
「それで上三人の神核から放出される神力との差違があるのか」
「概念的に七人で一人か。縛りを解けば上位で認定されるだろうが」
「これはアスティが考えて行っている事でもありますから」
「私が勝手に弄る事は止めておいた方がいいな」
御爺様なら私達の概念を弄る事なんて簡単だと思う。
ただ、母さんのプロテクトを外せるとは思えないかな。
「幾重にも施された複雑怪奇な神力認証の鍵だもんね?」
「うん。結依が解錠しようと試みるけど毎回失敗に終わる奴ね」
このプロテクトは母さん曰く⦅時期が訪れたら自動解錠されるわよ⦆との事だ。
その時期がいつ訪れるのか、今の私達には知る由もなかった。




